本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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本日二話目。
第十幕でございます。
あと4話でアニメで言うところの第一話が終了となります。
最低でもそれまでは一日2話投稿を続けますので、よろしければお付き合いください。


第1-10話[最後の賭け]

 力の入らぬ足腰を叱咤し、炭治郎は妹を抱き締めながらも塵となって消え行く兄弟達に這い寄った。

 もはやその身体を抱く事さえできはしない。最後にほんの一握り、兄弟だった塊を握り締め、(ちり)となり、そして風に乗って散っていった。

 

「うああああああああああああぁぁぁぁぁああああぁ――――――ッ!!!!」

 

 天を見上げて、己の運命を呪った。

 冬山の肌を流れ落ちる吹雪が、炭治郎の放つ怨嗟の叫びを、遥か彼方まで運んでゆく。その慟哭(どうこく)は呪いの叫び。仇である鬼と水の剣士、二人に対する恨みの叫びでもあった。

 なぜ、なぜ自分達がこんな目にあわなければならないのか。俺達はただ、ひっそりと暮らしてきただけだと言うのに。なぜ、こんなにも惨たらしく殺されなければならないのか。

 

 ぽたり、ぽたりと。

 

 またもや炭治郎の頬に水滴が落ちる。

 今度は(よだれ)などではなかった。炭治郎の身体を優しく抱く、禰豆子の瞳から落ちた涙だった。

 

 まだだ。まだ、一つだけ残された希望が残っている。

 たとえ鬼に成り果てても、家族の死に涙する禰豆子が居る。この子だけは誰にも渡さない。

 亡き父と約束した長男としての役目、大黒柱としての責任。炭治郎の中に思い出として残った家族の絆。

 

(禰豆子だけは、守らなくちゃ――)

 

 という想いだけだった。

 

 

 

「……ふむ、当初はさして期待していなかったが。存外、楽しい三文芝居であったわ」

「黙れっ!! 鬼舞辻 無惨っ!!!」

 

 水の剣士が刀を左手に持ち替えて、鬼舞辻 無惨の前に立ちはだかる。

 

「やめておけ。利き手を失った貴様に私は斬れぬ。本来であれば、この場で後腐れなく始末すべきだが……」

 

 そう言いかけて、無惨の視線が炭治郎へと移った。

 決して、鬼には情などという感情などありはしない。この感情をあえて表現するならば、「愉悦」。僅かな可能性ではある。だがこの兄弟、特に兄の方は生かして放した方が面白い事になるかもしれない。

 無惨は人間の思考は読めない。だが、横に居る自分の血を分け与えた少女の感情ならば手に取るように読み取れた。

 まだ言葉さえ口に出来ない、鬼としても未完成な少女。その少女が心の中でこう叫んでいるのだ。

 

『今の内に私を殺しておけ。でなければ、地の果てまでも追いかけ、貴様を殺す』

 

 と。

 

 その声にもならぬ言葉は、無惨の心の中に破滅的な好奇心を呼び起こした。この矮小な兄弟がどこまで登ってこられるのか、見届けたくなったのだ。

 

「……面白い、やってみるがいい。小さき兄弟よ」

 

 何の脈絡もない言葉に、水の剣士は不思議そうな顔を浮かべていた。

 

「私は十分に満足した。今日のところは、これまでとしよう」

「何……?」

「その兄弟を貴様に預ける。煮るなり焼くなり、好きにするが良い。この場で死ぬなら、その程度だったということよ」

 

 その言葉を最後に両者の間に一陣の風が吹き、視界を閉ざすほどの粉雪が舞う。

 暫くの後、自然の幕が開ける頃には鬼舞辻 無惨の姿も舞台から消え去っていたのだった。

 

 ◇

 

 目の前の脅威が消え去った事を十分に確認した水の剣士は、痛めた右肘を庇いつつ、今度は炭治郎達にその刃を突きつけた。

 

「お前の無念は理解できるが、諦めろ。……お前の妹は、鬼は斬らねばならない。放っておけば、他の誰かを喰い殺す。我が名は鬼殺隊、水の継子『冨岡義勇』。……この名を恨んで逝け」

 

 そんな水の剣士の言葉を受けて反射的に禰豆子を隠そうとする炭治郎。しかしこの言葉は、彼にとって想定通りでもあった。

 

