本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-8話「御館様の威光」

 自然と力が抜けるように、地に引き付けられるように(ひざ)をつく。

 決して、誰にも強制されたわけでもなかった。なぜかその声を聞いた瞬間、炭治郎は全ての警戒を無条件で解き、耳を預けたのだ。

 御館様と呼ばれた男は一言、声を発したのみ。

 それなのになぜ、この声に自分の全てを預けたくなるのだろうか。

 

「おはよう、皆。こうして誰一人欠けることなく、柱合会議の朝を迎えられて。……私はとても満足している」

 

 奥の間から縁側(えんがわ)に来るだけでも辛いような足取りであった。その証拠に目が見えぬのか、双子の手を頼りに歩く姿はなんとも弱弱しい。まさに寝たきり一歩手前である病人のそれだ。

 

「さて、最初の議題は皆もおおよそ理解しているだろうけど。……そこに居る階級(みずのと)、竈門炭治郎・禰豆子兄妹の活躍だ。我々がいくら追っても姿さえ見せなかった鬼舞辻 無惨と出会うも生き延び、十二鬼月の一角を打倒した。これは本当に賞賛するべき偉業だ。この事実に何か異論のある子は居るかい?」

「御館様の言葉に異論はありません。……だが、信じがたい」

 

 耀哉の言葉に反応したのは、先ほどまでしのぶに折檻を受けていた風柱だった。

 まるで「敵役」を自ら率先して演じるかのように、その言葉が置かれている。そんな彼の言葉に、他の柱達が責めるように反論し始めた。

 

「不死川のやっかみも分かぬではないが、うむっ! 何よりも冨岡義勇という証人がここにいるのだ! 疑う余地もあるまい、うむっ!!」

「それにこの小僧は那田蜘蛛山でド派手に日の呼吸を使ったという、あの始まりの剣士以来の逸材だなっ!」

 

 もしかして、自分は褒められているのだろうかと(うぶか)しむ。いやいや、だって俺は――。

 

「昨日、私は先んじて妻の妹である久遠と会談した。人間と鬼が共に歩む未来、その思想は素晴らしいものだ。近い将来そんな奇跡が実現できたのなら、私達の役目も御免というわけだね。そんな未来の為に、久遠にも協力してもらうことになった」

「……えっ?」

「久遠は私達鬼殺隊とはまた別の組織を作ろうとしていたのだけど、それは難しいし遠回りだ。……竈門炭治郎」

「はい」

「組織というものはね、毎日の積み重ねが力になるんだ。例え久遠が新たに立ち上げた組織がいかに強く、いかに優秀な人材に恵まれたとしても。……鬼殺隊には千年もの時間を鬼と戦ってきた経験がある。ならば久遠と君の理想を、この鬼殺隊で叶えてはどうだろうと私は提案したんだよ。お互いの目的は一致しているからね」

 

 お互いの目的、それは鬼の親玉である鬼舞辻 無惨を打倒して安寧(あんねい)の未来を掴み取ることだ。

 この人は間違っていない、常に正しい。不思議とそう思わせる耀哉の声に、いつしか炭治郎の心は捕らわれ始めている。

 

「竈門炭治郎、そして妹の禰豆子。これからも私達と共に、人の道を作り続けてほしい。……君と久遠が夢見た未来も、その道の先にある――」

 

(……不思議だ。この人には、他の人にはない臭いがある。何色だなんて言葉にもできない光の臭いが……でもっ!)

 

 炭治郎は今。さきほどまでの自分を叱咤し、必死の抵抗を試みていた。

 後光が差すとはこの人のことを言うのだろうか。いつしか炭治郎は久遠の顔も忘却の彼方に追いやられ、両手を砂利が敷かれた地へつけ、(こうべ)を垂れろと身体が命令してくる。

 それが他でもない、産屋敷耀哉の生まれ持った「力」なのだと本能的に痛感する。警戒心を最大にして望んだ柱合会議であるはずなのに、たったこれだけの会話でアッサリと心を折られるなんて。

 

 言葉のみで人の心を操り、服従させる。自分の為なら命を賭けても良いと思い込ませ、意のままに操る。それはどんな呼吸よりも強く、そして今まで対峙したどんな鬼よりも危険な能力だ。

 

 この人は、他の何よりも……危険で。他の誰よりも恐ろしい……っ。

 

「貴方はもはや、人でも鬼でもない……。神か、もしくは悪魔の化身だっ!」

 

