本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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注意:今回のお話にはこれまでよりも増して残酷な描写があります。15歳未満のお友達は勿論、大きなお友達もご注意ください。


第18-20話「悪友」

 禰豆子と久遠、二匹の獣による獲物(炭治郎)の奪い合いは周囲に鮮血を撒き散らしながらも続いていた。

 だが無惨の予想通り、理性なき戦いは泥仕合の様相(ようそう)(てい)してゆく。

 

「……いや、これでは獣の方がまだマシだな。急所を狙う頭さえも無くしたか」

 

 無惨の言葉どおり、二匹の無脳な獣はただお互いの目の前にある肉へ齧り付くだけで、急所である頭部や首を狙おうという素振りさえ見られない。

 お互いの肉をかじり、引き裂き、飲み込み、再生する。

 無惨が見放した野良の鬼だってもう少し頭の使った戦いをするだろう。そんな膠着状態(こうちゃくじょうたい)に、無惨の心に()きが生まれつつあった。

 

「……ふむ」

 

 ふと、無惨は今だ右手に掴んだままであったモノの存在を思い出した。

 首の骨が折れ、ただでさえ白かった肌が更に白くなったモノは、もはやこん棒としての意味をなさない。

 

「得物としてはもう使えぬが、エサとしてはまだ有用か。――――どれ」

 

 ボキ、ブジリ、ブチブチブチブチ――――。

 骨を折り、肉を裂き、腸を引きちぎる。

 かつて産屋敷あまねという名の人間であったモノを無惨は両手で掴むと、胴の辺りから二つの肉塊へと変貌させる。まだ若干の温もりを宿した身体から、新たな鮮血が飛び散り、二匹の獣にも降り注いだ。

 

「これで、少しは腹を満たすがよい」

 

 無惨はそう言うと、下半身を禰豆子へ。

 そして頭付きの上半身を久遠へと投げ与えた。

 

 禰豆子にとってはかつて人間であった時でも見知らぬヒトだ。極限の飢餓状態になる今となっては食いつかぬ理由はない。

 だが、久遠にとっては。瞳孔が開ききった瞳だとしても見過ごせぬ顔がそこにあった。

 

「アア……、ああ……。あまね、おねえ、……ちゃん」

 

 理性を失った獣の視界が姉の鮮血で赤く染まり、そんな不明瞭な視界でもハッキリと光の差さぬ瞳孔を視認する。それと同時にこちらは久遠の瞳に一筋の光が差し込み、またたくまに涙が溢れ出す。

 裏切った姉とはいえ、あまねの決意に賛同できずとも久遠は一定の理解を示していたのだ。戻りつつある理性と共に最後の力さえ抜け落ち、膝を付く。脳裏にかつての優しい姉との思い出が去来し、その瞳が枯れ果てた事実を突きつける。

 

 姉を失った衝撃により、理性が飢餓を上回ったのだ。

 

「……いや。なぜ、何故皆、私より先に死んでゆくの? お爺ちゃんも、母さんも。……お姉ちゃんさえ。いや、……いや。イヤああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 正気を取り戻したとはいえ。いや、正気を取り戻したからこそ。残酷な事実は久遠の心を粉々に打ち砕いた。

 横では禰豆子が、かつてはあまねであった肉塊の半分をむさぼっている。それもまた信じられない光景だ。妹同然の存在として可愛がっていた禰豆子が、あの禰豆子が。

 

 今、今、どうにかして彼女を止めなければ。

 

 もしかすると、いや確実に。久遠は禰豆子を憎んでしまう。

 最後の力を振り絞り、久遠は痙攣する右手を禰豆子へと伸ばすと同時に話しかけた。

 

「やめて、……お願い、禰豆子ちゃん。その人は……私の姉さんなのっ!」

「うウウ………」

 

 必死の嘆願も、禰豆子の耳には届かない。

 むしろ獲物を横取りする敵と認識され、威嚇の唸り声で返された。その口にはあまねであったモノの左太腿(ふともも)がくわえられている。

 

 自分では禰豆子を止められない。そう確信した久遠は、もはや口さえも動かせぬ絶望に包まれながら、薄れゆく意識の中で助けを求めていた。

 おぼろげに視界の中に残り続ける炭治郎。だが彼の身体はピクリとも動かない。生きているか、死んでいるかさえも不明だ。もはや父である無惨のほかに立っている人物など、この中庭には存在しない。

 

 久遠は己の死を覚悟した。

 黄泉の国へ行ったら、土下座してでも姉に許しを請わねばならないと覚悟する。

 本音を言えば、身体を解剖されたことなど恨んではいない。調べるならどうぞ調べてくれと、内心思っていたくらいなのだ。父、鬼舞辻 無惨は久遠の夢にとっても最大の障害であった。自分の血で父を打倒できる手段が見つかるなら本望でもある。どうやられようとも、この身体は死ねないと理解していたから。拘束された時に見た涙は本物だと知っていたから。

 

 けれども、その前に。

 

(……助けて。このままじゃ、みんな死んじゃう! 誰か――――っ!!)

