少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
「……僕は白露型駆逐艦2番艦時雨」
そう名乗った途端、人形のようだった雰囲気を綻ばせ、親しみやすい口調ではあったが状況に応じた物騒なセリフを口にする。
「少し驚いたよ。瞬きをした次の瞬間には死んでいるかもしれないのに、何事もないように歩いているんだから」
微笑ましい出会いをしている状況ではないはずだが、彼女は「僕も、同じようなものかな」と言っておどけてみせた。
なんとなく、この場から離れるのを足が拒んでいるように、次なる彼女の声を待つ。
「また、僕には守ることができなかったんだ。このまま、ここで沈むのも悪くないかなって思うよ」
彼女はすでに死に場所を選んだようだ。
「ご一緒しても構わないかな?」
「基地に行くつもりだったんじゃないのかい?」
「ああ、そうだった。性分なのかな、分かる範囲で現状の把握だけはしておこうかと」
「死ぬのを受け入れているのに?」
「どうして死ぬことになったのか、そのくらいは知っておきたいじゃないか」
「じゃあ行かなくちゃ」
おかしそうに微笑み、この場を立ち去るように促す。
しかし、足は止まったままだ。
「行かないのかい?」
「なんだろうな、君から離れるのが惜しい気がして。どうせ死ぬなら、君みたいな美しい娘と共に死にたい。そう思ってしまったのかもしれない」
自分でも不思議な感覚だった。
なぜだろう、彼女のことなど何一つとして知らないのに、とても近しい存在のような、懐かしいような。そんな不思議な感覚で足が止まる。
そのセリフに一瞬の逡巡を見せた彼女だったが、すぐに表情を変える。それは少しの驚愕と、それから困った顔。
そんな優しい表情の移り変わりを眺めていると、急に彼女が顔を曇らせた。
どうやら彼女の視線は男の腰あたりに固定されているようだ。
「ああ、こいつか。友達なんだよ」
男はそういってポケットを叩く。そこには、小さな人形のような、愛らしい姿をした不可思議な存在。妖精さんと呼ばれるものがいた。
「なぜ泣いているんだい?」
彼女が指摘するように、ポケットの中の妖精さんは涙を流し、しきりに男の服を引っ張っていた。自分を見ている時雨の視線に気がつくと勢いよくポケットから飛び出し、今度は時雨のスカートの裾を引っ張り始める。
「声が……聞こえない」
「目が覚めたときからそうなんだよ、急にこの子の声が聞こえなくなってた」
「目が覚めたら?」
「最初の砲撃で崩れた資材置き場に居たんだ。どうも気を失っていたらしくてね、気づけば彼女が私の頬を叩いてくれていたんだが、そのときにはもう声が聞こえなくなってた」
妖精さんは、しきりにスカートを引っ張り、そして片手で男を指差している。
「生きて、ほしいと言ってるのかな」
涙をいっぱいに貯めた妖精さんを見ていると、胸の奥で何かが痛んだ気がした。
彼女は妖精さんを見て困ったように首を傾げるが、それでも唇だけが少し微笑み、「わかった、僕も付き合うから」。
そう言って絵画の少女は、妖精さんを手のひらに抱きながら腰を上げた。
炎で照らされる港を並んで歩き出す。なんでもいいから話したくて、そう思えて。
彼女に声をかける。
「君も佐世保の所属かな?」
「うん。ここの第二七駆逐隊だよ。君もってことは?」
「ああ、私もそうだ。と言っても士官になりたての新兵だけどな」
時雨の手の上では、妖精さんが手を挙げ自己主張をしている。
「彼女は私の友達の妖精さん。子供の頃から一緒に居るんだけど、佐世保に赴任したときについてきてくれたんだ」
そう言って妖精さんを撫でると、妖精さんは目を細めて嬉しそうな顔をした。
妖精さんが人間に懐くのは珍しくない。しかし、子供の時分から一緒に居るとはどういうことなのだろう。
妖精さんは、基本的に基地や艤装、艦娘の側にしか姿を見せないのだ。彼は艦娘には見えないし、艦息……なんてこともないはずだ。
そんなことを考えていると、男からまた声をかけられた。
「一人なのか? 僚艦はどうした?」
「姉がいるけど、今日は呉までお使いに出ていてね、ここには3隻しかいなかったんだ。二人は最初の反抗戦で、多分沈んだよ」
「そうか、辛い思いをしたな」
基地だった物は酷い有様だった。
外壁は吹き飛び、そこいらから火の手が上がっている。散乱した瓦礫と、何かだった物。それから物言わぬ住人たちの肉片らしき物。視界の中で動くものは炎以外には見当たらない。
これでは状況の把握など期待できないだろう。
「君はどうしたい?」
「特に希望はないかな。君と運命を共にするよって言ったら、少し重いかな?」
「まさか、最初にそれを願ったのは俺のほうだ」
思いがけない彼女の返答につい一人称が素に戻ってしまう。
そして、男は少し考えるように目をつむり。
「だけど……」
口から漏れた言葉は自分でも意外なものだった。しかし、本当に自身の終わりを実感できたときに取る行動なんて、案外とそんな程度のものなのかもしれない。そう思い、今の本心を素直に言葉にした。
「今更ながら、生きたいと思う。少しでも君と一緒に居たいと欲が出た。なんて言ったら少し重いかな?」
寂しげな、だけど優しい顔をした少女は目を閉じ、決められていたかのような答えを返した。
「まさか、君と運命を共にすると言ったのは僕じゃないか」
さぁ、生き残るための悪あがきを始めよう。