本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-10話「今の自分にできること」

「うっしゃあ、これでも喰らいやがれっ! 獣の呼吸:全部ノ型 乱れ牙あああああああああっ!!」

 

 善逸が光りのごとき速さで飛び交うなか、伊之助が一瞬の間を逃さずに突貫する。

 獣の呼吸に全集中の呼吸の前準備は必要ない。そもそもが弱肉強食の掟に従うなか、生き抜くうちに自然と身体へ染み付けていったのだ。その点でいえば、鬼殺隊内で伊之助ほど全集中の呼吸になれた隊士もいないのかもしれない。

 

 野生的な生活の中で自然と覚えた六つの牙。その全てを用い、目の前の大鬼から首をもぎ取る。

 自分の倍はあるであろう父鬼の肩を利用して宙へ舞い、頭上をとり、地面に足が付く刹那の間に全ての斬撃を叩き込む。

 

 伍ノ牙:(くる)()きで父鬼の両腕を弾き。

 弐の牙:()()きで鋼のような首皮の半分を切り裂き。

 肆ノ牙:切細裂(きりこまざ)きで少しばかり空いた裂け口を連打して広げ。

 壱ノ牙:穿(うが)()きで二本の日輪刀を首元へ突き刺す。

  

(――よっしゃあっ、これであとは参と陸の牙で首を落とせば。俺様の大勝利だっ!!) 

 

 伊之助の中で勝利への筋書きが描かれた。

 さすがに息が荒く、猪の被り物からも汗が滴り落ちる。両腕は震えて悲鳴をあげている。それでもこの勝負、伊之助は勝利を確信したのだ。

 この光景を正気の善逸や他の隊士が見ていたのなら、唖然(あぜん)として絶句すること間違いなしだろう。鬼殺隊の型はその一つ一つが必殺だ。一刀のもと確実に鬼の首を切断し、己に勝利を呼び込む絶対の技。それを全て連続で繰り出すすなど、有り得ないにもほどがある。

 

 あとは首に差し込んだ(のこぎり)のような刃を、左右に広げながら引き抜くだけ。それだけで父鬼の首は落ちる。

 そもそもがこれだけ頑強な皮で身を守っているということは、逆に言えば脱皮直後の皮膚は脆弱だと白状しているようなものなのだ。

 

「……ガッ、グッ、ゴア……」

 

 父鬼の口から始めて苦悶の声が漏れてくる。

 首に穴が空き、日輪刀を差し込まれているのだから、呼吸も困難になろうというものだ。

 

 しかして伊之助が獣の化身だとするならば、父鬼は現在進行形で獣そのものだった。

 死が確定するまで決して生への執着を捨てず、己の家族を害する存在には容赦しない。鬼は人間が成るものだ、決して獣が成るものではない。だが父鬼の体は足のつま先から頭のてっぺんに至るまで、蜘蛛鬼という獣へと染まりきっていた。

 

 伍の牙によって弾かれた極太の両腕が伊之助の手首を握り込む。

 

「……ぬ? このっ、てめっ! 悪あがきを――――っ!?」

 

 決して人では到達できない膂力(りょりょく)をもって、首に二本の日輪刀を喰い込ませながら。

 

「ガアアアアアアアアアアっ!!!」

「…………っ!!」

 

 父鬼は自身の体を軸と化し、伊之助を投擲具(とうてきぐ)であるかのように振り回し始めた。

 伊之助の視界がぐるぐると回転し、鼓膜の奥にある三半規管がその役目を放棄する。あまりの遠心力に肩関節が抜けそうでもある。伊之助の体を道具とし、これ以上隠れられないよう周囲の倒れた樹木を薙ぎ払う。

 それらの作業を全てやり終えた父鬼は、もうコレは必要ないとばかりに善逸へ向けて投げ飛ばした。

 

 善逸の体を巻き込みながら地を転がり続ける伊之助。ようやくその回転が止まる頃には、父鬼が目前にまで迫っている。

 

