久遠が耀哉の一矢に倒れ、その身を姉によって拘束される少し前。
炭治郎と禰豆子はしのぶによる案内のもと、鬼殺隊本部の一角に建てられた蝶屋敷に到着していた。
「ここが私の屋敷になります。狭いかもしれませんが、ゆっくりしていってくださいね」
「せまい? どこがっ?」
にっこりと微笑むしのぶの言葉に、炭治郎は思わず敬語も忘れて聞き返していた。
竹によって組まれた塀は純和風の雰囲気をかもし出し、正門を潜ればアジサイの彩りが竈門兄妹を歓迎してくれる。確かに建てられてからそれなりの年月が経過した木造二階建ての日本家屋だったが、平屋生活が当たり前だった炭治郎にとっては十分に広い。
「これでも狭いほうです。私は姉から柱の位を引き継いだばかりですからね、十年以上前から柱を努めている岩柱さんの屋敷なんてもっとだだっぴろいですよ?」
「はへぇ~……」
どうやら、しのぶの言葉は
鬼殺隊の御館様は華族でもあるらしく、この国でもそれなりに特別な存在だと聞かされていたが。まさかここまでとは思いもしなかった炭治郎である。正面玄関脇には一見道場であるような広い天井をもった一部屋があった。どうやらここが病棟であるらしい。
「さあ、中へどうぞ。炭治郎君も禰豆子ちゃんも、まずは精密検査からです。珠世先生ほどではありませんが、私はこれでも鬼殺隊で医者を兼任しているんですよ?」
「……検査?」
「……う?」
精密検査と聞いて、炭治郎は反射的に身体を固くする。元々が田舎街の更に山奥での生活を営んでいた竈門兄妹に、医者に見てもらうなどという贅沢な経験などあるはずがない。だが精密検査という硬い言葉の響きに、とっさとはいえ警戒してしまうのは無理もない話だ。
自分達の身体を色々と
「心配せずとも悪戯したりなどしませんよ。明日の柱合会議の結果がどうなろうとも、貴方達二人の存在はとても貴重なものです。……間違っても下弦程度の戦いで後遺症などが残ってもらっては困る。……理解できますね?」
「俺達が久遠さん側に寝返れば、鬼殺隊と対立する存在となるのかもしれないんですが……」
「それでも、です。どういった未来になろうが、鬼舞辻 無惨を倒すという私達の目的だけは共通している」
しのぶの言葉に、炭治郎はもちろんだとばかりに深くうなずく。二人の仇のうち、冨岡義勇に関しては半ば許す形となって解決したが、あの竈門一家を鬼へと変えた張本人だけは許せない。あの男をこの世に置いていては、安心してこれから先の未来を考えることさえ出来はしない。これだけは譲るわけにはいかぬ、竈門兄妹の生きる意味そのものなのだ。
「それに検査の結果、禰豆子ちゃんを人間へと戻すキッカケがもしかしたら判明するかもしれない。藤の呼吸という禰豆子ちゃんのみが扱う呼吸についても、新たな事実が判明するかも。どちらも炭治郎君にとって大切なことでしょう?」
その言葉がトドメだった。
もはや竈門兄妹に抵抗の余地はない。那田蜘蛛山での確執も今だけは忘れようと炭治郎は決意する。
更にしのぶはトドメを刺された炭治郎に対し、更なる追撃に討って出た。
「更に言うなら、病室で貴方の同僚も待ちわびていますよ?」
◇
「伊之助っ、善逸っ。無事だったのかっ! よかったああああああああああっ!!!」
精密検査にはそれなりの準備が必要というしのぶの弁により、隠の男性とも別れた炭治郎と禰豆子はいったん正面玄関脇の病室へと案内されていた。
そこに居た先客は那田蜘蛛山で班を組み、共に戦った同期のサクラ。
思えば上弦の弐:
それでもあの辛い戦いで友情を育んだ二人との再会に、炭治郎は涙ぐみながらベッドへ飛び込んだ。暖かい、生きている人の温もりを確かに感じる。その実感を前にして涙をこらえることができようか。
「うぬぅ!? お前、子分その一かっ」
「むぎゅっ、……怖かった、こわかったけど。なんとか生きてるよおぉ……。それにめっちゃ身体痛い」
「それは貴方達の自業自得ですっ! なんですか、呼吸の型を連続発動? 一度に全部出してみた? そんな無茶をしたら全身疲労で動けなくなって当たり前ですっ!! 肺が潰れなかっただけ奇跡だったんですからね!?」
二人の横で甲斐甲斐しく看護する一人の女性隊士。その顔に炭治郎は見覚えがあった。他でもない胡蝶しのぶの副官である神崎 アオイだ。
「二人とも身体は大丈夫なのかっ?」
「へっ、あの程度で俺様の肉体がどうにかなるかよ」
「だから痛いって言ってんだろぉ!? 抱き付いて来るなよ気持ち悪い!」
返答はそれぞれだが、二人とも元気そうでほっとした炭治郎だったが、今度は涙が止まらない。
「よかった、本当によかった。ゴメンな、俺の無茶につき合わせて」
「俺様は親分だからなっ」「次からはもう行かないからなっ、俺もう決めたから!」
「竈門炭治郎っ、竈門禰豆子っ! 貴方達二人のベッドもすでに用意してあります。精密検査の準備が終わるまで、くれぐれもっ! 静かにしているように、いいですねっ!!」
「はいっ!」「うっ!」
