少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
通しで読むと結構な文量になりますね。
それを記念して?
本日20時に、『信長公戦記 〜 提督へ 〜』の1話が公開されます。
そちらは「とりあえず」で、こっちが落ち着くまで増えていかないとは思いますが……。
窓からは、夕日が海に溶けていくのが見える。
心を刺す、痛みにも似たなにかを思い出させるような、そんな美しくも儚げな色に染められた空。
この星から贈られたようなその絶景は、誰のための
執務室ではいつものように、彼女が事務作業をしている。
必要とされる物資や資源。調達が可能なそれらの量。それから考えられる作戦内容。
いつものように、ここには二人だけ。
「ああ、そんなこともあったわね。ワタシは後発組だったから」
彼が尋ねたいつかのできごとを思い出しながら、彼女はそう言った。
思えば遠くへ来たものだ。
あの日のことは泡沫の一コマのように。
「もう内地に戻りません?」
執務机の前にしゃがみ込んだ男が覗き込むように顔だけだして、労わるようにそう言う。
それに答えた少女はあくまで頑なだ。
「戻らない」
「呉のことなら、もうあのときの将官たちなんて残ってやしませんよ。横須賀からも再三助力を求める連絡がきてるんですけどねー」
「戻らないったら」
「ここは国家の要よ、ワタシたちじゃなきゃもう維持もできない。アンタもずっと海運に携わってきたんだから、わかるでしょ?」
少女は「たち」と言ったが、私はいかほどの役に立てているのだろうか。もしかすると、その「たち」に含まれるのは在りし日の※※※※を指していたのかもしれない。
窓の外に視線を向けた少女はその瞳になにを映しているのか。
想像することならできる。共に過ごした時間は嘘ではない。だけど、それはやっぱり答えではないのだと思う。
ずいぶんと長い間、ここではないいつかの風景を見ていたのだろう。
それに満足すると、少女はまた机の書類に目を落とし、それからポツリと心情をこぼした。
「ここはワタシたちの海なのよ。離れたくないわ」
同感だ、長いとも短いともいえない時間をここで過ごしたのだ。
みんなと過ごしたあの時間は、ともすれば曇りがちになる心の中で閃光のように今も輝き、私の瞳にも確かに焼き付いているのだから。
内地に帰ろう。
なんて、口に出して言ってみただけだ。
彼女には休息が必要だと思うから。しかし、彼女がここに残ると言うのなら、彼女を支える友人としてここを去るわけにはいかない。
しがみ付くように、それがどれほど意味のない、滑稽なことであってもだ。
「ねぇ」
一瞬、誰から声を掛けられたのかわからなかった。ここには二人だけしかいないので、男の精神が狂っていないのなら、当然彼女からのものだとわかったはずなのに、だ。
その声は、今までに聞いたことがあったかと考え込んでしまうくらい。弱々しく、伺うような、とても“らしく”ないものだったから。
しかし、詰まったのは気が付かれない程の一瞬だ。自身の表情を驚愕に動かすことも、心配の色を浮かべることもなく、いつもとなんら変わることのない口調を返す。
「どうかしました?」
こういうとき、提督に感謝だ。あの人は大事な場面での対応を決して間違えなかったから。
笑顔を顔に貼り付けているときは、その実なにを考えているかわからなかったし。怒ってみせたとき、必ずしも本当に怒っているわけではなかった。
状況に応じて表情を、声色を、立ち位置を変えるポーカーフェイスな理知の怪物。
あの尊大な性格破綻者は、声に出さずとも色々なものを教えてくれていたのだと、今になってようやく気付くことが増えた。
彼女は逡巡しているのか、なかなか口を開かなかった。しかし急かすこともない。
なにか話したいのであれば、話すときまで待つだけだ。
「どうして付き合ってくれるの?」
なぜ自分を置いて、アナタは横須賀に帰らないのか。彼女はそう聞いている。
指揮官になれる将校は今や貴重な存在だ。それも前線を経験し、前線で昇進を繰り返す叩き上げともなるとその重要度は倍率ドン。
内地に帰還してその豪腕を振るってほしいと強く望まれているのは事実だ。その能力が私にあるかは残念ながら保証しかねるが。
多くを語らずとも、彼女ほどにもなるとそのくらいわかるのだろう。
そして、そんな彼女でもわからなかったというわけだ。私がここに居残る理由。
「そりゃあ、自分は司令官ですからね。アナタのいるところが艦隊ですもん」
つい昔の癖が出た。陸軍のようだから止めろと言われたものだ。
平静に見せかけることは案外と難しいらしい。
この最前線で生き残ってきた。死ぬ思いなんて何度もしたし、実際に死にかけたこともある。
しかし、それだけだ。
自身の能力なんて、そんなの私自身が一番わかっている。私に希有な艦隊運用能力があるとは思っていないし、基地の運営だって未だにさっぱりだ。
彼女のサポートをし、彼女と共にあったから生き残った。私が培ってきたそれは、支えるための力だ。
彼女はそれきり答えなかった。
返答に満足がいったのか、いかなかったのか。
それでも構わない。二人はもともとそんな関係で時を重ねてきたから。
もうしばらくしたら、彼女を夕食に連れ出そう。
お腹が空いたと私が駄々でもこねない限り、彼女は机から動かないだろうから。
この力は彼女と共にあり、彼女のためのものだから。彼女が所属しない艦隊で、私にやれることなどなにもない。
私はここで、彼女が望みを果たすところ見届けるのだ。
ノーコメント!