本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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今回のお話は長いです(5000文字以上)
時間に余裕がある時にお読みください。


第8-12話「今よりも未来のために」

「じゃあこれは、お姉さんからの贈り物。お守りだと思って、常に左耳に付けているように!」

 

 そう言って少女は少年に、宝物の半分を分け与えてくれた。

 忘れるはずもない鬼殺隊士となっての初仕事。那田蜘蛛山へと召集される際、自身との絆を途切れさせぬかのようにと左耳につけてくれた耳飾り。少年にとっても大切で、肌身離さず付けている宝物だった。

 まるで国旗を連想させる花札風の耳飾りは、少女から言わせればいささか流行遅れな風だと苦笑していたが、田舎者の少年にそんなことが察せられるはずもない。

 しかしてそれが本当の「宝物」であったことを、怒りのあまり少女を殺してしまいそうになってから知ったのだ。

 

 歴史は繰り返される。

 那田蜘蛛山で怒り狂っていた時も神藤久遠という名の少女は、竈門炭治郎という名の少年に無償の愛を捧げてくれた。今度は自分の番だ、そう固く決意したはずだった。

 

 なのに――。

 

 まるで罪人のように張り付けられ、手首から伸びる毒らしき液体を流す管が鬼の再生を阻害し、それでも飽き足らず実験動物のように腹部が開かれ、臓腑(ぞうふ)がむき出しになっている。そしてその隣には久遠によく似た白すぎる女性が短剣を持ち、何時でも首を跳ねられるよう警戒していた。

 人が行う所業とは思えなかった。間違っても万物の霊長たる人間が、鬼の血を引いているとはいえ年若き少女にやって良い仕打ちではない。

 

「よくもっ、よくもっ………………!!」

 

 怒りのあまり口がうまく回らない。

 脳天に血がたぎりすぎて、思考もおぼつかない。だが柱合会議での自分を褒めたたえる鬼殺隊の当主や、(いつく)しみを見せた柱達の言葉だけは嘘っぱちだったのだと理解した。

 

 眉間(みけん)に深く、何重もの(しわ)をよせ。眼球の白目には赤き血管(ちくだ)がめぐってゆく。

「夜叉の子」とよばれる炭治郎の特性は、一言で言えば「人でありながらにして鬼らしい狂気を身に宿す者」に与えられる蔑称(べっしょう)だ。それは常人以上に感情を力に変え、ただ敵を殲滅する為に刀をふるう狂乱者へと変貌させる。

 人と鬼、そんな区別は人間が勝手に呼び始めたものにすぎない。そこに「正義」や「悪」の概念など存在しない。そもそもが人間が正義で、鬼が悪などと誰が決めたのか。

 

 竈門炭治郎にとって人間の、鬼殺隊の謳う正義こそが。

 

 まごうことなき、悪だった。

 

「あああああああ――――――っ!!!」

 

 言葉にならぬ気合をもって、炭治郎の凶刃が二人の柱に向けて振り下ろされる。その一人が、昨日まで優しい笑みを向けてくれた蟲柱であったとしても迷いなどなかった。この人とて炭治郎との約束を違えた、本部へ向かう際に久遠を害さないという蟲柱の言葉は適当極まりない戯言であったのだ。

 

「てめえっ、……少しは良い顔になってきたじゃねえか……――――――っ!?」

 

 かろうじて凶刃を受け止めた風柱が不敵に微笑む。だがその笑みは即、驚愕の様相へと変化した。

 炭治郎の刃から舞っていた真っ白な蒸気が消え失せ、燃え盛る炎へと移り変わる。まるで炎柱:煉獄 杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)が扱う炎の呼吸そっくりの赤から薄暗く、周囲の夜闇のような漆黒へと。そして蛇のように日輪刀へと纏わりつき、二股に分かれた黒炎の先端からは牙が生え始めた。

 

「それはっ、那田蜘蛛山で見た黒き龍……? ――――――いけないっ!」

 

 その存在を風柱は知らない。口伝えや筆記でしか連絡手段のない時代に物事を鮮明に伝えるなど、たとえ歴史に名を残す大作家であろうとも不可能だ。

 この場で炭治郎の黒き龍を遠巻きでありながらも目撃した経験を持つのは、那田蜘蛛山討伐隊大将として現場にいた蟲柱:胡蝶しのぶだけである。あの時でも那田蜘蛛山全体を焦土と化すほどの脅威を感じたのだ。それを思えば、小規模であるとはいえ一部落程度の規模でしかない鬼殺隊本部を焼くことなど、この少年にとっては造作もないことだろう。

 

 人間の誰もが大切な物に優先順位をつけている。しのぶとてその例外ではない。第一が御館様であり、三に同胞たる隊士達。その二は一度失われ、今は目の前に立っている。その一と三に殺意を向ける炭治郎は、蟲柱という立場から言えば斬らねばならぬ悪である。

 しかして、この時のしのぶは混乱していた。死んだとばかり思っていた姉、カナエが姿を見せ。炭治郎が左耳に付けた耳飾りの能力も知らず。突如、狂気のはらんだ怒りを見せた少年の想いを理解できなかったのだ。

