本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-9話「正しい選択とは」

 竈門炭治郎が柱合会議に参加した日の夜。

 色々な意味で疲れ果てた炭治郎は今、妹の禰豆子と共に貪るような睡眠で身体を休めていた。依然として久遠がどのような状態なのかは不明だが、休める時に休まねばいざという時に日輪刀を振るうことすらおぼつかない。それは鱗滝との修行から学んだ隊士たる者の心構えである。

 

 鬼殺隊本部の夜は圧倒的な静けさに包まれていた。

 当然だ、秘密裏に建設された鬼殺隊本部の周囲には民家などあるはずもなく、偶然に迷い込むことさえありえない。聞こえるのは虫の音と、池のほとりでカエルが泣く声のみだ。

 

 そんな厳戒態勢のなか、蝶屋敷の一室において一人の侵入者が存在した。

 

「たん君、た~~ん君っ♪」

 

 ひどく懐かしい呼び声が夢の世界からの帰還をうながしてくる。

 なんだろう、こんな呼び方。今まで一人にしかされた経験はないと炭治郎は夢半ばで思う。それは何時の頃だったか。……そう、あれは思い出したくもない悲劇の記憶。下の兄弟達が鬼へと変えられ、水柱である義勇によって介錯された、あの時だ。

 

「……かな、え? さんっ!?」

「うんうん、お久りぶりだね。た~~んくん♪」

 

 これはまだ夢の中なのだろうかと、炭治郎は一瞬現実を疑った。

 この人は死んだはずだ。他ならぬ上弦の弐:童磨に殺されて、今も隣の個室で寝ているはずの元下弦の伍:累に頭部を喰われたはずの人物。元花柱:胡蝶カナエ。

 

「……足、あります?」

 

 久しぶりに再会した人へ送る言葉としては、あんまりな返答がついてでる。だがとっさにそんな台詞しか出ない炭治郎を、一体誰が責められるだろうか。もしかして化けて出てきたのかもしれないと思うのも当然といえば当然だったのだ。

 

「なに? お姉さんの素足が見たいの? 久しぶりに再会したら、たん君もおませさんになったわね~」

 

 ああ、こんな調子の会話はひどく覚えがある。

 炭治郎の中で、カナエの笑顔が悪戯を仕掛けてくる久遠の笑顔と重なって映る。そんな久しぶりの再開を喜ぶ間もなく、カナエは真剣な表情で口を開いた。

 

「……禰豆子ちゃんは、元気?」

「もちろんです。今だってほら、そこにある箱の中で眠っていますよ」

「そっか、よかったぁ。鬼殺隊本部に向かったって聞いた時には本当に心配したのよ? せっかく普通の食事だって美味しく食べることが出来るようになったのに、またつらい思いをしているんじゃないかって」

 

 カナエの温もりに満ちた視線が、部屋の端に置かれた木箱に向けられる。ここなら万が一、分厚いカーテン越しでも朝日がさし込まない場所なのだ。

 しかしてその言葉に炭治郎は違和感を覚えた。

 

「あの、なぜ禰豆子が普通の食事も口にできるって知っているんですか?」

 

 禰豆子が鬼肉や人肉を始めて食べたのは東京は浅草、久遠との出会ってからの事だった。一方で、カナエと最後に出会ったのは最終選別の時。それ以来、炭治郎はカナエは童磨に殺されたものとして認識していた。

 

「ああ、だって私。東京ではずっとたん君達と行動を共にしていたのよ?」

「へっ?」

 

 予想外の返答に、炭治郎の口からは間抜けな擬音が飛び出した。

 

「まぁ、食事までは付いて行けなかったけどね。うなぎにかぶりつく禰豆子ちゃん、可愛かっただろうなぁ~……」

 

 当時、東京で炭治郎と行動を共にしていた人達は多くない。東京で知り合った神藤久遠と鬼女医である珠世、助手の愈史郎。更に時をさかのぼるなら狭霧山での童磨と累の襲撃から逃げ出したのは竈門兄妹と師である鱗滝、それから――。

 ここまで思い返したところで炭治郎の脳裏に、那田蜘蛛山での決戦が終わった後に交わした久遠の言葉が浮かんでくる。

 

