本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-3話「道をたがえた姉妹」

 藤毒の一矢に倒れた神藤久遠は、本部の中ほどにある一室にて軟禁状態となっていた。

 一室とは言ったが、正確には和洋折衷(わようせっちゅう)(おもむ)きを表現した中庭だ。周囲は純和風の屋敷でありながら、ここだけは何本もの柱が立ち、その天井は交差するように丸太が組まれ、ある程度は日の光もさえぎるようなフラワーゲートの様相をていしている。その中には西洋風テーブル一式が鎮座しており、どう見ても裕福な奥様方が午後のお茶会を楽しむ場である。だが鬼にとっては地獄の(かま)と呼んでも何ら違和感のない牢獄であった。別に鍵が掛かっているわけでもない扉を開き、あまねは実の妹へ問いかける。対する妹はご機嫌斜めの極地となっていた。

 

「ご機嫌いかが? 失敗作の妹さん」

「最悪以外の何があるというの? 鬼よりも鬼らしい産屋敷家に嫁いだお姉様」

 

 皮肉をたっぷりの乗せた久遠の言葉にも、今の姉は動じない。

 

「外出したければしてもいいのよ? 別に縄で縛っているわけでもないのだし、あの程度の毒で後遺症が残るほどやわではないでしょう」

「なら、この柱と天井に張り巡らされた藤のつるや花をなんとかしてくださらないかしら。気色悪くてしょうがないわ」

「あらまぁ、こんなにも綺麗に咲いた花を処分しろだなんて。我が家の庭師が泣いてしまいますよ」

 

 この会話が指し示す通り、この中庭はまごうことなき「久遠専用の牢獄」であった。

 そもそもが世間から完全に隠された鬼殺隊本部に鬼専用の牢獄など意味がない。見つからぬのが大前提であるし、万が一見つかった時は牢に閉じ込めるなどという慈悲の道などありえないからだ。

 それでもこの西洋風茶室という名の鬼専用牢獄はここに存在している。まるで「姉が妹の来訪を考えて作らせた」と言わんばかりに。

 

「貴方は大人しく、御館様と柱の皆様方の会議が終わるまで待っていればいいの。私とて貴方とは違い鬼ではないもの、実の妹殺しになんてなりたくないわ。……どうぞ?」

 

 テーブルに茶器を並べ、茶葉を蒸し。暖かな湯気を立ち上らせる紅茶が久遠の前に差し出された。

 

「…………」

「別に毒なんて入ってないわよ。言ったじゃない、妹殺しになんてなりたくないと」

 

 その言葉を証明するかのように、あまねは先に紅茶へ口をつけた。確かに(のど)が渇いていたのは事実なので、久遠も口へと運ぶ。よくよく考えれば、色鮮やかな紫色に発色してしまうのが藤毒の特徴だ。さすがの鬼殺隊でも無色透明の藤毒を開発したとは考えにくい。それは暗殺の手口だからだ、鬼殺隊はあくまで日輪刀による真正面からの鬼殺に固執している。

 

(隊士全員に銃を持たせ、藤毒の弾丸を撃ちこませれば被害も少ないでしょうに……)

 

 千年もの間続くこの組織の欠点を、久遠は紅茶を飲みながら思い浮かべる。鬼殺隊は入れ替わりがとても激しい。それゆえに、育手となる年齢まで生き残る隊士が少ないという意味でもある。教える者が日輪刀の扱いしか知らなくては、新しい隊士とてそれに習うのは当然の(ことわり)だ。大正の世における表の舞台で燦然(さんぜん)と輝く久遠にとって、鬼殺隊は骨董品とも表現できる組織であった。

 

「……私を。いえ、炭治郎君と禰豆子ちゃんをどうするつもり?」

「これは異なことを。あの子達はれっきとした鬼殺隊士、私や御館様の大切な子供です。横から(かす)め取ろうという泥棒猫は貴方の方でしょうに」

 

