少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
さて、楽しい小旅行は終わりだ。今からは横須賀での査問になるのだろう。気を引き締めて臨まないと。
鎮守府にて到着を告げると、案内係が来客用の宿舎まで案内してくれた。律儀に3部屋用意されているところをみると山崎はトンボ帰りを免れたらしい。
先に荷物を置けということだろうが、自分の荷物は時雨が持っている旅行鞄1つなので手持ち無沙汰だ。
案内係にこれからの予定を聞くと、今日はなんの予定もないのだと言う。
伊勢の話ではとにかく1日でも早く二人を横須賀に来させろと毎日催促の連絡がきていたそうだが、この緩いスケジュールはなんなのだろう。
急にやることがなくなってしまい、部屋にはこれからどうすればいいのかと二人が集まってきている。
「お前は俺をここに連れてきた後どうする予定だったんだ?」
「横須賀鎮守府の指示に従えとしか言われてないっすね。てっきり送ってきた足でそのまま呉に戻されるもんだと思ってたんですが」
雁首揃えてても仕方がない。気は進まないが、到着したことを知らせておかなければ後々面倒になる奴も居ることだし、嫌なことは先に終わらせておくとしよう。もしかすると今回のことを糸引いた張本人かもしれないしな。
「挨拶に行く、お前らもついて来い」
二人を従えて来客用宿舎を出て庁舎に入る。
階段を登り、廊下を進むほど空気が沈んでいるのか重苦しい圧迫感がある。
「提督、こっちは」
時雨が心配そうに声をかける。
ここいらは通常、あまり立ち入る機会のない区画。その中から、一つの仰々しい扉の前に立つ。
「自分も居ていいんすか?」
さすがに山崎もここがどういう部屋かわかったようだ。
だが、逃がさん。
ノックをしてから挨拶しようとして固まった。自分は今どこに所属してるんだ? 無くなってしまったが今も佐世保に所属したままなのだろうか。
考えたのは一瞬の間だったが、見るからに重そうな扉が、しっかりと手入れをされているのであろう軽やかな音で内側から開かれた。
「どうぞ」
ノックのポーズを取ったままの提督を一瞥し、サイドテールに髪を結った女性が入室を促す。
「なんだ、ピンポンダッシュでもするつもりだったのか? いくつになっても悪ガキのままだな」
口の端で笑い、気さくな雰囲気で声をかけてきたこの老年の男が部屋の主。それに半ば投げやりな口調で返答する。
「いえ、どこの所属を名乗ればいいものか、少し考えてしまいまして」
「そちらは?」
提督の横に並ぶ二人に手をかざして紹介を促す。
「僕は白露型駆逐艦時雨」
「じ、じぶ、私は呉鎮守府所属の山崎太一であります」
何度か噛みながらも敬礼をする山崎に返礼をし、部屋の主人が名乗った。
「うむ、私は海軍中将の深山だ。よろしく」
緊張する山崎に楽にしてくれと言い、提督に向き直る。
「挨拶に来るのが早いじゃないか、そもそも来ないかもしれんと思っていたぞ」
「来ないと来ないで、後から面倒そうだと思いまして」
「提督」
小さな声で時雨が提督を嗜める。中将相手になんて口の利き方だ。
「かわいい娘だな。時雨ちゃんと言ったか、君のことは横須賀に居た頃からよく知っている。佐世保に移ってからも随分頑張ってくれていたようだ」
自分のことを知っていると言われて驚きつつも、中将に対する提督の口調のせいで気が気じゃない様子だ。
「お茶の用意を頼めるかな」
傍で静かにしていた女性に声をかけると、中将は高級そうなソファに腰を下ろし立ったままでいる提督たちにも掛けるよう勧めた。
奥側から山崎、時雨の順に座らせ、1番手前、中将の前に提督が腰掛ける。
行儀よく座る二人と対照的に、ドッシリと構える中将と、溜息を吐きながら深く背もたれに身を預ける提督。
「て、提督。失礼だよ」
その態度を見て目を丸くした時雨が意見するも、その返答にますます顔を真っ青にすることになった。
