「さてっ、ずいぶんとお待たせしてしまいましたね」
「いえっ、問題ないです!」
ここは蝶屋敷の診察室。
ずいぶん前に病棟へ戻って来た善逸の
禰豆子の検査はすでに終わっている。あとは炭治郎を残すのみだ。
「痛みはまだありますか? 体調に不安な点などは?」
「いえっ、まだまだ疲れは取れませんがそれだけだと思います。その疲れも、禰豆子と共に放った日の呼吸のせいかと」
意外にも基本的な診察を行なうしのぶに、炭治郎は戸惑いながらも答える。嘘は言っていない、本当に疲労以外に何も感じないのだ。
「事前に採血させてもらった結果にも特に悪い点は見当たりません。強いて言えば
「ウチには体温計なんてありませんでしたから……」
「でしょうねえ、ならば平均体温からして不明と……」
庶民の生活における熱のあるなしなど、せいぜいが
「炭治郎君に関しては問題ありません。それよりも禰豆子ちゃんの方なのですが」
「何か悪いところでもあったんですか?」
「いえ、健康であることは間違いないのですが。炭治郎君、確かに禰豆子ちゃんは今年で十四歳なのですよね?」
しのぶがこうも改まって禰豆子の歳を確認する。炭治郎はその質問の意図を、ハッキリと理解していた。
「間違いなく十四歳です。禰豆子は無惨の手によって鬼化させられた時、なぜか身体と心が幼くなってしまったんです」
「なるほど……。これは極めて特異な例と言えるでしょうね、鬼となった際に若返るなんてこれまで聞いたこともありませんから。ある意味、この仕組みを解明するだけで鬼になりたがる富豪が出てくるかもしれませんよ。また、厄介ごとが一つ増えそうです……」
そう言ってしのぶは一つ、大きなため息をついた。
不老不死は太古の時代から権力者が望み続けた奇跡だ。ある女王は若い娘の生き血を飲んで若さを保とうとし、ある王は自らのために民を生贄に捧げて寿命を伸ばそうとした。もちろんそんな手段で奇跡など起こせるはずもなかったが、この日本においても食肉によって不死を得るという伝説が存在するほどだ。一番有名な話では人魚の肉だろうか。
「それに一番不思議なのは……禰豆子ちゃんの心に、もう一人の少女が居るようなのです。気付いていましたか?」
「……うすうすは」
「禰豆子ちゃんが本来持つ『鬼の呼吸』に加え『
あの時。
那田蜘蛛山で下弦の伍である累と対峙した炭治郎を助けた禰豆子の声。その直前に、確かに聞こえた禰豆子ではない少女の声。
「ふじ……か」
「そう、藤華ちゃんと言うのですね……。えっ、ふ……じか? それはもしかして、藤の街にいた……」
「禰豆子の中にいる少女を知っているんですか?」
「いや、まさかとは思いますが……。今から二年前、ある鬼殺隊の息がかかった街が鬼に襲われ全滅しました。藤華とはその街一番の腕を持っていた庭師の娘さんの名ですが……」
しのぶはそこで言葉を止めた。今度は炭治郎が情報を提供する番だということだろう。
「藤華という名の少女に始めて会ったのは藤襲山での最終選別でした。その時にはもう、彼女は鬼となって俺達の前に現れたんです」
しのぶの言う藤華と、炭治郎の言う藤華が同一人物であるという確証はない。それでもしのぶの言う少女には確かに兄が居たこと、そして炭治郎が出会った鬼の少女はただ兄を探していたことなどが当てはまってゆく。ここまで
「それで、鬼となった藤華ちゃんの最後は……?」
「禰豆子の助けもあってかろうじて俺が撃退しましたが……」
炭治郎はそれから先の事実を話してよいものかどうか悩んだ。まさか鬼殺隊に藤華の知り合いが居るなどとは思いもしなかったからだ。
「お願いします。彼女の父には、鬼を滅する藤毒を完成させるために大変な尽力を頂いたのですから。私も何度も足を運び、兄の藤斗君や妹の藤華ちゃんとは旧知の仲でした。私には、あの子達の最後を聞く義務がある」
しのぶの視線がまっすぐに炭治郎の瞳へ飛び込んでくる。確かに自分達以外の誰も知らないのではあの少女も寂しいのかもしれない。そう思った炭治郎は、自分達兄妹だけしか知らない少女の最後を語り始めた。
炭治郎の説明を一通り聞き終えたしのぶの瞳には涙が溜まっていた。
「そうですか。藤華ちゃんはもう……」
