本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第18-21話「久遠の子」

 無惨が一人観賞する劇中に飛び入りした蟲柱:胡蝶しのぶは、一瞬で現場の状況がどうなっているかを把握した。

 

「……禰豆子ちゃん、食肉衝動が抑えきれなくなっているの……!?」

 

 周囲を見渡せば一面に血の池地獄。いったいどれだけの血がここで流れたのか、しのぶは想像もできない。しかも血を流したのは久遠と禰豆子、二人の鬼のみなはずなのだ。

 しかも久遠の胸の中にはいつも笑顔で微笑んでくれていた産屋敷あまねの上半身があり、下半身は対峙する禰豆子の口にくわえられている。

 

 常人なら、確実に夕餉(ゆうげ)が逆流する光景だった。だがこの光景はしのぶが元より覚悟していた光景でもある。

 

「……それは、こちらも同様か。神藤久遠、とりあえずコレでも飲んでいなさい」

 

 懐から小刀を取り出したしのぶは手早く自身の左手首を斬りつけ、静脈を傷つけた。

 

 ぽたり、ぽたりと。

 

 膝をつく久遠の顔へ、しのぶの血が滴り落ちる。

 血液程度で鬼の食肉衝動が治まりなどしないが、何も摂取しないよりはマシだ。事実として久遠はこの十年もの間、人の血液だけで生き延びてきたのだ。

 

 こくり、コクリと。

 

 まるで親からエサを貰う雛鳥(ひなどり)のように口をあけ、久遠はしのぶの血液を渇ききった喉奥へと導いてゆく。

 

「薬クサっ、不味いわよアンタの血。一体何を食べればこんな味になるの?」

「知らないわよっ」

 

 それでも久遠の空腹は、渇きが癒えたことで若干は抑えられたようであった。

 だが、まだまだ戦闘に復帰できるほどではない。先に到着しているはずの姉、カナエの姿も見えない。それは何故か、しのぶはなんとなく理由を察していた。

 

(カナエ姉さんの上司である軍上層部は、鬼殺隊だけではなく鬼さえも味方に加えたいと画策している。姉は戦わないのではなく、戦えないんだ。軍に所属する人間は鬼の味方であると示すため、姉さんは人にも鬼にも、刃を向けること自体禁止されている)

 

 しのぶの予想が的中しているとすれば、事態は今だ最悪の一言につきた。

 味方はおらず、そのうえ救うべき禰豆子さえ兄の肉を欲して牙を向けてくるのだ。その後ろには原初にして最強の鬼、鬼舞辻 無惨さえも控えている。

 

「この状況を打破するには、……血だけでは足りないか」

 

 ぼそりと呟いたしのぶの声を、間近にいる久遠だけが聞き取った。

 

「アンタ、一体なにを――――」「神藤久遠、私の身体を喰らいなさい」

 

 かぶせ気味に返された思いがけない言葉。

 久遠は目の前のしのぶが何を言ったのか理解できなかった。

 

「それとも、血と同じく私の身体など不味くて食べられませんか?」

 

 驚きと共に見上げた頭上には、覚悟を決めた剣士の顔がある。

 

「そういう意味じゃなくてっ! アンタは炭治郎君と禰豆子ちゃんを連れて逃げればいいのよ!!」

「却下です。それでは神藤久遠、貴方を無惨に奪われる。これは同情でも、ましてや友情でもありません。原初の血を引く貴方が鬼側に奪われれば、確実に。……鬼殺隊の勝ち目はなくなる。この場の誰も、奴に奪われるわけにはいかぬのです!」

 

 蟲柱にして討伐隊の大将を任ぜられていた胡蝶しのぶは、慙愧(ざんき)の念をもって那田蜘蛛山から帰還した。

 理由など一つしかない。

 作戦自体は暗部が立案した計画通りに進んでいた。たとえ多大な犠牲を払おうとも、皆が隊士となった時に覚悟は決めている。

 ならば何か。

 それは自ら率先して人身御供になろうとした末に、冨岡義勇の腕を失わせてしまったからだ。

 

