本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-11話「本当の母」

「ねえ、母さん。……僕の留守中に、一体何をしてたの?」

「そ、それは……」

 

 今だ燃え尽きぬ那田蜘蛛山の樹木が(くすぶ)る中、一組の親子が会話していた。

 平凡な家庭であるならば、子供を説教する母親という構図になるだろう。だがこの親子に限っては立場が逆転していた。

 

 息子が母親を問い詰める。

 息子が憤怒し、母親が必死の謝罪を繰り返す。それだけでも異常な光景だ。

 

 しかしてこの親子は、言葉だけでは終わらなかった。

 

「ねえ、まだお仕置きが足りないの? 他所の子なんて放っておけって僕、言ったよね?」

「お願いだから。許して、累。私にとって炭治郎も禰豆子も、累と同じくらい大切な子供なのっ!」

 

 静かに、だが限りなく怒気を籠めた冷徹な声色。

 それでも母は息子に理解してもらえるよう、必死の説得を試みる。

 

「……そっか。母さんは、僕だけじゃ足りないんだ」

「え?」

 

 その瞬間だけ、息子は寂しそうな声色を漏らした。

 だがそんな弱みを見せたのも一瞬だけのこと。次の瞬間には冷酷な仮面を被りなおし、息子は、暴力という形で愛情を表現した。

 

「ああっ、許して。……累」

 

 ポタリと。母親の頬に真紅の筋が一つ伸び、(あご)の先から雫となって地へ落ちる。

 

 息子はこれまでも、このやり方で家族を得てきた。

 父も、兄も、母も。そしてこれから迎えるべき姉も。すべては息子が望むとおりに得てきた。鬼にとって、力は全ての不条理をくつがえす絶対的な権威の象徴だ。

 

 これからも、そしてこの先も。鬼である以上、この法則は変わらない。

 

 母さんはなぜ、こんな当たり前の事が分からないのだろう? 累はそれが、ひたすらに不思議だった。

 

 

 

 そんな光景を、一組の少年少女が木陰から覗いていた。

 蜘蛛化した肌は白く染まり、赤い(あざ)のような線が何本も走っている。頭髪は色が抜けきったかのような白髪。お洒落で染めたという意味では決してなく、老衰で色が抜け落ちたという印象だ。

 そんな鬼の姿は、もうすでに見慣れた母の姿だった。他でもない鱗滝邸を襲撃した童磨・累の手から一緒に逃げ延び、決して短くない時間を東京で共に暮らした母だ。

 息子が母の顔を見間違うことなんて、あろうはずがない。あの蜘蛛鬼の女性は間違いなく、竈門兄妹の母:葵枝(きえ)だった。

 

「もしかして、私と入れ違いで(さら)われた? いや、もしかして……」

 

 慎重に気配を消しながら、久遠は状況把握(はあく)に努める。

 すでに腹の傷は癒え、ボロボロとなった下半身の衣服の代わりに炭治郎の羽織を腰巻のように身にまとっていた。

 だが隣の炭治郎はそうはいかない。目の前で母が傷つけられているのだ、それを救わないで何が息子か。地につけた膝を浮かせ、今すぐにでも飛び掛りそうな炭治郎を無言で久遠が制した。

 

「く、おん?」

「……落ち着いて。あれは本当に葵枝さん? 本当に本当の本物の? ちゃんと確かめて。大丈夫、救出はそれからでも十分に間に合うから」

 

 久遠に問われ、炭治郎は必死に冷静さを保ちつつ臭いを嗅いだ。

 

「――――――――。間違いないと、思う。けど……」

「けど、なに?」

「東京で一緒に暮らした母ちゃんと、すこし違う。別人とまでは言えないけど、何だ? 何が、何処が違う?」

 

 この暖かい愛情に溢れた臭いは間違いなく母、葵枝のものだ。

 だてに十三年間同じ家で暮らしてはいない。その時より炭治郎の嗅覚は優れていたのだ、間違うわけがない。なのに、どこからか沸き立つこの違和感はなんだろう?

