少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
あれあれなことになった末期除く。
1〜10は横須賀籍
11〜20は呉
21〜30は佐世保
31〜40は舞鶴
時雨は元々第9駆逐隊でしたが、佐世保に転籍した際にみんなの知ってる27駆になりました。
身柄が横須賀に移される日。久方ぶりに見た時雨は大きな旅行鞄を手に待っていた。
「顔色は良さそうだな、大変だったみたいだが」
「うん。出発に間に合ってよかったよ」
元気そうでなによりだ。笑ってそう声をかけると、時雨も笑顔で答えてくれた。
「大きいな」
両手で抱えている荷物を見て素直な感想が漏れる。
「なにが要るのかわからなかったけど、必要そうな物を詰め込んだらこうなったんだよ」
「女性は荷物が多い」
「なにを言っているんだい、ほとんど提督の荷物だよ」
用立てしてくれたのは伊勢たちらしい。
彼女には、本当になにからなにまで世話になった。
「少尉、横須賀までの警護をさせていただきます。山崎といいます」
若い男ではあるが、軍歴だけなら自分の先輩にあたるのだろう。
それぞれに挨拶を交わしたところで行程について質問をする。
「横須賀へはどうやって?」
「広島までは私が運転する車で行きます。そこからは電車ですね」
いくら国土の狭い日本だとはいえ、広島-横須賀間は飛行機の距離だろ。と言いたいところだが、そう指示されたのならば仕方がない。73式の荷台に詰め込まれて列島横断ではないだけ良かったとしよう。
「しかし解せません。警護と言うのなら、なぜ私一人なのでしょう」
「内地の陸路だからな、差し当たっての敵なんていないだろ」
「ではなぜ私が?」
「お目付け役だな。私たちが逃げないための」
その任も果たせなさそうだが、と少し思った。
「それでは、車をまわしてきますね」
「夕餉の時間までに間に合うかな?」
「うん? 昼過ぎには着くだろ」
「え、鉄道で向かうんだよね?」
これもジェネレーションギャップというやつなのかな? 電車で行くと聞いた時雨の考える到着予想時刻が現代人のそれではない。
「時雨は陸の移動は経験ないか?」
「うん、国内の移動はほとんどないし、あっても自力航行だよ」
「そうか、新幹線は初めてか」
時雨が艦だった頃には新幹線なんてものはなかった。艦娘になってからも陸路の経験がないのなら、彼女は自分が護っている国が、いったいどういった姿をしているのか見たことがないということだ。
いや、時雨だけじゃない。多分、ほとんどの艦娘が同じ状況なのだろう。誰を護っているのか、なにを護っているのか。そういったものを知ることなく、海で、彼女たちはただ戦っているのだ。
音もなく白色の車が目の前に停まったかと思うと、山崎がトランクルームを開けて運転席から降りてくる。時雨の手から荷物を受け取り、ドアも開けてくれた。至れり尽くせりの対応だな。
「これ、靴は脱いだほうがいいのかな」
「脱がなくていい」
トンチンカンなことを言う時雨を車に押し込み、自分も後に続く。
「それじゃあ出発します、駅まで40分はかからないと思います」
動いているのかどうかわからない静かな駆動音で車が動き出す。
「いい車使いやがって」
「自分はハイブリッドってあんまり好きじゃないんですがね、やっぱりロータリーが至高です」
「滅んだエンジンなんてどうでもいいが、エンジン音がないのは風情がないな」
「ヒドイですよー」
狭い車内で息が詰まる思いをするのは勘弁してもらいたいと考えていたが、車が好きなのか、空気を読めるのか、少し砕けた会話を楽しむことができた。
シーレーンが壊滅的な状況にある我が国としてはなかなかに頑張っていると思うが、ガソリンがジュースよりも安かった時代はとうの昔に終わりを迎え、ガソリンオンリーな車を所有できるのは富裕層だけとなってしまった。
それでも野菜◯活よりもまだ安い金額を維持できているのだから、先進国日本の面目躍如と言ったところだろう。
もっとも、ロータリーが滅んだのはそれより以前のことなので今戦争とはまったく関係のない話なのだが。
そんなどうでもいい会話を交わしていたのだが、隣の席で微動だにしないまま固まっている時雨に気付き何事かと声をかける。
「どうした?」
「これ、自動車? こんな凄い乗り物に乗るのは初めてだから、緊張しちゃって、汚さないようにしないと」
運転席でつい吹き出した山崎が声をかけた。
「時雨さんって一見取っつきにくいかと思ったんですが、実はめちゃくちゃかわいいんですね」