「うぐぐ……、この蜘蛛野郎ぉ……絶対にゆるさねえ、ぞ……」

「……いたた、何? どうなってるの?? なんでお前が俺の上に乗ってんの???」

 

 伊之助は憤怒の声を漏らし、目を覚ましてしまった善逸は状況が把握できずにいる。

 二人とも、もはやこれ以上戦闘を継続する力など残ってはいなかった。ゆっくりと父鬼の手が伸び、まるで小動物の頭を掴むかのように伊之助の体を持ち上げる。

 その巨体に見合う握力で頭蓋を割るべく力を籠め続け、ビキビキという骨の軋む音が伊之助の脳内に直接響いていた。

 

「こ、ころ、す。絶対に、ころ、す……」

「あわ、あわわわ……」

 

 もはや命が尽きんとする伊之助を前に、善逸は全身が恐怖に捕らわれていた。

 なぜか全身に力がまるで入らないほどに疲労し、息は絶え絶えとなって僅かに残った抵抗の意志を踏みにじる。

 

 もう少しで恐怖の幕により、再び意識が閉ざされると覚悟した時。

 

 またもやあの青年が現れる。

 

 涙によって歪む視界の中、善逸は燃え盛る火の粉の向こうから一人の人間が歩いて来る事実を視認した。

 左腕は二の腕の根元からバッサリと切り取られ、それでいて一切の痛みを感じていないかのように無表情を貫いている。右手には乾ききっていない血糊がへばりつき、つい先ほどまで「何か」を斬っていたことが(うかが)えた。

 

「グ、……ガ?」

 

 父鬼もその突然の乱入者に気付いたようだった。

 伊之助の頭を離さず、そのままの姿勢で青年を警戒する。その先には鬼殺隊の隊服を着込み、上着は赤銅と黄色い亀甲柄が半々となった羽織を身に付けていた。

 

 父鬼が視認できた情報は、その程度でしかない。

 

 それ以上は、転がる視界に邪魔されて確認できなかったのだ。

 

 視界の半分が焼け焦げた土の地面となり、なぜか首を動かそうにも上手くいかない。蜘蛛化した八つの眼を必死に動かし、見たモノは。

 

 頭部をなくした己の胴体が、地面へ倒れてゆく光景だった。

 

 ◇

 

 顔を横に向ければ鎮火しかけた黒コゲの樹林。

 

 上を向けば今だ黒煙に支配された薄暗い空。

 

 目の前には頼もしくも大きな想い人の背中。

 

 お腹の痛みに耐えつつも、久遠は窮地(きゅうち)ともいえる現状を全開に楽しんでいた。 

 

「えへへ」

 

 緩みきった久遠の顔を見ることなく、妙に生々しい呻き声が炭治郎の耳に届く。まったく、この人は自分がどれだけ重体か理解しているのだろうか。

 

「……そんなに余裕があるのなら、自分の足で歩きません?」

 

 思わずそんな言葉が口をついてでる。

 

「だ~め、私をこんな体にしたのは炭治郎君なんだからね? 責任をとってもらわないと♪」

「…………」

 

 正真正銘の真実であるから炭治郎もそれ以上何も言い返せない。本来ならば百も感謝の言葉を送りたいぐらいなのだ。この人のおかげで自分は正気を取り戻し、妹は珠世先生の治療を受けられているのだから。

 

 炭治郎が二人の友と別れてからしばらくの時が流れた。

 もう麓まで半刻もかからないだろう。登る時はその数倍の時を要したが、駆け下るとなればそんなものだ。周囲には鬼と隊士の死体が散乱し、この場で行なわれた戦いがいかに凄惨だったかを物語っている。

 だが今となっても同情してやる気など更々ない。反省はしているが、後悔などする必要もない。炭治郎自身があそこまで変貌してしまったのは、彼等の責任によるところが大なのだから。

 

 炭治郎はただ真理を知っただけなのだ。

 

 鬼にも、人にも。等しく善人と悪人がいるという真理に。

 

「禰豆子ちゃん、もう元気になってるかな?」

 