 すべての責任は組織の長が取るべきだ。

 たとえ命じられた作戦であったとしても那田蜘蛛山に火をかけたのはしのぶ自身の決断であるし、百人の隊士を生贄とし、竈門禰豆子を利用したのもしのぶ自身である。

 大将であるしのぶが何の傷を負わなかったのは結果論だ。本当であれば一番危険な下弦の伍討伐を担うはずであった。だがそれさえも、目の前に居る神藤久遠や竈門兄妹に任せてしまう失態を犯した。

 

 そう、これは失態なのだ。

 真面目すぎるしのぶは最善の結果にしか満足できない。もしこれが姉であるカナエなら変化し続ける状況に対応しつつ、新たな結果を導いたことだろう。その結果が最善から二割引いた八割の結果だとしても満足したことだろう。

 だがしのぶは常に最善の結果を出さねば失態であると捉えていた。

 

 自らの身体で責任を取らずに、鬼殺隊全体に多大な被害を与え。

 今度は竈門禰豆子への配慮から同行を許した結果、鬼殺隊本部に鬼舞辻 無惨の進入を許す事態となってしまった。

 

 蟲柱:胡蝶しのぶに自傷の気はない。

 だが周囲の仲間だけが傷つき、自分だけが五体満足で生きることなど許容できない。

 

 そんな想いが、胡蝶しのぶに自虐的な衝動を引き起こしていた。

 

「……アンタ、本気なの? 私は禰豆子ちゃんとは違い、十年もの月日を喰らわずに過ごしてきた。……腕だけじゃあ、このお腹はふくれないのよ」

 

 久遠の瞳が再び赤く、狂気に染まる。

 目の前に、獲物本人が差し出した極上の肉があるのだ。たとえ理性では否定できても、久遠の中に潜む鬼の本能は「柱の肉を喰らえ」と喚いている。これまでは空腹が当たり前のものとして耐えてきたが、目の前に差し出されたご馳走に耐えられるほど鬼の本能は甘くはない。

 

 だが、久遠の殺人予告同然の言葉にさえ。覚悟を決めた胡蝶しのぶは自嘲気味に答えを返した。

 

「でしょうね。ですが事の真理は単純です。柱ともなれば隊士百人分の価値はあるでしょう。ですが、決して千人分の価値などない」

「覚悟は、できているのね?」

「無論、しかし二つだけ誓ってもらいます。一つは私を最後に、決して人肉を喰らわないこと」

「……言われるまでもないわね。そもそもアンタの薬臭い肉を食べたら肉嫌いになりそう。……で? もう一つは?」

 

 爛々とした久遠の瞳を真正面から受け止める。しのぶは涙を落としながらも、

 

 にっこりと微笑んだ。

 

「私に代わって、今だけでも構いません。みんなを、――――守って――――」

 

 遺言とも取れるその願いを聞いた久遠は、明確な答えを返さなかった。

 口が声を発する前に、牙がしのぶの首筋に深く埋没したからだ。それはまるで、地面に隠れ潜んだ捕食者が獲物を捕らえかのごとく。一瞬の捕獲劇であった。

 絶対絶命な状況である今、善か悪かの問題を棚にあげれば二人の決断はどうしようもなく正しい。

 

 今、この戦場で何よりも必要なのは「無惨の力に対抗できる強大な力」なのだ。

 もし目の前の怨敵が柱の力で何とかなる存在であるなら、しのぶは自らの刀をもって戦っていただろう。だが少なくとも、この現状において「原初の鬼」を討伐するなら神藤久遠以外の適任者は存在しない。

 鬼舞辻 無惨の直系である久遠以外には、普通の人間ではこの大鬼を打倒することなど敵わないのだ。

 

