本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-7話「偽りの優しさ」

 運命の日と言って過言ではない朝は、実にアッサリとやってきた。

 緊張で眠れぬでもなく、早々に暗がりの中で目覚めた炭治郎。なんだかんだ言って、この旅生活にも慣れたものだと思わず苦笑してしまう。

 

「禰豆子、お前は箱の中に入っているんだ。大丈夫、今日は兄ちゃんに任せておけ」

「う――……」

 

 決して朝日の進入を許さぬ厚いカーテンに覆われた竈門兄妹専用の部屋で、炭治郎はもくもくと身支度を整える。柱合会議までそれほど時の猶予があるわけでもない、急がねばならなかった。

 炭治郎の心はすでに決まっていた。これまでの自分を捨て、久遠と共に鬼と人が共生する世界を目指すのだ。鬼への憎悪にまみれた鬼殺隊にいれば、いつまた禰豆子に危険が及ぶか分からない。いざとなれば強引にでもこの本部を脱出する覚悟だ。その為の準備をしっかりとしておかなくてはならない。

 そんな炭治郎の心に、一抹の不安がよぎる。

 

「久遠さん、大丈夫かな……」

 

 炭治郎はこの鬼殺隊本部に向かう道中に離れ離れになってしまった少女の顔を思い浮かべる。久遠曰く、この鬼殺隊の当主とは親戚関係にあるそうだが、それは同時に彼女が鬼である事実もまた筒抜けだということだ。昨夜のうちに戻ってこれないほどの何かが、自分の知らぬ間に起きているのかもしれない。

 久遠は強い。それは炭治郎自身が那田蜘蛛山で対峙した際、十分に思い知った事実である。だがそれと同時に久遠は弱くもあった。なぜなら彼女は決して人間や鬼を手にかけられぬ、心の傷を持っているからだ。

 

 心の不安というものは、放置すればするほど大きく膨らんでゆく。

 

(もし、ここの連中がそれを承知の上で久遠さんを拘束しているのだとしたら……)

 

 決して言葉には出さず、最悪の状況を想定し、炭治郎は左腰に下げた日輪刀を握り締めていた。それは鬼だけではなく、本来は味方であるはずの人間へ刃を向ける意思表示でもある。

 

「時間だぜ」

 

 短すぎるかけ声。気付けば、昨日も道案内をしてくれた(カクシ)の男の声が目の前にあった。間違いなく部屋の扉を開く音など聞こえていない、つまり彼は一晩中この部屋の何処かにいたのだ。

 

「わりいな、上からの命令なんだ。お前達を監視しろっていう」

「……すごいですね、まったく気付きませんでしたよ」

「俺はお前達と違って呼吸の適正がなかったからな、できることなんざ努力しかなかった」

 

 鬼殺隊士の感覚をも無とする隠形術を、努力で手にしたという男の言葉に「そっちの方が凄いのではないか」という言葉が出かける。

 

「命をかけることさえ出来やしねえ、臆病者の仕事さ。たとえ目の前でどれだけの隊士が死のうと、俺は生き延びて報告するのが使命だ。……それよりも準備はいいか?」

「……はい」

 

 こういう感情を「隣の芝は青く見える」と言うのだろうか。

 鬼との戦いで死ぬ者と見送る者、いったいどちらが幸せなのか。おそらくはどちらも不幸なのだと炭治郎は心の内で結論づける。

 

 こんな戦いはもう、自分達の代で終わらせなければならない。

 

 妹の入った木箱を背負い、男の背中を追いながら。

 

 炭治郎は今日という日をまず、精一杯戦いぬこうと決意した。

 

 ◇

 

 見上げれば白雲の一欠けらさえもない快晴の朝だった。

 普通の人間からすれば晴れ晴れとした朝なのだろうが、竈門兄妹にとっては決して良い天気ではない。なぜなら間違っても妹を外へ出せない一日となるからだ。炭治郎は自分の身と同時に、妹の入った木箱も死守しなければならない。

