森の中を少し奥へと踏み込んでいったところに、ぽっかりと空いた大穴があった。
穴を囲うように転落防止の簡易的な柵が拵えられてはいるが、そもそも好き好んで近づく者などまずいないだろう。
何よりこの森の中へ入ること自体も『エルフの森』を管理するギルド『フォレスティエ』の許可がない限りは禁止されているのだ。
しかし、今日はそんな場所に好き好んで近づき、何かを確認するように大穴を覗きこむ少女の姿があった。
「あぅぅ……改めて確認してみると、やっぱりすごく深そうだなぁ。
底が全然見えないし、そもそも私一人じゃ無理なんじゃ……。
ううん。やるって決めたんだっ。がんばらないとっ!!」
少女は確認を終え、その場にゆっくりと立ち上がると、ぐっと握り拳を作り自身を鼓舞する。
「こんにちは。アオイちゃん」
「わひゃあっ!?」
不意に背後から声を掛けられ、アオイと呼ばれた少女を思わず飛び上がる。
極度の人見知りの彼女は振り返りながら、必死に声を掛けてきた人物に条件反射の様に必要のない弁解を始める。
「す、すす、すすすみませんっ!
わ、わた、わたた、わたしは別に怪しい者では――って、騎士さんっ!?」
すぐに声を掛けてきた人物が少女が最も信頼し安心できる存在だったと気づくと、ほっと安堵し胸を撫で下ろす。
「なにしてるの?」
「あ、あはは。実は、ちょっとこの穴に入ってみようかなーとか思いまして。
え? すごく深そうで危ないって?
そうですね、とっても深そうで、ふかふかの深の助さんです。
でも、私には入らないといけない理由があるんですっ」
自分を心配するような視線を騎士から受け、アオイはどこか嬉しさと気恥ずかしさを感じる。
そして、いっそう強く自身の胸の中の決意を固めた。
「あなたはこの場所、覚えていますか?
私が無茶な特訓で危うくこの大穴に突き落とされそうになった時に、あなたが私を助けてくれた場所です。
そして、私の身代わりになって『だいじょぶマイフレンドくん1号』が落ちてしまった……」
騎士に説明している内に、その時の記憶を強く想いだしてしまったのか、悲痛そうな表情を必死に堪えている。
「もしかして取りに行くつもりなの?」
「はいっ」
力強く頷きながら答えるアオイの表情からはすでに悲しみは消え、瞳には強い意志の炎が宿っていた。
「確かにあの時は新しい『だいじょぶマイフレンドくん』を作ればいいと思いましたし、
実際に現在も製作中なのでいずれ絶対に完成させます。
でも、その……私、気づいた……ううん、あなたに教えてもらったんです」
「僕が?」
自分が彼女に何を教えたのだろうと不思議そうに首を傾げている騎士に、アオイは感謝の気持ちを込めながら説明する。
「あなたは覚えていますか? 結界を張り直すためにあなたに連れられて一緒にランドソルの街に行った時のことを。
あなたはあの時……今にも崩れそうな櫓の上で、自分も危ない状況にも関わらず身を挺して私を助けてくれました。
ぼっちの私のことを、と、『友達』だって言ってくれて……。
あの後、ちゃんと祈祷が終わって、エルフの森まで送ってくれたあなたと別れた後も、
私、ドキドキしっぱなしでした。初めてあなたと会った時……ううん、それ以上に。
ずっとずっと自分でもどうしていいかわからないくらい胸が高鳴りっぱなしで――」
はっと慌てて、余計なことを言いすぎてしまったと両手で口を抑える。
顔が羞恥で真っ赤に染まってしまっているが、騎士はその理由に気づいていないようだ。
本当に自分の話を聞いている『だけ』の様子に何故か安堵し、誤魔化すように咳払い。
「ん、んんっ。と、とにかくですね。私、気づいたんです。
人間の、と、友達が……あ、あなた……で、あるようにですねっ。
ずっとずっと前から私の側に居続けてくれた『だいじょぶマイフレンドくん1号』も
