少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
(ロシア 1945.8.18〜1991.12.26)
日本の海軍を無敵にしていたのは機動部隊。
話の主人公になるのは瑞鶴だが、史実の主人公なら間違いなく翔鶴だろう。
当時の海軍には「空母」と「特設空母」しか艦種がなかったので、軽空母と呼ばれた艦はいない。
ってか隼鷹を軽空母呼ばわりするゲームとか珍しいかも? 彼女蒼龍と変わらないサイズしてるから。
特設改造空母の見分け方は名前に「鷹」が付くかどうか。
「あれ、今日は鳳翔さんいないんですか?」
リンガに設えられた空母のための弓道場。
そこにツインテールの空母艦娘が訪ねてきた。
彼女は呉に所属する瑞鶴だ。
広々とした弓道場では龍驤がちょこんと正座をし、文机でなにやら書き物をしている。
「お、瑞鶴やんか。久しぶりやねぇ、鳳翔なら今日は提督のお使いで戻らんよ」
「なんだぁ、せっかくこっちまで足を伸ばしたのにいないのか、タイミング悪いなあ」
「なんか用でもあったん?」
手にした筆を傍に置き、はるばる訪ねてきた瑞鶴にそう声を掛けた。
「いやー、ちょっと練習見てもらおうかと」
「なんや、赤城や加賀に面倒見てもらってるんやろ? なんでまたこないなとこまできて練習するんや? いつの間にそんな真面目なこと言うようになったんやろ」
龍驤の知っている瑞鶴は練習嫌いで我の強いお姫様といった印象だったので、リンガにまで来て練習をすると言う瑞鶴の台詞に驚いてみせた。
「横須賀でやると加賀さんがうるさいんでね、鳳翔さんにコツでも聞いてちょっと見直させてやろうかと」
「ああ良かったわぁ、ウチの知っとる瑞鶴や」
「うーん。いないんなら仕方ないか」
唇を尖らせた瑞鶴が諦めた風に言うのを聞いて、なんとなく、瑞鶴がみんなから気にされる理由が分かる気がした。
この娘のために骨を折ってやろう。そう思わせるなにかがあるのは末っ子だからだろうか。
それから少し考え、重い腰を上げながら龍驤が言う。
「ええよ、ウチがちょっち見たるから、用意しぃ」
思い掛けない龍驤の提案に驚いたのは瑞鶴だ。
「え、龍驤さんって弓弾けるんですか?」
「あのねーキミ、ウチこれでも歴戦の空母なんよ?」
それから、まぁええわ。と呟くと、瑞鶴を弓道場へと招き入れた。
しばらく瑞鶴が弓を射るのを観察するようにしてから、軽い口調で野次なのかアドバイスなのか、横から口を挟む。
意外なことに? 龍驤の指導は的を得ており、なにより分かりやすかった。
「龍驤さん教えるのうまいんですねー」
「アンタはホンマもんの天才肌やからな、理詰めで教えても合わへんやろ。そやかて、言ってることは加賀と変わらへんはずやで」
「うげっ、なんで加賀さんの名前が出るんですか」
「大体想像はつくわな。加賀は生真面目やから」
しばらくそうやって瑞鶴の練習に付き合っていると、数日前からリンガに滞在している飛龍が顔を出した。
「龍驤さん、友永見ませんでした?」
「うん? キミんとこの友永くんなら提督の肩に乗ってお出かけしとったで」
リンガの提督は妖精さんに好かれやすいようで、頭の上やらポケットの中やらにいつも妖精さんを連れていることが多い。
飛龍の妖精さんも、久しぶりに会った提督とお話したかったのだろう。
「あ、飛龍さん! お久しぶりです。飛龍さんも来てたんですね!」
なんや、ウチに付ける『さん』と飛龍に付いてる『さん』の重みが違う気がするで? と小さく突っ込む龍驤。
「あれ、瑞鶴じゃない。こっち来てたんだー、練習してるのかな、感心感心」
「龍驤さんが稽古つけてくれるって言うからお言葉に甘えてまして、よかったら飛龍さんも見てくれませんか?」
それを聞いた飛龍が驚いた顔で龍驤を見つめるが、なんも出えへんで、と言って龍驤は文机の前に再び戻ってお茶を飲みだした。
「龍驤さんが稽古つけてるんですか? なんなのその高待遇」
「えぇ、そうですか? 私はどっちかって言えば飛龍さんに教えてもらいたいですけど」
そんな飛龍に素直な感想を告げる瑞鶴。
「キミほんといい性格してるなー」
そしてそれを聞いて、カラカラと笑う龍驤。
瑞鶴の隣で顔を青くしたのは飛龍だ。
「ちょっと瑞鶴? あなたなに言ってるの! 龍驤さんが稽古つけてくれるなんて凄いことなのよ!」
それから飛龍は、私だって龍驤さんに教えてもらったことないのにと瑞鶴を窘める。
「普段は鳳翔おんねんから、ウチは楽させてーや」
「え? 龍驤さんって凄いんですか?」