『やっぱり……、私の屋敷に居る葵枝(きえ)さんは偽者だった。ってワケね』

 

 今思えばずいぶんとわざとらしい台詞だった。那田蜘蛛山で救出した葵枝は東京になど行っておらず、狭霧山での襲来からすぐさま那田蜘蛛山へと帰還させられたと言っていし、禰豆子の鋭敏な感覚も母と認識していなかった。ならば狭霧山から共に逃げ出し、東京での暮らしを共にした葵枝の正体とは……。

 

「じゃあ、東京で一緒だった母ちゃんって」

「そ、それが実は私、カナエさんだったってわけ。上弦の弐が狙っていた本当の標的は、たん君と禰豆子ちゃんだって判明したから動向をうかがっていたの。本当に危なかったんだからね? 禰豆子ちゃんが鱗滝さんの足を食べちゃったから、君達の位置が無惨にバレちゃってたの」

 

 まるで炭治郎の思考を読んでいるかのように、口を挟む間もなくカナエが真実を語り始める。そしてその真実の中に、聞き過ごせない事実が混じっていた。

 

「……禰豆子が鱗滝さんの足を食べたから?」

「そーよぉ、鬼の食肉衝動ってね、無惨が人から鬼へと変える時に必ず植えつけるものなの。鬼が人肉を喰らうかぎりは鬼の位置を正確に把握し、近くに居るなら心さえも見透かす。腹心である十二鬼月でさえ信用していない無惨らしい能力よね。けどその呪いも、唯一外す方法が存在した。だから私は君達に共喰いを薦めたのよ。人肉を食べない鬼なんて普通、ありえないからね」

 

 まるで全ての欠片が繋がり、炭治郎の中で一つの絵画が完成したような気分だった。

 狭霧山で修行を始めてから二年もの間、何の音沙汰もなかったのに関わらず。なぜ鬼殺の隊士として旅立つあの日に童磨や累という十二鬼月が来襲したのか。その時まで無惨は、自分から放逐した禰豆子の所在を掴めずにいたのだ。

 カナエはその間に、十二鬼月とも互角に戦えるほどの「何か」を竈門兄妹に見つけ出してほしかった。

 その期待に竈門兄妹は一定以上の答えを出したと言っても問題ないだろう。これまで始まりの剣士以外に扱う者がついぞ出なかった日の呼吸を顕現し、下弦の伍:累を見事に人間へと戻してみせたのだから。

 

「ネタ晴らしの時間はおしまい。ここからは、……今現在の窮地を何とかしないとね。久遠ちゃんがこの鬼殺隊本部の奥で自由を奪われ、拘束されてるって知ったら、たん君はどうするかな?」

「っ!?」 

 

 それまでのふわふわとした空気が一転、炭治郎の意識が急激に覚醒する。それと同時に強烈な違和感にも襲われた。

 

「……カナエさん。なぜ鬼殺の柱である貴女が、そこまで教えてくれるんだ?」

 

 今の情報漏洩は確実に、鬼殺隊を裏切る発言だ。それに加え、耀哉に洗脳されかけた炭治郎を正気に戻らせる行為でもある。

 炭治郎がこの鬼殺隊本部に来てからまだ二日。そんな短い期間でも隊士達の羨望を集める絶対的な権力者が耀哉であることは、身に染みるほどに思い知っていた。ならば尚更、胡蝶カナエの立ち位置が理解できない。

 

 いや、予想はつく。炭治郎は質問に質問を重ねた。

 

「……なぜ、久遠さんの勢力へ。……鬼殺隊を裏切ろうと決断したんだ?」

「さぁ~ってね、女の子の秘密は高いんだよ? 今のたん君に払える額だとは思えないな~♪」

 

 夜闇が支配する部屋の中で、淡い紫色の瞳だけが輝いている。

 それが希望の光だと、今は信じるほかなかった。

 

 ◇

 

 結局、その日は一睡もできずに朝を迎えるハメになる。

 妹に関しては何の問題もなかった。元々鬼という生物は夜行性だ。昼の間にたっぷりと睡眠をとった禰豆子は元気いっぱい、見慣れぬ蝶屋敷を冒険したくてうずうずしていたらしい。