 確かにそれは正しい。久遠はこの鬼殺隊から竈門兄妹を引き抜こうとしている。あまねから言わせれば泥棒猫も同然だ。ならば泥棒は泥棒らしく、標的をかっさらうが流儀というものか。

 

 もはや問答の余地などない。そもそも手荒な手段を最初にとったのはあちらなのだ。

 

 ならば、

 

「姉様、柱の一人も護衛に付けずに私の元へ参ったのは。……いささか軽率だったのでは?」

 

 ガタリと席を立ち、目の前の姉に対して敵意をぶつけ始める。鬼爪を伸ばし、額に角を生やし。久遠は鬼としての自分を覚醒させてゆく。

 藤の牢獄はあくまで久遠を逃がさないためのものだ。中でどう暴れようが支障はない。だが驚いたことに、久遠の殺気を全身に浴びてようがあまねは一切の動きを見せなかった。

 

「私を、殺しますか?」

「……………………」

「殺すなら好きになさい。元々長くない命です、鬼とはいえ妹である貴方にくれてやるのも一興でしょう。それに、私が鬼に殺されたとなれば鬼殺隊の士気は更に向上します。つまりは、私の命に価値が生まれたということでもあります」

 

 なんとも白く、細い首だった。

 久遠の元に来た時から。いや、産屋敷家に嫁入りした時から。この姉は自らの死を覚悟していたのだ。自らの命でさえ、一つの駒として目的のために利用する。その考えは鬼殺隊の隊律そのものである。

 

 そんな姉の姿を目の当腑抜(ふぬ)たりにして、自然と久遠の瞳からは涙が零れ落ちた。この姉は何時から、こんなにも変わってしまったのだろうか。昔の姉は久遠が自慢するほどの優しさと強さを兼ね備える才女だった。命を賭けてまで叶えたい願いが家族の命から、鬼達の命へと変わっただけなのだろうが、その変貌(へんぼう)ぶりは別人のようだ。

 

 久遠の心にあの頃の、家族を失った激情が沸き立つ。我慢などできるはずもなかった。

 

「ねぇ、姉様はどうしていつも冷静なの? 私が鬼だと分かった時に、母様を手にかける前に。……どうして殺してくれなかったの? ねぇ、どうしてっ!!」

 

 普段の飄々(ひょうひょう)とした久遠からは有り得ない悲鳴が中庭に木霊した。それは彼女が十年間ものあいだ、胸の中にしまっておいた想いでもある。普段の冷静な久遠は、昔の姉を真似したものであった。それほどまでに久遠は、あまねを尊敬していたのだ。

 

「……それは貴女が逸材だと判断したからです。母が、そして私が死のうとも神藤の家は貴女が居るかぎり絶えることはなく、鬼の血にも負けはしない。……そう確信したからこそ……っ!!」

 

 対するあまねの瞳にもまた、涙があふれ出た。

 周囲から見るなら、感動の再会を果たした姉妹の様に見えるのかもしれない。だがその実態は、鬼の血を引く妹に体を差し出す姉の図だ。本部までの道中に炭治郎が危惧した情景が目の前にある。暴力を傘に来て意見を通そうとする存在にはめっぽう強い久遠だったが、血の絆や愛情には酷くもろい。

 

 鬼人化した久遠が、何の抵抗もできずに膝を折る。そんな妹の姿を、姉は落胆したように見下ろしていた。

 

「結局は私の見込み違いだったようですね……。大それた夢を持つわりに久遠、貴女の心はもろすぎる。本気で人の世を変革しようとするならば、姉の命くらい犠牲にできなくてどうしますか。すべての者が幸福になる未来など、決してありえぬ幻影であると。……なぜ気付けぬのです」

 

 返す言葉もない。久遠の理想は甘すぎるのだ。本当ならこの場であまねを捕らえ、耀哉(かがや)に自分の要求を突きつけた方が上策だろう。もう一度言うが乱暴狼藉を最初に働いたのは耀哉側なのだ。

