本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-15話「乾坤一擲の鬼姫」

 蜘蛛鬼の血を口に含んだ時から、久遠の身体は造りかえられていた。

 それと同時に血気術の手足となる血の糸もまた、主を操り人形とするべく全身の血管に張り巡らされている。

 

 累の血気術は「蜘蛛鬼の家族」に限定した特殊なものだ。

 上弦の鬼にも与えられていない「徒党を組む権利」が許され、個よりも群となることで本当の力量を発揮する。何よりも歪んだ家族の絆に固執する、累らしい血気術である。

 

「さあ、久遠姉さん。僕と本物の家族になろうね」

 

 そう言いながら、狂気を瞳に宿した累は人差し指の爪を伸ばす。赤銅色の鋭い爪は先端が鋭利な凶器と化し、直接脳へ差し込むことで操糸術の起点を作り出す、最後のひと欠片となる。

 

 これこそ「家族の儀式」だ。

 

 兄鬼も父鬼も、累はそうやって仮初の家族を作り上げてきた。

 

「……あら。私を操る必要なんてなかったのではないかしら?」

「五月蝿いっ!」

 

 累の苛立ちが久遠に問答の余地を与えない。まるで自分の思い通りにいかないからと、癇癪(かんしゃく)を起こす子供のような顔だ。

 元々赤い眼球を更に血走らせ、殊更ゆっくりと久遠の額へ指を近づけてゆく。今だ冨岡義勇によって阻まれた、竈門兄妹へと見せつけるように。

 

「やめろ、……本当に、やめてくれっ!」

 

 炭治郎の顔が悲しみに歪む。その顔色は絶望に浸された弱者のソレだ。

 そうだ、その顔が見たかったとばかりに累はほくそ笑む。何より優先するべきは家族の絆。それこそが累の求める理想で、決して心中することで家族愛を示す人だった頃の家族など必要ない。

 あの御方も言っていたではないか。欲しいモノは「本当に強い者」が得るべきだと。

 

 弱者は強者に踏みにじられる運命だ。

 

 病弱な身体を捨て、選択を間違った両親を捨て。新しい絆を求めてここまで……累は来た。

 

 ズプリ。

 

 皮膚を貫き、頭蓋を割り。生暖かい脳を掻き分け、血糸の玉を作り出す。

 

「さあ、これで。……久遠姉さんも本当に、僕のお人形さん(姉さん)だ」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 弱者が何か叫んでいる。

 それさえも累にとって、新しい姉ができた祝福の声に聞こえた。

 

 本当の両親はもういない、いらない。

 強者は自分の手で、家族の絆を作り上げるのだから――。

 

 

 

 

 

 操糸術の起点となる血糸玉を作り上げた累は、満足そうに久遠の頭部から指を引き抜いた。

 人間であるならば即死だろうが、この程度で鬼は死なない。何事もなかったかのように頭蓋の穴を塞ぎ、少しばかりの細工をしてから久遠を立ち上がらせる。

 

 見た目の上では何ら変わることはない。実を言えば、ここまで完全に支配するつもりもなかった。脳を支配し、感情まで支配してしまうと「本当に累の言葉だけに従うお人形」になってしまうからだ。

 それではさすがに人形遊びとなんら変わらない。だからこそ累は、母鬼である葵枝には自我を残していた。

 

「…………」

 

 無言で生まれ変わった久遠は累の胸から立ち上がり、新しき血気術を用いる。

 何千、何万もの糸を編み込んで形作った薙刀(なぎなた)。それが蜘蛛鬼たる久遠の新たな得物だった。

 

「さぁ久遠姉さん、大切な弟である僕のお願いを聞いて。……あそこに居るウザイ兄弟の首、ここへ持ってきてよ」

 

 累の頼みに、久遠はニッコリと笑って答えた。

 

「ええ、累。久遠姉さんに任せなさい。大切な弟の頼みだものね」

「そんな事はどうでもいいんだよ。姉さんは僕の言うことに従っていればいい」

「もちろんよ」

 

 累の言葉に何の疑問も持たず、久遠は一見穏やかな笑顔を見せる。しかしてその瞳に自我の光があるわけもない。

 

 ……我慢できるはずもなかった。先ほどまでの光り(きら)めく久遠の瞳は、どこへいってしまったのかと炭治郎が声を荒げる。

 

「違う、そんなのは家族じゃない。家族とはお互いを思いやり、時には(しか)り、一緒に幸せな先の未来を作り上げる関係だ。ただ命令し、される関係のどこが家族だっ!!」

「……他所は他所、ウチはウチって言うだろ? 他人の家庭事情に口を挟まないでよね」

「母ちゃんも、久遠さんもお前の家族じゃない!」

「この姿を見ても分からないの? もう立派に、久遠姉さんは僕の姉。……蜘蛛鬼だ」

 

 もううんざりだとばかりに累は手を振る。それは邪魔者を排除しろという人形への命令でもあった。

 久遠が累の前へと進み出る。もはや糸で作られた薙刀は真っ赤に染まり、本当の血で作られたようだ。鬼人化はしていないとはいえ、その実力は実際に刃を交えた炭治郎が一番理解している。

 