 炭治郎は絶叫しようと(こころ)みた。だが実際は、蚊の泣く声ほどにしか満たない大きさにしかならない。体が耀哉の言葉を拒否することを、拒絶しているのだ。

 炭治郎がひねり出した糾弾も他の柱達には届かない。唯一、目の前に相対した耀哉のみが聞こえていたようで、穢れなき満面の笑みを見せていた。

 

 ◇

 

「さて、竈門兄妹の件はこれにて落着した。次の議題にうつるとしよう」

 

 耀哉の言葉に反応するかのように、(カクシ)の者達が一人の少年を連れて来た。地力では歩けないようで、両脇から肩を支えられながらゆっくりと歩いてくる。

 

「この少年は先ほどの議題にも上がった、元下弦の伍:蜘蛛鬼の累と呼ばれていた少年だ。その被害は那田蜘蛛山での戦だけで数えても百人を超える。……もし鬼殺隊で保護していなければ、問答無用で死刑だっただろうね」

 

 耀哉の言葉に反応するかのように、柱達の厳しい視線が累に集中する。今の累は何の力も持たない病弱な少年だ。たとえ柱でなくとも、日輪刀の一突きで容易に命を奪われる存在と成り果てている。

 当の本人である累の顔色を伺うならば、誰もがこう表現するだろう。

 

 この少年はもう、生きながらにして死んでいると。

 

 自らの手で両親の命を断ち、鬼の衝動にかられていたとはいえ幾多の命を奪った記憶は今だ少年の脳裏に焼きついている。その罪の意識が、少年が持つ生への執着を奪い去ってしまっているのだ。

 

「おお、なんと哀れな。少年よ、君は我々に何を望む?」

「……何も。もう、何も考えたくない。早く父さんと母さんに、会いたい……」

 

 岩柱の問いかけに、累はかすれるような声で口を開いた。それは自身の死を希望する答えだ。累の両親は他ならぬ、鬼と化した累自身の手によって奪われた最初の命なのだから。

 周囲になんとも暗い空気が立ち込める。そんな中、動いたのは激情家の風柱だった。

 

「御館様、失礼(つかまつ)る」

 

 耀哉に一言非礼を詫び、風柱が累の元へと歩み寄る。白すぎる地の砂利に両手をついた累、その無防備な首筋へ日輪刀を押し当てた。

 

「テメェは今、世界で一番不幸なのは自分だと思っているだろう。だが残念だったな。それくらいの不幸なんざ、そこらを歩けばすぐに見つかる程度のしろもんだ」

「……それが、何?」

「テメェは、親を殺した。だがそれを先導した鬼が居る、ソイツが憎くねえのか?」

「憎いに決まってるだろっ!」

「ならなぜ、その鬼を殺してやるって気概がだせねえ!?」

「お前等は『あの御方』を知らないから、そんな事が言えるんだ! 絶対的な恐怖と快楽を支配する原初の鬼。この僕を可愛がっていたのだって、盤上で踊る僕を眺めるのが楽しいからだ。……勝てるわけがない、絶対に!!」

 

 この場に居る人間で実際に鬼舞辻 無惨と出会い、その面貌を見知っているのは炭治郎と義勇、それに累だけだ。

 鬼殺隊の頂点に居る耀哉と殆どの柱でさえ、その顔は勿論のこと力の一端さえも見た事がない。だからこそ、そんな大言壮語が言えるのだと累は指摘した。姿形も知らない存在を人生を賭けて追い続ける。それは一見して雲を掴むような話にも思えた。

 だが、それでも。命を賭けて追う者達がここに居る。

 

 風柱は無言で累の正面にしゃがみ込み、その顔を凝視しながら口を開いた。

 

「坊主、よく聞け。勝てるか、勝てないかじゃねえんだよ。そんな屁理屈は当の昔に聞き飽きてる。人間ってのはな、鬼とは違って手足がもげりゃ何にもできねえし、腹に穴が空けば死ぬ。だがその代わりに、毛筋ほどでも無惨のヤロウに傷を付けられるかもしれねえ。それはつまり可能性があるってことだ。一人で足りなきゃ十人、十人で足りなきゃ百人、それでも足りなきゃ千人が毛筋ほどの傷をつけ続ければ更に可能性がデカくなる。俺達はな、その毛筋ほどの可能性に命を賭けてんだ」

 

 そんな風柱の言葉に、累は信じられないとでも言いたいような顔を浮かべる。そしてそれはすぐに、皮肉へと変化した。

 

「……そんなの、犬死にだ。何の意味もない」

「おおっ、ないかもしれねえな。だが俺達の後に続く奴等には有るかもしれねえ、なら俺等の死は犬死にじゃねえってことだ」

 

