本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-17話「終わりとこれから(前編)」

 夕日が西の空に沈みかけ、周囲は本当の夕闇が迫っていた。

 那田蜘蛛山対策本部は(カクシ)による慌しい撤収作業が行なわれている。しかして最後まで撤収を遅らせた村長宅は今、珠世先生による診療所と化していた。

 何しろ怪我人が多すぎる。最終決戦に参加した炭治郎達はもとより、兄鬼の毒によって蜘蛛化された隊員や味方の火攻めによって火傷を負った隊員などは布団の中から動けないのだ。

 軽傷の者から鬼殺隊本部への移送が開始されてはいるが、その作業に関しては遅々として進んでいなかった。

 

 それでも撤収を急ぐ理由がある。それは、この集落を対策本部として接収した時の虚言が原因であった。

 鬼殺隊本部はあくまで、「官憲(かんけん)(いつわ)って」この村に滞在している。つまりは付近の役人が不審に思い、様子を見に来たら容易に罪人となってしまう立場にあるのだ。

 鬼殺隊は「非政府組織」だ。いくら当主である産屋敷が平安から続く元貴族の華族であると言っても、政府を丸め込ませるほどの権力はない。大正の世における日本は軍国主義、つまりは明治政府発足以来、軍側の政治家が高い発言権をもっている。

 

 出来る事と言えば、精々国内の荒事に関してお目こぼしを頂戴する程度。ただ人里離れた地で鬼を斬るだけであれば、それで十分でもあった。

 

 これまでは。

 

 近年において鬼の勢力が拡大し、平穏に暮らす人々にまで危害が及ぶようになり。隊士達はおのずと人里での戦闘が多くなってきた。

 一番重要なのは、鬼という存在を「政府が認めていない」という点につきる。つまり鬼との殺し合いが露見し、役人や警官に身柄を拘束されたなら、鬼共々罪人として処罰される危険も十分にありえるのだ。

 

 事態は切迫していた。

 そんな危機的状況のなか、炭治郎といえば……。

 

 布団の中で久遠とイチャイチャしていた。

 正確に言えば久遠がベタついていた。その横で禰豆子がむ~~っとしていた。

 

「……はぁ、なんだこれ」

 

 そう炭治郎がため息をつくのもまた、無理のない話である。

 もうすでに久遠の傷はとっくに完治している。他でもない、鬼舞辻 無惨の血を引いているのだから当たり前の話だ。それでも炭治郎の隣という特等席(ふとん)を決して譲ろうとはしない。更には反対側で、兄を取られたとばかりにほっぺを膨らませている禰豆子がいた。

 

「~~♪」

「う――……」

「あの、久遠さん? 禰豆子が(にら)んでいるからこのへんで……」

「ダメダメっ、炭治郎君は私を傷物にしたんだからね? 責任はとってもらわないと♪」

「ぐっ」

 

 ちなみに久遠の言葉は嘘偽りのない真実だ。

 確かに久遠は鬼舞辻 無惨の血を継ぐ実の娘である。だが同時に人間の母からうまれ出た半人半鬼でもある。つまりは肉体を元通り再生しようとする鬼の特性と、人間のように瘡蓋(かさぶた)をもって治癒しようという人間の特性をどちらも持ち合わせているのだ。

 その結果、どうなるかといえば。

 取り返しの付かない重症は鬼の再生担当、自然治癒でも問題ない軽傷は人間の治癒担当と分担されているらしい。とんでもないビックリ人間である。

 

「確かに炭治郎君に開けられたお腹の大穴は跡形もないけど、その他の擦り傷とかは残り続けるのよね~。ほらココ、君が作り出した怨龍による火傷痕!」

「ああ、分かった。分かりましたよ! 責任を取るべきは俺です!!」

「分かればよろしい♪」

「む――……」

 

 己の傷などまるで気にせず、炭治郎の右腕に抱きつく久遠。ちなみに左腕は、先ほどからむくれた禰豆子に捕らわれている。

 他人が見れば両手に花だと羨ましがる状況だろうが、炭治郎は負った傷以上に疲れ果てていた。

 

 しかしてここは診療所。そんな喧噪が許されるわけもなく……。

 

「……うるさい、それだけ元気なら撤収作業を手伝ってこい」

「ここは病室なのだから静かに、ね?」

 

