本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第8-18話「狂った食肉衝動」

「ああ、あああああ…………っ」

 

 しばらくの間、禰豆子の悲痛な声と生々しい肉の裂ける音のみが奥殿の中庭を支配していた。

 鬼である禰豆子に痛覚はないはずであった。たとえ四肢が千切れようとも、胴体が二つに分かれようとも。自らの身体に溜め込まれた「栄養」を消費し、血を、肉を呼び寄せ。何事もなかったかのように再生を繰り返す。

 

 だからと言って、この道の果てに勝利があるかといえば。決してそういうわけではない事も禰豆子は痛感していた。

 

 それでも禰豆子は止まれない。

 炭治郎と同じく、この二年以上の月日において毎日のように望んだ光景が目の前にあるのだ。

 

 すう――――っ、はぁ…………。すぅ――――はぁ……、と。

 これまでにない程、精一杯の深呼吸を繰り返し、沢山の元気を体内へ送り込んで。

 鬼の爪が通用しないならと、両腰の小太刀を抜き放つ。

 

 禰豆子の鬼の呼吸は「鬼の筋力を用いて、鬼滅の呼吸を限界以上に引き出す」ことだ。

 鬼殺隊士達が全集中の呼吸をもって慮外の筋力を引き出すように、禰豆子はそこへ更に鬼の筋力さえも上乗せする。それこそが歴代の鬼殺隊当主があってはならぬと、呼吸法を隠し続けてきた理由でもあった。ただでさえ身体的な能力では敵わないのに、人間の切り札まで鬼に利用されては太刀打ちできないからだ。

 

「ううう……――――」

 

 自らの身体を再生させると共に、大きく後ろへ跳んだ禰豆子は獣のように姿勢を低くする。

 折り曲げた足に鬼の呼吸によって作り出した力を溜め、逆手に握った両手の小太刀には藤の呼吸を顕現する。

 炭治郎が水と日を併用して気熱の呼吸を作り出したように、妹の禰豆子も鬼と藤という二つの呼吸をもって戦う型を作り出した。これは他の隊士には決して出来ぬ、竈門兄妹だけの必殺技だ。

 禰豆子は己の力が十全に満ちたと確信すると、短い気合と共に先の極みを解き放った。

 

「――――あっ!!」

 

 鬼の呼吸:壱ノ型改、――藤の縮地鋏(しゅくちばさみ)

 

 常人では知覚できぬほどの速さで相手の懐にもぐりこみ、もう一度地を蹴る。まるで空で飛翔するかのような勢いのままに、二本の小太刀を交差させ、(はさみ)のように相手の首を真っ二つに切断する。たとえ首を断たれて死なぬ鬼だとしても、刃に纏わせた藤が再生を阻害する。

 この技は那田蜘蛛山で禰豆子が身体の中に居る藤華と共に編み出した技だ。が、それさえも鬼舞辻 無惨の前では児戯に等しい。

 

 そもそも、この原初の鬼に「藤の毒」は効かないのだ。

 

 無惨が唯一の弱点とするのは只一つ、日の力のみ。

 だがその日は決して、妹だけでは顕現できないものである。だからこそ鬼舞辻 無惨は兄たる炭治郎を最初に気絶させた。

 

 万が一にも、己の敗北がありえないように。

 

 そして、これ以上ない絶望をつきつけられるように。

 

 

 ◇

 

 

 なにこれ、鉄みたい!?

 

(……だめ、にげて。ねずこちゃん!)

 

 驚きの感情と共に、心の中に居る藤華ちゃんから悲鳴がきこえてくる。私が精一杯の力を籠めた技は防ぐまでもなく、無惨の硬すぎる首に跳ね返されたのだ。

 

 でもダメ、逃げられない。

 私の後ろには動けなくなってしまったお兄ちゃんがいる。私達が逃げてしまったら、お兄ちゃんが食べられてしまう。たとえこの身体がどれだけ千切れても、私はここから退く事はできないのだ。

 私は痺れる腕を抑えながら、お兄ちゃんを守るように立ちはだかった。それを見た鬼は、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら腕を振り上げる。

 

「さすがに二人もの柱の肉を喰らっただけあって、なかなか栄養が尽きないな。この再生力は上弦並だ。……だがお前にとっての一番のご馳走は柱ではない。さぁ、もっと腹を空かせろ。極上の味が待っているぞ……、竈門禰豆子」