「うっ!」

 

 戸惑う兄の前に、再び妹が進み出る。

 禰豆子とて、久遠という姉同然の存在は記憶に残っている。だが兄である炭治郎に刃を向ける者は誰であろうが許さない。

 

「やめろっ、禰豆子!!」

「…………う?」

「頼むからやめてくれっ、お前には分からないのか!? 久遠さんだ、お前にも姉同然に優しくしてくれた。久遠さんなんだっ!!」

「――――――っ!??」

 

 一瞬、禰豆子の身体が二つの意志によって硬直した。

 一方は兄を仇名す敵を切り伏せろと命令する自分。もう一方は兄の願いを聞き届けたいと願う自分。相反する二つの意志が禰豆子の中でせめぎ合い、何よりも足をもって戦場を制する禰豆子の動きが完全に制止する。

 

 そんな隙を、あの神藤久遠が逃すわけもない。

 

 変幻自在の蜘蛛糸によって作られた薙刀が長大に伸び、竈門兄妹の眼前に迫る。

 

 思わず炭治郎は禰豆子を抱き締め、久遠に背中を向けようと試みた。せめて、この妹だけはと――。

 

 この先に訪れる痛みを覚悟し、瞳を閉じようとした時。わずかに久遠の顔が視界に映る。

 

 その表情はなぜか、これまで幾度も見たことのある。

 

 悪戯が成功した時のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「……鬼舞辻 無惨の血を甘くみたわね、累くん?」

 

 ボソリと久遠が呟いた言葉は、炭治郎ではなく累へと向けられていた。

 まるで物干し竿のように伸びた薙刀はクルリと竈門兄妹の頭上を通過し、遠心力のままに累へと迫る。久遠は左足を軸として、舞うように一回転しながらも後方を強襲する。

 その薙刀の刃は正確に、累の頭部へと叩きつけられた。

 

 もちろん、鬼が鬼を攻撃しても死に至らしめることなどできない。久遠の狙いは別にあった。

 

 久遠が破壊したのは累の頭部、脳だ。

 

 狭霧山で母:葵枝の動きを封じるため、炭治郎がとった手段。それを久遠は神藤家での検診の時に居合わせ、葵枝から聞いていたのだ。

 累の血気術の起点はここであると。もし自分のように身内を操られたのなら、炭治郎の壮絶な判断がまた繰り返されるかもしれない。こんな悲劇を二度と起こさぬよう、頼まれていたのだ。

 久遠は約束を守った。

 これ以上、彼の心を壊すような行為を許さない。それでもやらねばならぬとしたら、それは。――私の役目だと決めていたのだ。

 

 神藤久遠は、鬼舞辻 無惨の血を受け継ぐ実の娘である。

 

 ならば、下弦の鬼程度の血。抗えぬ道理などない。

 

「葵枝さんっ、冨岡義勇を拘束してっ!」

 

 久遠がこの一瞬のみ自由を取り戻した葵枝に指示する。炭治郎と禰豆子が行く道を切り開こうとしたのだ。だが自由を取り戻したのは葵枝だけではない。

 

「……無用だ。己の失態くらい、この腕で取り返してみせる」

「ええっ!?」

 

 久しぶりに聞いた声だった。

 自由を取り戻した冨岡義勇が、髪の中から一本の毛針を引き抜く。

 

「あの蜘蛛鬼が俺達を操るには指令を受け取る針が必要だ。……コレが脳の起点に直接信号を送り、身体を無理矢理動かされていた。カラクリが分かればもう、一針とて通しはしない」 

 

 そういって、冨岡義勇はこれまでの鬱憤(うっぷん)を発散するかのように水の呼吸 拾壱ノ型:凪を展開する。竈門兄妹の母、葵枝をこれ以上累に操らせないための結界だ。

 同時に、最後の〆を二人に任せるという意思表示でもある。

 

「いけ、竈門兄妹。もう二度と、お前の母も想い人も、操らせはしない」

「目覚めたとたんにこの調子かっ、行くぞ禰豆子!」

「う――っ!!」

 

 言われるまでもなかった。二人は足並みをそろえ、最後の決着をつけるべく走り始める。

 夜叉の子として一度は覚醒した炭治郎は元より、妹の禰豆子とて那田蜘蛛山に来た時とは別人のような力を得た。本人はまったく自覚してはいないが、禰豆子は死の淵を彷徨(さまよ)ったあげくに最高の供物を捧げられていたのだ。

 

 他ならぬ、目の前の水柱。

 

 冨岡義勇の左腕、――柱の人肉を。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 累君との最終決戦は次の16話で決着です。その後二話ほど後日談を交えまして、第7章完とさせて頂きます。

 かなり原作と違う結末にしてしまったので皆様の反応が怖いですが、一章から考えていた結末に何とか着地できたかな、といった感じですね。

 累君の血気術ですが、「ラジコン」をイメージして頂けると分かりやすいです。
 累(コントローラー)頭部に刺さった針(アンテナ)頭の中に入れた血糸玉(受信機)蜘蛛鬼(本体)といった感じですね。
 累君が近くに居るほど、電波が強く発生し、操れると認識してもらって間違いないです。
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