 

 目の前に居る、久遠が巻き込んでしまった兄妹だけは助けて欲しい。

 

 久遠は初めて神に祈った。

 

 己の傲慢(ごうまん)さが招いたこの地獄に、清浄な光を差し込んでくれるなら鬼でも悪魔でも構わない。

 

 誰か――――。

 

 

 

 

 

 久遠の祈りは地獄ではなく、天の国へと聞き届けられた。

 

 周囲に舞い散った微小な鱗粉が月明かりを乱反射し、幻想的な光景を演出する。

 

「――なんとも情けない顔をしていますね。私を前にした時の、不遜(ふそん)な態度はどこにいきましたか? 神藤久遠――!」

 

 奥殿の中庭に、現実ではない無数の蝶が舞い飛んだ。

 そんな中に舞い落ちてくる一際大きい虹色の羽根が、上を見上げた久遠の視界いっぱいを埋め尽くす。

 

「あなたこそ、目の周りが赤くなっているわよ。まったく、お互い酷い有様ね」

「あなたに比べれば、私は幾らかマシというものです」

「私の身体を散々いじくりまわしておいてよく言うわ」

 

 鬼殺隊の最高峰たる柱の一つ。

 蟲柱:胡蝶しのぶ。

 

 絶対絶命の窮地に舞い降りたのは、知り合ってまだ間もない悪友だった。

 

 

 ◇

 

 

 鬼舞辻 無惨の気配、そして竈門兄妹との戦い。

 更に禰豆子と久遠の争いは、轟音となってカナエやしのぶ、風柱や耀哉の元にも届いていた。

 

 この先の奥殿で、何か重大な争いが起きていることなど重々に察知している。

 だが二人の柱はこの場を動くことができない。なぜなら、自分達が一番に守るべきは御館様である耀哉なのだ。

 

 それでも風柱の鋭敏な感覚は、何者か強大な鬼に産屋敷あまねの命が奪われた事実に気付いていた。

 

「……あまね様。テメエら全員、此処から生かして帰さねえぞ!」

 

 風柱の眼前には陸軍少佐の胡蝶カナエと、上弦の弐:童磨の姿がある。

 鬼は勿論のこと、もはや国軍であろうとも関係ない。この惨状をもたらした怨敵の首を跳ねるまで、風柱は決して止まらないだろう。

 

 対する上弦の弐:童磨は、怒りに震える風柱を嘲笑うかのように緊張感の欠片もない薄笑いを浮かべていた。

 

「ありゃぁ、無惨様も楽しんでいるみたいだぁねぇ。俺には穏便に済ませろって言ったのに、ズルイなぁ」

「そんな……あまね様が?」

 

 風柱の憤怒を見れば、否応もなく事情は察せる。

 耀哉はめずらしく俯き、しのぶは両手で口元を覆って悲鳴を押し殺す。

 

 そんななか、現実を冷静に見続けていたのは鬼殺隊の当主たる産屋敷耀哉だった。

 

「……しのぶ。先の命を撤回したうえで、君にあらためて命ずる」

「お、やかた、さま?」

「カナエと共に、奥殿に居る炭治郎と禰豆子の救援に向かって欲しい。そしてそのまま、本部を脱出するんだ」

 

 思いもしなかった命令に一瞬、しのぶは真っ白になる。

 確かに今の自分は鬼殺隊の未来を背負っている。此処で自分が死んでしまっては、久遠の身体を切り刻んだ意味さえなくしてしまうからだ。だが理性と感情は別の生き物である。鬼殺隊に入隊したその時から慕ってきた耀哉を見捨てて逃げるなど、誰よりも自分自身が許さない。

 

「あらあら、私を殺せといった口は何処に言ったのか。身分を明かした今、私はもう御館様のご指示に従う義理もないのですが」

 

 陸軍少佐という本来の役職を明かしたカナエが面白そうに口を挟む。

 彼女は軍人だ。どれだけの窮地であろうとも決して本音を漏らさず、顔にも見せない。だが耀哉はこの場、この状況においてだけは手を取り合えると確信していた。

 

「……確かにそうだろうね。鬼舞辻 無惨がどう軍の上層部を説得したかは知らないが、この先にある未来を決して歓迎しないことだけは間違いない。反論は、あるかな?」

 

