本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-12話「気熱の復活」

「逃げなさい、炭治郎!」

 

 葵枝(きえ)の悲痛な叫びと共に義勇の日輪刀が舞う。

 

 その度に炭治郎の体から血が流れる。

 

 葵枝の口とは裏腹に、腕が持ちあがり、十本の指が操舵の赤糸を踊り狂わせている。

 

「くそっ、母ちゃんにこんな血まな臭いことをやらせるなっ!」

 

 炭治郎が吼えた。息子の知る母は、乱暴ごとを好まぬ心優しい人だ。

 

「前も言ったかもしれないけど、二人も息子はいらないんだよ。……中古品は処分しなきゃね」

 

 累が呟く。新しき息子が得た母は、自分の意のままに動く使い勝手の良い道具にすぎない。

 そして母の操る義勇もまた、累にとっては操り人形でしかなかった。

 狭霧山での邂逅(かいこう)でも語った通り、累は直接葵枝を操っているわけではない。血管の一本一本に血気術によって異能を籠められた糸を通し、人間であろうが鬼であろうが意のままに操る。このまま成長するなら、累は一軍を意のままに操る恐るべき鬼へと成長するだろう。

 

「新米隊士と水柱。誰が見ようと、勝ち目があるはずもない。それにこの場には僕もいる。そして貴方はもう、戦う力が残っていない。だよね、久遠姉さん」

「あら、それはどうかしら? 貴方の血気術には、致命的な欠陥があると思うのだけど」

「何?」

「……私が選んだ未来の旦那様を、甘くみないことね」

 

 久遠が余裕の笑みを浮かべ、それを見つめる累の背中では操られた義勇と炭治郎が日輪刀を斬り結んでいる。

 そういえば、あまりに時間がかかり過ぎていると累は思った。本来、柱と新米隊士の戦いであれば一刀のもとに決着がついてもおかしくないのだ。それが何合と金属音を叩き付け合う音が今だに続いている。

 

「……こんなに弱いの? 鬼殺隊の柱って大したことないんだね」

 

 累が期待はずれだとばかりにため息を漏らす。鬼殺隊の柱は上弦の鬼とさえも互角に戦う、という噂が耳に届いていたのだ。それが蓋を開けてみれば新人の少年にも手こずるとなれば、その反応も当然であった。

 

 と、

 

「ふふっ」

 

 その義勇と刃を交える炭治郎が笑った。まるで累の言葉に反応するかのように。

 

「……なに、何笑ってるの?」

「これが笑わずにいられるかっ、冨岡義勇の力がこの程度? そんなわけっ、ないだろおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 炭治郎が雄叫びを上げながら跳び、義勇の脳天へ日輪刀を振り落とす。那田蜘蛛山中に鳴り響くような金属音と共に義勇が受け、異変を感じ取った。

 それは累も同じ事。炭治郎の全身からこれまでにないほどの蒸気が立ち昇っていたのだ。

 

 気熱の呼吸は、膨大な蒸気を一気に放つことで強力な威力を出す。それゆえに一撃必殺、二の技など最初から考慮しない。その弱点を、炭治郎は思いつきで克服していた。

 

 全ての蒸気を放ってしまうから悪いのだ。

 ならば、日輪刀に全ての蒸気を「(まと)わせて」戦えば良い。刀身の姿が見えぬほどに蒸気の竜巻が日輪刀を廻りうねっている。最終選別と同様、激しすぎる蒸気が(ほこり)を巻き込み、その摩擦によって稲妻を作り出す。

 

 気熱の呼吸 弐ノ型:天雷刀。

 

 我流であるがゆえに、炭治郎の気熱は誰も予測できず対応が難しい。たとえ、それが水柱であってもだ。

 周囲の山火事が蒸気に含まれる水分によって、消火されてゆき。……この場は静寂に包まれた。

 

 無音の戦場で久遠が(うた)う。

 

「これが、本当の竈門炭治郎。大海のごとき慈愛の心に燃え滾る強固な意志、『赫灼(かくしゃく)の子』としての本来の姿。古より伝わる『日の御子』の正体であるっ! …………ナンテネ」

 

 最後の一言には苦笑も含まれていた。

 つい先日まで差別との葛藤に左右されていた炭治郎だ。まだまだ、傑物には程遠い。それでも何か、とても大きな偉業を成し遂げてくれる。そんな期待をさせてくれる不思議な何かを持っていた。

 それに現状の互角な戦いは、炭治郎が気熱を取り戻した以上に、義勇が弱くなっていると言った方が正しい。

 

「全集中の呼吸は使えても、水の呼吸までは使えてない。それじゃあ宝の持ち腐れだっ。こんな男は、俺が仇として追っていた冨岡義勇は、こんな腑抜けじゃない!」

 

 ギリギリと、炭治郎の振り下ろす日輪刀が鍔迫り合いを続けながら義勇の脳天へと近づいてゆく。

 日本刀という凶器は縦の衝撃に強いが、横の衝撃には著しく弱い。それは柱の日輪刀とて例外ではなかった。腹で一撃を受けた義勇の刀身がギチギチと悲鳴をあげている。

 

「なにやってんだよ、この役立たず!」

 

