少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
アナタからの感想をお待ちしているのですよ٩( 'ω' )و
(フィール・ニルヴァレン風に)
スラリとした体躯だが、その佇まいから相当に鍛えられていることが容易に想像できる。
しかし、威圧感を放っているのはそういった立ち振る舞いではなく、単純に顔のことだ。
決して厳しいわけではない。むしろ線の細い整った顔立ちをしているように思う。
だが、今まで幾度となく修羅場を掻い潜ってきたのだろう証が、一目でソレとわかる形で顔には刻み込まれているようだった。
全身を黒い衣服で包んだソイツは、まるで死神のようで、不吉を撒き散らしながら、その手にした鎌で残虐に命を刈り取る。そんなイメージを抱かせる。
ただ立っているだけで、外に流れ出す力の奔流のようなものを感じた。
「アンタが運び屋か?」
「おぅ、そのようなもんだ」
時間どおりに現れた、その黒衣の死神に声を掛けると、見た目よりもずっと話しやすい口調でそう返ってきた。
調子に乗った俺は、つい、軽い気持ちで死神に質問をする。
「アンタ、経歴も凄そうだが、どこかの組織に属しているのかい?」
そしてすぐに、俺は後悔することになった。
ソイツは口が裂けるんじゃないかというような、凄惨たる笑顔を浮かべて言ったのだ。
「おいおい、俺の素性なんて詮索しないほうがお互いのためなんじゃねぇか?」
ソレは夢に出てきそうな笑顔だった。
しかし確かにそうだ。見るからに堅気ではない奴に深入りしていいことはないだろう。
俺としたことが、デカい山を前に少々浮かれているらしい。
「んじゃ、早速仕事の話だ。お前らの積荷を無事に届ければいいんだろ? なら、大船に乗ったつもりで任せておきな」
死神は「運び屋」と呼ばれている裏稼業の人間だ。
深海棲艦なるバケモノが海を荒らすようになり、海上を輸送するのも簡単ではなくなってしまった。
そこに運び屋の出番がある。
コイツらは、いつバケモノが襲い掛かってくるか分からない死の海を、依頼された品を抱えて輸送するのだ。
無理して海を往く必要があるのかって?
知れたことだ。
お天道様に見られても恥ずかしくない品なら海軍に護衛を頼めばいい。最近そういったことを請け負う艦隊が現れたなんて噂があるんだ。
海運は品物を大量に輸送するのに向いているからな、それもいいだろう。
では、その品が誰にも知られるわけにはいかない物だったら?
陸路? バカを言え。
海運のルートが閉ざされてからこっち、陸路の監視はキツくなるばかりだ。
主要な道路は検問のオンパレード。ついでに海運の穴を少しでも埋めようと、陸路の輸送に税金まで乗っける国が出てくる始末だ。
だから、俺たちみたいな日陰者は、決して安くはない金を払って運び屋に依頼をする。
そして運び屋は、決して安全ではない海を渡って報酬をせしめる。そういうわけだ。
「悪いが、初めて組むアンタをまだ信用しきれない。荷の積み込みまではこちらでする。船も用意してあるので、アンタには警護だけお願いすることになる」
この死神は信用できそうだが、この世界では慎重じゃないマヌケから死んでいくことになる。
今回の品は、それほどまでに重要で、そして危険な物なのだ。
面と向かって信用できないと言われた死神だったが、それを気にすることなくこう言い放った。
「あぁん? 積荷ったって、どうせ艦娘や武器弾薬の類だろ? いや、普通に拐ってきた女ってことも考えられるのか。まぁいいや、荷物に興味なんてねぇよ」
ガラは悪いが、男っぷりのいい奴だ。
コイツとなら良い仕事ができそうだ。そんな直感のようなものを感じた。
その日は顔見せと契約内容の確認だけしてすぐに別れることにした。
頼りにならないと感じたら、すぐにご破算にするつもりだったが、アイツになら任せて大丈夫だろう。
もっとも、選べるほどの運び屋だっていないんだがね。
