千年もの間続く鬼殺隊と鬼舞辻 無惨の戦いは、流血の歴史と評しても足りないくらい壮絶な歴史を歩んできた。
世界的に見てもこれほど長期的に戦が続いた例はない。いくら戦乱にまみれた時代とて戦だけで人は生きてゆけないし、戦自体が田畑を荒地へと変えてしまう。誰もが作物を育て、牛を飼い、生きる糧を得なければならない。それを考えれば人と鬼の戦がどれほど常軌を逸していたか理解もできるだろう。
鬼殺隊の当主たる産屋敷家は鬼舞辻 無惨という怪物を生み出し、短命の呪いをうけた。神職の巫女を妻に
幾多もの戦国の世を潜り抜け、産屋敷家は大正の世まで血脈を紡ぎ続けている。その裏にはある特殊な理由があった。
産屋敷家の当主は代々組織の長たる教育を受け、どのような言葉が人の心を捕らえて離さないかを常に研究してきた。その言葉をもって隊士達は鬼との戦に向かい、幾多もの命を散らしながらも日本という国を守り続けてきたのである。
が、無論。それだけでは軍として成立しないし、自分に命を賭けてまで仕える部下もそれほど手に入るわけではない。実際に鬼との戦に疲れた隊士達が離れ、鬼殺隊の存続が危ぶまれる時代も存在した。ならばどうするか、結論は始まりの時にまでさかのぼる。
平安の世。国に代わり鬼と戦い続けることを誓った当時の産屋敷家当主が、国一番の陰陽師から教わった「洗脳術」。それは妖術のようでもあり、陰陽のようでもあった。現代で言うなら催眠術と呼ぶものに近いが、その効果は段違いだ。
人の脳に自分という存在を言葉巧みに埋め込み、
時に戦に疲れたという者を
鬼殺隊第97代当主:産屋敷耀哉もまた、自身の言葉によって隊士達が自分を愛し、付き従ってくれるのだと信じていた。その言葉の裏には、実に巧妙に隠された「強制力」が働いているなど知りもせずに。
人の心とは病んでいれば病んでいるほど、沸き立っていればいるほど他人の言葉が染み入りやすい。
産屋敷耀哉は人が耳を傾けたくなるような言葉の節々に、脳が認識できないほどの
「………………」
先ほどまでの怒りが嘘のように、炭治郎はただそこで沈黙し、立ち尽くしていた。
一見するなら、
「竈門炭治郎、君が一番に想う相手は誰だい?」
殊更にゆっくりと、耀哉は炭治郎に囁きかける。
「……妹の、……禰豆子」
耀哉の言葉に、まるで夢を見るかのように
「そう、君が守るべきは妹の禰豆子だ。欲張っちゃあいけない、欲張れば欲張るほど、君は守るべき者が増え、失ってしまう」
「……よくばら、ない」
「そう、いい子だね炭治郎。神藤久遠のことは忘れ、ただ兄妹で幸せになることだけを目指すのだ。しかしこれも忘れてはいけない、鬼は人にとって滅ぼさねばならぬ悪であるということも」
「鬼は、悪……」
「うむ、ならば鬼である禰豆子は正義か? 悪か?」
「禰豆子は、鬼。……鬼は、悪」
「そもそも君の妹は本当にこの子か? もしかすれば、あの惨劇のどこかで入れ違った別人ではないのか? どこかで君の帰りを待っている本当の、人間の妹が居るのではないのか?」
ふらりと、隣で大人しくしていた妹へ視線を移す炭治郎。
耀哉の言っていることが、支離滅裂であることさえ疑問に感じない、感じられない。
「鬼、鬼は……敵、仇。偽者……鬼――」
「そうだ、君は賢い子だね。炭治郎」
自分の誠意が伝わったと本気で信じ、満足そうに耀哉は微笑んだ。
が、
「――鬼だと、しても! 正真正銘、隣に居る禰豆子は俺の妹……だっ!」
「なに――っ?」
「御館様っ!」
炭治郎が口にした予想外の言葉に、耀哉が初めて動揺の声を漏らした。
それと同時に膝立ちとなった炭治郎は手に持った日輪刀を耀哉の首へ向けて振り上げた。病に侵された身体は防御はもちろん回避する体力さえない。それでも炭治郎の前に無警戒で立ったのは、これまでの人生において耀哉の「説得」に失敗の二文字などありえなかったからだ。事態の急変に気付いた風柱が
「……馬鹿な。炭治郎、私の声が聞こえていなかったのかい!?」
「……消えていたさ。ちゃんと一言一句、この耳でな。禰豆子が藤の呼吸で守ってくれなかったら、あっさりとアンタの術中に落ちていた。よくも俺に、俺にっ……、妹へ刀を向けさせてくれたなあっ!」
耀哉の顔が驚きの色に染まる。それは耀哉を庇った風柱とて同様だ。激怒する炭治郎の前に立ち塞がりつつも、事の異常さを確認できない。