 先ほどまでの浮ついた口調とは一変して、真面目な声が後頭部から聞こえてくる。

 久遠は治療を依頼しただけで、その顛末を知ってはいない。それにいくら珠世先生が鬼治療の第一人者とはいえ、今の禰豆子に効く「薬」は一つしか存在しないことも確かなのだ。

 

「……分からない。あれだけの傷、すぐ良くなるには――」

 

 人間の肉が必要になる。

 

 最後の言葉は口にしない。言ったら現実になりそうな気がしたからだ。

 それに今の禰豆子は人肉を極端に嫌うようになっていた。いくら幼女と言えるまでに幼くなってしまった禰豆子でも、自分が親のように懐いている人の片足を喰らってしまった現実はきちんと理解していたらしい。その時に兄である炭治郎が泣きじゃくったのもまた、原因の一つだろう。

 自分が人肉を食べれば、兄が悲しむ。そう心の奥底へ刻み込んだに違いないのだ。

 

「……くん? ……くん、………………炭治郎君っ!」

「うわあっ!??」

 

 どうやら自身の思考に埋没しすぎたようだった。まさか、背中におぶった久遠の声まで聞こえなくなるほどに考え込んでしまうとは思わなかった。

 気付けば久遠の両手が炭治郎の口を必死で塞いでいる。

 

「静かに、……何か感じない?」

 

 そう炭治郎の耳元で久遠がささやく。

 

「何って、もしかして鬼ですか?」

 

 炭治郎は何も分からずに聞き返す。この山火事が延焼を続ける地において、炭治郎の嗅覚はひどく鈍化していた。吹き付ける熱風や焼け焦げた様々な臭いが、他の臭いを凌駕し、他の臭いを受け付けなくしているからだ。

 

「うん、鬼は鬼なんだけど……。これって――うそ、葵枝さん?」

「えっ?」

「それにもう一人は、もしかして……」

 

 炭治郎は久遠がどのような手管を用いて気配を察知しているかは知るはずもない。

 いつもは笑顔や冗談を絶やさない久遠ではあるが、こんな時に嘘を言う人ではないことも知っている。

 

「これは、のんびりと私達の愛を深め合っている場合じゃないわね」

 

 混乱した頭を整理しきれない炭治郎。竈門兄妹の母たる葵枝が那田蜘蛛山にいるはずがない。今は東京は浅草の神藤家で療養しているはずなのだ。

 

 ふと、背中の久遠がもぞもぞと動き出す。

 

「久遠さん、一体何を」

「うん。炭治郎君、先に謝っておくわ。……ゴメンね?」

「……って、―――!?」

 

 久遠は一言、謝罪の言葉を口にすると。

 

 炭治郎の首筋に、己の牙を突きたてた。




 祝:連載100回! 祝:20万PV!

 って、20万PVについてはまだ未達成なのですが。まぁ、このお話をお届けする頃には達成しているでしょう。
 毎日の更新を追いかけ、読み続けてくださっている皆様には感謝の言葉もございません。
 一月末から投稿を開始した本作も、気付けばもう五月。本当に時がたつのは早いもんです。

 本作の表書きにも書きましたが、この「本当はあったかもしれない鬼滅の刃」は作者が執筆活動を始めてから二作目の作品です。
 一作目の「宝珠竜と予言の戦巫女」は70万文字近く書いて、総PVは4万にも届きませんでした。(しかも必死で宣伝して)
 そう考えれば十分な成果であり、改めて「鬼滅の刃」という作品の魅力にも驚こうというものです。

 原作も終わりの様相を呈しているようですが、一部では続編の予想もあったり? な状況みたいですね。
 個人的にはまだまだ人間と鬼という狭い中での戦いが終わっただけですので、世界を広げて続けていってほしいです。
 ……無惨を倒してキッパリ終えるのもまた、美しくはありますがねぇ。

 本作も次話から累との最終決戦に突入しますが、ぜひこの物語の最後も確認していただければ幸いです。
 
 作者は引き続き執筆に戻ります。ではまた明日っ!
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