 三人が並んだ布団の更に向こう側から、物静かな苛立ち声と優しい声が同時に響いてくる。

 

 他でもない、水柱:冨岡義勇と竈門兄妹の母:葵枝であった。

 

 

 

「今でも……、俺が憎いか?」

 

 義勇の一言で、それまで騒がしかった喧噪が一気に静まりかえる。

 それこそが竈門兄妹がここまで走り抜けた要因の一つであり、もはや生きる意味とさえなっている重要案件だ。そしてこの答えを出すべき者は一人しかいない。

 

 禰豆子も葵枝も久遠も。皆が沈黙を守り、炭治郎の言葉を待っていた。

 

「――――――憎い」

 

 決して今の表情を誰にも見られぬよう、うつむきながら短すぎる一言を(しぼ)り出す。

 冨岡義勇は決して、悪人ではない。それは今までの触れ合った時間が確信をもって告げている。最終選別から鱗滝のもとへ戻ってからしばらく、共に生活もしたし命を救ってくれたりもした。その点に関しては感謝してもしきれない。

 

 けど、だからといって簡単に許してしまっては。

 

 竹雄達がうかばれないではないか――。

 

「……そうか。ならば、もっと精進する他ないな」

「………………え?」

 

 少し離れたベッドで横になりながら、義勇の返答は意外な言葉となって返ってくる。

 

「これからも俺の命を狙うのだろう? 左腕を失ったとはいえ、もともと片手で刀を振るっていたのだ。別に問題があるわけでもない。……いつでも来い、相手になってやる」

「……おおっ」

 

 それだけを言うと、義勇は一番窓際の布団で再び眠りについてしまった。驚いた炭治郎は一言、声を返すことしかできずにいる。

 

「ふふっ」

「う?」

「あらあらっ」

 

 そんな光景を久遠は笑い、禰豆子は不思議そうに見つめ、母である葵枝もまた微笑んでいた。

 

「……炭治郎。弟や妹達の気を使ってくれるお前は、間違いなく自慢の息子だよ。でもね、そんな暗い感情でアンタの人生をフイにしてほしくはない。もちろん禰豆子もだ。……分かるね?」

「でもっ、俺はっ!」

「まぁ、アンタがそれで納得しないのも分かるけどね。だったらまず、義勇さんの言う通り強くなりなさい。あの世で見てる父さん達が安心できるように、ね?」

「……うん」

 

 息子を見つめる母の顔は、菩薩のような優しさに満ちている。

 これが母の強さというものだろうか。失ったものが大きいのは一緒のはずなのに、こうして息子の気を使う余裕さえある。炭治郎はそんな慈愛の言葉に、これまた頷くことしかできなかった。

 

 ふと、炭治郎はこれまで気にかかっていた質問をぶつけてみる。

 

「そういえば、母ちゃんはどうやって東京からここまでやってきたんだ? ……やっぱり鬼に攫われてしまって?」

 

 その疑問は、累と共に居る母を見つけた瞬間から抱いていたものだった。

 本来、母は此処にいるはずのない人だ。東京の神藤邸を出発した炭治郎達を、心配そうな顔で見送ってくれた顔を今でも覚えている。

 

「えっ、私はあの山でアンタ達と戦わされたあと、そのまま那田蜘蛛山に連れて来られたけど……」

「へっ?」

「やっぱり……、私の屋敷に居る葵枝さんは偽者だった。ってワケね」

 

 母の答えに炭治朗は驚き、久遠は予想していたとばかりに難しい顔をしていた。

 

「ほら、炭治郎君覚えてる? 東京に居た時、禰豆子ちゃんは葵枝母さんとお母さんとして認識していなかった。おかしいよね、こんなにもお兄ちゃんのことは慕っているのに」

 

 久遠の指摘を受けて、炭治郎は今だ左腕から離れてはくれない禰豆子を改めて見下ろしてみる。

 

「……禰豆子。ちょっと母ちゃんの方に行ってな?」

「う――……、うっ」

 

 そんな兄のお願いを了承し、少しだけ寂しげな顔を見せながらも反対側の母に飛びつく禰豆子。ついさきほどまでは、母にベッタリだったのだ。今ほどは久遠に兄を取られると警戒してこちらに飛びついたにすぎない。

 

