本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-2話「姉と妹と御館様と」

 朝霧ならぬ夕霧が周囲に立ち込めるなか。

 久遠は一人、あまりにも立派すぎる日本庭園の奥に案内されていた。普通の家屋ならば二・三件分はありそうな長さの縁側(えんがわ)には戸があらず、雨が降ったらどう対処するのだろうかというどうでもいい感想が思い浮かぶ。

 

「遠路はるばる足を運んだ妹を待たせるとは、良い度胸ですね。……あまね姉様」

 

 久遠が誰も気配のない庭に立ち、ポツリと独り言を漏らす。本部へ続く道すがら楽しそうに話していた、姉に対する口調とは真逆の態度である。すると、どこからともなく女性の声で返事があった。

 

「招かざる客の間違いでしょう? 久遠、久しぶりですね。もう会うこともないと思っていたのですが」

「……珍しく意見があいましたね、まったくもって同感です」

 

 縁側の奥に存在する、真新しい若葉色の畳が敷かれた大広間。その更に奥にあった上段の間から、透きとおるような声と共に白樺(しらかば)の精が現れる。

 まるでこの世の生き物ではないかのような白さを体現したあまねは、普段とは違い幾分かは興奮しているようで顔を赤らめていた。それが殊更、神藤(かみふじ)姉妹がどれだけ数奇な運命に振り回されたかを物語っている。

 

「で? 此度は何用ですか。まさか姉と十年ぶりの茶を()みかわすため、というわけではないでしょう?」

 

 さっさと用件を済ませて帰れと言わんばかりの態度であったが、久遠とて鬼である自分の立場など百も承知だ。

 

「もちろん、愛する炭治郎君と禰豆子ちゃんを鬼殺隊の(かせ)から開放するためです。なので私が話すべき相手は貴方ではありません、あまね姉様」

「御館様の御前に、半分とはいえ鬼の血を持つ者を招き入れるとでも?」

「会談する余地さえもないのならば結構、私も勝手に動くまでです。……ですが、結果不利益をこうむるのはそちらの方ですがね。二人の日の呼吸、失うには惜しいという意見が出ているのではないですか?」

「……神藤家の汚点が、偉そうにっ!」

 

 常に平静を保ち続ける久遠に対し、言葉を荒げるあまね。

 もしこれを、普段の彼女を知る者が見たら愕然(がくぜん)とするだろう。常に穏やかな笑みを浮かべ、夫である耀哉(かがや)の後ろを歩く彼女は鬼殺隊の聖母とも呼ばれている存在だ。そんな産屋敷あまねが顔を赤くして声を荒げている。

 

「……あまね姉様こそ、生まれながらにして鬼子と(さげす)まれた私の気持ちなど理解できぬでしょうね。私を最後まで愛してくれたのは神藤家でただ一人、母だけです」

「その母を喰らったのはお前でしょう」

「好きで喰らったとでも? 母は誰にでも優しかったからこそ、鬼舞辻 無惨(あんな男)にだまされたのです。神藤家が没落したのは私の存在が要因ではありますが、私のせいではありませんよ」

 

 幼年時代に久遠が母を喰らったのは間違いのない事実だ。那田蜘蛛山で累に言われたように、その事実は久遠の心の奥底にまで届く傷として今だなお残り続けている。それでも精一杯に生きろという誓いを余命短い母と交わしたのだ。ならばその誓い、生涯をかけて果たすのみと心に決めている。

 

「そもそもが十年も前に他家に嫁いだ あまね姉様に、神藤家をとやかく言われる筋合いも権利もありません。この大正の世における神藤の当主は、この私です。新しく一級の貿易商へと成りあげ、お家を再興させたのもね。この場に来たのはただ、未来の旦那様兄妹を迎え入れるべく来たにすぎません」

「…………」

「それに姉様の旦那様ならもう、そこにいらっしゃるではないですか」

 

