11幕でございます。
今回は短めです。
本日22時に12幕を投稿しますのでご勘弁をぉ……。
背後から妹の髪を彩っていた
少年の最後まで残した賭けに、義勇は感心していた。
自分とこの少年の間には、血を吐くほどの死闘によって得た経験の差という歴然としたものがある。
その事実を義勇は理解していた。だからこそ、この少年に何の脅威も感じなかったのだ。戦ったとしても万が一の勝ち目も与えないし、逃げ切ることも叶わない。
だが、まさか。
刀を持ったことさえ無いであろうこの少年が、それを理解し、それでもこの苦境を脱しようと考え抜いた奇策を用意できるとは考えなかったのだ。
策というものは場数が物を言う。何度も修羅場を経験し、その中での敵と味方両方の思考を読んで行なうものだ。大抵の鬼殺隊員は夢半ばで命を落とす。策士と呼ばれる人物なら直のことだ。なぜなら何度も窮地に陥った上で、それでも生き延びた者が手に入れる称号なのだから。
それをこの少年は、初めての
自分を何の力もない、度胸もない弱者だと思いこませ。であるからこそ、それを逆手にとった奇襲という策。
確かに義勇は、少年の存在を何の障害にもなりえないと決め付けていた。
しかして、確かに。鬼である鬼舞辻 無惨とは違って、生身の人間であるこの身は急所を貫かれれば死に至る。この場で仇を討つならば、自分以外の候補は居ないのだ。
だが悲しいかな、少年が必死で考え抜いた最後の賭けも自分には通用しない。
理由は簡単だ。装備と経験の差である。
鬼殺隊の隊士に支給される隊服は、人を超えた力と異能を持つ鬼と戦うことを前提とした特別製だ。このような先が尖っただけのかんざしで貫けるような代物ではない。更に言えば、仮にこの少年が日輪刀を持っていたとしてもだ。
もう一度、言おう。
残念ながら、自分と少年の間には、縮めようもない経験と装備の差が存在した。
「…………見事」
一言だけ、義勇はそう呟いた。少年による決死の一撃を半身にするだけで避け、うなじに手刀を当てる。
「――――がっ!?」
言葉にならない声を上げて、少年の意識が薄れてゆく。
それでも何やら、崩れゆく少年は瞳をギラつかせていた。まるで、その先の人物に指示を与えるかのように。
『禰豆子、逃げろ』
声にもならないその言葉を、受け取るべき人間ではない義勇でさえも聞こえたような気がした。
少年の意志を受けて、鬼と化した妹は天高く飛び上がる。それは兄弟の絆があるからこそ出来た、無言の意思。長い時間を共に行き、心を通じ合わせたからこそ可能なアイコンタクトだった。
「しまっ……!?」
義勇は少年の策を読みきれていなかったことを今、自覚した。この少年は、最初から「自分に勝てるとは考えていなかった」のだ。
ただ一瞬、自分の眼を鬼となった妹から逸らすだけで良い。その一瞬で、自分の妹を逃がそうとした。
鬼殺隊である自分は、鬼は斬れても人間を斬ることは許可されていない。鬼舞辻 無惨が撤退した今、妹さえ逃げ切れたなら「少年の勝ち」なのだ。この少年は鬼となった兄弟達を斬る際に、わざわざ自分を斬らぬように避けたという事実を、冷静に分析していたのだ。
鬼となった人間は、身体能力がありえないほどに上昇する。普通の人間は勿論、鬼殺隊の人間でさえ、逃げの一手をうった鬼を抑えるのは難しい。
(この少年は、そこまで察していたというのか!? この短い時間の中で!?)
この戦いの中で、初めて義勇の心が
あの禰豆子という少女。あの鬼舞辻 無惨が殊更に気をかけていた鬼だ。今見逃してしまえば、多くの人に被害が及んでしまうかもしれない。
義勇は慌てて天高く地を蹴った。無惨を逃がした上、あの鬼の少女まで逃がしてしまったとなれば自分が派遣された意味さえない。雪が降り積もった雪山の森の中、あの身体の小さい鬼を捜し当てるのは至難の技だ。
それでも、探し出さなくてはならない。
あの少女が、本当に罪を犯してしまう前に――――。
しかして事態は更に急転する。
禰豆子と呼ばれた鬼の少女は、実は逃げてはいなかった。
義勇が全力で飛んだ瞬間、一度は身を潜めた森の中から飛び出してきたのだ。いくら義勇が将来の柱候補となる実力者であっても、空中で反対方向へ転換することなど出来はしない。
空へと飛ぶ義勇と、地へと飛ぶ禰豆子。
そのお互いが着地するまでの刹那な時間。
義勇は、手も足も出ない状況に追い込まれた。
「…………見事」
鬼の少女は着地と同時に兄を抱きかかえ、森の奥へと逃亡をはかる。義勇は自分の負けを覚悟し、今度こそ本当に、感嘆の声を二人の小さき兄弟に送った。
最後までお読み頂きありがとうございました。
数話前から炭治郎君が練っていた策のお披露目でございます。
詳しくは12話のあとがきにて。
22時まで暫くお待ち下さい。