「確かに時雨はかわいいが、ウチの時雨に変なことを言うのは控えてもらおうか山崎くん」
あと全然取っつきにくくないぞ。
「安心しろ、これが今の日本の普通車だ。特別なもんじゃない」
「そうですよ時雨さん。なんなら記念に運転席のシートに靴跡べったり付けていってもらっても構いませんから」
「し、しないよ? そんなこと」
しばらく乗っていると、この音のしない乗り物にも慣れた様子で、車内では時雨が窓の外を眺めて景色を楽しんでいる。その時雨が放心したかのように声を上げた。
「て、提督」
「そうだ。これが中国地方最大の都市、広島だ」
広島市が近づくにつれ、街は都会の様相を見せていく。
「凄い、あの戦争でなにも残らなかったと聞いていたのに」
「なんにもなかったんですよー、なんにもないとこから、ここまで復興したんです」
夏が近づくと、その季節だけ都市名をカタカナにされてしまう。そう沈んだ声で言っていたのは誰だったかな。いつまでも責めるように、そう言ってやることもないんじゃないかと個人的には思う。
「君は地元なのか?」
「いえ、東海の出です」
なんかもうガッカリだよ。
もっともこいつが広島出身だったとしても、生まれたときにはすでにこの状態だったのだから復興もなにも感慨深いものはないのだが。
「これが、日本……」
「その一部だな。日本は世界有数の経済大国ではあったが、なにも日本の顔は大きな街だけじゃない。しっかり見ていけよ、これが、時雨が護っているものの姿だ」
駅に着いてからは、構内で立ち尽くす時雨を引きずるようにしてホームに出た。
「凄い人だね、こんなにたくさんの人が居るのは初めて見るよ」
ざっと周りを見渡してみたが、ホームはどちらかと言うと空いているように思う。
「楽しい旅行とはいかないかもしれませんが、時雨さんにとっては初めての電車旅。とりあえず、駅弁買ってきますね!」
同じ思考に思い至った、とはいかないだろうが、山崎は返事を聞く間もなく警護対象の二人を残して飛び出して行った。
「ったく、俺たちが逃げたらどうするんだ、アイツは」
慌ただしい山崎の背を見送って、苦笑いで言う。
「楽しい人だね」
「悪いやつではないようだな」
頭は悪いかもしれないが、少なくとも彼となら退屈な道中を過ごさなくてもよいようだ。
新幹線がホームに入ってくるときにも時雨がパニックを起こす一幕があったが、その話は文字数の都合上残念ながら割愛する。
靴を脱ごうか迷っていた時雨の背を押して車両に入り、チケットを確認すると指定された席は後ろから2列目だった。
「どうせなら1番後ろが良かったな」
「いや、それだと自分が後ろを向いて警護することになるので」
勘弁してくださいと言い山崎が最後列に座る。2席側のシートだったので、そこは感謝だ。
「ほら、窓側に行きな」
「それだと提督が邪魔になって警護し辛いんじゃないかな」
電車移動が初めての時雨に楽しんでもらおうと窓側を譲るが、警護を理由に難色を示す。
「お前もか、国内の移動で心配は要らん」
命を狙ってきそうなのは呉鎮守府くらいだ。と思ったが、それならば警護に就く人材をもう少し選びそうなものだ。横須賀までの道中で心配しなければいけないのは事故くらいだろう。
まだ納得したわけではなさそうな時雨を詰め込み、時雨の持っている荷物を引ったくるように受け取ると、荷台に上げながら山崎に問いかける。
「君の隣は?」
「さすがに買ってありますよ。空席です」
少し考えたが、ここは道中の広い空間確保を優先することにした。
「よし、やっぱり君こっちに座って席ひっくり返せ」
「同席していいんですか?」
「ウチの姫様は君のことが大層気に入ったようでな、横須賀までの間、姫を楽しませる栄誉を与えよう」
「ちょ、ちょっと提督」
いつの間にかやんごとない身分にされてしまった時雨が動揺するが、山崎はすかさず芝居掛かった仕草で恭しくお辞儀をする。
「ははぁ、この山崎。必ずや姫様に楽しんでいただけるよう努めさせてもらいます」
こうして、三人向かい合っての電車旅を楽しむこととなった。
「そんなに後列がよかったんですか?」
「倒したいんだよ、あと後ろ向きに座りたくない」
「ヒドイっすね」
まだ短い時間を共に過ごしただけだが、随分と口調が砕けてきた。こちらは成り行きで司令の真似事をしただけの新米少尉なので、それに対して特に目くじらを立てることもないだろう。
俺も時雨も気にしないので、あまり畏る必要はないと告げる。
「なんだか、あんまり上官って気がしないっすね」
「無礼な奴だな」
気にしないと言ったそばからこれだが、人間としては面白い奴だと思う。