 

 得意の嗅覚をもってしても、その違いは判別できない。突然、自分達兄妹の母が二人になったかのようだった。

 

「炭治郎君の嗅覚さえも誤魔化すほどの、変異? 私の知る十二鬼月にそんな鬼はいない。……ここ十年での新参? やっかい極まりないわね……」

「久遠さんは十二鬼月がどんな鬼達か知っているんですか?」

「うん、十歳くらいまでは父方で育てられたからね。でも、つまらなかったから家出したの」

 

 あっさりと衝撃の身の上話を暴露する久遠。

 だが炭治郎は驚きながらも納得していた。どうりであの上弦の弐と旧知の間柄であるような会話をしていたわけだ。

 

「そんな私だけど、信じてくれる?」

 

 久遠の瞳が一瞬かげり、声色が低くなる。炭治郎にとっては、鬼という存在が仇である事実は変わらないからだ。

 

「……へっ? はい、もちろん」

 

 少しの疑問符と短すぎる肯定を答えとする。その口調は何を今更と言わんばかりだ。

 まったく自覚のなく、それでいて何の思惑も介在しない素直な回答だった。竈門炭治郎という少年は、心底神藤久遠という少女を信頼している。その証明でもあった。

 

「ああもうっ、炭治郎君は可愛いわねっ! やっぱり久遠さんのお婿(むこ)さんに決定!!」

「ちょ、声大きい!? 久遠さん!?」

 

 嬉しさのあまり大声で抱き付いて来る久遠と、これまた大声で注意という名の叫び声を上げてしまう炭治郎。久遠の重さに耐え切れず、思わず転倒してしまう始末だ。

 自分達が隠れ潜んでいるという状況などまるで無視した暴挙は、当然のごとく相手にも聞こえてしまう。

 

「うるさいな、見世物じゃないんだけど。……って、そっちはそっちで何してんの?」

「何って、二人の愛を確かめ合ってたんだけど?」

 

 突然の乱入者に呆れ顔を隠しもしない累と、恥ずかしがりもしない久遠。被害者は炭治郎だけである。

 

「……はぁ。それ、今やること?」

 

 完全無欠に反論を許さぬ正論であった。

 累の隣ではいきなりの息子登場に、葵枝が瞳をまん丸にしている。本物かどうかは今だ定かではないが、母の目の前で息子が少女に押し倒されているのだ。驚きもしようというものである。

 

「お久しぶりね、累君」

 

 久遠はこの下弦の伍とも旧知のようであった。だが君付けでよばれた方は顔をしかめている。

 

「気安く僕の名前を呼ばないでよ。昔とは違うんだから――」

「うーん、でもでもっ。違うって言ってもあんまり変わってないど。……特に背とか」

 

 こんな状況でも久遠はいつもの調子をくずさない。それを侮辱と受け取った累は怒気をあらわにする。

 

「いい加減、姉さん気取りはやめてよね。それとも、本当の姉さんになってくれる? ちょうど今、姉の枠が空いてるんだ」

「おあいにくさま、もう私には予約済みの札が貼られてるの」

 

 冗談とも本気とも取れる言葉を交わしあう二人を尻目に、炭治郎は葵枝らしき蜘蛛鬼と視線を交わし続けていた。

 

「……かあ、ちゃん?」

「…………たんじ、ろう」

 

 お互いを呼び合う形は以前と何ら変わることはない。

 

「本当に、本物の母ちゃんなのか?」

 

 炭治郎が本人に確認をとる。邪まな臭いであれば赤い臭いが出るはずだ。それだけは間違うはずがない。

 

 葵枝の口が開く。

 

「いいえ、私は鬼よ。貴方の母親でもなんでもない――」

「違う、やっぱり母ちゃんだ。待ってろ、今、助けるから!」

 

 拒否の言葉。だがその言葉には慈愛の臭いが満ち溢れていた。これまで戦ってきた鬼には決してない、暖かな黄色い臭いだ。

 なら、迷うことなんて――ない!