 久遠が指差す先に、つい先ほどまで確かに居なかった人物が胡坐(あぐら)をかいて座っていた。あまねが出てきた上段の間に座るべき真の主。その顔は不治の病を患っている事実を証明するかのように蒼く、筋張っている。

 

 この御仁が産屋敷耀哉。鬼殺隊を統べる御館様であり、全ての隊士の尊敬を集める象徴だ。

 

「おやおや、ばれてしまったか。お久しぶりだね、久遠」

「ええっ、耀哉兄様もまだまだお元気そうで安心しましたわ」

 

 その顔色と反比例した満面の笑顔に、久遠もまた笑顔で言葉を返す。だがその言葉には、少しだけ揶揄(やゆ)の意味を含ませているようにも感じられた。

 

「御館様に何という暴言を……っ」

 

 その含みを感じ取ったあまねが言葉を荒げる。しかしそれを制したのもまた、耀哉だった。

 

「いいんだよ、あまね。せっかく可愛い義妹が訪ねてきてくれたんだ。もう幾つになったのかな?」

「今年、数えで十七になりました」

「そうか、あまねがウチに嫁入りしてからもう十年も経つのか。もはや光さえも見えないこの目が(ねた)ましい。さぞや此処に嫁入りした時のあまねに似て、美しくなっているだろうからね」

「私はそちらの奥様とは違い黒髪ですから。いくら母が同じとはいえ、だいぶ顔つきも違っていると自覚しておりますよ」

「そうだね。ウチの息子、輝利哉(きりや)も黒髪だ。神藤家では凶兆の証とされていたようだけど、まことに愚かな習慣だと思うよ。……さて」

 

 世間話はこれにて終わりとばかりに耀哉は言葉をきった。それは本題へと入ろうという意思表示でもある。

 

「ウチの若い子を引き抜きたいと、久遠の話はそういうことだね?」

「ええ、那田蜘蛛山での攻城作戦。いくら十二鬼月が一筋縄ではいかない相手とはいえ、いささか仁義を逸脱したものだったかと。その点、耀哉兄様はどうお考えですか?」

「……確かに、多くの子供達を死なせてしまった。その点に関して言えば慙愧の念にたえない。多くの子供達を救うために尽力してくれた久遠には感謝の言葉もないよ」

 

 耀哉の言葉はまごうことなき後悔の言葉だ。そして久遠に送った御礼も真実だろう。しかして耀哉の表情が動くことは一切ない。それはある種の覚悟をもった男の表情だ。

 

「御礼の言葉を下さるなら、行動で示してもらいたいですね。炭治郎君と禰豆子ちゃんに付きまして、脱隊を認めていただけますか?」

「それはできない」

 

 耀哉のキッパリとした拒否の言葉を、久遠は真正面から受け止める。言葉使いはやさしいが、この荒くれ者が集う鬼殺隊の頂点にたつ胆力は並大抵のものではない。

 久遠は十年前、始めて産屋敷耀哉という人物を目にした時に思ったものだ。この人こそ、鬼に対する憎悪の頂点に立つ人物ではないのかと。

 

 耀哉の言葉は続く。

 

「ウチの子供達はね、みんな大正の世に敷かれた線路を歩めなかったから此処に身を寄せているんだ。その原因となった存在こそ鬼、自分の命を捧げてでも鬼を滅したいと願う子達で鬼殺隊は出来ている。炭治郎と禰豆子だったか、この二人も皆と同じ鬼舞辻 無惨の被害者だ。その直系である君の元へ送り出すことなど出来ない」

「たとえ、本人達が望んでいたとしても。……ですか?」

「しても、だ。私は無惨の恐ろしさを知る者として、子供達が道を踏み外した時には諭してやる義務がある」

 

 耀哉の言葉はまるで、久遠が無惨側の勢力であるかのような言いぶりであった。普通の人なら侮辱(ぶじょく)されたと思い激高したことだろう。だがそんな安い挑発にのるような久遠ではない。

