本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-17話「原初の鬼」

 天井から滴り落ちた水滴がポタリと久遠の(ほほ)に落ち、そしてはじけた。

 なんとも冷たい目覚めの知らせだと、久遠は今だ(かすみ)のかかる意識の中で悪態をつく。

 

「……寒い、風邪ひきそう……」

  

 そう思って両腕を交差して胸を抱きこもうとするが、鉄鎖によって束縛された身体に自由はない。

 十年ぶりに袖を通した巫女服もひどく懐かしい。だが鬼であることを自覚した今となっては皮肉られているとしか思えなかった。

 

 一切の日の明かりが届かぬ中庭の地下に作られた隠し牢。

 つい数時間前まで、久遠は好き勝手に身体をいじくられていた。特に腹を開かれ、子宮にまで手を入れられた時には肝が冷えたものだ。同じ女の身でそこまでするかと盛大に苦情を捲くし立てたかったが、術中は麻酔が効いていて悲鳴さえも口にできなかった。

 

「……もう。流れやすくなっちゃったら、どう責任取ってくれるのかしら」

 

 久遠は再び悪態をつきながらも、自分に刃を立てた喧嘩友達を想いおこす。

 

 友達。

 

 少なくとも、この鬼殺隊本部に来るまで退屈をさせてくれなかった蟲柱の存在を久遠はそう認識している。

 たとえ敵対勢力に属していようとも。この身体に刃を入れられようとも。蟲柱:胡蝶しのぶの感情は後悔と懺悔に支配されていたのだ。

 久遠は思う。

 我が愛しの旦那様も同様だが、彼女は根が真面目すぎる。敵である自分の心情すら心に抱え込み、それでも先の未来を掴み取るために卑劣な行為もいとわない。結果として己が身だけが傷だらけになってゆくわけだ。出来るなら、なぜそこまで不器用なのかと怒鳴りつけたいほどである。

 

 とっくに傷は癒えている。

 那田蜘蛛山でも説明したとおり、半分ではあるが「原初の鬼血」を引き継ぐ久遠の身体は、致命傷にかぎり驚異的な鬼特有の再生能力を発揮する。

 だがそれも栄養あっての物種だ。ここ十年、久遠は人肉を絶ち続けてきた。自らの身体に細心の注意を払い、たとえ(かす)り傷であろうとも負わないように生活してきたのだ。

 それがここ最近で、続けざまに二度も重傷を負ってしまった。

 

 一度は那田蜘蛛山で未来の旦那様を正気に戻すため。

 

 二度は修羅道に落ちた姉と悪友の気を晴らすため。

 

 これ以上は限界だ、久遠はハッキリと自覚していた。

 今、頭上の中庭で父が、そして私を助けにが来た旦那様が戦っている事実を知覚する。捕らわれの身となった自分を救うために来てくれたと思えば、愛情と欲情が混ざり込んだヨダレが止まらない。今や紅玉のように輝く眼球が写す久遠の視界は、真紅に染まっていた。

 実力差なんて論じるまでもない。まだまだ彼は父である鬼舞辻 無惨に到底及ばない。

 まともに正面から戦えば、間違いなく。

 

 炭治郎()は死ぬ。

 

 ああ、お腹がすいた。

 

 やめて、………………お父さん。私から取り上げないで。

 

 彼は、彼は私の大切な……、大切な。

 

 

 

 

 

 ――食べちゃいたいくらい大切(美味)な、……私だけの炭治郎(お肉)なのだから。

 

 

 ◇

 

 

 久遠によく似た白すぎる顔が、視界いっぱいに迫ってくる。

 そんな常軌を逸した光景を前に、炭治郎は一歩も動けずにいた。

 

 避けるか、それとも受けるか。

 

 避けるならば、無惨の膂力(りょりょく)によって常識外の遠心力を得たあまねの身体がどうなってしまうのか想像もつかない。

 では受けたなら。これまた身体ごと吹き飛ばされ、あまねどころか炭治郎とて致命傷を負う危険性があった。

 もはや悩む時など、刹那の間さえあるはずもない。

 炭治郎は両手をもって未来の姉となる身体を胸の中に迎え入れ、共に吹き飛ぶ未来を選択した。

 たとえ無慈悲に久遠の身体を切り刻んだ相手であろうとも、この人は久遠の姉だ。もし原型をも留めない状態となった姉の姿を久遠が見たらと思うと、炭治郎はどうしても避けるという選択肢をとれなかったのだ。

