本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第18-19話「二つに分かれた日」

 「日の呼吸」は竈門家にのみ継がされてきた一子相伝の預かり物である。

 鬼舞辻 無惨に見つかる事を恐れ、隠し。大昔から年に一度、元旦にのみ舞うというヒノカミ神楽へ潜ませるほどの周到ぶりだ。

 

 舞を受け継ぐのも一人、その中にある日の呼吸の適正を持って生まれるのも一代に一人だけ。

 遠い先祖である竈門炭吉が、ある剣士から「日」と「ヒノカミ神楽」を受け継いだその時から竈門家にはなぜか、そういう生まれ方が始まったのだ。

 果たしてそれは祝福だったのか、あるいは呪いだったのか。ともかく田舎の山奥でこっそりと、竈門家の血脈は受け継がれてきた。家業である炭作りを代々続けながら、鬼という怪異と出会うこともなく。

 

 そして時代は明治の末期。鬼の存在が迷信となる世になって初めての異変が起きた。

 炭十郎と紗枝の間で生まれた禰豆子は生まれてすぐ、高熱で死の境をさまよってしまう。母の必死な看護によってなんとか命を取り留めるが、父である炭十郎だけはただ素直に喜ぶことが出来ずにいた。

 

「……なぜ、なぜ炭治郎だけでなく、禰豆子までもが日の適正をもって生まれたのだ!?」

「あな、……た?」

 

 紗枝は愛する夫が驚いている意味が理解できない。せっかく自分達の子が助かったというのに、なぜこの人は嘆いているのだろうかと。そういえば兄である炭治郎もこの時期に高熱がでたという記憶が残っている。

 

 不信が確信に変わったのはその日の夜のことだった。

 家族四人、川の字になって眠る家の中。紗枝はわずかばかりの金属音で目を覚ました。

 

「……えっ、うそ?」

 

 窓から差し込むわずかばかりの月明かりが、炭十郎の持つ斧を照らす。その刃先のゆく道にはぐっすりと眠った禰豆子の姿がある。

 紗枝は目の前の光景が信じられなかった。あの病弱で、それでも優しい笑顔を絶やさない夫が涙を流しながらも狂気に身を任せている。

 

「あの日。あの鬼に殺されかけ、生かされてきた時から。……この運命は決まっていたのかもしれない。

 紗枝、日の力を持つ子は一人でなければならない。決して、二つに分かれてはならないんだ。この先、二人がそれぞれの家庭を持ち血脈を広げてゆくなら……。必ず、あの鬼のエサとして食い殺されてしまう」

「あなた……。一体、何を言っているの?」

「我が竈門家の使命は弱々しくとも『日の力』を受け継ぎ、きたる世にまで受け継ぐこと。だが二人の日があれば、完成してしまうかもしれないんだ」

 

 紗枝は夫の言っている意味が理解できない。だが愛する夫が生まれたばかりの禰豆子を殺そうとしている、その事実だけは察することができた。

 

「やめてっ、私達の禰豆子を殺すというの!?」

「ああ、これまでの竈門家にはなかった異常事態。……稀血と二人の日、それがなぜか私達の代で揃ってしまったんだ。この世を終わらせないため、間引かなくてはならない。……恨んでくれ」

 

 突然すぎる夫の豹変ぶりに紗枝は震え、ただ泣き叫ぶほかない。

 出来ることと言えばただ涙を布団へ落とし、夫の慈悲にすがるだけ。だが妻の(はかな)い願いは、夫の決意を打倒できないかに思われた。

 

 窓からのぞく月明かりに(きら)めいた斧が振り下ろされ、部屋の闇夜へと消える。それはつい先日、自らのお腹を痛めて産んだ、

 

 愛する長女の死を意味していた。

 

「やめてええええええええええええええええっ!!!」

 

 肉が断たれるような、生々しい音は紗枝の耳に届かなかった。

 その代わりに聞こえたのは、聞きなれた木材を叩き斬る音。続けて夫の嗚咽(おえつ)。そう、竈門炭十郎は愛する娘へ刃を振り下ろせなかったのだ。

 

「うあっ、ああああああ………………」

 

 振り下ろされた斧は布団のすぐそば。床板に穴を開け、斧の刀身は半分ほどがめり込んでしまっている。

 ぽたぽたと落ち、床で跳ねた炭十郎の涙は穴を通じて床下へと消えてゆく。

 

 炭治郎、そして禰豆子は日の呼吸を隠し続けた竈門家のおいても異端であった。

 日の呼吸という鬼を滅する力を持ちながらも、禰豆子は鬼に超常な力を与える稀血(まれち)を持って生まれてしまった。本来、この世に日の力だけでも二つとないはずであったのだ。その事実は人にとって、希望であると同時に災厄をも象徴する。

 炭十郎はそれを承知のうえで、己の選択が間違っていると確信してなお。

 

 愛する娘を手にかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 そんな選択のツケが今。

 鬼殺隊本部の奥殿にて子である竈門兄妹が払わされようとしていた。

 

 あまりの空腹に、目の前の人物が兄であるという事さえ認識できずにいる禰豆子。

 今の彼女にとって、炭治郎は極上の肉以外の何物でもない。本当であれば一子相伝としてどちらかに受け継がれる筈であった日の力は二人に受け継がれ、禰豆子が炭治郎を喰らうことで混ざり合い、これまでにない最高の「日」が完成するのだ。

 これが戦を知らずに生活してきた竈門兄妹であるなら、半々の日が混ざり合ったとしても半端者として終わりを告げただろう。だが、炭治郎と禰豆子は鬼との戦いで成長してしまった。

 藤華の藤が、炭治郎の日が。禰豆子の中で混ざり合い、鬼舞辻 無惨が千年探し求めた「青い彼岸花」へと昇華する。

 

「千年、待ちに待ち続けた瞬間が今、ここにある……っ! これで私は真に、至高の存在へと至れるのだ!!