再会を喜び合う三人を尻目に、また騒がしいヤツが来たとばかりにアオイが声を荒げた。これまでの
「なぁ、なんであの人。あんなに怒っているんだ?」
「子分その三がギャーギャーうるせぇからじゃねえの?」
「だってこの疲労回復の薬が苦いんだもの! 不味いんだもの!! ツライんだものぉ!!!」
まるで橋のように涙を流しながらも叫ぶ善逸を目の当たりにして、炭治郎は無理もないとため息をついた。
「ああ……なるほど」
あれだけ泣き喚けば誰だって苛立ちはする。善逸にとっては丁度良い気晴らしなのだろうが、周囲の人間にしてみれば迷惑この上ない騒音だ。禰豆子に至ってはすでに興味をなくしたようで、さっさと布団の中へ潜り込んでいる。
「まずは怪我が治るまで安静にしてような。伊之助も善逸も、鬼殺隊士として頑張るんだろ?」
「うむぅ」
「まぁ、そうなんだけどさ。……なんか自分は違うみたいな物言いが気にかかるんだけど?」
どこまでも隠し事ができない炭治郎であった。言葉の節々に他人行儀な意味合いが混じっている事実に善逸が気付く。
「ああ、まだ本決定ではないけど俺と禰豆子は久遠さんと道を共にしたい。だから何とかして鬼殺隊を抜けるつもりだ」
「はあ? はあああああああああっ!?? 何それ、さっそく尻に敷かれてんなあ……」
「……敷かれてるかな?」
「えっ、自覚ないの?」
「え?」
「え?」
お互いの眼が点となり、見つめあう二人。炭治郎はあくまで自分の意思でもって久遠の元へと行こうとしているつもりだったが、善逸からみれば久遠の手の内で炭治郎が踊っているようにしかみえない。
「どっちに行こうが、鬼の親玉を倒す目標には変わりねえんだろ? ならいいじゃねえか、どっちでも」
「よくないっ! 俺も久遠さんみたいな美人さんに付いて行きたい!」
「あらっ、私ではご満足できませんか? 善逸くん??」
「へっ?」
自分の欲望を前面に押し出しながら演説する善逸の後ろから、聞きなれた女性の声がかけられる。
この蝶屋敷は女性隊士の比率がとても高い場所だ。そんなここであっても、ここまで優しくも怖すぎる声を持つ女性など一人しかいない。ギギギッと、まるで壊れたブリキ人形のように音を立てて善逸が器用に首だけを反対方向へ回してゆく。
「……蟲柱、さま?」
「はい、しのぶさんですよ~。私だけではなく、この蝶屋敷では沢山の可愛い女の子達が従事していますが、善逸君はお気に召しませんでしたかね?」
「いえ、そんなことは全然……」
「そうですか、精密検査の準備が整ったので迎えに来たのです。けど禰豆子ちゃんの前にまず、善逸君に荒療治が必要でしょうかね?」
「いえいえ、見ての通り俺は元気です!」
「では逆に少々、血を抜いてしまった方が落ち着いた性格になりますか」
顔面を庭に咲いたアジサイのように青くし、全身を痙攣させる善逸だったがもう手遅れだ。
おそらくはアオイがしのぶへ報告したのだろう。いくら友情を誓った仲とはいえ、目の前の強敵を前にして前に出る勇気はさすがの炭治郎とて持ち合わせていない。それでも一言、言葉を口にできたのは炭治郎が世間知らずで女性の心が読めないせいに違いなかった。
「……しのぶさん? 少々言葉使いが怪しいような……、もしかして怒ってます?」
「全然怒ってなんていませんよ~、それどころか新しい薬を発明できるかもしれないほど冷静です。我妻 善逸くん、協力してくださいますね? というわけで禰豆子ちゃんと炭治朗君は、もう少々待っていてください」
「はい」「うっ!」
「ちょっ!? それでも同期で友情を深め合った仲ですか!?? たすけてぇぇぇぇぇ~~~~………」
その細い腕からは想像もできないほどの力でしのぶは善逸の
「ちょっと、薄情だったかな?」
「問題ねえ、むしろ五月蝿いのが居なくなってやっと寝れるわ」
「ちょっと待った! もう一つだけ聞かせてくれ伊之助!!」
心配する炭治郎をよそに、伊之助はさっさと布団に潜り込もうと寝転んだ。そんな伊之助の姿を見て、炭治郎は慌てて声をかけなおす。この病棟の一番奥に、何としても確認しなければいけない人影があったからだ。
「あの一番奥で寝てる少年って、まさか」
「ああ、あいつは人間だぜ? なんでか最初、俺様としたことが鬼と間違えちまったがな。……不覚だぜ」
炭治郎は思う。
伊之助が勘違いしたのも当然の話なのだ。なぜなら、その少年は元鬼なのだから。
今だ記憶に新しい那田蜘蛛山での戦いにおいて、蜘蛛鬼として戦った元下弦の伍。
竈門兄妹の「日の呼吸」によって人の子へと生還を果たした少年、
最後までお読み頂きありがとうございました。
癸班、再会の巻。
そして原作ではありえない少年もまた一人、生還を果たしました。
累君の未来がどうなるのかは、まだ思考中ではありますが出来ることなら平穏な人生を取り戻してほしいものです。……無理だろうなあ、この作品だと(汗
次回はしのぶと炭治郎が藤華の正体について言及します。よろしければお付き合いください。
ではまた明日っ。