 日本という国が鬼に人権を認め、新戦力として軍に引き入れようと画策している。が、決して鬼舞辻 無惨の「不死化」を歓迎することはない。

 なぜなら人間は自分達より超越した存在を決して認めないし、許さない。将来的に見れば耀哉の危惧したとおり、鬼のクーデターが勃発しかねないのだ。ならば日の光という弱点を残しておいた方が御しやすい。

 

「その点に関しては、産屋敷殿の指摘に賛同しましょう。……やれやれ、無惨は軍上層部にただ『数人の殺人に目をつぶれ』とだけ言ったのでしょうが……軍にはまだまだ鬼への知識が足りていないようです」

 

 無知な上司を持つと現場が苦労しますね、とだけ言葉を残すとカナエは一人、奥殿へ向けてかけはじめた。

 一方のしのぶは今だに迷いを見せて、動けずにいる。そんな彼女に発破をかけたのもまた、風柱と耀哉だ。

 

「胡蝶、さっさと行け」

「不死川さん、でもっ!?」

「御館様は俺が絶対に死なせねぇ。それに忘れたか? この鬼殺隊本部には全員の柱が終結しているんだ。それにわざわざ敵の大将までご足労下さっている。この好機を逃す手はねえだろうが」

「だったら、私もっ!」

「しのぶ、君は保険なのだ」

「ほけん、ですか?」

「……そうだ。今この日に無惨を討ち取れなかった時の保険。日の呼吸を顕現させた竈門兄妹だけは、決して失えない。君が未来への希望を守るんだ……理解できるね?」

 

 風柱と耀哉、二人がかりの説得に言葉がでない。

 ある意味、ここで死ぬよりも辛い日々を覚悟しなければならないのだ。胡蝶しのぶはただ鬼を滅するだけでなく、人の未来を託されたのだから。

 

 そんな三人のやり取りを対面で聞いていた童磨さえも口を挟む。

 

「行きたいのならどうぞ? さっきも言ったけど俺達は将来の戦友となる仲なんだ。今攻撃しているのだって、あくまで国に認められた説得の一環さ」

「火災を引き起こし、我等の組織力を削ぐことが説得だと?」

「そうだよ? だって今のままじゃ君達、鬼に対する憎悪を忘れられないじゃない。なまじ対抗できる力があるからこそ、戦おうなんて考えるんだ。なら、自分達だけでは何にもできなくなれば。……あの少佐殿の言葉だって聞く気になるでしょ? それに――」

 

 童磨は言葉を切り、一拍の間を入れたのち、再び口を動かした。

 

「数人だけで収めようとしたのだって本当だ。今日、この夜で死ぬのは竈門兄妹のみのはずだった。そのあまねってヒトは、よっぽど無惨様に嫌われるような行為をしたんじゃないのかい?」

 

 久遠の解剖実験は柱合会議の前夜において決議された案件だ。つまりはあの場にいた耀哉や柱達は、童磨のいう「鬼舞辻 無惨が激怒した理由」を重々承知している。むしろ娘に非道な真似をされて怒り狂ったのなら、人にとっても正しすぎる感情と言えた。

 何も、反論の余地などないのだ。

 

「ならば、確かに。向かうべきは、……私でしょうね。あまね様が計画犯だとするなら、私は実行犯ですから」

「自ら死にに行くなんて、君も奇特な人だねぇ」

「ええ、死すべきは私で。決して、あの仲睦まじい兄弟ではありませんから。……では御館様、御武運をっ!」

 

 しのぶの顔にはもう、迷いの色はなかった。

 前を見ればすでに姉の姿はない。

 鬼舞辻 無惨相手に姉と自分の二人だけでどれほど抑えられるかも分からない。

 遠くからは鬼殺隊本部が燃え盛る轟音と、隊士達の怒号が聞こえてくる。そんな仲間達全員を見捨ててでも、しのぶはあの兄妹を未来に残す決断をしなければなからなかった。

 

 童磨にしのぶを止める意志はない。

 いまさら柱が一人行ったところでどうしようもないと確信しているからでもあり、

 

 我らのおひいさまが持つ「人への情」を完全に消しさるに、都合が良いと考えたからでもあった。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 そして同時に、残酷な描写が連続しておりすみません。

 読者様においてもここまで読んでくださればある程度ホラーな展開に慣れて来てくださっているかと思いますが、作者自身まだまだ慣れないものでもあります。

 え? なら書くな??

 まったくもってその通りではあるのですが、作者である私にも無惨様の狂気を止められなかった次第であります。
 しかしてそんな地獄に、希望の光が、しのぶさんが颯爽と登場してくれました。

 頑張れ蟲柱さん! どうかこれ以上酷い展開にさせないで!!

 ………………あっ。(次話を確認して

 それではまた、明日の更新をお待ちください。。。。
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