 

「待って、炭治郎君。落ちついてっ!」

「なに勝手に動いてんの? さっきといい、今といい。お前、ナマイキすぎ」

 

 母の元へと駆け出す炭治郎。その行動を必死に呼び止める久遠。苛立ちの混じった冷たい声を吐き、右手を突き出す累。

 

 操られた葵枝が操る、一人の青年が物陰から姿を見せる。

 

 黒くも青い日輪刀。刀身の根元には「悪鬼滅殺」の文字。

 

 これまでの戦いで禰豆子を救い、伊之助と善逸の窮地を助けた水柱。

 

 相変わらずの無表情。しかしてその瞳に一切の生気はない。

 

「お前、生きていたのか?」

 

 炭治郎は歩みを止め、真実を問う。

 

 本人からの、答えはなかった。

 

 ◇

 

 一方、その頃。

 胡蝶しのぶは一人、那田蜘蛛山の決戦場へと急いでいた。

 

 目的は他でもない。この戦を終わらせるためだ。

 しのぶの鋭敏な感覚は、戦闘を開始した下弦の伍と炭治郎の気配を掴んでいる。他に鬼の気配はまばらで、しかも戦いを継続する気力さえ損なわれていた。

 だがそれは鬼殺隊士とて同じこと。しのぶが駆け登る道すがら、重傷を負って下山する者やその場で事切れている者の姿が多く見られた。

 

 両陣営とも、もう限界なのだ。これ以上は更に被害が拡大する消耗戦になりかねない。

 

「早く、もっと早く。一刻も早くヤツの首級をあげなければ――」

 

 しのぶの心に焦りがつのる。

 狭い獣道を抜けると、無人の静けさが支配する道のりに出る。目的の仇はそこにいた。

 

「もー、待ちくたびれちゃったよ。しのぶちゃん?」

「……童磨。この時を私は待っていた! 姉、胡蝶カナエの無念。今ここで私がはらします!!」

 

 口上を述べながらも鞘を握る左手は毒の調合を行い、納刀したまま刀身に塗りたくる。いつの日か、上弦の鬼を滅するために作り上げた特別製の「藤の毒」だ。

 蟲柱たる胡蝶しのぶが柱随一と呼ばれる点は、何も予知にも等しい感覚だけではない。文字通り、蝶のように舞い蜂のように刺す。その速度こそ、一撃必殺の「蟲の呼吸」である。

 

 自らの体ごと、一本の槍と化し。しのぶは童磨の首へと襲いかかる。

 

「――――――っ!」

 

 戦闘に気合の雄叫びなど必要ない。常に死角をとり、ただの一刺し。(かす)り傷ほどの戦果で十分だ。後の仕事は身体中をめぐる毒がこなしてくれる。

 

 だがそんな窮地にも、上弦の弐:童磨は余裕を捨てなかった。

 

「言っておくけど、俺に藤毒は通じない。だって、凍らせるもの。体に入る前に、ね」

 

 いかに強力な毒とて液体。冷せば氷のように個体となる、そうなれば傷を付けたところで体内には入ってゆかない。しのぶにとって、冷気の血気術を操る童磨は相性が極めて悪かった。

 それでもこの一撃を止めるわけにはいかない。

 

「俺に手間取っていて本当に良いの? 向こうの心配こそするべきじゃない? 累君は更に力を伸ばした。対するそちらは新米隊士である竈門炭治郎君と半人半鬼のおひいさまの二人のみ。心配じゃない?」

 

「貴様が心配することではない。それに、こちらの味方である鬼は何も。久遠殿だけではないからなっ!」

 

 上弦と柱の戦いが始まった。

 この戦いはこれまでの戦闘とは次元が違う。これこそが、本当の人間と鬼の戦いだと言わんばかりである。

 

 しのぶの突きを交わしながらも、童磨は余裕をもって言葉を放つ。

 

「この那田蜘蛛山における活劇に、柱の出番はないんだよ。だから、俺と遊んでよっか? 欲しいでしょ、姉の仇であるこの首が……」

 

 いくら柱の肉を喰らって強くなったとはいえ、今の累では柱に敵わない。だからこそ童磨が相手を務めているのだ。

 

 どちらかの圧勝なんてつまらない。

 

 実に道化らしい、快楽主義者の考えであった。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 本作では累君の一人称を「俺」から「僕」に変更しております。
 理由は作者的に「僕」の方が累君にあっていると感じたからなのですが、そもそも原作では沢山のキャラが「俺」を使用しています。

 これ、小説で執筆するには結構な問題に感じていました。
 文章で同じ一人称ばかり使用すると個性が出にくいのですよね。その点は鼓鬼である響凱君の「小生」は分かりやすいので良いですね。キャラが立ってるって素晴らしい。

 このような細かな変更点はありますが、原作を尊重(?)しつつ皆様に楽しんでもらえる作品を目指していきます。

 それではまた明日っ!
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