 紗枝と義勇に向かって罵倒の声が飛んだ。

 累の血気術は確かに相手を自由自在に操る。身体能力を向上させる異能も十分に強力なものだ。

 先日の討伐隊本部で起きた同士討ち事件のように、長年の経験で体に染みこませた全集中の呼吸は反射的に出せなくもない。だがその場その場の状況によって使い分けることで本領を発揮する水の呼吸は、操り手である累が知らなければ出しようのないものである。

 今の冨岡義勇は以前の半分も力を出せていない。それが炭治郎でも優勢に戦いを進められる理由だった。

 

 

 

「……もういい。柱とはいえ、鬼殺隊士になんて頼った僕が間違ってた。ここにはもっと、操りがいのあるヤツがいるじゃないか」

 

 そう言った累は義勇から、木陰の外に座る一人の少女へと視線を移した。

 つい先ほどまで普通の人間なら即死である怪我を負い、今だ自由に体を動かせない人物。

 

「ねえ、さっきの答えを聞かせてもらってないよ? 久遠姉さん、僕の本当の姉さんになってよ」

 

 炭治郎の制止も累は意に返さず、ゆっくりと歩み寄っていく。

 白すぎる指を口に持ってゆき、犬歯でわずかばかりの傷口から血の水滴を取り出した。

 

「僕の血は『あの御方』から頂いた特別なもの。人間を鬼にはできないけど、鬼を蜘蛛鬼にすることができる。半人半鬼にあげたことはないけど、大丈夫だよね?」

「やめろっ、累!!」

 

 以前として義勇と刃を交えながら、炭治郎が声をあげる。

 実力の半分も出せていないとはいえ、義勇の力は血気術により人間離れした怪力と素早さを誇っている。久遠の救助にまでは手がまわらない。

 

「確かに僕の糸は人形の技までは操れない。けど糸を繋げて直接操らない分、勝手に動かすことはできるんだよね。だから、君は僕のお人形と遊んでなよ。僕は僕で、新しい姉さんと遊ぶから」

 

 今だ立てぬ久遠の眼前に膝を折り、血が滴り落ちる人差し指を桜色の唇へと近づける。

 

「さあ、久遠姉さん。家族の(さかずき)だ。嬉しいでしょ? 僕の姉になれるんだから」

「……ふざけないで。アンタの姉になるくらいなら舌噛んで死んでやるわよ。――っ!?」

 

 ビクリと、動きの鈍い久遠の体が跳ねた。首から下、胸の辺りから足首まで血のような糸が纏わり付いてきたのだ。

 もう、これ以上の奇跡は許さない。累の慎重に慎重を重ねた拘束である。

 

「ははっ、僕ら鬼が舌を噛み切ったくらいで死ぬわけがないじゃないか。これで人質は二人になる。母と大切な想い人、二人を盾にされて君は戦えるかな?」

 

 炭治郎の意識が累へと移り、自動人形と化した義勇が炭治郎の日輪刀を跳ね返して累との間に入り込む。

 これでは義勇が盾となり、すべての蒸気を解き放つ壱ノ型:天雷閃も放てず。

 

 炭治郎はただ、声を張り上げる他なかった。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

 

 ぽたりと、真紅の雫が桜色の唇へと滴り落ちる。

 

 染みるように口内へ侵入したそれは、まるで生き物であるかのように喉元へと入り込んだ。

 

 コクリと、無音の空間に喉の鳴る音がハッキリと響く。 

 

「……ああ」

 

 ため息と嘆きが混じり込んだ声音。

 

 その発生源は、少女に救われた少年のものだ。

 

 少年の傍から離れた少女の体は蜘蛛の糸によって捕獲され、今は狭霧山から続く宿敵の腕の中にいる。

 

 あの美しかった黒髪は色が抜け落ち、健康的な玉の肌もまた灰のように色褪(いろあ)せた。

 

 この一瞬で、あたかも別人となったかのような少女を目の当たりにして。

 

 少年はただ、その場で吼えるほかなかった。

 

「あああああああああああああああああ――――っ!!!」

 

 悲哀と憤怒が混ざり合ったその声は、那田蜘蛛山の麓にまで届く。

 

 しかして希望が消えうせたわけではない。

 

「………………うっ!」

 

 その声は、遠く離れたもう一人の少女へ届いていた。

 

 兄の叫びだ。この先で、兄が泣いている。

 

 急がなきゃいけないんだと逼迫(ひっぱく)した状況を把握し、己の足に精一杯の「元気」を送り込む。

 

 すでに体の傷は癒えた。癒えたどころか、まるで自分ではなくなったかのように力が溢れてくる。

 

 日の御子が覚醒したように。日の巫女もまた、新たな力を得ていた。

 

 禰豆子は那田蜘蛛山を駆け登る。

 

 この世に残った、たった一人の兄を助けるために――。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 今作の累君は巣という罠を張る蜘蛛のごとく、間接的な力で戦う十二鬼月となっています。
 肉弾戦は、父鬼さんが今まで担当していたというわけですね。蜘蛛鬼家族は皆、累の弱点を補うような能力をもって息子を支えています。

 言うなれば軍の指揮官ですね。それも決して、一騎打ちとかもしない指揮官です。
 自らの手足を思い通りの操り、自らの勝利を手繰り寄せる。

 これこそが蜘蛛らしいかなと思うのですが。……どうでしょう?w

 ようやく最終局面へと突入しました本作ですが、これからも宜しくお願い致します。

 ではまた明日!
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