「――うぁっ!?」

 

 再び腕を千切られる。

 

 足を千切られる。

 

 もう何回目か忘れるくらい踏み抜かれ、頭蓋がグシャリと潰れてしまう。

 

 お腹の中身もでろりと(こぼ)れ、寒風にさらされる。

 

 くっつける暇などないくらい鬼の手刀が、拳が、踏みつけが、何度も、何度も振り下ろされる。

 目の前にいる鬼は決して手を止めない。感じないはずの激痛と共に身体中の元気が抜け、穴の空いた紙風船のように(しぼ)んでいく気分だ。

 

(戦っちゃダメ、逃げてねずこちゃん。逃げて、にげてっ!! このままじゃ――――)

 

 藤華(ふじか)ちゃんが頭の中で、狂ったように泣き叫ぶ。

 

 だからダメだって。

 炭○郎お○ちゃんをあのままにして、私達だけ逃げるわけにはいかないよ!

 

 でも、このままじゃ絶対に勝てない。

 もっと、もっと元気が、この身体に栄養が必要だ。

 

 どれだけ出て行こうと、そんなの関係ないくらいの……たくさんの元気が出る、お肉が――――!

 

 どこ? 美味しいお肉はどこにあるの?

 

 どこ、どこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ???

 

 

 

 

 

 あ、見つけた!

 

 

 なーんだ、こんな近くにあるんじゃない。

 …………なんで今まで気付かなかったんだろ?

 

 美味しく頂きます、だね。

 

 

 

 

 

 あーん。

 

 ……あれ? でも、この人。

 

 

 

 

 誰だっけ?

 

 

 

 

 

「大したものだよ、竈門禰豆子。ようやく、ようやく食肉衝動が正気を上回ったか。なるほど、これでは累程度の鬼など相手にならんのも頷ける」

 

 手足を鮮血で染めながら、いつの間にか手を止めた鬼舞辻 無惨は、実の兄という極上の肉に齧り付こうとする禰豆子を感慨深く見つめていた。

 日の力が鬼となった禰豆子に与える影響というものが、一体どの程度のものなのか。鬼殺の剣士達と争って千年も経つが初めての検証である。それと言うのも「日の呼吸」を扱う剣士は長年、無惨の情報網にさえ掛からぬほど隠されてきたからだ。

 

 事の進展は唐突だった。

 今から数十年前、浮世の中に紛れ込んでいた折に無惨は一人の隊士に発見される。思えば奴も水の呼吸を扱い、それに加えて適正がお世辞にもあっていないような男だった。

 いつものように口封じをし、屍は山奥にも捨てようかと思った無惨だったが、ふと男の奥底に眠る日の力が水の呼吸の端に垣間見えたのだ。

 

 日の呼吸は天敵だ。とっくの昔についえた血脈だとばかり思っていた。

 だが同時に自分の宿願を叶える存在でもある。だがこの男の「日」だけでは足りないし色々と解決できていない問題もあった。

 毒を薬へと変えるにも量が必要であるし、そのまま日の力を喰らっては無惨自身が滅んでしまう。ならば一つ、策を練らねばならぬという考えに至ったのだ。

 

 捨てようとした男の命を助け、監視の眼をつけ。

 ただただ、機をうかがい続けた。

 

「千年もの間続けた『青い彼岸花(ひがんばな)計画』がついに実を結ぶのだ。お前達兄妹にはいくら礼を言っても足らない。

 ようやく、本当にようやく……、日の光を克服できる――」

 

 本当の意味での不死。

 文字通り、栄光ある未来が手で掴める距離にまで迫っている。

 

 残す手はあと一つ。

 

 竈門禰豆子がもう一人の日を、兄の人肉を喰らった時。

 

 鬼舞辻 無惨は長年の宿願である日の光を克服できるのだ。

 

 

 ◇

 

 

 その昔、鬼舞辻 無惨が鬼と化した平安の世にまで話はさかのぼる。

 