 だが久遠にそれはできない。誰もが傷つかず、誰もが幸せな世界を作り上げる。そんな理想は所詮、夢でしかないことを理解しつつ、どうしても決断できずにいる甘さこそ。彼女が持つ最大の弱点である。

 最後の一滴まで紅茶を飲み干したあまねは席を立ち、周囲に張り巡らされた藤のツタを手に取った。

 

「……久遠。貴女は私達の理想のために利用させてもらいます。大丈夫、貴女の愛する兄妹は大切な次代の柱候補ですからね。鬼殺隊の隊士は一連托生、命尽きるその時まで共に同じ道を歩んでゆくでしょう」

「それじゃあ、これまでと何も変わらないじゃないっ!」

 

 そう叫ぶも、久遠の心は姉に対抗するだけの気力を残してはいなかった。

 もはや罠や奇策を用いるまでもない。先ほどの紅茶とて一切の手が加えられていないただの紅茶なのだ。それは他でもない、産屋敷あまねの覚悟でもあった。鬼である久遠の前に無手で立ち、覚悟を決め、命をかける。それが姉と妹の決定的な差となって今を迎えていた。

 

 椅子から転げ落ち、石畳にひれふした妹の前に姉が立つ。

 

 断罪の時を迎えていた。

 

「過去に犯した過ちは決して繰り返さぬ。……久遠、貴女の言うとおり、私は母が殺される前に動かねばならなかった。鬼の妹など認めず、存在を否定し、あの時、この手で処分しなければならなかった。

 嫁入りの時、私は言いましたね。私はもう神藤家の娘ではないのだから、久遠は久遠の道をゆきなさいと。もし貴女が鬼の血を暴走させ、悪鬼と成り果てたならば。私は産屋敷の者として立ちはだかりましょうと。そんな情けなど、貴女のような腑抜(ふぬ)けにかけるべきではなかった……!」

 

 あまねが手にとった藤のツタは特別製だ。藤のツタを細く何重にも重ねて作り出された鬼専用の拘束縄。非力なあまねであっても、今の久遠を拘束するのに何の障害もない。

 

 身体の自由を奪われ、石畳の床に転がり、涙を流し続ける久遠を見下ろしながら、あまねは最後の言葉を妹へ送る。

 

 それは妹だった者への別れの言葉であり、あまね自身の情を捨て去る最後の儀式。

 

 あまねは懐から一枚の手拭いを取り出した。それは藤の毒が染みこんだ、鬼にだけ害のある凶器。それをフワリと久遠の顔に優しくかぶせる。

 

「…………もう、すべてを私に任せなさい。久遠、貴女はもう何も頑張らなくてよい。ただ、自らの生まれを呪いながら逝きなさい」

「あまね、お姉ちゃん……」

 

 久遠が十年前に戻ったかのような口調で口を開いた。

 だがもはや、この場に居る二人は神藤家の姉妹ではない。

 鬼殺隊の産屋敷あまねと、半人半鬼の神藤久遠。その絆はもう修復しきれないほどボロボロで、ブチリと切れ、再び繋がることもないほど離れてしまっているのだ。

 

「今の私は産屋敷あまね。御館様と、隊士の皆様と、必ずや鬼のいない国をこの手で作り出す。そこに貴女という鬼の居場所はどこにもない、……ないのですよ。……………………ごめんね、久遠」

 

 十年前の仲むつまじい、一組の姉妹はもう全く別の道を歩んでいる。

 あまねが口にした最後の言葉を、久遠の耳が聞き取れたかどうか。

 

 ――それはあまねにも分からなかった。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 前回のVS御館様につづいての姉妹対決、いかがでしたでしょうか。
 嫁入りを機に現実の厳しさを知った姉と、どこまでも理想を追い求める妹。二人の絆はいかにして育まれたのかは……待てっ、外伝!

 ……本当に書くかどうかは不明です^^;

 ではまた明日っ!
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