「はい、そして最後は禰豆子が生きるための
その炭治郎の声を最後に、診察室には沈黙が支配した。
しのぶにとっては複雑極まりない話だろう。他でもない昔からの知り合いである少女が、目の前に居る少年の妹に食べられたのだから。
炭治郎の脳裏に、最終選別で出会った少女が口にした言葉が思い返される。
人は鬼となった時点で死んでいる。私達が行なうのはその埋葬である、と。
確かに真理ではあるのだろう。鬼となった人だって、人殺しなどしたくはないはずだ。それでも
もしかしたら、禰豆子もその地獄を味わっているのかもしれない。そう思うと炭治郎は居ても経ってもいられない気持ちになる。日の呼吸は鬼の血のみを排除し、人間へと戻す誰もが夢見た呼吸だ。これこそが竈門兄妹が救いの手として編み出した、鬼に安息を与える最後の手段なのかもしれない。
「……私にも、藤華ちゃんの声は聞こえるのでしょうか……」
「……分かりません。禰豆子の声だって、俺でも二度しか聞いていないんです。でも……」
「でも?」
「藤華は最終選別の時から那田蜘蛛山まで、ずっと兄を探し続けていました。彼女の兄はもう居ないのかもしれないけど、俺が兄代わりになれたらと……思います」
那田蜘蛛山で藤華は言った。「私達のお兄ちゃんを見つけた」と。それはつまり、自分が藤華の兄であると誤解しているのだろう。
それならそれで、良いのではないかと炭治郎は思う。意識だけの存在になってまで悲しむ必要などない、自分が二人の兄として支えてやればきっと。
禰豆子も藤華も、ニッコリと笑ってくれるだろうから。
「親父さんに代わり、お礼を言わねばならぬようですね。藤華ちゃんが最後に出会った隊士が君で、本当に良かった」
それまで本当の笑顔を見せてくれなかったしのぶが、始めて炭治郎に笑顔を向けた。だが炭治郎はその笑顔を正面から受け止めることができない。
「いえ、お礼を言われるほどのことはしていません。あの時の俺は、鬼であるというだけで刀を向けて……救ってあげることさえ考えられませんでしたから」
「それは鬼殺の剣士として当然のことです。私とて、目の前に鬼となった彼女が現れたら同様の決断をしたでしょう。炭治郎君、鬼となった人間はもう死んでいると思いなさい。私達に出来る事は一つだけ、現世で迷わぬよう導いてあげることなのですから」
貴方の妹さんやお母さんが本当に特別なのですよ、としのぶが苦笑する。
「それは最終選別で出会った少女に言われました。けど、俺は……」
「ああ、炭治郎君はカナヲとも同期でしたね。本当に今年は豊作にもほどがあります、――カナヲっ、こっちへいらっしゃい!」
「へっ!?」
とうとつに奥の部屋へ向けて声を張り上げるしのぶの行動は、炭治郎の口から奇妙な擬音を呼び起こした。
診察室の奥には一つの扉があり、上には「調合室」と書かれた札が貼ってある。ここで患者さんへ処方する薬剤を調合しているのだ。果たして、ガラガラと音を立てて扉が開かれると。
そこには懐かしい顔があった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
今回のお話は藤華ちゃんとしのぶさんの結びつきと、鬼という存在の可能性についてでした。
話中でしのぶさんが言っていますが、作者も読者の皆様にもお尋ねします。
「皆さんは鬼になりたいですか?」
鬼は「不老不死の存在」です。禰豆子ちゃんの生態を調べるなら「若返り」だって可能かもしれません。
その代償は人肉を求め、同じ人に追われる罪人となることでしょうか。
うん、普通の人なら望みませんよね。たとえ不死になったとて、無限の時を刑務所で過ごしたら逆に地獄でしょう。
しかし大富豪や時の権力者なら? すべての事実を財や権力で隠し、己の欲のみを追求できるのかもしれません。それほどまでに「寿命」と「若さ」は人間にとって何を犠牲にしても欲するものでもあります。
作者は、どうでしょうかね。輸血パックだけで生きていけるなら鬼になって若返るのもいいかも……。
もしそんな技術が実用化したなら、人口増加で地球が溢れかえりそうですね。
よろしければ感想で「自分ならこうする」という案を送ってもらえると嬉しいです♪
それではまた明日っ!