なんとか航海分の油を手に入れ、命知らずの船員を手配した。
命知らずというよりは、どいつもこいつもスネに傷を持ち、陸に居るほうが危険なのだといった奴らばかりだ。
ともあれ、いつでも出港できる準備は整えた。改めて奴に連絡を取る。
いよいよ荷物の受け渡しだ。
場所は寂れた港町にある古びた倉庫。
昔は活気があったらしいが、こんな時勢だ。海辺の町などどこも大差ないだろう。
奴は今日も変わらず時間丁度に、黒衣を纏って姿を現した。
「ここだ」
「おう、数日ぶり。こんな廃墟に置いてあったのか? 危ねぇだろ」
本当のことを言うと、こんな海辺には1秒だって居たくはない。海はバケモノの巣だ。
この品が今から海を渡るのでさえなければ、足を向けることなどなかっただろう。
しかしこの死神はどうだ。
海を前にして堂々としている。まるで海を怖がっていない。それは確信とも言える予感だ。
このような奴でなければ、運び屋などやっていられないのだろう。
その風貌に寄らない気さくな口調で話してくれる死神に、俺は答える。
「あからさまなくらいで丁度良いんですよ。そのほうが怪しまれないんです」
「そんなもんかねぇ」
自分から話を振ってきたが、興味があるのかないのか。あまり頓着はしていないようだ。
ただ依頼の内容をこなし、報酬を手にしたらそれで満足なのだろう。プロとはそういったものだと納得することにした。
早速船に積み込みを始めよう。
もしものことを考え、事前に積み込むことができなかったのだ。
そんなことになれば、海に出る前にこの死神にもう一働きしてもらわなければならない。
その時だ。
死神が飛ぶようにして俺の側に近づき、声を出す間もなく引き倒されたのだ。
なんだ、俺を裏切るのか?
そんな考えが頭に浮かんだ途端に、この廃倉庫に鉛の雨がぶち込まれた。
「バッカやろう。目ぇ付けられてんじゃねぇか!」
死神がそう言って悪態を吐いた。
なんの気配も感じなかったソレを、この黒衣の死神は感じ取っていたのだ。
そして、自らの身を危険に晒しながらも依頼主の俺を守ってくれた。
死の匂い。俺には嗅ぎ分けられないそんなものがあるのかも知れない。
コイツはプロだ。そして、本物の死神だ。
「死にたくなけりゃここで頭下げてろ。動くんじゃねぇぞ!」
そう言って奴は、銃弾の飛び交う中を駆け、襲撃者に死の鎌を振るった。
俺は言われたとおりに頭を抱え、地面に擦り付けるようにしてただ時間が過ぎるのを待つ。
奴に任せておけば心配ないと、このときにはもう信用していたのだ。
気が付けば、倉庫には先ほどまでの静けさが戻っていた。
「あん? こいつら当局じゃあねぇな」
襲撃者の装備を確認していたアイツが言った。
どうしたらいい? 出港は延ばしたほうがいいのか? それともすぐにでも発ったほうがいいのか?
陸上で襲われることなど想定していなかったし、襲ってきた奴らが何者なのかも見当が付かない。
「どうします?」
不安から、つい死神に尋ねてしまった。
すると奴は、まるでなんでもないことのように、焦った風でも興奮してる風でもなくいつもの調子で言ったのだ。
「予定どおりだ、こいつらの始末は部下に連絡しておく。血の匂いってのは厄介ごとを連れ込むんだよ、積み込みのほうを急がせな」
それを聞いて、俺も落ち着きを取り戻すことができた。
「勇ましいですな」
「荒事が俺の仕事なんでね。もう慣れちまったよ」
一寸先も確認できない漆黒の海だ。
何者かに襲撃されたこともあり、俺も乗船することになった。
普段の俺ならば、そんなことくらいで海に出たりなどしない。
しかし、今はここのほうが安全だと思った。
死神のいる場所が、世界で最も安全な場所のように感じていた。
このまま積荷と一緒に海を渡るのも悪くない。
アチラに渡れば大金も手に入るのだ。
このまま暗い仕事とおさらばし、ついでにしみったれたあの国に別れを告げるのもいい。
行き先は、憧れの大国なのだから。