代わりなんていないくらい大切な友達だったんです。
……もっとも、彼は私が勝手に作り出してしまっただけなんですけどね」
「『だいじょぶマイフレンドくん1号』はアオイちゃんの友達だよ」
最後が少しだけ尻すぼみになってしまったアオイに同意するように騎士も答える。
「それに、なんといいますか。何故かはよくわからないんですけど、
なんとなく回収するなら、『今』じゃないといけない気がしてしまって……。
もし遅れてしまったら何か大変ことが起こってしまいそうな予感がするんです」
自分でもなんでそんな気がしているのかはわからないと話すアオイの言葉が、何故か騎士も真実のように感じられていた。
アオイの言うように『今』ならまだ容易に回収できるような気がする、と。
「それなら助けてあげないとね」
「え? あなたも手伝ってくれるんですか?」
「友達の友達は友達だよ」
何気なく放たれた一言アオイは大きく目を見開く。
それしかできなかった。歓喜のあまり声を出すことができなくなってしまったのだ。
ドキドキと痛いくらい強く鼓動を打つ心臓を必死に抑え、一拍おいてようやく思い出したように想いを告げる。
「うぅ……ありがとうございます。
やっぱりあなたは『BB団の団長さん』です。
ふふ。あなたが手伝ってくれるのならもう百人力です!」
「無茶しないでね」
自分を心配する騎士の言葉を胸の中で何度も反芻しながら、再び穴を覗き込むとうんうんと頷き、そして確信する。
「うん。穴はすごく深いけど、ところどころデコボコしてるところが多いし、
あなたに私の身体能力を強化してもらえれば簡単に上り下りもできそうです」
「穴の中まっくらだよ?」
「ふふん。ご心配なくっ。それも大丈夫ですっ!」
言いながら両手を自分の服やポーチの中に突っ込むと、ごそごそと動かし始める。
そして目的の物を見つけるとそれを高らかに掲げた。
「見てください! 二つともこの森で取れる薬草なんですけど、
これを、こうして、この配分で混ぜ合わせて……っと」
二つの薬草が混ぜ合わされて作られた調合物が、淡い輝きを放ち出す。
月明かりよりも明るく、太陽のようには眩しすぎずと言った適度な光度に調整されたそれは、暗い穴を照らす分には十分な光度と言えるだろう。
「アオイちゃんは何でも知ってるね」
騎士からの心からの賞賛に照れたように謙遜するアオイ。
「い、いえ。ぼっちだったので色んな本を読んだり……それに、たまに植物たちが教えてくれるんです。
いつもお水や肥料をくれるお礼にって。
昔のエルフたちの薬草の使い方とか見分け方。効能とか調合方法とかも」
「植物とも仲良しなんだね」
「あ、あはは。人間の友達ばかりに固執してしまった自分が馬鹿みたいです。
私の周りには、こんなにも私の側で仲良くしてくれる友達がたくさんいたのに……。
こんなんじゃ、あなた以外の友達なんて無理無理の無理の助さんです」
「アオイちゃんなら、たくさん友達作れるよ」
そんな騎士からの言葉にもアオイは自嘲気味に苦笑を返すだけだった。
友達を求めているはずの自分が、付き合いの長い大切な友人を見捨ててしまったという罪悪感が胸の中に根付いてしまっているのだろう。
少しでも彼女の罪の意識を軽くするためにも、絶対に救出作戦を成功させようと騎士は強く誓うのだった。
*
「わぁ~。いつも思うんですけど、本当にすごい力ですよね!」
騎士から送り込まれる魔力で自身の身体能力が大幅に強化されている感覚に感嘆の声を上げる。
その横でどうやら自分も一緒に穴へ降りるつもりだったのか、肩をぐるぐると回し気合を入れている騎士の姿に気づき、慌てて彼を制止する。
彼は自分自身を強化することができないのだ。
ただでさえ自分を強化するのに意識を割いているのに、危険な真似をさせるわけにはいかない。