「……確かに。東京にいた頃は母ちゃんを覚えていないだけだと思っていたけど」

「禰豆子ちゃんの感覚が正しかったってワケね。そうなると、私の屋敷にいる葵枝さんはいったい……」

 

 久遠の疑問に答えられる人物はここにいない。久遠によれば泥穀と響凱に連絡役をお願いしているため、何か異変があるならすぐ報告が来るとのことだったが。

 頼りがないのは元気な証拠、ということであろうか。久遠のもとに急報は届いていない。

 

 謎は深まるばかりだ。

 

 だが今、目の前にいる葵枝が本物の母であることは間違いない。そう断言できる証拠は、決して感覚だけではなく、禰豆子の髪の毛にあった。

 

「う――――…………っ♪」

「ふふっ、禰豆子の小さい頃を思い出すわね……。あら、このかんざし、まだ使っているの?」

 

 久しぶりに母の抱擁を満喫する禰豆子。そんな娘の後頭部を優しくなでる母は、思い出深い一品を見つけた。

 

「母ちゃん、このかんざしを覚えているのか?」

「……もちろんよ。母ちゃんが嫁ぐ時、母親から餞別にと持たせてくれたものだからねぇ」

 

 昔の詳しい思い出もスラスラと語る母。思い起こせば、東京での生活では食肉衝動を抑え込む話しかしていなかった。人間だった頃の禰豆子が、殊更(ことさら)このかんざしを大切にしていたなど語ることもなかったのだ。

 となれば狭霧山での童磨・累との戦いの後に、どこかで入れ替わってしまったとしか考えられない。竈門兄妹は母を助けたつもりで助けられていなかった。

 

 混乱する炭治郎へ、久遠が小さな声で助言する。

 

「まあ、今だけは素直に再会を喜びなさい? 二人のおかげで葵枝さんにも希望が持てたし、今後の課題は『日の呼吸』を確実に扱えるようになることね」

「そうですね……。あとは俺と禰豆子が、頑張ればいいだけのこと……」

 

 今だ葵枝は蜘蛛鬼の姿であり、あの少年のように人間へ戻りはしていない。布を頭部に巻き、急患として潜り込んでいるのだ。

 その事実を知った炭治郎は、すぐさま禰豆子と共に人間に戻そうとしたが久遠に止められた。あれは十二鬼月という特別な強さを持つ累だからこそ、人間に戻るまで耐えきれた可能性が捨てきれないというのだ。炭治郎の気熱が手加減の出来ない呼吸だという事実も危険に拍車をかけている。葵枝が人間に戻る前に死んでしまっては取り返しがつかない。

 

 それに、もう急ぐ必要もなかった。

 ゆっくりと、竈門兄妹の成長を待ってからでも遅くはないのだ。鬼が生き延びるためには人肉ではなく、血を飲むだけでも大丈夫だという結論はすでに得ているのだから。

 

 

 久方ぶりとなる母子の会話を夢のように楽しむ竈門家一同。

 そこに、現実を知らせる者が乱入する。

 

「階級(みずのと):竈門炭治郎隊士、竈門禰豆子隊士はいますかっ!?」

 

 副官のアオイだと先日紹介された女性が声高々に診療所へと入り込んでくる。

 

 そしてその後ろには。

 

「思ったより元気そうで、安心しましたよ。皆さん」

 

 那田蜘蛛山討伐隊大将:胡蝶しのぶの姿があったのである。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 そして誤字報告もありがとうございます。ヒノカミってカタカナでしたねw

 今回のお話は、これまでの目的の一つであった義勇さんへの敵意が今どうなっているのか。そして葵枝母さんの偽者が誰なのかを提示する回でした。

 義勇さんの件に関しては、これにて一段落といったトコロでしょうかね。命の借りは命で返す、という義勇さんなりの贖罪が認められた形になります。葵枝母さんはどちらかと言うと、義勇さんは兄妹達の介錯をしてくれた御方という認識でいるようですね。

 そして東京に居る葵枝母さんの偽者については、第八章にて明かされる予定です。
 第六章から七章にかけて表現方法が変わっている人物が居るので、そこから推測してもらっても良いかもしれません。……難しいでしょうけど(笑

 さて、明日投稿する第18話にて七章が完結します。
 自らの株をあげた義勇さんに対し、急転落してしまった胡蝶しのぶさんのお話です。

 よろしければお付き合いのほどを、お願い致します。
 ではまた明日。
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