大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。本日より毎日更新を再開いたします。最終章は全二十五話、今年の初めより投稿を開始した本作にもう少しお付き合いください。
一度口を止め、沈黙したカナエはふと廊下の奥へと視線を移した。その瞳にはそれまでの軍人然とした眼差しと共に、これまでと変わらない優しさも見て取れる。
カナエにとってこの結末は決して、本意なものではなかったのだろう。
彼女とて鬼の、特に鬼舞辻 無惨の恐ろしさは身に染みて理解しているはずだ。それでも軍人である以上、上が決定した作戦を
そんな後悔とも懺悔とも取れる言葉が、音なき声で奥の牢獄へと消えた炭治郎へ投げかけられた。
(たん君、これこそ久遠ちゃんが何年も前から計画していた『人と鬼の共生』による一つの形よ。……ごめんね、本当は戦乱に巻き込まれない結末を用意してあげられたら良かったのだけど……、陸軍の上層部が気付いてしまったの。鬼殺隊の価値と、それ以上に鬼という生物の価値を)
カナエの表情には後悔の意味合いが色濃く出ている。
久遠の計画とて当初は戦乱を前提したものではなかったはずだ。鬼殺の隊士も鬼も、千年もの間戦い続けてきたのだ。もうゆっくりとした平穏を満喫しても
だがこの国の情勢がそれを許さない。明治時代に起きた日清戦争と日露戦争の勝利によって、政府と軍部の視線は世界へと向けられてしまった。すでに欧米の列強は広大な植民地を手にし、その力を増すばかり。このままではこの国もその勢いに飲まれかねない。
これまでにない軍事力の増強が急務であることは火を見るより明らかだ。そんな折に歴史の裏で戦い続けてきた鬼殺隊士と鬼達に白羽の矢が立ったのは、もはや必然である。
だがそれ以上に、この場に留まっている蟲柱にとっては無視できない問題があった。
「姉さん……。無惨は、鬼舞辻 無惨はどうなるんですか? まさか、無惨も……」
軍は取り入れるつもりなのか? とは最後まで聞けなかった。なぜなら、蟲柱の中でも確信に近い予想が渦巻いていたからだ。
「ええ、しのぶちゃんの予想は間違っていないわ。むしろ軍の上層部は無惨を一番欲しがっているフシがある。何しろ鬼の軍勢を作り上げるには一番の要となる人物だもの。戦場で意図的に鬼を生み出し、敵陣を制圧することすら考えているかもしれないわ……」
「……そんなっ!? そんなことをすればっ!」
「ええ、肝心要なところで無惨が反旗をひるがえす危険性は否めない。それでも軍は鬼の戦力をあてにしている。欧米の列強が持つ力は本当に圧倒的よ。我が国は残念ながら、軍事的な技術も場数も圧倒的に劣る。ならば
……でも大丈夫。無惨が裏切るなら少なくとも、この国が列強に勝利を収めた後のことよ。日本という国自体が植民地となってしまったら意味がない。そうなれば結局、人も鬼も奴隷に落ちてしまいますからね」
「そっ、それな……ら??」
欧米がどんな国なのかや、奴隷がどんな存在なのかなどはよく理解できなかった蟲柱である。そもそも鎖国の時代が長く続いた日本という国で、諸外国の力を理解している人物など軍関係者にしか居ないのだ。
完全にカナエの声にのせられ、蟲柱は無理矢理納得しようと苦心している。だが耀哉の顔は
「……何が大丈夫なものか。それこそ無惨がこの国を支配する道を助けているようなものだ。カナエ、君はそれを理解していないのかい?」
「そのお言葉を、そっくりそのままお返ししましょう。産屋敷殿こそ、国家の力というものを過小評価しすぎです。
仮に反乱を起こしたとしても、この国に一体どれだけの鬼が居るというです。軍が数万の大軍をもって対応するなら、日の光さえ浴びられない鬼に生きる道はありません。せいぜい出来て散発的なゲリラ活動ぐらいのものでしょう。
……結局のところ、鬼も鬼殺隊も国家の権力には屈服するしかないのですよ。事実、皆様は私達が鬼殺隊に潜入していることさえ気付かなかったでしょう?」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。
事実、千年もの年月を鬼との戦いが続けられた時点で時の幕府や政府が気付かないはずがない。今まで噂程度でおさまり、国という機関が介入してこなかっただけでも奇跡的だ。
鬼という怪異に対して懐疑的であったのも要因の一つであろうが、鎖国の時代が終わって様々な視点に向けられる時代になったという点が大きい。
「もはや、何を言っても無駄なようだね……。残念だよカナエ、本当に残念だ。まさか、全ての隊士の見本たる柱から裏切り者がでようとは」
「……私とて非常に残念です。自覚がなかったとはいえ、貴方の愛は確かに隊士達の心を支えていました。出来るなら共に軍へ入り、これからも隊士達を支えてもらいたかったのですが」
カナエはもはや問うまでもないかと、最善の選択肢を放り投げた。この時点で少しでも理解の意思を見せてもらえたのなら、カナエは無用な争いどころか頼もしい味方を引き入れられたのだ。
だが耀哉の口から「裏切り者」という言葉が出てきた時点で結論は一つだ。
「……風柱:
第九十七代鬼殺隊当主:産屋敷耀哉の名において
現状の戦力を考えれば耀哉側が圧倒的に有利だ。何と言っても鬼殺隊最強の柱が二人もいるのだ。さすがのカナエでも自分と同格である二人の柱を相手どるには力が足りなすぎる。密偵とは少数で行なうのが基本だ。見つからぬのが大前提なのだ。
