少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
期待。
時雨のローソンコラボタオルを買ったものの、まだ封を開ける決心がつかない山田さんです。
「どうかした?」
「いや、こうしてると少し昔を思い出すね」
一難が去ったあとの海上で、水底へと沈んだ護衛艦から投げ出されてしまった海兵を救出できるだけの余裕があるのは救いだ。
救助に携わる艦、周囲を警戒する艦。各々が役割を果たし、忙しなく時間が流れていく。
そんな最中のことだ。
自らも海水に濡れながら救助の指揮を執っていた霞が時雨に声を掛けた。
時雨が一分の隙もない警戒をしているのは分かる。それくらいはやってのける女だ。
時雨なりの仕事。それはルーキーが全力で行うよりも確かなものだと確信めいた信頼がある。
ここではないどこか、今ではないいつか。
それを思いながらでも、それくらいを行うのが時雨だ。
対空も対潜も、いざがあればすぐに対応できる。救助の邪魔などさせるつもりはない。
過去の景色を思い出しながらでも、時雨にとっては呼吸をするが如く。
「いつだったかな、あの子と漂流者を救助したことがあるんだ。いや、救助したのは僕じゃないね、あの子がしたんだけど」
あの子、帝国海軍の奇跡と呼ばれたあの駆逐艦のことだ。
結局時雨とはほとんど同じ海域で戦うことはなかったはずだが、それ故に並び称されたのかもしれない。
「懸命に声をかけながら必死に励まして、そして命を救っていたよ」
「……、あの子が救助した人数は多いものね」
続ける時雨に霞が言葉を返す。
行うべきを行える者に、ちゃんとやれと叱責するのは違うだろう。
そう思っているのだから、敢えて口を閉ざさせる必要もないと思う。
時と場合は考えられていないかも知れないが、霞に取っても知らない仲ではないので語らうことに否はない。
あの子、奇跡の駆逐艦。
参加した作戦は数知れず、どの海戦でも大きな被害がなかったことから攻勢作戦の合間も休みなく輸送護衛をこなしたあの功労艦は、さらに行く先々で救助も行っていた。
開戦から終戦までを最前線で戦い抜いて戦死者は13名。
3度もあった「死んでこい」とも言える作戦からでさえ彼女は生還し、奇跡に恥じぬ働きをした。
彼女はただ“生き残っただけ”では決してなかった。
スクリューを破損したことで速力の出ないなか参戦したマリアナ沖海戦では、本隊に見捨てられた油槽船部隊を空襲から守り抜いた。
帝国海軍が壊滅の憂き目にあったレイテ沖海戦ではターボ発電機の歯車が欠け、出力の小さなディーゼル発電機しか使えない状態だったが、間隔の短いディーゼル発電機の保守点検を戦闘中に行いながらも主砲弾、機銃弾をほぼ撃ち尽くす奮戦を見せ、後になって友軍から「とても信じられない」と確認調査がなされたほどだ。
当時は艦の姿だったが、艦娘であれば松葉杖をついて史上最大の海戦を生き残ってくる。そんなふざけた逸話に事欠かない練度。彼女は数多の戦果を誇る、武勲でも並び立つ者のない歴戦の駆逐艦だった。
そんなあの子を彩るのは戦いぶりだけではなく、美談にも枚挙に暇がない。
レイテ沖海戦では漂流していた米兵の横を通るも攻撃するこなく、機銃弾の代わりに缶詰などを放り投げて、海で戦った気高い海軍兵に敬礼を送り、また撃沈された友軍の救助にも率先してあたった非の打ち所がない存在。
そんな駆逐艦と共に名前を語られる時雨が、どれほどの艦だったかも分かるというものだが、その時雨はこう続ける。
「僕はその光景をどこか冷めた目で見ていたんだ。どうせ助からないなのか、興味がなかったのか。もしかすると、助けた後にも続く地獄を思って憐んでいたのかもしれない」
目だけは警戒を怠らない。
思い出話をしながら器用なものだが、時雨の器用さは今に始まったことでもないので、こちらも今さら驚いたりもしない。
感情の読み取れないいつもの口調、いつも見せている西洋人形のように整った表情。
それでも、時雨がどう感じているのかくらいは想像できた。
悔やんでいるのか負い目に感じているのか、当時の何かを今に重ねている風だ。
それは時雨の次の言でハッキリした。
「あの子は、そんなことまるで関係がないように必死だった。いつ潜水艦から攻撃を受けるかわからない海域で、缶を止めて救助にあたったんだから。僕は、周囲を警戒するだけで何もしなかったのに」
