本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-18話「終わりとこれから(後半)」

「思ったより元気そうで、安心しましたよ。竈門炭治郎君」

 

 ひさしぶりに聞いた優しそうな、それでいて厳しい声色。

 その声を耳にして炭治郎の肩がビクンと跳ね、隣にいる久遠でさえも緊張をかくせなかった。

 見回せば、周囲の負傷した隊員達も頭を下げて礼をつくしている。ここでそれほどの地位を持つ者など一人しか居はしない。

 

 那田蜘蛛山討伐隊大将であり、他ならぬ鬼殺隊の頂点に立つ柱の一角でもある、

 

 蟲柱:胡蝶しのぶが穏やかな笑みを浮かべて現れた。

 

 

 

「何の、用……ですか?」

 

 言葉短かに問う。

 一応は言葉使いを丁寧にしているが、炭治郎はもはや鬼殺隊に対する親しみも執着もない。あんな、仲間を平気で犠牲にする策を用いる集団にはとっくに愛想が尽きているのだ。そんな警戒心丸出しな表情に、顔をしかめる人物がいた。

 

「階級(みずのと)、竈門炭治郎! 貴方は柱に対してなんという態度をっ!!」

「いいの、アオイちゃんは撤去班の指揮をお願い。……警戒しなくとも大丈夫よ、事情聴取をさせてもらいたいだけだから」

 

 しのぶの後ろに控える副官のアオイが声を荒げる。天上の地位にある柱に対して、癸ごときが何て態度だと言わんばかりの表情だ。だがしのぶはそんなアオイを制し、炭治郎達へと向きなおる。

 

「「…………」」

 

 炭治郎の前には久遠と禰豆子の後頭部がある。

 この後に及んで危害を加えようものなら許さないと前に進み出て、警戒しているのだ。そんな二人を見て、胡蝶しのぶがフゥと溜息をついた。

 

「どうやら、私の評価は地の底にまで落ちているようですね……」

「当たり前でしょ。どっちが鬼なんだって、怒鳴り散らさないだけ感謝してもらいたいわ」

「……まったくです」

 

 問いつめる側となった久遠の言葉を、実にアッサリとしのぶは肯定した。

 鬼殺隊本部にある参謀組織「暗部」は、柱以上の者しか知らされていない機密組織でもある。己の言い訳に使うなどもってのほかだ。何よりあの非情な策を受け入れ、実行したのはしのぶ自身でもあった。この場で責任をとるのは誰か、そんな事は分かりきっている。

 

「ですが、それが鬼殺隊士となった者の覚悟でもあります。炭治郎君も禰豆子さんも、己の命よりも優先したい願いがあるからこそ。……入隊したのではないですか?」

「俺は家族の仇をとり、妹を人間に戻したかっただけだ」

「ええ、そんな願いは隊士達の誰もが抱いているもの。もちろん私も姉の仇を討ちたいと切望しています。別段、珍しいものではないのですよ。炭治郎君、それが君にとって『己の命よりも叶えたい願い』なのでしょう?」

「…………確かにその通りだった。けど、俺は間違ってもいた」

 

 ポツリぽつりと、炭治郎が今の本心を口にする。

 

「竹雄も茂も、花子も六太ももういない。俺に残された家族は、母ちゃんと禰豆子だけ。今でも無惨は憎い、この手で仇を討ちたいけど……」

 

 言葉を最後まで続けず、炭治郎は視線を布団へと落とした。

 非情な現実を突きつけられたのだ。今の自分達では、まるで歯がたたないだろうという非情きわまる現実を。

 炭治郎達の前に現れた童磨は常に飄々(ひょうひょう)としていた。敵意など微塵も見せず、ただ笑い、炭治郎達の戦いを観賞していた。それは、今の自分達など敵でさえないという絶対的強者のみに許された傲慢(ごうまん)さだ。

 

「仇討ちを諦めるのですか? ……だからといって、隊を脱するなど許されませんよ。士道不覚悟の原則を忘れたわけじゃあ、ありませんよね?」

 

 そう、自分で選んだ道である事もまた確か。もう後戻りなど……。

 炭治郎の心には迷いがある。これまで鬼を人とも思わなかった少年が、少しずつ変わり始めているのだ。今回の戦いで沼鬼:泥穀や鼓鬼:響凱、そして久遠にどれだけ助けられたことか。もはや鬼というだけで斬りかかることなどできない。

 

「あら、隊では絶対でもこの国が定めた法には抵触しませんよ? 何よりも、私刑は違法です。そこをキチンと理解していますか? 非政府組織の鬼殺隊さん?」

 

 沈黙を続ける炭治郎に代わって、口を開いたのは久遠だった。

 しのぶの厳しい視線が突き刺さる。対する久遠はニッコリと笑ったまま、炭治郎のそばを離れない。

 

「……部外者の口出しはご遠慮願いましょう」

「部外者というわけでもありませんよ? 炭治郎君は、私の将来の旦那様ですしね。それに……ねえ、蟲柱さん。貴方達鬼殺隊は、人間の少年へと戻った下弦の伍をどうするつもり?」

 

 問い返した久遠の言葉に、しのぶの眉間がピクリと反応する。

 

「鬼が、しかも十二鬼月が人間に戻る事態なんて、千年続く闘争の歴史においても初めてのことでしょう。貴方達の『御館様』はどのような裁きを与えるでしょうねぇ」

 

 続けざまの挑発に、今度はハッキリとしのぶは怒気をあらわにした。

 

「……私達の長たる御館様への侮辱、それだけは許しませんよ」

「私の言葉を侮辱と感じるならば。こちらの意向は無視されると、貴方が想定していることに他なりません。つまりは、死――」

 