到着までは数日かかるはずだ。
船内でゆっくり休ませてもらうことにしよう。
甲板で見張りをしていた船員の一人が、海面を滑る“なにか”を見つけることができたのは奇跡だった。
海に浮かぶ女だ。
見間違いかと思い、甲板に設置された大型のライトを向ける。
光に照らされた幽鬼の如き女。
見間違いなどではない、海の上に、真っ白な髪をなびかせた女が立っている。
「うん? どうやら見つかってしまったようだね」
「もぅ、なにやってんのよ! 隠密作戦が台無しじゃない」
「緊急なのです、響ちゃんが見つかっちゃったのです!」
「もういいわ、始めなさいな」
無線越しに霞の指示が飛ぶ。
珍しく今回の粗相は見逃してくれるようだ。
「じゃあ行くよ、カウント60、59、58」
「長いわよ! いいから今すぐ行きなさいったら」
結局怒られた。響なりのちょっとした茶目っ気だったのだが、それは伝わらなかったらしい。
すぐさま六駆の四人が海面を蹴り、目標の船に向かって駆け出す。
甲板上からは小銃の射撃音。同時に、海面には次々と弾丸が突き刺さっていく。
しかし、子供の姿をした小鬼たちは、スピードを殺すことなくそれを難なく躱し、近づいてくる。
正気の沙汰とは思えない、その動きはとても海上で行うものではない。
「な、なんなんだ?」
船内で休んでいた男が、騒ぎを聞きつけて顔を出す。
甲板上では、多くの船員が一心不乱に海めがけて少銃を乱射していた。
「アイツは? 死神はどこだ?」
アイツを探さなければ、アイツの側に行かなければ、男の頭に浮かぶのは死神のことだけになっていた。
「暁、船の武装はわかるかい?」
「ふふん、任せてよ! 暁に見えないものはないんだから」
響に問われた暁は、そう言って意識を集中し、船の武装を探る。
むむむ……。
「甲板後部に機銃があるわね、いける?」
「Ладно。失敗の埋め合わせはさせてもらおう」
船と並走するように駆ける響が、その砲をゆっくりと構えた。
揺れる船上を駆け回り、ようやく男は死神を見つけることができた。
ソイツはこのような状況の中でも取り乱すことなく、今は休憩中だと言わんばかりだ。
「硝煙の匂いが最高だなぁ、おい」
男に気付いた死神が、そう言って笑いかけた。
襲撃の最中にあってこの余裕は頼もしいばかりだ。
「なんで海上であんな動きができる。アレはバケモノか? それとも艦娘か?」
死神の側ならもう安心だ。
そうして男は初めて、船から海面を見下ろしてソレを確認することができた。
「ありゃ“艦娘”だよ。バケモノ呼ばわりは止めてやってくれ、アイツらの心の傷に触る」
死神が、まるで海に立つ亡霊を知っているかのように話した。
「アイツらはあの大戦の海で、大型艦どもの砲撃を掻い潜って生きるのが日常だったんだからよ。あんなしょぼい攻撃で怯むわけがねぇ」
艦娘と呼ばれる幽鬼の一人が、手にした錨を投げたかと思うと、甲板の転落防止柵にソレを引っ掛けて強行乗艦を試みている。
このままでは、乗り込まれるのも時間の問題だ。
「なぁ、アンタ。アンタならなんとかできるんじゃないのかい?」
「なんとかって言われてもなあ」
この期に及んで、この女の余裕そうな態度はどうだ。
大丈夫だ、大丈夫に違いない。
「察するに、あんたも相当強いんだろう?」
「はは、そりゃ買い被り過ぎだぜ」
「はい、そこまでよ!」
突如会話に割り込んだのは、甲板に積まれたコンテナの上に仁王立ちする雷だ。
「よぉ、ちんまいの。阿武隈のやろう、姿が見えねぇようだけど?」
「阿武隈ならあなたから小言を貰うのが怖いからって欠席よ」
「なんだー? あのバカ。由良や鬼怒が甘やかし過ぎるからあんなお嬢ちゃんになるんだ。アレで一水戦の旗艦様だって言うんだから世も末だよ」
侵入者と死神が、昔からの知り合いのように会話をしている。
最悪の想像が男の頭を駆け巡った。
「あんた、裏切ったのか?」