寝耳に水のように呟いて龍驤を振り向く瑞鶴に、姿勢を正すでもなく龍驤が言った。
「だから、さっきからそう言うてるやん」
「ちょっとこっちに来なさい!」
これはマズい。そう思った飛龍は瑞鶴を稽古場の隅に連れて行き、正座をさせる。
後ろから龍驤がそんな飛龍に声を掛けた。
「あんまりいらんこと言わんといたってなー」
「いい、瑞鶴。龍驤さんは鳳翔さんとペアを組んで国防を一身に担っていた元一航戦の大先輩なのよ」
いつもは笑顔で騒いでいることの多い飛龍だが、今回ばかりは畏った顔でそう言い聞かせる。
「イッコウセン?」
「そうよ! 赤城さんや加賀さんを呼び捨てにする空母なんて龍驤さんくらいのもんでしょ! あの人たちは私たち空母機動部隊の創設期に礎となった戦友同士なんだから」
ロボットのような反応をする瑞鶴に、ついつい興奮気味の飛龍がそう言い放つと、龍驤が後ろの方からツッコミを投げ掛けてきた。
「なんや、それやとウチがただの無礼者みたいやなあ。ついでに死んでるようにも聞こえるわ」
ヤバい。聞こえていたみたいだ。
さらに飛龍は瑞鶴の耳元に小声で告げる。
「いい? 私が初めて龍驤さんと会ったときに、鳳翔さんから一言だけもらった忠告をあなたにもしておくわ」
全ての空母の母と呼ばれる鳳翔さんからされたたった一つの忠告。瑞鶴はゴクリと唾を飲み込んでそれを待つ。
「空母勢の中で、本当に怒らせてはいけないのが龍驤さん。滅多なことでは怒らないけど、あの人はかつて『赤鬼も青鬼も龍驤の名を聞けば後ずさりする』とまで言われたバリバリの武闘派空母なのよ」
ゲゲっと驚いて龍驤を振り向くと、相変わらずのキレイな正座姿でお茶をすすっているところだった。
赤鬼とか青鬼とか、まさか赤城さんや加賀さんのことじゃないわよね。と冷や汗が流れたのがわかった。
「そもそも私たち空母は単艦での運用なんてあんまりしないけど、龍驤さんは単艦で南方の海を駆けずり回って戦果を叩き出す基地攻略の第一人者! 艦砲で撃ち合いするのが生きがいみたいな危ない人なのよ」
それも聞こえてんでー。とまたしてもツッコミが飛んで来た。
話ながら興奮したのか、熱の入った後半は自然と声が大きくなってしまったようだ。
事実、史実で砲撃戦を繰り広げた撃ちたがりの空母など龍驤くらいのもんだろう。
「ま、ええわ」
空になった湯呑みを眺めてから、そう言って立ち上がる龍驤。
「ちょうどいい機会やし、外法も知っといて損にはならんやろ。ちょっと弓貸してみ」
龍驤自ら射掛けるところを見せてくれると言う。
瑞鶴の弓を借り受けた龍驤は、弓を構えたかと思うと瞬きする間もなく矢を放った。
さらに立て続けに2射、3射。狙いをつけているのかどうかすら分からない。
3本とも的を射抜いてはいるが、そのどれもが真ん中を貫いているわけではなかった。
「ウチのやり方は知っとくだけでええよ」
残心もなにもあったものではない。
それは、今まで瑞鶴が教わってきたものとは全く別のなにかだった。
「精度はもちろん重要や、そやけど、精緻に精密を重ねるような匠の業やなくて、いかに短時間で多くの艦載機を空に上げるかのほうが大事やとウチは思うたんよ」
それから龍驤は、昔、友達の駆逐艦にボロカス言われてしもてな、ほんまド突かれるかと思ったで、と笑いながら付け加えた。
「ウチの腕ではこれが限界や、そやからウチは弓じゃなく式神で艦載機を放つほうに鞍替えしたっちゅうわけやね」
陰陽系空母の開祖。それは自分の体格を客観的に見た結果、より自分に合った方法を模索した果てに辿り着いた一つの境地。
「いまだに鳳翔なんかは弓やれ弓やれ言うてくるけどな。ウチの腕ではどう頑張っても和弓は弾かれへん」
そう言った龍驤は、とても大切な物を扱うように恭しく弓を持つと、それを瑞鶴へと返した。
「おっと、意識するだけに留めといてや。こんなん真似されたら加賀に射殺されてしまうわ」
「だからなんで加賀さんなんですか!」
ぶすっとした顔で瑞鶴が言うが、それに対して龍驤が諭すように答える。
「気付いてないんか? 加賀はアンタに期待しとる。手塩にかけて育ててるかわいい瑞鶴が、早撃ちガンマンみたくなって帰ってきたら倒れてしまうわ」
そんで、ウチは倒されてしまうんやろうなぁと、少し遠い目で思った。
友達の駆逐艦は天津風。実際にそう言われた。
龍驤は蒼龍飛龍よりも長く空母をやってる大ベテラン。
当時、赤城加賀鳳翔と交代で一航戦二航戦を務めていたくらいなので、弓も弾けるだろうと思う。
瑞鶴は改二になって弓が変わるので、多分この話の瑞鶴は改装前。
龍驤の言い分を信じるなら、瑞鶴改二の弓は弾けないのだろう。