 元下弦の伍であり、ただの病弱な少年へと戻った累は今、他の隊士の眼が決して届くことのないよう隔離されている。いくら鬼殺隊の頂点に立つ柱とは言え、この異常事態だけは処理しきれないと判断したのだ。

 炭治郎とて判断できない。久遠の言う国の法に照らし合わせるのならば、問答無用で死刑だろう。それだけの死を、累は自らの手で生み出してきた。

 

「でもそれは、無惨が鬼にしたせいだ……。少年だった累が、自分で望んだのかさえ分からない」

「そうよ、炭治郎君。罪とは犯した本人以外にも、罪へと導き、犯すよう(さと)した者も同罪となる。その親玉を放置したまま判決を下すというのは、平等とは言えない。鬼への憎悪が蔓延(まんえん)するそちらに、累君は渡せません」

 

 一言一句を区切るように、真実と己の意志を言葉にする久遠。

 

「……まだ、死刑になると決まったわけではありませんが」

「私の話を聞いていました? そもそも私刑を処すこと事態が、犯罪だと言っているのです。累君の行く先は本来、警察官による逮捕を経て裁判所で裁かれる。それは法が定めた、どんな罪人でも持ちうる最低限の権利だと理解できますか? できません?」

 

 ニッコリと笑いつつも、胡蝶しのぶと神藤久遠の視線が火花を散らす。

 この女同士の戦いに参入できる男など居るわけがない。ただただ嵐に巻き込まれぬよう避難するのが最善であり、一秒でも早くおさまるよう祈りを捧げるのみだ。彼女達の後ろには龍と虎の決闘が幻となって描かれている。

 

「……禰豆子。母ちゃんの傍から離れちゃ駄目よ。炭治郎もこっちに来なさい……」

「うん」

 

 これは決して逃亡ではない、戦術的撤退である。そう自分に言い聞かせつつ、炭治郎が身体を動かそうとすると。

 

 ガッチリ、龍と虎の尻尾が腕に巻きついている事実を悟ったのだ。

 

「こんな違法組織に、愛する旦那様とその家族を預けるわけにはいきません。神藤家が責任もって保護しますからお構いなく」

「何を言いますか。炭治郎君も禰豆子さんも同じ志を持つ鬼殺の仲間です。貴方こそ仲間を勝手に連れてゆかないでください」

 

 これまた本人が決して望まない、両手に花の例である。もっとも、両手に獣と言い換えても()(つか)えはないが。

 

 久遠はともかくとして、しのぶがこれほど竈門兄妹に固執するのは理由がある。

 那田蜘蛛山での壮絶な戦いが終わりを告げ、しのぶは戦の顛末を手紙にしたため鎹鴉を飛ばした。すると鬼殺隊本部はなんと、次の日には新たな指令を発したのだ。

 

 ――カマドキョウダイヲ、ホンブヘ、レンコウセヨ。ケッシテ、ニガスベカラズ。

 

 これまでにないほどの慌しさで跳んできた自分の鎹鴉は、それだけを言うとすぐさま川へ水を飲みに飛んで行ってしまった。

 十分に納得できる指令だと、しのぶは思う。この兄妹は鬼を人へ戻すという奇跡を体現したのだ。この千年「始まりの剣士」にさえ成しえなかった偉業を、新米隊士である癸が成し遂げてしまった。なんとしても詳しい事情を聞き、鬼殺隊本部が新たな戦力として活用したいと切望するのも当然の話だ。

 

 一人の男をめぐって女二人による視線のみの決闘が続く。

 

(俺、これからどうなるんだろ……)

 

 そう炭治郎が心の中で呟くのも無理はない。この状況では男ほど無力な存在はないのだ。

 

 やがて、折れたのは意外や意外、久遠の方だった。

 

「……仕方ないわね、柱程度じゃ話にもならないわ。直接、直談判にいきましょうか」

 

 久遠の言葉に、その場に居る全員が驚きの顔を見せる。

 

「半分鬼である貴方が、鬼殺隊本部に来るということですか? そんなこと認めるわけが――」

 

 何を馬鹿な事を、としのぶは久遠の言葉を一蹴する。

 鬼殺隊本部は無惨に見つからぬよう、厳重に隠されている。当然だ、もし見つかりでもすれば本丸へ敵が攻め込んでくるのだから。決して、半分とはいえ鬼である久遠を連れて行くなど許可できるはずもない。

 

 だが、久遠が放った次の台詞で。

 

 蟲柱:胡蝶しのぶは、複雑すぎる世の中の繋がりを思い知るハメになる。

 

「ねえ、蟲柱さん。……十年前に産屋敷家へと嫁いだ、あまね姉様はお元気かしら?」




 これにて、第七章完となります。
 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

 これまで鬼=家族の仇という認識だった炭治郎君にも、ようやく心の変化が見えてきましたね。

「鬼にも人にも、良い人や悪い人が居て当然である」

 この一言を表現するために、まさか百話以上もかかるとは思いませんでした……^^;
 すこしは原作の炭治郎君に近づけたでしょうかね? え、まだまだ別人? デスヨネー。

 閑話休題。
 このお話も一番の見せ場を終わらせ、残るは最終章のみとなります。
 とは言っても、いきなり無惨様との総力戦に移行するわけでもありません。炭治郎君が感じていた通り、まだまだ力が足りませんからね。

 最終章では、ねじれてしまった竈門兄妹と鬼殺隊の関係を修復する予定です。
 他の柱の皆さんも変人揃いですから(失礼)、中々に丸くおさまらない気もしますが、なんとかうまくいくよう尽力してみるつもりです。
 
 中々に苦戦中で今だプロットさえ出来ていませんが、なるべく早くお届けできるよう努力いたします。
 前回と同様、あらすじに経過報告を書き込みますので時々見に来てやってください。

 よろしくお願い致します。ではではっ!
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