 

「やめなさいっ、自分が何をしているのか分かっているの!?」

 

 しのぶの言葉は明確に炭治郎を非難していた。だがその行動が、更に炭治郎の怒りに油をそそいでしまう。

 

「どの口がそれをほざくか、……胡蝶しのぶ。アンタの臭いもしっかり残っていたぞ、久遠さんに一体、何をしたぁっ!!」

「……それはっ、でもっ!」

「貴様ら鬼殺隊はもう、人じゃない。……鬼殺隊本部に来るまで、久遠さんは姉のことを楽しそうに語ってくれた。だがその結末がコレだ、たとえ実の妹であろうとも鬼ならば殺す。アンタ達の絆とはそんなものでしかないのかっ!? 鬼になって、生きる為にどうしようもなく人を襲って、それがどれだけの苦しみか。……本当にわからないのかっ!!」

 

 静まり返っていた鬼殺隊本部に炭治郎の怒声が響きわたった。しのぶは炭治郎の指摘に、何の言葉も返せない。自らの所業が人の道にも劣る行為だと自覚しているから尚更だ。

 最終選別の時にカナヲが口にしたように、人は鬼となった時点で死んでいると隊士達は教育されてきた。だから鬼の首を刈るという行為は死してなお現世を彷徨う人を浄化し、天上へと送る聖上な行為なのだという免罪符を手にする行為でもあったのだ。

 そもそもが鬼という存在は非常識の塊だ。その姿を目撃し、殺されかけ。亡霊・物の怪・怪異の類であると教えられれば疑問を持つ者などいないだろう。そんな中、希少な例として疑問を持ったのが鬼の妹を持つ炭治郎と、あまねであった。

 

 神藤あまねは信じた。

 だからこそ半分は鬼の血をひく久遠であっても信用し、神藤家を託し、産屋敷家へと嫁いだのだ。だがその結果は、一家の壊滅という最悪の結果があまねに突き付けられた。産屋敷あまねになった今も、その元凶が久遠であると信じて疑わない。

 一方の炭治郎はどうであろうか。

 彼は恵まれていた。一家の壊滅という始まりは同じだが、復讐の旅路で心優しき師:鱗滝左近次と出会い。復讐の念をその身で受け続けてくれた冨岡義勇と出会い。東京で妹と類似した存在である神藤久遠と出会った。幾度となく道を踏み外そうとしながらも、周囲の人がそのたびに炭治郎の手を取り、救いあげてくれたのだ。そういう意味であれば幸福だったのかもしれない。

 

「……もっともだね。ぐうの音も出ない正論だよ、炭治郎」

「!?」

「御館さまっ?」

 

 そんな炭治郎の叫びに答えたのは、鬼殺隊の当主である産屋敷耀哉(うぶやしき かがや)その人である。

 風柱も蟲柱も、その御館様の言葉に目を見開くように驚いた。当然だ、自身が率いる鬼殺隊を否定するような言葉を口したのだから。だがそれもまた、耀哉の手の内であることなど知るよしもない。

 

「……実弥、しのぶ。手出しは無用に頼むよ、もちろんカナエ君もだ」

「しかしっ、御身にもしものことがあればっ!」

「私は大丈夫。炭治郎は少し、私達鬼殺隊のことを誤解しているだけなんだ。きちんと話せば、きっと理解してくれる」

 

 普段と変わぬ耀哉の笑みだった。風柱も蟲柱も、この微笑を絶やさぬよう鬼と戦ってきた。それは今、夜叉の子として怒り狂う炭治郎を前にしたとしても、まるで変化は見られない。

 蟲柱はそんな耀哉の言葉にためらいながらも頷くと、流れる涙を隠しもせず職務を全うした。

 

「……申し訳ありません、御館様。どうか、炭治郎君をお願い致します。姉さんも今は……、お願いですから大人しくしていてください」

「りょ~かい。むしろ今のたん君に立ちはだかったら問答無用で焼き殺されちゃうしね。」

「……違いありません。……不死川さんも、いいですね?」

「――――チッ」

 

 蟲柱の言葉に応えるように舌打ちをしながら、風柱は日輪刀を(さや)に戻した。自分では炭治郎を斬ることは出来ても、説得することはできないと理解しているからだ。

 昨夜の会議でも決議したように、この兄妹の持つ日の呼吸は今の鬼殺隊において無くてはならないものだ。なんとしても懐柔しなくてはならないが、そんな奇跡を実現できる者は一人しかいない。

 

 その一方で、姉の動きを警戒する蟲柱の顔は緊張と悲しみに包まれていた。昔からそうなのだ、この姉は、一体何をしでかすか分かったものではない。

 今の自分では、炭治郎を説得することなど出来るはずがない。いくら人の世の未来を創造するためとはいえ、もはや自分は畜生と呼ばれるべき身へと落ちてしまった。

 

 すでに幕は切って落とされた。

 もう後戻りなど、出来るはずがないのだ。

 

 ◇

 