 昨日泊めてもらった蝶屋敷は広さはあれど、古民家のような佇まいが心を落ち着かせてくれた。しかしてこれから向かう鬼殺隊本部は御館様:産屋敷耀哉の住まう場所であり、威厳と風格をまとう空気がたち込めている。それは田舎者を自覚する炭治郎とて実感できるほどの濃密さだった。

 

「階級癸:竈門炭治郎隊士、入ります!」

 

 見張り役であろう男が、屋敷の奥まで届くであろう大声で入場を告げる。奥からの返事はない。だがそれが許可の合図でもあったらしく、見張りの男に促されながらも炭治郎は歩を進めた。

 地面に敷き均された汚れなき砂利を音をたてながら踏みしめ、謁見の間へと移動する。そこには、なんとも個性あふれる隊士達が並んでいた。

 

 刀を交えずとも全身を駆け巡る震えが告げてくる。この九人の隊士こそ、鬼殺隊最強たる柱なのだと。

 面識のある義勇としのぶはともかくとして、他の七人にも及ぶ柱の面々からは猜疑心(さいぎしん)と呼ぶに相応しい赤き臭いが発せられていた。

 

(予想はしていたし、覚悟もしていたけど。……思いっきり怪しまれているな)

 

 生まれ持った嗅覚で場の空気を敏感に察知する炭治郎。だがそんななか、一人だけ怯えたような臭いを発している存在に気がついた。

 

「てめえが、竈門炭治郎ってひよっこか。この元鬼を人間に戻したって本当か?」

 

 そう言って一人の柱が前へ進み出る。人間か鬼か、一件して判断がつかないくらいの形相をうかべる白髪の男だった。すでに左手は日輪刀の(さや)に置かれ、右手は意識さえもあるのか疑わしい少年の襟首(えりくび)を掴み持ち上げている。罪人であるかのように四肢を縄で拘束された姿はなんとも痛々しい。

 

「たっ、たす、けて……」

 

 もがくように口を開いた少年は一言だけ、そう言葉にした。久しぶりの再会というわけでもない。言っても数日前まで、炭治郎とて刃を切り結んでいた相手だ。

 

 元下弦の伍:累。

 

 今となっては竈門兄妹の日の呼吸により、病弱な人の子へと戻った人間の累がそこにいた。

 

 

 

 

「もうその子には何の力もないのにっ、アンタ達はっ!」

 

 柱による暴挙を止めようと炭治郎が日輪刀に手をかける。いくら元十二鬼月であろうが今は病弱な只の少年だ。これ以上、意味のない暴力を見過ごすわけにはいかない。

 だがそんな炭治郎よりも早く、白髪の男へ迫る存在が九人の柱の中にいた。

 

「し~な~ず、が~わ~さん?」

「なんだ胡蝶っ……って、ぶっ!??」

 

 片手で人間へと戻った累を掴みあげていた風柱の首に、しのぶの回し蹴りが直撃した。そのまま顔面が地面へ叩きつけられそうになった風柱は、とっさに両手で受身をとる。結果、宙に放り投げられた累の身体は見事にしのぶの胸へと収まった。

 

「この子はもう人間なんですよ? 粗野(そや)な扱いをすれば鬼殺隊全体の品位を疑われます、殴られる前に自重しましょう」

「もう殴ってるじゃねえかっ!」

「殴ってません、蹴ったんです」

 

 先ほどの緊迫した空気はいったい何だったのか。そう思わざるを得ない状況に、炭治郎は呆然とした。更に他の柱の反応もいつの間にか累への優しさに様変わりしている。これは一体、どういうことなのか。燃えるような赤毛をなびかせて炎柱が至極真っ当な正論を展開し、両目から涙を流しながら岩柱がこれからの累を模索していたのだ。

 