「警戒してたんでしょ。アンタはあの子が安心して救助に専念できる環境を作ったんだわ。佐世保の時雨が周辺警戒してくれる現場だなんて、世界で一番恵まれた環境よ」
慰めの言葉だけのつもりはない。
霞だって何度も敵性海域での救助を敢行していたから分かる。時雨が警戒する海域でなら、敵の潜水艦を気にすることなく思う存分救助に励めたはずだ。取りこぼしてしまった命を、少しでも減らすことができたはずだ。
もちろん。その世界で一番恵まれた環境とは今も正にそうだ、と暗に伝えてもいるつもりだった。
その海域で救助を行う奇跡の駆逐艦を思う。
霞は彼女と肩を並べて戦ったことがあるし、なんなら指揮下においていたほどた。
彼女が何を思って戦争を生きてきたかは分からないが、彼女にとっては戦いも救助も、当たり前のものだったのかもしれない。
霞がそんな風に考えていると、時雨も同じように感じていたのかこう言った。
「彼女にとっての救助は特別なものじゃなかったのかもしれないね。特に救助任務でもなんでもない、ただの輸送任務に従事しているときでさえ、輸送先に向かう途上で見つけた航空機乗組員を助けて到着することさえあったみたいだから」
「聞きしに勝る豪運ね」
外海の、この大海原で。
事前に“いる”と聞かされているわけでもない状況。
そんな中で、不時着水して沈みかけた航空機にしがみつく要救助者を発見できる確率なんてどのようなものか。
天文学的数字になるそれを、何度もやってきたなど、あの子の業績でなければとても信じられないものだと霞は思った。
あの子の逸話であれば、そんな荒唐無稽な話でも信じてしまえるのがすでに信じられないとも思う。
「彼女の救助作業には無駄がなく、あっという間に終わったよ。誰一人諦めることなく、海原に見える人間全員を艦に上げたんだ」
素直な感嘆。
そして、時雨が目にした驚愕を語る。
「彼女のことだから、てっきり引き上げた彼らに労いの言葉でもかけて、手厚く迎え入れるのだろうと思っていたから、その後の対応には驚いたね」
当時を思い出していたのか、間をとってから時雨はこう言った。
「彼女は助けた男たちを殴りつけて言ったんだ。『戦いはここで終わりじゃありません。次の戦いのために、その次の戦いのために』。本当に彼女が言ったのか、ちょっと戸惑っちゃったよ」
「安堵の死を防いだのね」
「そのようだね、助けられたことに安心すると、そのまま死んでしまう人が多いらしい。それも後で知って驚いたよ」
驚いたと言いながらも全く驚いた顔をしていない時雨だったから、驚きのエピソードを追加してやろうと思ったのかもしれない。
霞もまた、当時隊列を組んだこともある、時雨と共通の戦友を思い出して言う。
「それ、初霜もするわよ。頬を叩いて『歩けるなら自分で邪魔にならないところまで歩いて』って言ってるのを聞いたことがあるわ」
「……それ、本当かい?」
「ワタシの耳と記憶が確かならね」
相変わらず大人しい変化した見せないが、ようやく驚愕らしい顔を見せた時雨。
霞が見聞きしたものを違えているとは思えない。それくらいには霞のことを信用している。
それと同じくらい、あの朗らかな初霜を知っているはずだと時雨は思う。お互い霞指揮下の隊で僚艦となったことさえあるのだ。
「戦争中は、信じられないことが起こるものなんだね」
「そのようね」
旗艦でありながらも自ら積極的に敵性海域に居残り、僚艦たちを先に帰らせてまで救助にあたっていた霞に感銘を受けた初霜が、霞を模してそうしていたことなど、2人には知る術のないことだった。
村雨の腕が飛ぶ話
山風が妹を守る話
金剛が「届いて、もう少しだからぁ!」と奮闘し、最後は妹に跡を託して……の話
重い話は気が進まない(-。-;
「提督の艦隊」の続きがなぁ
なので、番外編でお茶を濁し中。
ここまで追いかけてきてくれた読者の皆皆様なら、すでに心の準備はできていると思いますが、提督の艦隊は
戦没
戦艦 金剛
軽巡洋艦 由良
駆逐艦 暁
駆逐艦 村雨
駆逐艦 夕立
駆逐艦 春雨
駆逐艦 山風
MIA(作戦行動中行方不明)
駆逐艦 綾波
駆逐艦 白露
駆逐艦 時雨
後、南遣艦隊総司令艦霞により綾波、白露、時雨が戦没と認められる。