 鬼の弱点である日の光を克服する「青い彼岸花(ひがんばな)」は、その時代のごくわずかな期間に発生した突然変異種だった。

 無惨はあらゆる手をつくして探したが突然変異種は数が少ないうえに生命力が弱く、わずか数代をもってこの世から姿をけしてしまう。だがその遺伝子は雑種となった「藤」に受け継がれ、誰に知られるでもなく大正の世にまで生き延びていたのだ。藤の花が日の光を溜め込む習性は、青い彼岸花が残した遺伝子によるものである。

 

 そうと知らずに部下を使い、千年もの間「青い彼岸花」を探し続けた無惨は明治の世にて、ようやく藤の真実に気付く。だが鬼にとって藤は猛毒だ。力の弱い鬼では近寄ることもできないし、さすがの無惨もこのままでは取り込めない。効かないとはいえ、毒は毒に変わり無いからだ。

 そこで無惨は「藤が骨の髄まで染みついた人間を鬼化する計画」を練り始める。折り良く鬼殺隊にとっても藤は有効な武器だという認識が確立された時期だった。それゆえに「藤の街」を作り出し、更なる効果を持たせられるよう、研究が進められていたのだ。

 

 生まれながらに藤の街で生きる少女「藤華(ふじか)」は無惨の手によって見初(みそ)められ、鬼化し、藤の街に生きた同郷をすべて喰らいつくしてしまう。自分の身にある「藤の力」をより濃くし、身体の中で「鬼が適応できる藤を生成する」ために選ばれた子。それが藤華であった。

 だがそれでも藤華一人では「青い彼岸花」の効能には至らない。原初の鬼である無惨が真に日の光を克服するには更に強力な効能が必要だ。

 更なる改良が必要だと無惨は考えた。「日の光は鬼が鬼であるための遺伝子を破壊し、死に至らしめる」ならば「日の呼吸をもって藤華の持つ藤を更に成長させ、鬼の肉体に適応させられないものか」と。

 そう考えた無惨はわざと藤華を最終選別に潜り込ませ、禰豆子に重傷をおわせ、共食いをさせた。禰豆子と藤華、二人の力を一つにし、鬼と藤の力、そして日の力を混ぜ合わせる。

 

 そして今、十分に禰豆子の中で「藤」が円熟し、「青い彼岸花」と同様の効能を持つにまで至った時、無惨は禰豆子を喰らう。そのまま食せば猛毒となりえる「日の力を持った青い彼岸花」は禰豆子という稀血(まれち)を持つ鬼の肉をかいすることで無惨()の身体に拒否反応を起こすことなく、本来の効能「日光の耐性」を得られるのだ。

 

 無惨はこれまで辛抱強く待ち続けていた。

 

 そして大正の世である今、ようやく最後の欠片がはまりそうなのだ。「禰豆子と、禰豆子の中にいる藤華が円熟する」ために必要な最後の一欠けら。

 

 本来、一子相伝のはずの竈門家に伝わる「日」が二人の子に別れ、それぞれが成長し、結果として最高の素材へと昇華してくれた。 

 

 兄と妹が一つになってこそ、平安の世にあった本当の「青い彼岸花」は真の復活を果たす。

 

 それこそが鬼にとっては万薬の長であり、

 

 鬼舞辻 無惨が追い続けた「不死の夢」を叶える神の御力であった。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 今回のお話でついに無惨様の企みが明らかになりましたね。
 原作における「青い彼岸花」は不明な点も多く、それ自体が薬となるのか、それとも材料の一部なのかは作者様にしか分かりません。(多分

 千年もの間探して見つけられないとなれば、もはやそれはこの世にないか隠されているかの二択でしょう。
 ならそのどちらも設定として盛り込んだら面白いかもしれない。という着想の元、「青い彼岸花計画」を作り出しました。

 青い彼岸花の遺伝子は「藤の中に」

 日の呼吸は「竈門家の血脈の中に」、隠され続けてきたのです。

 だからこそ無惨様はあの冬の日、炭治郎と禰豆子を見逃しました。
 兄妹の体に毒でもあり最優の薬ともなる「日の力」を感じたからこそ。

 第一章の炭治郎と禰豆子による生還劇は奇跡でもなんでもなく、すべてはこの時のためだったのです。

 納得して、いただけましたでしょうかね?(笑
 私としてはうまく最後で纏められたと満足しているのですが^^;

 よろしければ感想にてご意見を頂ければ幸いです。

 ではまた明日っ!
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