それに、なによりも――
「私のわがままで、もしあなたがケガをしてしまったら、きっと悲しむ人もたくさんいらっしゃいます。私だってすごく嫌です。
それに……やっぱり私がちゃんと一人で迎えにいかないとダメな気がするんです。
だから、騎士さんには、その……私の無事を祈って待っていて欲しいんです。
すみません、ただでさえあなたの力を借りているのに、図々しですよね?」
アオイの言葉に首を振ると、彼女の意志に同調するように優しく声を掛ける。
「気をつけてね」
「はいっ! 大切な使命がありますから、志半ばで果てるわけには行きませんっ!」
力強く答えるとアオイは穴の中へと飛び込むと、強化された身体能力を存分に発揮し、
デコボコした地形を足場に危なげなく下へ下へとどんどん底を目指して降りて行った。
「騎士さんの能力と、この薬草がなかったら、きっともっと大変でしたね」
一定の間隔で手ごろな壁面に輝く薬草を塗り付け光源を確保する。
それを何度か繰り返してようやく大穴の底に辿り着いたようだ。
壁面に体を寄せながら二度三度と確かめるように底を蹴ってみるが、ビクともしない。
突然足場崩れることもないだろうと判断し、ようやく一息つく。
「ふぅ。多分この辺りのどこかだと思うんだけど……。あっ!!」
周囲を見回していると自分が持っている光源の光を受けて反射する物体を見つけ、思わず駆け出さずにはいられなかった。
「良かった」
地面に倒れるように伏せていたブリキの人形を拾い上げると優しく抱きしめる。
一度は見捨ててしまった彼にどう思われてしまったかはわからない。
だけど、それでも再会できた。
『久しぶりだね。アオイちゃん』
不意に人形がそう語りかけてくれた気がした。
「あ。……ごめんね。私のせいでこんなに傷ついちゃって。
家に帰ったらちゃんと治してあげるからね」
幸い四肢は無事だったものの、デコボコの壁面に何度も撃ち付けられながら転げ落ちたせいか所々に細かい傷がついている。
中でも胴体は丸太の直撃を受けたせいか大きくひしゃげてしまっていた。
同時に自分が感じていた「今が最後のチャンスかもしれない」という予感が正しかったと気づく。
彼が落ちていたほんの数メートル先には更に深い奈落へと続く地割れが走っていたのだ。
もし、この地割れが今後さらにこちら側へ伸びて来ていたとしたら、間違いなく今回以上に回収が困難なものとなっていたか、
あるいは回収そのものが不可能となっていた可能性の方が遥かに大きかっただろう。
この更なる奈落がどこまで続いているのだろう。と興味を引かれなかったと言えば嘘になるが、
わざわざ危険を冒す必要がないことも理解している。
アオイは下りる時に設置していた光源を頼りに、来た道を辿るように昇り始めるのだった。
「よっ。はっ。ほうっと。
あと少しで地上まで戻って来れる」
懐に大切なブリキ人形を抱えながら、慎重に穴を上っていく。
途中で何度か足を置いたり、手を掛けた岩がボロボロと崩れ、バランスを崩しそうになったが、
騎士に掛けてもらっている身体強化のおかげで容易に体勢を立て直すことができた。
まるで彼がしっかりと自分の手を握ってくれているかのような安心感に不意に胸が熱くなる。
『アオイちゃん。もうちょっとだ、がんばれ』
だいじょぶマイフレンドくん1号もまた、傷ついた体で必死に自分を応援してくれている。
「うんっ。一緒にお家に帰りましょうね。
あの時はもう話しのレパートリーがなくなってたけど、
今はいっぱいいっぱい話したいことたくさんあるんだよ。
だいじょぶマイフレンドくんの友達だって、待っているんだ」
お互いに離れ離れになってしまっていた時間を埋め合うように語り合いながら、歩みを進めて行く。