「失礼なのは理由も話さずイキナリ呼びつけるソイツの人間性だ」
鉄拳が飛んできてもおかしくない無礼だ。その場合、明らかに悪いのは提督だが、提督の秘書艦として自分が守らねばと中将の動きに注視する。
「良い秘書艦だ」
微動だにしない中将が時雨の挙動を観察して言った。
「あまり心配をかけるもんじゃない」
「それはいいから。わざわざ呼びつけたのは何用だよ」
ソファの端では家具の一部になりきった風の山崎。顔色は青色を通り越し、切腹を言い渡される直前の武将のようになっていた。
「君らも、楽にしてくれよ? おっと、時雨ちゃんは足を組むのは止めたほうがいいな。うん、女の子らしくしていたほうがいい」
中将は少しも気にした風ではなく、笑みを浮かべたままだ。
「佐世保の件だ、肝を冷やしたぞ。よく無事に帰ってきた」
話し始めたところで、ちょうどお茶を四人分持って先ほどの女性が戻ってきた。
「なんだそりゃ、そんなこと言うためにわざわざ呼んだのか?」
「なにを、助けてやったんだ。感謝の1つもあっていいだろう?」
「呉でのことを言ってるのか? あれはいったいなんの真似だ? よほど佐世保壊滅は探られるとマズいものらしいな」
途端部屋の空気が変わった、とてつもない怒気で室内が満たされていく。
ついに怒らせてしまったかと、覚悟を決めた時雨だったが、この感情の奔流を発しているのは予想外の人物だった。
「中将への無礼な振る舞いは許しません」
感情を表さないままの目と、抑揚のない声が恐ろしさを倍増させる。
気付いたときには席から弾き飛ぶように立ち上がり、提督の前に壁のように立っていた。
「つくづくお前にはもったいない娘だな」
茶をすすりながら感心したようにそう言うのは中将だ。そして怒気を放つ女性を窘める。
「お前の冗談はわかりにくいんだ、驚いてるじゃないか」
女性は、そう。と静かに告げると、先ほどまでの怒気はどこへ行ったのか、お茶をテーブルに並べ終わると中将の隣へと静かに移動した。
「相変わらずのようですね、坊ちゃん」
「その呼び方はやめてくれって」
「小童にはちょうど良い呼び名じゃあないか」
「うるせぇよ。で、話の続きだ。糸引いてるのは誰だ、軍令部か? それとも呉鎮守府か?」
「慌てないで、まずは出されたお茶に口を付けるものです」
話を進めようとしたが、相変わらず抑揚のない声で素気無く腰を折られた。ひどくマイペース。しかし彼女は一度言い出したら聞かないタイプであることを深く理解しているので、素直に一服入れることにする。
「提督、これは」
急展開について行けない時雨が額に汗して言う。
「お前らも気を使わなくていいぞ、そいつらは身内みたいなもんだ」
「お、ついに身内と呼んでくれるか?」
「言葉の綾だ、訂正する。身内はそっちの女性だけだ」
中将が豪快に笑うのを冷たく制して茶を口に運ぶが、中将の横に未だ立ったままの女性を見て言った。
「姉さんは飲まないのか?」
「私は執務中です」
「構わん構わん。久しぶりに小僧が訪ねて来たんだ、お前も用意しろ。あとせっかく時雨ちゃんも来てくれてるんだ、茶菓子も頼む」
「わかりました」
「二人で来るものと思っていたが」
ビクっと山崎が体を震わせた。やっぱり邪魔だったのではと思っていることだろう。退室のタイミングを窺っている予感がしたので、その逃げ道は丁寧に防いであげることとした。
「呉からわざわざ警護してくれたんだ、丁重に持て成してやってくれ」
姉と呼ばれた女性が、自分の分のお茶と茶菓子を用意し、中将の隣に座る。畏まってはいるが、上官と部下の関係にしては空気感が違う気がする。そう時雨が観察していると、私の秘書だよと中将が紹介した。
「でだ、お前は佐世保でなにを見た? 詳しく話せ」
もたれていた体を前傾させ、指を組み話す中将の眼光が鋭いものに変わる。
「知っての通り、鎮守府が壊滅するところだよ」
「お前が責任を取らされる理由がわからん。鎮守府が落ちたんだ、どこかに責任の所在を預けたい思惑はある。だがなぜそれがお前だ」
