「よくも俺様を
兄蜘蛛鬼の狂気に満ちた声が戦場に
千年の間、一度たりとて戦火に見舞われなかった鬼殺隊本部が赤く燃えていた。
義勇の腕を喰らった禰豆子によって導かれた鬼の軍勢は、決して無理に本部へと押し入ろうとはしない。まるで那田蜘蛛山で受けたお返しとばかりにただ火矢を引き絞り、かやぶき屋根を標的にして射続ける。その規模は暗闇に紛れて定かではないが、火矢の数からして数百は居るであろうと思われる。
鬼達は五つの部隊に分けてぐるりと本部を包囲していた。それぞれの部隊長は十二鬼月の累を除く下弦の鬼達だ。
その軍勢に対応するは鬼殺隊最高峰の柱達六名。
本来ならば下弦の鬼など一瞬で切り伏せられる実力を持つ猛者達だが、鬼達は決してまともに戦おうとはしない。夜闇にまぎれ、姿を見せることなく火矢を射る。正面きっての戦いであれば柱の技能に軍配が上がるだろうが、こうした乱戦となれば人間離れした鬼達の身体能力に軍配があがっていた。人はどれだけ鍛えようとも人なのだ。かつての竈門家で、鬼となったばかりの禰豆子が冨岡義勇を出し抜いたように。
「全員、深追いはするなっ! 鬼共の狙いは各個撃破だ!」
「……隊士の半数は避難誘導に取られてる。さすがに僕達だけじゃ、手が足りないね」
「くっそぉ、鬼なら鬼らしく派手に正面から来いやぁ!!」
「御館様はっ? 御館様はご無事なのっ!?」
「これだけの危機だっ、不死川が奥殿へ急行しているはず。まずはこのウザい鬼共を斬り殺すっ!」
「皆、奮起せよ。己が仲間を守りとおすのだ!」
それぞれの持ち場で柱達が檄を飛ばす。
彼等の目的はあくまで鬼殺隊本部の防衛だ。考えなしに突貫し、その穴を鬼につかれては目もあてられない。そんな中、水柱である冨岡義勇だけが妙な違和感に気が付いた。
(……妙だ、鬼の火矢が狙っているのは備蓄倉庫や武器倉庫、もしくは夜間に人がいない箇所に集中している。まるで、隊士が戦火に巻き込まれるのを避けているかのように)
事実、下弦の鬼が組織する五つの部隊が包囲する中で、裏口だけがポッカリと空いている。まるでここから逃げろと言わんばかりである。
(罠か? いや、これだけ優位に立った状況で罠をはる意味がない。……もしかして、隊士は殺さずに鬼殺隊の機能だけを破壊しようとしている? 何故だ。今、この鬼殺隊本部で何が起こっている?)
鬼の軍勢を警戒しつつも、義勇は不可思議な疑問を感じ続ける。しかして残念ながら、その答えを持つ人間は今の鬼殺隊内に居はしなかった。
◇
「急ぐぞ禰豆子っ、もう久遠さんの臭いはすぐそこだ!」
「う――っ!!」
一方その頃。
カナエに久遠救出を託された竈門兄妹は暗闇の中、炭治郎の鼻を頼りに奥へ奥へと進んでいた。
その歩みに迷いなどない。なぜなら、しのぶが隊服に付着させてきたであろう道筋には「久遠の身体から流れた血液の臭い」がハッキリと続いていたからだ。
炭治郎の胸中には今だ、怒りと焦りがくすぶっている。ただカナエの助言に従い、心の奥底で抑え込んでいるだけでしかないのだ。そしてそれは今だ言葉をうまく操れぬ禰豆子とて同様である。
蹴り飛ばすように開いた扉の先には月明かりがさんさんと、舞台照明のように降り注いでいた。
「ここは……、中庭?」
あまりの神々しさに、炭治郎はため息を漏らすかのように呟く。
久遠の臭いは中庭の中央に位置する、数本の木柱と数本の丸太屋根によって造られた洋風茶室から漏れていた。だがそこに当の本人の姿は見当たらない。まるで茶室の石畳から臭いが湧き出ているかのようだ。それに加え――。
「藤の
実の妹に対して酷い真似をする。……あそこに何か仕掛けがあるはずだ。行くぞ禰豆子、…………ねずこ?」
片時も洋風茶室から視線を外さずに声をかけた炭治郎だったが、隣に居るはずの妹からは返事がない。いや、あるにはあるのだが先ほどまでの興奮ぶりから一転、何かに警戒しているようだ。
「…………う~~~……」
「どうした、何かあそこに――――、っ!?」
「初めての
洋風茶室の中には確かに、久遠はおろか人影一つありはしない。
だが炭治郎より視線を上に向けていた禰豆子が、一人の鬼を見つけ出していた。それに加えてこの声、あの惨劇から一度たりとて忘れたことのない声だ。禰豆子はただ一点、ある方角をただずっと凝視しつづけている。
果たして炭治郎も視線を上げ、それと同時に酷く懐かしい臭いを嗅ぎ取った。
全ての始まり、あの冬の厳しさを思い出す。
忘れようとも忘れられないこの臭い。
この臭いは――――。
「鬼舞辻……、…………無惨………………っ!!」
心無しか、炭治郎は周囲の空気が冷たくなったような肌寒さを感じていた。
別に雨が降り始めたわけでも、見上げた茶室の天井に立つ人物が何らかの血気術を使用したわけでもない。ただ、その人物がそこにいるだけで得体のしれぬ寒気が襲いかかってくる。