 ゆっくりと水の剣士、冨岡義勇は歩み寄ってゆく。彼にとって、目の前の少年は只の弱者だった。悲劇を目の前にして、ただ泣き叫ぶことしか出来ない弱者。元々鬼殺隊とは、そんな弱者を鬼の手から守るべき組織なのだ。

 それでも、鬼は斬らねばならない。今見逃せばそのツケは更に大きくなって返ってくる。鬼となってしまった妹は自分の食欲を抑え切れない。例えどれだけ(かば)おうとも、最終的には兄をも喰らい尽くしてしまう。

 ならば、今此処で介錯してやるのがせめてもの情け。

 冨岡義勇。水柱の継子として将来の柱候補である彼は、鬼を斬り慣れていた。悲劇を見慣れていた。だが決して、鬼を庇う人間を斬った経験などなかった。

 

《もっと来い。もっと同情しろ、もっと、もっと油断しろ……!》

 

 それが、炭治郎の唯一の活路となる。

 もちろん義勇とは初対面である。だが、炭治郎は生まれ持った鼻で人の感情を読める特異な力を持って生を受けた。曰く「黄色い人」と「赤い人」。もちろん、そんな単純な色分けが出来るほど人間の感情が単純である筈もない。

 だが炭治郎は気付いていた。先ほどの鬼と対峙していた時より、義勇の感情に黄色い臭いが増している事を。

 同情、情け。何とでも思えば良い。自分が盾となる限り、目の前の鬼斬は、禰豆子を殺せない。

 しかして、自分が満足な盾にもなれないこともまた事実だった。殺されないにしても、一撃で気絶させられてしまえば禰豆子をかばえない。

 

 それまで禰豆子をしっかりと抱き締めていた炭治郎は、何かを決意したかのように前に出た。

 

 妹を斬る為に歩み寄ってくる義勇の膝に、ゆっくりと炭治郎はすがりつく。

 

「鬼狩りさま。妹は、禰豆子は元へは戻らないのですか?」

「……戻らない」

「人を食べないと、鬼はどうなるのですか?」

「……死ぬ」

 

 極々短い言葉で炭治郎の問いに答える義勇。少年に妹を救う手立てが無いことを突きつける。

 これまでの戦いの中で、こんな状況はいくらでもあった。自分がもう少し早く駆けつければ、このような事態にはならなかった。悔やんでも悔やみきれない失態だ。だが、時が巻き戻ることはない。この先、この少年は一人で生きていかねばならないのだ。

 

「ああ……っ」

 

 少年の手が、自分の足首から力なく離れる。

 悲嘆にくれ、絶望した顔を炭治郎は見せた。もし、この少年がまだ諦めずに自分に立ち向かってきたとするならば。鱗滝さんに預けてみるという選択肢もあったかもしれない。だがこの少年は優しすぎる。鬼殺隊などという修羅の道には入り込めないだろう。ならば、麓の村で穏やかに暮らすのが一番良い。時が経てば、家族を失ったという悲しみも少しずつではあるが癒えてゆく。

 今の義勇には、少年に襲い来る脅威を排除してやることぐらいしか出来ない。そんな無力な自分がことさらに歯がゆかった。

 

「……許せ」

 

 それだけを呟いて、愛刀である自分の日輪刀を振り上げる。

 後ろで少年が必死に立ち上がり、自分の背中に近づいて来る気配がした。いざ覚悟を決めても、自分の妹が斬られるという現実を受け入れられないのだろう。その気持ちは痛いほど理解できた。だからこそ、もう、楽にしてやらねばならない。

 少年も、この鬼となってしまった少女も。

 

 だが、義勇は目の前の少女に違和感を覚えた。

 

(先ほどまで後ろで纏めていた少女の髪が、降りている?)

 

 確かに、鬼舞辻 無惨と剣を交えていた時点では。この鬼となった少女の艶やかな黒髪は、後頭部でお団子状に纏められていた。それが今は腰にまで届かんばかりに垂れ下がっている。

 

(なんだ? 少年に抱きつかれた際に、髪飾りが落ちたのか?)

 

 そんな楽観的な思考を、義勇は真っ先に頭の中から排除した。

 

(違う、取ったのか? 誰が?)

 

 答えに至る選択肢など、多くはなかった。

 咄嗟に後ろの少年へと振り返ろうとする。その視界の先には。

 

「――――――――――――――っ、……死ね」

 

 花飾りのかんざしを凶器として振りかざす、炭治郎の姿があった。




最後までお読み頂き有難うございました。
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