「それは勘違いだね。裏切るもなにも、天龍は帝国海軍の基礎を作った艦の一人だよ。生きる海軍そのものさ」
新たに甲板後部から姿を現したのは響。
船に設置されていた機銃を砲撃で撃ち抜いたあと、甲板上の船員を片付けながら移動してきたようだ。
「はっ、大げさだなぁ」
響のセリフに天龍が肩をすくめて笑ってみせた。
大げさだと笑う天龍に、続けて雷が言う。
「なに言ってんだか、今の二水戦を作り上げた張本人。華の二水戦の元祖旗艦でしょ」
それを聞いていた男が、冷や水をぶち撒けられたかのような顔色で絞り出すようにして言った。
「二水戦……」
艦娘を見たことがなくても、その名前には聞き覚えがある。
大帝国となったあの国の海軍にあった、その最強の切り込み隊、海戦の最前線を舞台とする突撃部隊だ。
「おだててくれるなって、今じゃただのロートルだよ」
こんな状況でも涼しい顔を崩さないこの女。
コイツが、この死神が……。
「クソっ!」
男は脇から抜いた拳銃で天龍に狙いを定める。銃の扱いは手慣れているのか、その動きはとてもスムーズだった。
しかし、
「おっと」
狙われた天龍は、咄嗟に上半身をスウェイバックさせ銃口から体を逸らしつつ、いつの間にか手にしていた斬艦刀の切っ先を男の持っている拳銃のトリガーガードに引っ掛け、男の体に傷一つ付けることなく器用に奪い取った。
「左側から狙ったのはいい判断だったぜ」
天龍と呼ばれた女がクルクルと回しているのは俺の銃だ。
そのあまりの早技に、男には何が起こったのかわからなかった。ただ、気が付いたときには、手もとから銃が失われていたのだ。
ただの人間に理解できるわけがない。
それを見ていた響でさえ、それが技術なのか、それともただの反射なのか判断がつかなかったのだから。
なにがロートルなのか、口の中だけでそう呟いた。
「で、どうするんだよ?」
未だにコンテナの上で仁王立ちを続ける雷に天龍が声を掛けた。
「その甘ったれた旗艦の代わりに、司令官が来ることになってるから心配いらないわよ」
「お、わざわざ若が出張って来るのか。そりゃアンタらもご愁傷様だねぇ」
雷の返答を聞いた天龍が嬉しそうに、先ほど捕まえた男にそう告げる。
「ちょっと、私の司令官をそんな風に呼ばないでよ」
「いいじゃねぇか、これは俺からの期待の表れなんだよ」
残っている船員を無効化しながら、響が暁に問い掛ける。
「暁、司令官に連絡はしたのかい?」
「もちろんよ、今こっちに向かっているところじゃない?」
視線を巡らせると、闇夜の海に煌々と光を放ちながら一隻の船が近づいて来るのが見えた。
「制圧はできてんでしょうね?」
無線から霞の確認が飛んできた。
「こちら響、甲板上の脅威は排除」
「暁よ、操舵室も確保したわ」
「電、船内を確認中なのです」
そして仁王立ちの雷が続ける。
「船内はまだみたいだけど、時間の問題よ! 心配はないから来ても平気よ?」
「おぅ、構いやしねぇからドーンと来いよ」
雷をコンテナの上から降ろしてやりつつ、天龍がそう言った。
「ご苦労だったな、天龍」
無線に乗って流れてきたのは提督の声だ。
「なんてことねぇよ」
ニヤニヤと、強気の表情を崩さなかった天龍が今回初めて見せた照れ顔だった。
そして続け様に、今回の作戦の肝心な部分を報告する。
「積荷を船に乗せたところまでは確認できてる。売主は俺の足下に転がってる。客のことはこれから吐かせねぇとな」
「そうか、情報どおりだが、あまり嬉しいものではないな」
そこへ、船内の確認をしていた電から連絡が入る。
「積荷を確認、保護したのです。衰弱していますが、怪我もなく無事なのです」
それを聞いた天龍が、よっしゃ。と一声上げ、それから言った。
「なんにせよ、無事で良かったじゃねぇか。さ、俺たちの港に帰ろうぜ」
艦隊決戦を念頭に置いた本格的な水雷戦隊に二水戦が生まれ変わったとき、その旗艦を最初に務めたのが天龍。
世界水準を軽く超える軽巡だったんだぜ。