 

 もはや骨という支えを無くしたあまねの頭部を胸の中へと包み込み、少しでも衝撃を和らげるため自らも後方へと飛びながら抱きかかえる。

 

 まるで鉄棒で殴りつけられたかのような衝撃だった。

 その勢いのまま壁へと飛び、人型の(くぼ)みができるのではないかと思えるほどの衝撃を背中に感じ、

 

「グッ――――――!」

 

 臓腑の内側から漏れ出す(うめ)き声が、炭治郎の今を物語る。

 背骨を通じて伝わる衝撃により、すべての内臓が裏返る。息などできようはずもなく、ズリズリと壁から花壇の土へ落ちながら。炭治郎は圧倒的な力の差を実感し、それと同時に無惨はため息をついた。

 

(強い……、下弦の伍なんて話にもならないくらいだ。俺達はまだまだ、鬼舞辻 無惨に遠く及ばないっ)

「……やはり物足りぬな。私の望む素材には程遠い、もう少しばかり気合を入れてもらおうか」

 

 一歩、また一歩と無惨が歩を進め、炭治郎へと迫ってくる。

 ゆっくりであるがゆえに、裏返った臓腑を戻す時間さえ十分にあった。だがそれが逆に、鬼舞辻 無惨の演出した地獄絵図でもあったのだ。

 抱き込んだはずのあまねの身体とて、炭治郎の胸中にはすでにない。無惨の強靭な握力はあまねの足首を離さなかった。依然としてこん棒のようにあまねの足首を掴み、顔面をずりずりと引きずりながら。その光景は炭治郎が初めて経験する本当の鬼と呼ばれる姿であり、

 

 初めて、鬼に対する恐怖が芽生えた瞬間でもあった。

 

「うああああああああああああっ!!!」

 

 怒りと恐怖が混ざり合った炭治郎の脳が、まるで現実から逃げ出すかのように攻撃を指令する。

 一撃で山をも吹き飛ばすと評された炭治郎の怨炎龍に対し、無惨は何の構えもとらずに空いている左手の小指をつきだした。

 

「なめ、るなああああああああああっ!!!」

「……舐めてなどいないさ。これはな、余裕というものだ」

 

 炭治郎の怨炎龍が振り下ろされた瞬間、鬼殺隊最奥に位置する中庭に黒い火柱が立ちのぼる。

 その天地が逆転した大瀑布のような勢いに、そのまま鬼殺隊本部が焼き尽くされるようにも思われたが瞬く間に細くなってしまう。その原因は他でもない、無惨の小指にあった。

 

「夜叉の子としての力は中々のものだ。……が、やはり薄い」

 

 怨炎龍の黒炎がほとばしる刃先を、無惨は小指一本で受け止めていた。加えて普通の人間にはありえない現象が炭治郎の瞳に映りこむ。

 

(指先に、――口?)

 

 限界まで見開いた瞳に写った光景を凝視する。パカリと空いた小指の爪が無数の牙となり、その裏にあるはずの柔皮から喉仏(のどぼとけ)が現れたのだ。

 無惨の指先に突如現れた小さくも禍々(まがまが)しい口が、炭治郎の怨炎龍を喰らっていた。無惨の身体を焼き尽くさんと暴れる前に吸い込まれ、段々と無惨の気力が充実してゆく。

 

(コイツ、俺の呼吸を……喰らってる!?)