「はっはっはっ! 今のは不死川が悪いなっ! 元十二鬼月とはいえ、世の未来を担う子供は大切にするべきだっ!!」

「まっこと悲運な子よな。せめてこれからは苦労なき道を送らせてやらなければ……」

「あの、それって。累君はもう、許されているってことですか?」

 

 恐るおそる炭治郎が問う。この場には確かに、鬼を殺さんばかりの殺気が渦巻いていた。だが今となっては、それが幻であったかのように暖かい臭いに支配されている。

 

「……炭治朗君、貴方は一つ大きな誤解をしています」

「誤解、ですか?」

「ええ、私達鬼殺隊の目的はこの世から鬼を消し去ること。これこそが至上の課題であり、他には何もありません。累君は君のお陰で人へと返り咲いた。ならばもう、苦しみや痛みを受ける必要などないのですよ」

「でもこの人は……」

「不死川さんは柱のくせに雑念が多すぎるんです。まったくもって不甲斐ないっ」

「さっさとその足をどけろぉ!」

 

 同じ柱でも色々な人がいるらしい、炭治郎はそう認識した。その証拠とばかりに、今もしのぶは風柱の背中をグリグリと踏みまわしている。

 とにもかくにも竈門兄妹はおそらく、この九人の柱達に歓迎されたらしい。

 

「ド派手に歓迎するぜ? 竈門炭治郎、そして鬼の妹、禰豆子。お前等は新たな可能性を鬼殺隊にもたらした。鬼の数がへりゃあ、鬼舞辻 無惨を狩る日も近くなるってもんよ」

「……個人的には気に食わないが、日の呼吸を顕現した点だけは評価する。だが今のお前達はまだまだ弱い、精進しろ」

「は、はい! ……頑張ります? って結局俺、何故ここに呼ばれたんですか?」

 

 てっきり久遠の言う私刑にかけられ、重い罪を言い渡されるとばかり思っていた炭治郎だ。だからこそ鬼殺隊を脱隊し、久遠と共に行く覚悟を固めたというのに。それが蓋を開けてみればこの歓迎っぷりである、正直意味が分からない。

 炭治郎にとって、昨日から言葉を交わしているしのぶだけが頼りだった。

 

「その点につきましては、御館様からお言葉があると思いますよ。もうすぐいらっしゃいますから、大人しく、静かにしておきましょうね?」

「……もう、いらっしゃるみたいだぞ」

 

 一人だけ離れた場所に立つ義勇がボソリと呟く。それと同時に、九人の柱すべてがその場に跪いた。この場で呆然と立ち尽くしているのは炭治朗だけである。

 

「「御館様の、……おなりです」」

 

 酷く懐かしい声だった。

 この静かでいて、一切の感情を含まない声色を忘れるはずもない。藤襲山で行なわれた最終選別で案内役を買って出ていた日本人形のような双子、その二人だ。

 

 縁側に隣接した畳部屋の奥から一人の男が現れる。

 なんとも病弱そうな男だった。火傷か、あるいは病か。鼻より上は紫色に腫れ上がり、数え切れないほどの血管が赤く浮き出ている。それでいて、何よりも炭治郎が不気味だと感じたのは――。

 

「こうしてまた、無事に会えて。――これに勝る喜びはない、私の可愛い……子供達」

 

 その、自然と誰もが敬い、慕いたくなるような声だった。




 最後までお読み頂き有難う御座いました。
 いよいよ柱合会議の始まりです。てっきり断罪の場だと覚悟していた炭治郎ですが、蓋を開ければ歓迎ムード。何がなんだか理解できておりません。ですがやはり前話の通り、色々な思惑が裏で進行しているのでした。

 なんてあらすじを書きましたが、この後書きで書くネタが思い浮かばないだけだったりします(笑
 それどころか、最近本文は遅々として書き進められていないのですよね。書けるときは早いのですが、書けない時はまったく指が動きません(泣

 プロットは出来ているんだけどなあ……。

 なるべく更新を止めないように頑張ります。。。

 ではまた明日っ。
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