 対して炭治郎は昼も緊張感あふれる柱合会議に参加して正直ヘトヘトなのだが、久遠の危機と聞かされては布団をかぶるわけにはいかなかった。

 

「本部は常に厳戒態勢、何と言っても御館様の居住区があるからね。たとえ柱であったとしても許可なき立ち入りは厳禁となっているわ。というわけで今夜は、久遠ちゃんの安全を確かめるだけにしましょう」

 

 先導するカナエが今夜の目標を提示する。正直、一刻も早く久遠を救出したい炭治郎ではあったが、さすがに無策の突撃をかますほど愚者ではない。

 カナエの言うとおり、今夜は久遠の無事が確認できれば十分だろう。それで終れればの話ではあるが。

 

「けど、入り込めない屋敷の中をどうやって確認するんですか?」

 

 本部の周囲から眺めているだけでは何の意味もない。それどころか見回りに見つかりでもすれば怪しまれもする。そんな炭治郎の疑問の答えは、なんとも他力本願なものだった。

 

「カナエさんの仕事は見張りに見つからないよう、ここまで案内するだけだよ? ここからは炭治郎君の仕事だっ!」

「俺っ!? ……ってもしかして臭いで探れってことですか??」

「正解っ、これまでずっと一緒にいた想い人だもん。たん君の鼻なら見つけられるんじゃない? そして――」

 

 犬じゃあるまいし、と抗議しそうになった炭治郎だったが、続けざまに指摘された点においてはカナエの案は的を得ていた。

 

「ある程度の方角や距離さえ分かれば、その耳飾りで様子をうかがえるでしょ? もしかして忘れてたのかなっ!」

 

 どこまでの飄々(ひょうひょう)としたカナエはビシッと炭治郎の左耳に人差し指を突きつけた。

 この左耳にしかつけていない耳飾りは久遠が那田蜘蛛山へと旅立つ際、持たせてくれた神藤家の秘宝だ。曰く、視覚においてだけではあるがお互いの今を確認できるらしい。

 久遠はこれを用いて那田蜘蛛山での炭治郎の窮地を知り、駆けつけてくれたのだ。

 

「でも俺はまだ、コレの使い方を教わっていないんですけど……」

 

 そう、那田蜘蛛山から続くゴタゴタのせいで聞きそびれていたのだ。正直に言えば、もうこれ以上の面倒事はおきてくれるなという願いも含まれている。困惑する炭治郎の正面に陣取ったカナエは、チッチッと突きつけた人差し指は左右に振った。

 

「……こういう装飾品はね。使い方なんて限られているし、ロマンチックなものなんだよ竈門少年っ」

「と、言うと?」

「愛だよっ、愛! 久遠ちゃんの気配を見つけたら、その方向へ向けておもいっきり君の想いを飛ばすのだっ!!」

「なっ――――――――!!!」

 

 無茶苦茶なカナエ理論に炭治郎は顔面を真っ赤に染め、あやうく絶叫しそうになった。常識はずれにもほどがあるだろっ! と。

 しかして元々からして常識はずれの代物だ。カナエに断言されては本当にそうなのかもと思う自分もいる。

 

「うう…………?」

 

 今日何度目かの呆然とした炭治郎の顔を、隣の禰豆子だけが不思議そうに見つめていた。

 




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 カナエさんの登場で事態はまたもや急展開を迎えます。今回のお話は第五章の伏線回収が主ですね。そしてこの先の展開へ更に伏線を張ったという感じです。

 キーポイントは禰豆子が人肉を食すと無惨様の呪いが発動するという点。

 よろしければ那田蜘蛛山編を読み直していただけると、この先の展開が予想できるかも。

 さて今後の更新予定ですが、正直ストックが少なくなってきているのでどこかで時間を頂くやもしれません。
 あともうちょっとなんですけどねぇ……、せっかくここまで連載したのですから作者的にも満足のいく終わりにしたいので、気長にお待ち頂ければ幸いです。

 とりあえずはまた明日っ!
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