ようやく地上付近まで戻って来れると、ずっと穴を覗き込み自分の姿を見守り続けてくれていた騎士の姿に気づく。
目が合うと優しい笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくれた。
アオイは気恥ずかしさを感じながらも、差し出された手を握ると、
騎士も握られた手をしっかりと握り返し、彼女を一気に穴から引っ張り上げたのだった。
*
「はぁ……はぁ……うぅ~もうヘトヘト~」
彼女にしては珍しく人前だというのに地面に仰向けに倒れ、大きく息を乱していた。
無事目標達成できたことで張りつめていた緊張の糸が切れたり、彼の強化魔法が解かれた反動のせいで、一気に疲労感が押し寄せてきたのだろう。
だが、それ以上に達成感もあった。
「おつかれさま。アオイちゃん」
「えへへ。はい。あなたのおかげです。
あなたにはいつも助けられてばかりですね」
「人形、直せそう?」
アオイが疲れ切っていながらも、両手で大切そうに抱いている『だいじょぶマイフレンドくん1号』に視線を向ける。
彼の目から見ても相当傷ついてしまっていて修復は難しそうだと感じていた。
「はい。もしかしたら、ちょっと不恰好になってしまうかもしれませんが、
でも絶対に治してあげますっ!」
その言葉からは強い自信がこもっていた。
事実彼女は薬草の知識だけでなく、金属加工に関しても相当な技術を持っているのだ。
「それじゃ、がんばってね」
もしかしたらすぐにでも取り掛かろうと思っているのかもしれないと感じた騎士は、
ジャマにならないようにと、今日はこれでと背を向ける。
「あ。ま、待ってくださいっ!!」
思わずその背中に向かって声を掛け、彼を呼び止めてしまっていた。
自分が今とんでもないことを口走ろうとしてしまっていることはわかっている。
もしかしたら、いや、もしかしなくても断られるに決まっている。
(でも、でも……っ!!)
最後の勇気を絞り出す様に拳を強く握りしめる。
『だいじょぶマイフレンドくん1号』もがんばれと応援してくれている。
「……き、騎士さんっ。お、お礼に……きょ、きょきょきょっ。恐竜……じゃなくてっ。
今日は私の家に、と、泊まって行ってくださいっ!!
…………………ってぇっ!? 私なんてことを言ってんだろうっ!?
ご、ごごごめんなさいっ!!
ぼっちの家に泊まれなんて迷惑極まりないですよね。
お、おおお礼は、後日別の形で必ずさせて頂きますので、
すみません、忘れてくださいっ!!」
慌てふためくアオイの様子を面白そうに眺めつつ、騎士はどうしようか悩み選択する。
「もうすぐ陽も暮れるし、泊めてもらおうかな」
「……えっ!? ええぇぇぇぇええええぇぇぇぇ~~~~っ!?
……………………い、いいんですか?
私の家、私しか住んでないから、大したおもてなしもできませんよ?」
「アオイちゃんの家に泊めてもらうの、すごく楽しそう」
彼女の家の近くまでは何度か足を運んだことはあるが実際に入れてもらったことがない。
よく泊めてもらっている『エリザベスパーク』の宿舎とはまた違った形で豊かな自然に囲まれているこの場所。
そこで彼女がどんな生活をしているのか、騎士はとても興味が湧いていたのだった。
「はぅぅぅぅ。私みたいなぼっちが『友達を家に泊める』なんて贅沢できるなんて。
本当に夢のようです!!」
そうと決まればと、『だいじょぶマイフレンドくん1号』を胸に抱きしめ、
騎士と二人で作った『BB団のテーマソング』を楽しそうに歌いながら、自宅へ招き入れる。
その日、二人は夜遅くまで今後の『BB団の活動方針』を話し合い、親睦を深め合うのだった。
何気に救出方法で多分一番手っ取り早いのは鳥や植物の力(ツイストヴァイン)で拾ってきてもらうことだと思います。