「藤の呼吸? 御館様の術だと? 一体そりゃあ、どういう事だ!?」
「とぼけるのも大概にしろっ! アンタ達の御館様とやらは今、俺の心を支配して操ろうしたじゃないかっ!!」
「洗脳……? そんな、御館様が……?」
蟲柱も炭治郎の発した言葉の意味が理解できない。
自分達の知る御館様にそんな能力はなかったからだ。ただ病弱で、死期が迫り、それでも自分達に気を配り導いてくださるお優しい方。鬼殺隊士にとって御館様の言葉は従うものではあっても強制されるものでは決してない。
しかも今、竈門炭治郎は妹の「藤の呼吸」が防いでくれたと口にした。
那田蜘蛛山で禰豆子が見せた藤の呼吸は蜘蛛鬼の毒を浄化した。それは
藤がもたらす毒性は鬼に対してだけのものであり、人へは何の効果ももたらさない。それは鬼殺隊士の常識である。
だが現実に、耀哉の能力は禰豆子によって打ち消された。
それはある、重大な真実を指し示している。
ガチャリと、離れた位置で刀が床へと打ちつけられる音が響く。音の発生源は他でもない、蟲柱:胡蝶しのぶの足元だ。
あまりの事実にしのぶの手足は震え、日輪刀を落とし、その口元からはガチガチと小刻みに歯がぶつかり合う音が聞こえてくる。それは、有る一つの真実に気付いたからだ。
藤の呼吸は鬼の毒性、又は脅威を排除するもの。そして日の呼吸は鬼の体内にある鬼舞辻 無惨の血を打ち消すもの。
それらの効果によって、産屋敷耀哉の「説得」が無効化されたということは。
――つまり。
「……それって、つまり。御館様が、鬼だというこ……」
「んなわけ、……ねぇだろうがっ! 不敬にも程があるぞ、胡蝶ぉっ!!」
激高した炭治郎の一撃を受け止めながら、風柱の殺意は不忠な発言をしたしのぶへ向けられていた。その眼光は脳天を射抜かんばかりの鋭さだ。
そもそもが鬼殺隊とは産屋敷耀哉の元に支持があつまる主権組織である。全ての隊士が御館様である耀哉を羨望し、忠誠を誓うからこそ鬼殺隊はこれほどまでの団結力を誇っている。そして敵となる存在は鬼のみ。もし鬼殺隊の象徴である耀哉が鬼だなんて噂が流れれば、組織の崩壊は免れない。
「この小僧が嘘八百なだけだっ! 日の呼吸が使えるからって優しくしてやらぁ、つけ上がりやがって……テメエはここで、死ねぇ!!」
再びのキィンという金属音。
炭治郎の刀を弾き、怒りのまま風柱が反撃にうってでる。鬼殺の柱は一騎当千、上弦の鬼にさえ単独で立ち向かえるほどの実力を誇る。いくら成長したとはいえ、まだまだ竈門兄妹が太刀打ちできる存在ではない。
しかしてこの場にいる炭治郎の味方は、決して妹の禰豆子だけではなかった。
風柱が耀哉の前に立ちはだかったように、今度は元花柱:胡蝶カナエが花弁のごとき日輪刀を抜き放ち竈門兄妹の前で立ち塞がる。
そして、真実を告げた。
「図星だからって八つ当たりは感心しないわね、みーちゃん。安心なさい、貴方達の主は間違いなく鬼ではないわ。でも藤の呼吸で打ち消されたということは、鬼の力を使用したということでもある。つまりは――
貴女達の御館様は、人の身でありながら『血気術』を用いて炭治郎君を洗脳しようとした。と、いうことよ――」
最後までお読みいただきありがとうございました。
とうとう来ました。作者の妄想が臨界突破した、産屋敷家の秘密編です。
そもそもこの設定は、いくらカリスマ性のある血脈であるとはいえ「千年もの間、一つの意思を繋いで戦ってこれるだろうか?」というテーマから発生しました。
そもそも作者が知るかぎり鬼殺隊の当主たる産屋敷家の祖先と、始まりの剣士達の関係も説明されていません。
ならばもともと産屋敷家と鬼殺の剣士は一つの組織ではなく、「無惨を打倒するために手を組んだ」とという仮定もありえない話ではないと思われます。
しかしてお互いに利益がなければ同盟関係は成立しません。
産屋敷家は始まりの剣士が持つ呼吸法を欲した。ならば短命の呪い(?)を受けた産屋敷家に、始まりの剣士は何を求めたのでしょうか?
作者なりの答えは明日の更新にて。
この週末に進めないと毎日更新が止まりそうなので頑張りまっす。
PS.此処のところ沢山の感想を頂き興奮の毎日が続いています。これこそが執筆意欲を高める一番の薬ですので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。