 鬼となった経験を持つ累には、到底理解できない理屈だった。

 だがそれこそが人間の歴史でもある。ほとんどの人間は偉業と呼ばれる快挙などに(えん)はない。だがそんな無数の人間が下地となることで、一割にも満たない人間が偉業を成すのだ。

 

 過去に火を見つけた者がいた。未来に電子機械を発明する者がいる。

 

 だがそんな天才とて、誰かが獲って来た肉がなければ生きられず、家や設備を作る者がいなければ発明を成す余裕など生まれない。

 人間とは徒党を組むことで繁栄してきた生物だ。その論理だけは、誰にもくつがえす事のできぬ人間の武器である。

 

 しばらくの間、柱合会議の場には無言の時が流れた。しまいには、そんな空気を作り出した張本人が声を荒げる始末だ。

 

「……おい、なぜ誰もしゃべらねえ?」

「いえ、……なんというか。言うなれば人類が進化した瞬間を垣間見た気分というか……」

「柄にもない言葉を並べるからだ。これこそがお前の言う偉業というものであろうよ。まさか、おまえがなぁ……」

「うむっ、似合わんっ!!」

 

 風柱の苛立ちを含んだ言葉に、蟲柱が苦笑し、蛇柱が皮肉を口にする。そして最後に炎柱が簡潔すぎる結論を口にするにあたり。

 

「どういう意味だ、おいっ!?」

 

 風柱が噴火した。

 しかしてそれは、仲間内でのじゃれ合いに他ならない。累は、その光景を呆然と見守っていた。

 

 鬼と化し、下弦の文字を与えられてなお。累の周りには真に仲間と呼べる鬼はいなかった。誰もが今日を生きるのに必死で、鬼狩りに見つからぬよう人を狩る。そんな毎日を繰り返すうち、累は頼れるのは己の力のみという鬼らしい結論にたどり着いていた。

 ようやく無惨の許可をもらい、家族を作り上げたとしても。結局は恐怖や洗脳でしか愛情を得ることはできなかった。下弦の伍として生きていた累とて、薄々とは気付いていたのだ。

 

 あの那田蜘蛛山での決戦で炭治郎が、久遠が見せた無償の奉仕。それこそが、累の求めてやまない「愛情」であったことに。

 

 真っ白となった思考に色を落とすことが出来ずにいる累の前に、ゆっくりと耀哉の顔が近づいてくる。両手を双子に支えられながら、亀のように遅いその歩みは鬼であった頃の累にとっては生きる資格のないものだ。

 

「どうだい、人間に戻って少しは良かったと思えたかな? 君は確かに罪を犯した。幾多もの人を喰らってきた君は、普通の世では死罪が妥当だろう。だが死ぬだけでその罪が消えるという理屈は、浅はかにすぎるものでもある。どうか私達に協力してほしい。この先、累君のような悲劇が起きぬよう。それだけを願って、私達は命を賭けているんだ」

 

 再び、耀哉の後ろの後光が差す。その一部始終を見届けた炭治郎は、更に耀哉の危険性を確信した。

 

 この鬼殺隊の御館様は、世が世であれば間違いなく歴史に名を残す逸材だ。

 

 それは一国を率いる指導者であったかもしれないし、一つの宗教を立ち上げる教祖にもなり得ただろう。

 そしてその影響は身近な人物へと感染し、拡大の一途を辿るのだ。

 

 実際問題、蚊帳(かや)の外で放置されていた炭治郎の胸中にも、この産屋敷耀哉という人物に平伏したいという激情が沸き立ちつつあった。

 

 炭治郎は改めて思う。

 

 この人は、もしかすると。

 

 鬼よりも危険で、あの鬼舞辻 無惨よりも。

 

 この世を変革させてしまう人物なのではないか、と――。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 御館様の無双回となった今話ですが、不思議にもツンデレ風柱さんも大活躍してくれました。
 九人いる柱の中でも風柱さんは作者のお気に入りキャラです。表向きは鬼と見間違うほど乱暴で、しかしてその裏ではきちんとした優しさを持っています。
 最初アニメで箱の中の禰豆子を刺した時には驚きましたが、あれも命に別状がないと理解した上で、鬼である禰豆子に同情を集めるための行動だったのかなと思っております。

 しっかし、御館様が無双しています。もしかして鬼殺隊最強は御館様なんじゃないかっていう無双っぷりです。ペンは剣より強しってヤツですねこりゃ。
 けれどもそんな御館様も完璧な訳があるはずもなく……、この辺りは今章の後編にて描くつもりですのでどうかお付き合いください。

 ではまた明日っ!
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