しばしの無言の後、溜息を吐いてから中将が続ける。
「海軍か、呉か、そこの秘部に触ったのかもしれないな」
「なぜ佐世保なんだ?」
「本土の要所だ、不思議あるまい」
「いや不思議だよ。落とされるならトラックやラバウルが先じゃないのか? なぜ一足飛びに本土が狙われる」
それから静かな声で自分の考えを告げる。
「要所を落としたかったんじゃない。アイツらは佐世保を落としたかったんだ」
「提督、それはどういう」
「佐世保の瓦礫下で深海棲艦の死骸を見つけた」
「攻めてきてたんだ、死骸があってもおかしくはないだろう」
「艦砲射撃を行う深海棲艦が基地施設内に死骸を残すのはいったいどんなときだ?」
「それだけじゃない、付近からは深海棲艦の体表面やら行動パターンを記した書類も出てきた。見出し以外は判別もできないほど焼けてしまっていたがな」
「建物は全焼したんだ。そりゃ焼けてるだろ」
「あれは隠滅工作の残りカスだ。建物の中で一部の書類だけがまとまって読めなくなるほど焼ける火事なんてねぇよ。それでも、それぞれが別個ならまだ偶然だと納得してやってもいい、だがそれらは揃って発見された」
一見すると紙でできた書類や書籍はよく燃えそうではあるが、実は束になっている紙を綺麗に焼くのは難しいのだ。
もしそんな物が焼け跡から発見されたのであれば、まずは隠蔽を疑うべき。
「で、アンタはそれを知ってた。問題はどちら側なのかだ」
「なぜそう思う?」
「俺を助けるために横須賀に呼んだと言った。放っておくと最悪、消されることも想定したからじゃないのか? じゃなきゃ無茶を通してまで横須賀でケツ持ちなんてしないだろ」
「ただの身内びいきかもしれん」
「アンタは俺が酒保で窃盗を働いたら、そいつの処遇はうちで決めるからと横須賀に呼び戻してくれんのか?」
「その例えと今回の件では話が違う」
「だろうな、窃盗なら間違いなく俺に非がある。だが佐世保壊滅はどうだ? 鎮守府が落ちたことと俺は繋がらない」
学校出たての一少尉なのだ。偶然居合わせた艦娘たちと力を合わせて生還してみせたが、鎮守府を襲ったわけでもなければ責任ある立場だったわけでもない。
「だが現実に俺は危ない立場にいる。スケープゴートに使われるだけか? それとも口を封じたいのか?」
「佐世保が、というよりは呉のほうか。なにか企んでいるというのは気付いていた。深海棲艦の拿捕、研究についても軍令部で検討されている。実行に移す段階ではなかったはずだがな」
敵の生態を調べたいのはおかしなことじゃない。むしろ戦争中の軍隊としては当然の考えだろう。ただ、それを極秘に行なっていたのが問題なだけで。
「お前の件でハッキリした、佐世保は呉と共謀して秘密裏に深海棲艦を拿捕し研究をしていた。問題は、なぜそこへ深海棲艦が攻め入ったのかということだ」
「本能だ。あいつらは一つの意志のもと目的を持って鎮守府施設に攻撃を仕掛けていた。だがそれは作戦行動と呼べるようなもんじゃなかった」
それが原因で佐世保は襲撃されるに至り、そんな中から、なにかを見たかもしれない人間と艦娘が少数生還したのだとしたら、そりゃあ控えめに言っても邪魔だろう。
「確かか?」
「生け捕りにされてたであろう深海棲艦はすぐに死んだ。旗艦らしきやつも沈めた。奴らが引いたのがその後だ、どちらがスイッチを入れたのかはわからないが、佐世保襲撃が戦略行動の結果とは思えないな」
戦略的な行動であったなら、市街地にまで被害が広がっていたかもしれない。佐世保の軍港は見事に街に隣接しているからな。そうでなくとも、第二陣第三陣が本土を襲撃しているだろう。なにせ実際に佐世保は壊滅したのだから、この機を逃してやる必要はない。
「本能、いや習性とでも言うべきか」
「さて、ここからは大人の話になる」
そう言った中将が秘書の女性に目配せをすると、彼女は立ち上がって二人に退室を促した。