立場は一瞬にして逆転する。カナエに「ゆらぎの声」が通じない今、この場で処断するほかない。耀哉はそう考えた。
即座に動いたのは風柱だった。今、この時こそ鬼殺隊存続の危機であると直感的に理解したからだ。
「胡蝶、……テメエもさっさと抜け」
「……でも」
「今の話には何の証拠もねえ、ただあの女が口にしただけの妄言かもしれねえんだ。今はただ、自分の姉が裏切った。それだけを理解しろ」
現実を受け入れられず尻込みしてしまう蟲柱とは反対に、風柱の判断は迅速だった。彼の忠誠心はこの程度の会話で揺らぐほど弱くはない。
だがこれほどの窮地であっても、カナエの表情からは余裕の笑みは消えうせなかった。
「(たん君はもう、禰豆子ちゃんと久遠ちゃんを連れて脱出できたかな? このカナエお姉さまがこれだけお膳立てしてあげても、まだ不安要素は存在する。もし鬼舞辻 無惨が人権以上のものを欲したら……)
……せっかくのお誘いですが、残念です。どうやら人間同士で争っている場合ではないようですよ?」
心の中で久遠救出に向かった竈門兄妹に激をとばしつつ、カナエは新たな展開を予測した。
「なんだと……?」
「みーちゃんの直感なら、奥殿に向かう前から気付いていたのではないかしら。今、この鬼殺隊本部にこれまでにないほどの強大な危機が迫っている事実に――」
風柱の直感は鬼殺隊、その中で頂点に位置する柱の中でも随一の索敵能力を誇る。
確かに風柱は此処へ駆けつける前に感じていた。
鬼殺隊の奥に存在する御館様の住居、奥殿。そこにかつてない脅威が迫っていると。
その確信は決して荒唐無稽なものでもなく、風柱だけが気付く微細な空気の乱れを敏感に察知した結果である。
その正体は炭治郎や禰豆子、胡蝶カナエではない。なぜなら三人には、元から耀哉を仕留めようという殺意がなかったからだ。かつてない脅威と表現するには足りないにもほどがある。
ならば、風柱の直感が捉えた「かつてない脅威」の正体とはなんなのか。
答えは鬼殺隊本部の外にあった。
◇
鬼、……鬼。鬼、鬼鬼、鬼鬼鬼。――鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼鬼。
あふれんばかりの鬼、鬼の軍勢。おびただしい数の鬼眼が赤く、闇夜の森の中で煌めいていた。
霧の結界などもはや意味を成さぬかのように真っ直ぐ、迷いなく、鬼殺隊本部の
鬼舞辻 無惨は、自ら軍を率いるなどという悠長な選択肢をとらなかった。軍勢の先頭を努めるは、那田蜘蛛山での戦いで姿をくらました兄蜘蛛鬼である。
無惨は無能を何よりも嫌う、敵前逃亡など問題外だ。
だが元下弦の伍である累なき今、無惨以外に鬼の軍勢を鬼殺隊本部へと案内できる人材は彼以外にいない。大の大人を吊るし上げられるほどの強度を持つ糸をもって鬼同士を繋ぎ、霧の結界を突破して襲撃する主の下へ軍勢を導く。見た目の上でいうなら長大な電車ごっこのようであるが、確実な一手だ。
鬼殺隊本部設立以来初めての鬼による襲撃に、やぐらに設置された警報の鐘の音が騒がしく鳴り響いていた。
「……みーちゃんの言う通り。久遠ちゃんはともかくとして、禰豆子ちゃんまで本部へ招きいれたのは失策だったわね。
鬼舞辻 無惨は人間を鬼へと変える際、一つの呪いを付与する。それはどれだけ遠く離れていようとも居場所を正確に把握でき、近づけば近づくほど心さえも見透かしてしまう」
「それならなぜ……、あの兄妹は今日まで生き残れた? ……位置が知られているなら早々に捕らわれて当然のはずだ!」
この襲撃をあらかじめ知っていたかのようにカナエが真実を口にするも、耀哉はこれまでの常識をもって反論する。
それは千年もの昔から練られた、鬼舞辻 無惨による計画の一端だった。鬼の宿敵、はるか昔に存在した「始まりの剣士」の意志を受け継ぐ竈門家を襲撃し、鬼へと変え、日の呼吸を強奪する。全ては唯一の弱点である「太陽の光」を克服するために。
「無惨の呪いは、対象の鬼が人肉を喰らった時に得る栄養から発現しているのです。そうでなければ禰豆子ちゃんは勿論、久遠ちゃんも、珠世先生も無惨に位置を知られていたでしょう。けど、そうはならなかった。人肉喰らいを自らに禁じ、血液のみで生活していたからこそ今までの平穏がある。
……しのぶちゃん、貴女は見たはずね? 那田蜘蛛山で、
「――――――ッ!?」
もはや、蟲柱の口からは声もでない。
そしてまた、蟲柱にとって聞きたくもない声が、この鬼殺隊本部に居るはずのない声が響き渡った。
「そう、すべては無惨様の完全なる肉体の為。あの兄妹は泳がされていたんですよ――少佐殿」
七色に輝く特徴的な瞳がきらりと光る。
久しぶりとは言えない再会だった。再会したいとも思わない人物だった。
「十二鬼月、上弦の弐:童磨――――――」
「いやだなあ、少佐殿。もうすぐ同じ
最後までお読み頂きありがとうございました。
先日で最終話となる八章二十五話の執筆を終えました。なので今度こそ最後までの毎日投稿となります。
鬼殺隊と鬼の戦いに国の陸軍が介入を始め、鬼殺隊本部での戦いは更に混乱してゆきます。
作者の言いたい事は本文に詰め込んだつもりです。残り十話、よろしければもう少しお付き合いください。