「あ、そだ。姫様のお弁当お弁当っと」
「俺の分もあるんだろうな?」
口ぶりから時雨の分しか買っていなさそうな嫌な予感を感じたが、さすがにそれは買ってきていたようだ。
「ちゃんと三人分買いましたよ」
「いくらだった?」
そう言って財布を取り出すと驚いたように山崎が言った。
「領収書もらってますけど、いいんですか?」
駅弁の料金は経費では落ちないだろうと思うのでここは奢ることにする。軍人の出張時に認められる昼食代は運動盛りの学生の弁当代よりもひもじいのだ。世知辛い。
「構わんよ。呉鎮の金で食う飯は不味そうだ」
「はは、司令のお金で食べる弁当が美味しそうです」
駅弁を食べるのは久しぶりだ。
幼少の頃に、もしかすると食べたことがあるか? と疑問符が付くくらいには記憶にない。
まぁアイツらは忙しい中でも俺との時間を捻出することに余念のないヤツだったから、きっと何度かはあるのだろう。ソレを幼少の頃と言えるかはさておき、との注釈はつくかもしれないが、そこは特に重要ではないのでいい。
そして、それに対しては山崎が粋なことを言った。
「姫様の初めての旅行ですよ? コンビニ弁当なんかじゃ味気ないじゃないですか」
「僕のことは時雨って呼んでくれないかな」
困った顔でそう言うが、畏れ多いことだと山崎は取り合わない。
「赤い帽子の弁当じゃないんだな」
「野球ネタは戦争の火種になり兼ねないので控えました。ファンなんですか?」
「そもそも野球に興味はないな。ところで、なんでカツレツ弁当だ?」
広島で買う駅弁と言えばアナゴ弁当かと思ったが、並んでいる弁当は3つともカツレツだ。広島らしさのカケラも感じないと思うのは俺だけだろうか。
「だって、姫様は海のひとですからね。魚は食べ飽きてるかと思いまして」
お前が食べ飽きてるだけなんじゃないかとも思ったが、配慮としては理解できるのでなにも言わなかった。それに、どちらかというと魚より肉が食べたいのは俺も同じだ。
「どうだ、時雨」
動き出した車窓から外を見やる。今日は空気が澄み渡っているのか、鷹ノ巣山がよく見える。
「キレイだ、海から見る風景とこんなにも違うんだね」
こちらを向いた時雨の目は少し潤んでいた。
「キレイなのは時雨さんですよ」
急に真面目な口調で言う山崎に、時雨の姿と猫が逆毛を立てる姿がダブるように幻視できた。お互い手には弁当を持ったままなので、ギャップが滑稽でもある。
「きゅ、急になにを言っているんだい? 意味がわからないよ」
「この風景より、この風景を見て目を潤ませてくれる時雨のほうがキレイだと思ったんだろ、俺も同意見だ」
できれば、こういう艦娘にこそ国を護ってもらいたい。そう思った。
「自分、艦娘さんとお話しするのは初めてなんですが、姫様は本当にかわいいひとなんですね。艦娘さんのためにも、できることを頑張ろうって思えました」
照れているのか、少し俯いてモジモジしている時雨がいじらしい。
「俺の時雨にいらんちょっかいをかけるようなら、横須賀に着く前に辞世の句を詠むことになるぞ」
あとさっきから気になっていたが、一人称を自分と呼ぶな、お前は陸軍か。
「そんな目で見てませんって! むしろ、司令と姫様はお似合いで、見ていて羨ましいですよ」
ますます顔を赤くした時雨。提督に“俺の”と言われたことも、実はクリティカルヒットしていた。
「さっきも言ったが、別にお前は俺の部下じゃないんだ、司令だなんて呼ばなくていいぞ。そもそも成り行きで指揮しただけで司令でもなんでもないしな」
「いいえ、姫と同じくらい司令のことが好きになりました。これはリスペクトの証っす」
なんなら司令のことは殿と呼んで仕えたいとまで言いだした。姫の相方だが王様じゃないんだな。
時雨はというと、“リスペクト”と言う言葉がわからなかったらしいが、敢えて説明することもないだろう。言葉なんてものはそうやって覚えていくのだから。
「ところで、いつ頃からなんですかね」
「俺が小さい頃はまだこんなじゃなかったけどな」
箸で弁当をつつきながら、ようやく平常心を取り戻した時雨が、唐突に主語なく始まった会話に疑問を投げかける。
「どうかしたのかな?」
「電車の中で飯食ってると、迷惑そうな顔をされるようになったのはいつ頃からかなって」
驚いた時雨が視線を周りの座席に向けると、露骨に嫌そうな顔をしている人や咳払いでなにかを告げたそうな人などが目に入った。
「鉄道の中では食べちゃいけなかったのかな」
「そんなワケじゃないはずなんだがなあ。駅弁売ってるし」