 風柱・蟲柱、そして元花柱である胡蝶カナエが傍観者となって事実を確認して、改めて産屋敷耀哉は竈門炭治郎に向きなおる。

 元々向かう予定だった茶室はもうすぐそこだが、もはや舞台は今居る廊下となっていた。この場に居る全員が両者の動きを警戒しつつ、耀哉の顔を注視している。

 そうして耀哉は準備が整ったとばかりに、また言葉をつむぎ始めた。これより産屋敷耀哉の演説が始まるのだ、独演会と言っても良い。

 

「さて、炭治郎。先ほども言ったが、君の考えは実に正論だ。……だけどね。正論だけで生きていけるほど、今は優しい世の中でもない。人間は無力だ、一人一人の力は本当にちっぽけで周りにいるごく限られた人さえも守り通すことができない。同様に、私達は鬼に対しても無力だ。出来る事といえば、これ以上の罪を重ねないよう送り出してあげることしかできない」

「そっ」

「それが例え、君達兄妹のように鬼を人間へ戻す力を得たとしても同様だ。今、この国に居る鬼がいったいどれだけの数にのぼるか分かるかな? 仮に一日に十人、人へ戻したとしても『あの男』は一筋の傷を付け、血を入れ込むだけで鬼を生み出す。優しさだけでは決して、この国から鬼は居なくはならないんだ」

 

 どれだけの夢を見ようとも、現実の壁というものは確実に立ちはだかる。耀哉は炭治郎の反論を許さずに語り続けた。

 

「久遠の姿を遠視したんだね。君の目には非道に映るだろうがあれは、あまねがこの国の未来の為にと心を鬼にした結果だ。……鬼殺隊と鬼舞辻 無惨の闘争は千年もの間つづいてきた。これは千載一遇の好機なのだよ、始まりの鬼の血を調べ、この戦に終止符をうつためのね」

  

 神藤久遠は、鬼舞辻 無惨の血を受け継ぐ直系の娘である。

 もう何度も語った事実ではあるが、久遠が特異な鬼の血を引き継いでいるというだけで「間違いなく無残の娘である」証拠はどこにもない。この場合の証拠とは、医療的な根拠を意味する。例えば久遠の血液を採取し、人間へ輸血するとどうなるか。それは今だ、誰にもわからない。

 

 耀哉はここで一度、言葉を止めた。

 

 炭治郎の表情を確認するためだ。

 

「だからって家族を、大切な妹を切り刻んで良いはずがないっ!」

「言われるまでもない。……だが私もあまねも覚悟を決めている。炭治郎、君にできるかい? この国の未来のために妹を、家族を犠牲にするという選択を――」

「…………そんなことが」

「許されるわけもない。だがやらねばならない、歴史へ刻まねばならないのだよ。あまねとて実の妹に刃を向けたがるものか。それでも、やらねばならぬ。この先、自分達のような姉妹を造らぬよう。救い難い人類の愚行として姉妹殺しを歴史に書き残さねばならない。曰く、人と鬼の間に子をもうけることなかれとね。

 妻の苦しみを君も理解してくれるかい? 竈門炭治郎……」

 

 産屋敷耀哉は炭治郎の言葉を否定しない。肯定した上で言葉を重ね、問いかけ、相手の行動が間違っていると認めさせたうえで、正当性を主張する。

 その話術に、不思議な感覚に。なぜか炭治郎の怒りは不自然なほど急速に静まっていった。だがそれだけでは終わらない。正気の光りが戻ったと思われた炭治郎の瞳が今度は陰り、意志の光が深遠の底へと沈み始めたのだ。

 不思議な感覚だった。産屋敷耀哉の言葉がすんなりと炭治郎の耳から脳へ入り「これは正論であり、受け入れなくてはならない」という意思が蔓延(はびこ)り始める。先ほどまでの狂い惜しいほどの怒気が消えうせ、この人物の言葉に頷き、信じ。すべての意思を預けてしまいたくなる。これだけの異常事態でさえ違和感を覚えない。いや、覚えられないのだ。

 

 日輪刀を纏った怨炎龍さえも勢いを失い、消え失せる。 

 

(これは、朝の柱合会議の時と同じ? ダメだ、この人の声を聞いちゃいけないっ!)

 

 それと同時に、炭治郎は心の中で耀哉の声を聞かぬよう最後の抵抗を試みた。

 だが全ては遅い、遅すぎたのだ。

 

 炭治郎は勿論、柱達でさえ知らされていなかった真実がここにある。

 これぞ千年もの間、鬼殺隊が鬼と戦い続けられた産屋敷家の秘伝。

 

 その名も――「ゆらぎの声」――。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 再びの御館様無双回。
 ここで多くは語りません。
 そして次話は、そんな産屋敷家秘伝の説明をさせて頂きます。(注:原作にはそんなもんありません。

 作者なりの御館様の能力を理由付けした結果、なかなかのトンデモ設定となってしまいました^^;
 鬼殺隊の当主がただの捨て駒なワケないじゃないですか!(クワッ

 ……感想の返信にも書きましたが、この先の展開はひろ~い心でお読み頂けると幸いでございます。 
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