 

「そもそもが一般生活の線路から逸脱した鬼殺隊に所属することこそ、道を踏み外していると思いませんか?」

「……確かに。だがそれでも炭治郎と禰豆子は、未来の鬼殺隊にとってなくてはならない存在だ。それこそ、次代の柱候補としてね」

「「………………」」

 

 耀哉の言葉を最後に、あまねも久遠も口を閉じる。

 目の前にいる義理の兄は、まるで現世から逸脱したような男だった。紡ぎだされる一言一句が、妙に心の中へ入り込んでくるのだ。一般人であればすぐさま耀哉に心酔し、その眼前に平伏(ひれふ)すだろう。それが鬼殺の特異な呼吸法からくるものであるかは分からない。ただこの人のためなら命さえも惜しくないと思わせるだけの言葉の力がある。

 

 十年前の久遠は、嫁入りするあまねを迎えに来た耀哉と会話して思ったものだ。

 

 この人は、良い意味でも悪い意味でも。

 

 他人の人生を、大きく捻じ曲げてしまうと。

 

「……久遠。今の君とは正直敵対したくないし、する必要もない。なぜなら、君の心は慈愛に溢れているからね。だがそれが未来永劫続くとも思えない」

「理由をお伺いしても?」

「うん、君は千年にも及ぶ我々と鬼の戦いで始めて生まれた、極めて珍しい存在だ。その身体には忌まわしき最初の鬼の血が確実に巡っている。それがいつ、鬼舞辻 無惨の手によって暴れだすかもわからない。それはつまり――」

「――私が、炭治郎君や禰豆子ちゃんを殺してしまうかもしれない」

「そうだね。でもそれだけではない、近い未来に鬼舞辻 無惨の血がこの国に多く広がってしまったら。無惨を滅したとしても君と炭治郎の子が、子孫が。この世を滅ぼす新たな悪鬼となる可能性だってある。それだけは、……許さない」

 

 そこまで言い切った耀哉の後方から、一筋の矢が飛んでくる。

 

 耀哉の声に聞き入ってしまっていた久遠は、その矢を躱すことができなかった。残された命が幾ばくも無い耀哉を前に、警戒心が緩んでいたのもある。だがそれ以上に久遠は相手の技量を賞賛した。

 久遠の感覚が、今更ながらに後ろで控えた隠の男を認識する。矢を放つ瞬間まで己の存在すら覚らせない、見事な隠形術(おんぎょうじゅつ)だった。

 

「半分は人間の君だ。藤毒であっても、死ぬことはないだろう?」

「……不覚。耀哉兄様……、貴方はそうやっていつも。……私から大切なものを奪ってゆく、の、……ですね」

 

 胸に突き刺さった矢をへし折る勢いで身体は前のめりに倒れ、段々と意識が薄れ行く。そんななか、久遠は最後の言葉を振り絞った。

 その言葉が、耀哉の心に届くことなどあるはずもない。

 

「誰から、どれだけ恨まれようとも。私は鬼舞辻 無惨を滅し、鬼をこの世から消す。それがわが一族の悲願なのだ。そもそも鬼となった人間を戻す必要などありはしない。……ここでゆっくり休んでいると良い、どちらにしろ君も禰豆子も。

 

 無惨を滅したら、死ぬ運命なのだからね――――」

 

 夕霧の残る鬼殺隊本部、謁見の間。

 そこへ射し込む僅かばかりの夕日が、倒れ付す久遠の顔を赤く染めていた。




 最後までお読みくださり有難う御座いました。

 ウチの御館様は原作より少しだけ元気です。鬼殺隊VS竈門兄妹をコンセプトにした今章では重要な役を担ってもらうためですね。
 だからといって走ったりはできませんが、少々激しめな論議ができる程度だと考えてください。

 ではまた明日っ!
 
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