小さくなってしまった時雨を見て、とりあえず、アナゴ弁当じゃないだけ良かったかと思う。ここにきて山崎の選択は間違ってなかったと実感した。
「現代日本って感じっすね、電車が旅行の足から日常の足に変わったのが原因ですかねぇ」
なんだ、意外と頭は回るのか? 口調のせいか挙動のせいか、やけにバカっぽい山崎からまともな話が出ると驚く。そんなに山崎のことを知っているわけではないが、そう思えるのは悪くない気分だ。
やはり周囲の視線が気になったのか、少し早食い気味に時雨が食事を終える。
神経が図太いのか、提督と山崎はマイペースに食べ続けたが、元々食べる速度が早かったので、間も無く全員が食べ終わった。
お腹が満たされるとタバコが吸いたくなるが、電車内どころか病院の待合室でさえ所構わずタバコが吸えた時代ではないので我慢するしかないだろう。
食事を終え、窓に視線を移していた時雨がふと疑問を口にする。
「凄く速度が出ているようだけど」
「山陽のほうだと最高速度は300km/hかな」
「ひゃ、160ノット以上出てるってことかい?」
「姫様計算早いんすね、全然わからないです」
「お前はカレンダーでも見てろ。海兵だろ」
海を征く者なら速度換算くらいは知っておいてほしい。
「僕の5倍近く速いんだ」
「海の上と線路の上だからな、まあそれでも新幹線は速いけど」
新幹線のウリは速いだけじゃなく、そのシステムのほうなんだぞ、と言いかけたが、その筋の人と勘違いされると危険なので控えよう。女の子にとってはあまり興味のない話になるだろうしな。
「時雨は新幹線しか乗ったことがないから、わからないだろうが」
代わりにちょっとした小ネタを提供してみる。
「新幹線の窓は他の電車に比べて視界が高いらしい」
「それはどうしてなのかな?」
「在来線と同じ視界だと、近くの景色が目に入るからな。速度差で怖がる人が出るんだと」
「へぇ」
感嘆の声を上げたのは山崎。お前を喜ばせるために披露した豆知識ではないんだがな。
道中は山崎がくだらない話やくだらない話、他にもくだらない話などを時雨に振り、時雨にとってはいろいろと充実したものとなったようだ。
車内のドラマなど関係なく、新幹線は定刻どおり順調に進んでいく。
「平気か?」
「なにがかな?」
「お尻が痛くなったりとか」
「平気だよ、こんなに凄い速度で走っているのに全然揺れないし、座席もソファのようだね」
このくらいではセクハラになったりしないよな。と微妙にドキドキしたが、特に気にする素振りも見せずに返答がきた。世のお父さん方の苦労がちょっとだけわかった気がする。
「自分は結構しんどいですよ」
俺もケツが痛い。現代人は弱いんだな。
「おっと、そろそろだな」
「外を見てみな」
その光景を忘れることはないだろう。口を開き、一点に視線を集中させ、時間を忘れたように動きを止めた時雨。
こちら側の席を取った山崎の、多分今年1番のファインプレーだと思う。さっき初めて会ったところだけど。
いずれにせよ、なんらかのタイミングで礼を尽くさねばと、そんな気持ちになった。
「これが、僕たちの護ってきたもの」
神々しいまでの日本の象徴。それに視線を奪われ、それっきり言葉は続かなかった。
余韻に浸る時雨を乗せた新幹線は、ほどなく新横浜駅に到着。横浜まで来たら迎えの車があるかとも思ったが、最寄駅からあとは歩いて来いとのことだったので、乗り換えの必要がある。なんだこの対応。
山崎は横浜の地理に明るくないようで、新横浜からは提督自ら三人分の切符を用意して先導することになった。わからないなら品川までの切符を買っておけ。
都心の環状線に比べたら乗客などいないも同然だが、時雨にとっては目を回す混雑だったようだ。時雨の手を取り乗り換えを済ます。
新横浜から横浜駅、そして横浜駅から横須賀中央へ、あとは数分歩けば横須賀鎮守府に到着する。
「呉からの移動はどうだった?」
「とても楽しかったよ、初めて見るものばかりだったし、今日のことは絶対に忘れないよ」
そう言う時雨は道中で見た様々な日本の姿を思い返しているようだ。
「今の日本を知ることができて良かった。こんなに早く横須賀に着くなんて思ってもみなかったしね」
「そういえば、横須賀は初めてか?」
「僕は元々横須賀鎮守府の所属艦だよ、佐世保に行ったのはその後だね」
「自分はずっと呉なので、横鎮は初めてです」
お前の話は聞いていない。と言いたいところだが、それよりもまず言っておかなければならないことがある。
「今後、ウチの時雨の前でその略し方は禁止だ」
もちろん時雨さんの初めてのカップ麺は、初手フタ剥がしで失敗した。