 はぁあアああああアアあ、はっはああああああアアア――――――――――――ッ!!!」

 

 恍惚の表情で鬼舞辻 無惨が笑い狂う。

 

 だが、完成された竈門兄妹の肉を欲する鬼は決して、鬼舞辻 無惨一人ではない。

 

 もう一人、「原初の血」を受け継ぐ適任者がここには居た。

 

 奥殿の中庭。

 その中央に位置する丸太と藤によって作られた茶室から。

 床に敷かれた石畳が激しく天へ吹き飛び、腹を満たさんと飛び出した存在がある。真夜中の鬼殺隊本部に、ガレキが舞い落ちる轟音が鳴り響いた。

 

 普段より赤く輝く鬼眼はまるで紅玉のように輝き、口からは禰豆子と同じくよだれを垂れ流しながらも歩み寄ってくる一人の巫女。綺麗に結ばれていたはずの黒長髪は重力に逆らい、溢れ出る血気によってゆらゆらと宙を揺らめいている。

 

 巫女は激情を抑え込みつつも、ぽつりと呟いた。

 

「……やめて、お父さん。その二人は私の家族なの、私のものなの。

 だから……私が食べるべき。私の、私だけの、大切なお肉なのっ!!」

 

 竈門兄妹が人間にとっての異端であるならば、久遠こそ鬼にとっての異端である。

 

 本来、生まれるはずのなかった三人の子。

 

 そんな異端が同じ時代に生まれでたのは、果たして偶然か必然か。

 

 時代が選ぶのは古き無惨か、新しき久遠か。

 

 その答えを持つ者など、この地上に存在するわけもなかった――。

 

 

 ◇

 

 

 一つの獲物を、二人の獣が奪い合っていた。

 一人は兄は妹のモノだとばかりに牙をむき、一人は夫は妻のモノだとばかりに牙をむく。

 

 自然界であるならば、ごくありふれた生存競争の一幕にも見えるその光景は。ただ一つの命を追い求める。

 

 これこそが、かつて鬼舞辻 無惨に殺されかけ。操られるように生を許され。異端の兄妹を生かしてしまった竈門炭十郎の罪であった。

 しかしてかの罪人はもう、この世になく。罪は新たな可能性となって時代に新たな変革をもたらす。

 

「オニイチャン、オニイチャンッ…………!!」

 

 これまで言葉を操れなかった禰豆子がただ一つ、欲望の言葉を口にする。

 鬼舞辻 無惨によって極度の飢餓へ追いやられた禰豆子に正気はない。しかし、だからこそ。自身の中に残ったただ一つの欲求が口を動かしていた。その姿はかつて、狭霧山(さぎりやま)で兄弟子である錆兎(さびと)真菰(まこも)に見せたような十代後半にまで成長した禰豆子の姿である。

 

「炭治郎君、待っててね……。私が今、食べてあげるから…………!!」

 

 対するは人によって飢餓へ追い込まれた鬼の姫。

 母から受け継いだ人の血を隅へと追いやり、鬼の血を前面に押し出した姿は那田蜘蛛山で見せた鬼人の姿だ。その表情にかつての優しい面貌などあるはずもない。あまりの飢餓と、目の前に見つけた極上の肉が狂気を加速させる。

 

 二人は、競うように獲物へむけて駆け出した。

 分け合おうなどという人らしい考えは微塵たりともなく、強き獣のみが生き、弱き獣は死ぬ。それは生物がこの地上で生き抜いてきた絶対の法則だ。

 

 禰豆子は二本の小太刀を抜くでもなく。

 久遠は血気術によって作り出せる薙刀を使うでもなく。

 

 ただただ、目の前の炭治郎を喰らいたいという感情だけが彼女達の手足を動かし、残された少ない力をもってあい争う。

 そんな身体一つでの泥仕合は、無惨の眼から見ればひどく滑稽(こっけい)なものだった。これでは鬼でも、人でさえもない。ただの獣だ。二人に残された力はすくなく、それさえも能力の向上という互いの秘儀に費やしてしまっている。彼から言わせれば愚策以外の何ものでもない。

 

「まったく、見苦しいにも程がある。……だが、それでも見るべきモノがあるとするなら。ただ一つ、……炭治郎を誰にも譲れぬといった執念、か」

 

 鬼という生物は本能に忠実だ。

 他ならぬ、原初の鬼である無惨さえ「完全な肉体・永遠の命」に固執する。その点でのみ論ずるなら、目の前で争う獣は思いのままに行動していた。欲しいものが一つだけしか存在しないなら、争うのもまた必定。

 

「禰豆子が勝つなら良し。だがもし、我が娘である久遠が勝つなら……。それもまた、面白いか」

「「あ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!」」

 

 一人の雄を求め、二匹の雌は相争う。

 無惨はそんな女の争いを、ただ一人の観客として傍観していた。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 物語はいよいよ最終局面へと向かってゆきます。
 炭治郎という名の肉を求め、牙をむく二人の鬼。この結末をよろしければご自身の眼でご確認ください。

 明日も予定どおり、朝七時に投稿いたします。
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