あの冬の日には感じられなかった寒気だった。それこそが炭治郎の成長した証に他ならないのだが、決して喜ばしい事実でもない。
「多少は成長したようではあるが……まだまだ、私が望む素材には程遠いか。……もう一押しが必要なようだな、竈門炭治郎。そして禰豆子よ」
以前と変わらぬ、まるで温もりを感じられない声色だった。そしてその右手には炭治郎が耳飾りの映像越しに目にした、久遠によく似た顔立ちの女性が力なく垂れ下がっている。
初対面であろうが、脳内での映像越しであろうが間違うはずもない。神藤久遠の姉であり、産屋敷耀哉の妻でもある産屋敷あまねだ。
「ああ、コレか? 我が愛しき娘の体を切り刻ませた張本人だからな、報いは受けてもらわねばならん」
炭治郎の視線に気付いたのか、無惨はこれ見よがしにあまねの身体をつき出した。どうやら気絶しているようで、その身体には何の力も篭ってはいない。が、顔色から察するに殺されてはいないようであった。
だが問いただしたい事柄はそれではない。この場にいたはずのもう一人を探して、竈門兄妹はここまできたのだ。
「久遠さんは、…………どこだっ!?」
「それは私とて知りたい。私はただ、禰豆子の気配をたどってきただけなのでな。……よくぞ、鬼殺隊本部までの道のりを教授してくれた。どれ、何か褒美をやらねばな。何が良いか……」
「――いいからさっさと、久遠さんを返せって、――言ってんだよ!!!」
言葉の上では問いただしているものの、炭治郎の感情は無惨の返事を待つほど穏やかではなかった。
炭治郎は元々、理詰めで動くような性格をしていない。先ほどはカナエの教師然とした言葉に鎮められたが、昔から考える前に身体を動かす性分なのだ。それに加え、正真正銘の仇である鬼舞辻 無惨が目の前に現れたとなれば。
これ以上、己を感情を押さえ込むことなど出来ようはずもない。
先ほど顕現した
「ああああああああああああ――――――っ!!!」
黒く燃え盛った凶刃が、無惨の首へと吸い込まれてゆく。しかして、無惨の表情には焦りの色など微塵もなかった。
「ふむ、褒美はいらぬか。ではまず、夜叉の子としてどれほど成長したのか確かめてやろう」
そう呟いた無惨は右手に持ったあまねの身体を前へと突き出し、肉盾とした。
産屋敷あまねは炭治郎にとっても許されざる敵である。この姉は実の妹を切り刻んだ、それは間違いのない事実なのだ。
だがそれでも、あの女性は久遠の姉だ。いくら畜生道に落ちようとも、命を果てさせては久遠を悲しませてしまうかもしれない。そんな想いが炭治郎の刃を、文字通り首の皮一枚のところでとどまらせた。
「くそっ、卑怯だぞっ!」
「……卑怯? 何が卑怯なものか、そもそもこの女はお前にとっての盾にはならぬはずだろう。我が娘であり、お前の想い人でもある久遠を縄で縛り、刃を突き立て、腹を開けた極悪人だ。……なぜ斬れぬ?」
「それでも姉だ、姉妹なんだ! 死んでしまったら悲しむのは当然、それが人の心だ!!」
「くだらぬ、実にくだらぬ。そのような世迷言を口にするのは、この世で人間だけだ。親の腹から、卵の殻から這い出た瞬間に生存競争は始まっている。兄弟とは命が瞳を開いて見る最初の敵なのだと……どうして理解できぬ」
無惨の口から
重量にして四十キロにも満たない、こん棒と化した女性の肉体が炭治郎に襲い掛かる。どこまでも非道になりきれない炭治郎は、その一撃を避けられなかった。むしろ自分の胸の中に抱き、衝撃をやわらげようとした。
その優しさが、なおさら無惨の心を荒立てさせる。
「愚か者がっ!」
「――――ぐっ!」
炭治郎の献身的な行為は無駄に終わった。
なぜなら元々、人は武器ではない。無惨が振り回した瞬間に頭部が振られ、あまりの遠心力に首の骨が耐え切れなかったのだ。
結果。
グキリッという骨が
同時に。
「ぐえっ」
まるでカエルのような
それが久遠の姉たる白樺の妖精が発した、人生の
最後までお読み頂きありがとうございました。
炭治郎君と無惨様、第一章以来の再会です。
そして本来無手である無惨様ではありますが、鬼殺隊にとって最悪である武器を持って登場しました。
実はこの肉棒(って書くと卑猥ですね^^;)、作者が執筆中に読んだ人気作からパクり……、参考にさせてもらいました。
あれですアレ、骸骨が主人公の人気作です。作品の傾向が似ているせいか、自然と参考にしてしまっていました。二次創作ですし、問題ないですよね、ねっ?(必死
こほん。
さて、次のお話ですがまだまだ無惨様と竈門兄妹の戦いが続きます。原作とは違って早すぎる再会となった二人は、どうなってしまうのでしょうか。
よろしければお付き合いのほどを。