 

 まるで自分の身体にある気力が丸ごと流れ込んでゆくような感覚に、炭治郎は慌てて日輪刀を引き戻す。

 だがそれさえも遅すぎた。

 

「恨みや憎しみといった負の剣では、決して私を傷つけられぬぞ? だがまぁ、いただきっぱなしというのもどうか。……少しばかりではあるが、お返ししよう」

 

 炭治郎の黒炎を全て飲み込んだ無惨の小指がまるまり、親指によって反動を溜め込む。

 

 そして……炭治朗の額の中心にて、パチンと弾けた。

 

 

 

 炭治郎の頭部が吹き飛ばなかったのは、間違いなく無惨が手加減してくれた結果である。

 だがそれは即死しなかったというだけで、助かったという意味では断じてない。まるで雷が落ちたかのような轟音と共に土煙が場を支配する。それは炭治郎の身体が再び吹き飛び、木板の壁に新たな人型を作り出していたという事実を示していた。

 

「あ…………、ああ…………」

 

 人は鬼ではない。

 そんな事実を改めて示しているかのような光景だった。

 炭治郎がどれだけ強固な意志を持っていたとしても、激しく揺さぶられた脳は働かない。おぼろげに四肢や肋骨、背骨とて深刻な状態へ陥っているように思えた。人の身である炭治郎は鬼のように痛みさえも感じず、即座に再生することなど有り得ないのだ。

 

 誰が叱咤しようとも、願いを贈ろうとも。

 

 これまで幾多の奇跡を起こしてきた炭治郎であっても。

 

 鬼舞辻 無惨の圧倒的な力の前には、悲しいほどに無力であった。

 

 

 

 

 

「さて、片方の仕込みはこれで良いとして。次は……、君の番だ竈門禰豆子」

 

 無惨の怪しく光る鬼眼が、今度は長年待ち続けた「素材」へと向けられた。

 

「……うう、う……」

「まだ、腹は膨れているようだな……。少しばかり運動をすると良い、私が遊び相手を務めてやろう。なに、直ぐにでも『最高の肉』を美味しく食べられるようになる」

 

 禰豆子は兄のように特攻するような気概を持ち合わせていなかった。

 別に臆病者であるとか、そういう意味ではない。鬼である禰豆子は炭治郎より如実に鬼舞辻 無惨の力を計り知りえたからだ。

 禰豆子の中にある鬼の本能は「全力でこの場から逃げろ」と叫んでいた。だが鬼でありながら、周囲の愛情によって人の心が育まれた禰豆子は「兄を救いたい」という欲望もまた、抱えてしまった。そんな二つの意思がせめぎあった結果、兄と同じくその場に立ち尽くすことしかできなかったのである。

 

 意識の中に居る、もう一人の少女が泣きながら兄を心配している。

 自分の身体は治せても、人間である兄の身体を癒すことなどできるはずもない。それに加えてこの原初の鬼から逃げ延びる事など出来るはずもない。

 

 すう――――はぁ、すう――――はぁ……と、禰豆子は必死に身体へ元気を送り込む。だがどれだけ力を溜めようとも無意味だと言わんばかりに、無惨の腕が襲い掛かってきた。

 

「お前は鬼だからな、細心の注意を払って手加減する必要はあるまい」

 

 何の技もない一撃であった。ただおもむろに、左腕を横に振っただけの行為だった。

 だがそれだけで、禰豆子の上半身は下半身と別れを告げた。

 

「うああああ……」

「ん、痛いのか? 鬼は痛みなど感じるはずがないのだが……。さっさと再生しろ、そして腹が減ったのなら肉を喰え。他ならぬ、お前の半身となるべき兄の『日』を」

 

 禰豆子は力の限り再生する。

 千切れた下半身を引き寄せ、ぐちゅりと肉をつなぎ、兄の代わりに仇を討つべく全ての力を解き放つ。

 

「うああああああああああああああああっ!!!」

「そうだ、ただ怒りのままに爪を振るえ。それこそが、……鬼たる者の正しい姿だ!」




 炭治郎君、あっさり負けたってよ(挨拶

 というわけで、牢獄で狂い始める久遠さんと無惨様に蹂躙される竈門兄妹の回でした。
 今の竈門兄妹は、なぜかギガデインを覚えてしまったLV20ほどの勇者がいきなり大魔王ゾーマと戦っているようなものです。もちろん光の玉なんて持っていません。

 ……例えが古すぎる? ええ、オッサンですから(自虐

 そんなわけもあり、まるで勝負になっていませんね。当然っちゃ当然の話なのですが。
 ですが大魔王無惨様には何か思惑があるようです。まるで赤ん坊を扱うかのように、慎重に対応しています。

 その理由は今後のお話にて。
 また明日の更新をお待ちください!
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