 久遠の口内へ、大量の血液と共に瑞々しい感触が入り込んでくる。

 しっかりとした肉の食感が久遠の食欲を更に刺激し、極上の味覚が大麻のように脳内を狂わせる。そこから先は無我夢中であった。久遠はただ、己の空腹を満たすことだけを考える一匹の獣へと戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 一匹の獣が獲物を喰らいつくす光景を、鬼舞辻 無惨は満足そうに見届けていた。

 傍らには今だ兄へ飛びかかろうと足掻く禰豆子の姿があるが、他ならぬ無惨自身の手で抱きとめられている。別に策を中止させたわけではない。次の更なる一手を指すための布石だ。

 

「やれやれ、ようやく人肉を口にしたか。手のかかる娘よな……。だがこれでお前も人の世には戻れなくなり、鬼の中でしか生きられなくなったのだ。この鬼舞辻 無惨の右腕として、な」

 

 軍からの要請に、形ばかりとはいえ頷いた時から。

 鬼舞辻 無惨は鬼の軍としての力に注目し始めた。これまでは己の不死さえ完璧なものにできるなら、自らが生み出した鬼に利用価値を見出したとしても保護欲を掻きたてられた経験などない。だが国同士の戦争に関わるとなればそうも言っていられない。いくら己が不死同然の存在になろうとも、近代兵器を多数もった国家の軍という存在へ立ち向かうには絶対的な数が必要になるのだ。

 だからこそ、無惨は切り捨てる予定であった下弦の鬼にも慈悲を与えた。

 これから先の世で己という存在を更に高めるため、人の世にも鬼舞辻 無惨という存在を周知させる時代がくると確信したからだ。

 

 自分一人だけでは軍という組織をまとめられない。

 十二鬼月という存在もあるが、何よりも自分の身代わりにできる存在が必要になったのだ。

 

「人間という生き物は賢しい。千年生きた俺が騙されるほどに。なればこそ、表立って顔となれる逸材が必要であった。お前ならば適任だ、久遠。俺の血を引いており、俺にも負けぬほどの人心を掌握できる、お前が」

「フゥ――っ、ふうううううううううっ!」

 

 今の久遠に無惨の言葉など聞こえていないだろう。

 しのぶと言う名の柱の肉に溺れ、一心不乱にむさぼり、己が腹を満たし続けるその姿をもし恋焦がれるあの少年が見たらどう感じるだろうか。

 もともと竈門炭治郎という少年は、鬼に対して尋常ではないほどの憎しみを抱いている。もちろん、切欠として家族を鬼へと化したのは無惨自身だ。

 

 それもこれも全てはこの瞬間のため。

 全ての鬼が救いようもない存在であると。そこに一人として例外などありはしないという事実を突きつけるためである。

 

「……………………うう、久遠さん。…………禰豆子っ」

 

 人型に割れた壁材の残骸がパラパラと少年の頭に降り注ぐ。それと共に少年の口から僅かな声が漏れた。

 

「そら、そろそろお前の想い人が意識を取り戻す頃合だ。数日前まで談笑を交わしていた相手であろうとも、飢餓状態の鬼は迷いなく喰らいつく。そこにどれだけの愛情があろうとも関係ない。……それが、鬼という生き物よ。この姿を見せてなお、人と共に生きられるか…………なっ!?」

 

 己の策が順調に進む実感にほくそ笑む無惨であったが、最期の言葉を口にし終えた瞬間、唐突に疑問符を浮かべた。

 胡蝶しのぶは女性らしい背丈であり、決して肉付きの良い身体とも言えない。喰らう肉といえば両腕、両足が主な箇所となるだろう。飢餓に苦しむ今の久遠であるなら、もうとっくに喰らい尽くしてしてもおかしくない頃合だ。

 

 なのに。

 いくら久遠が噛み千切ろうとも、咀嚼(そしゃく)し飲み込もうとも。しのぶの身体には肉がありつづけた。

 

 まるで、鬼が再生するかのように。

 

 無惨がそんな違和感を感じると同時に、無限とも思えた久遠の飢餓が終わりを告げた。

 

「まさか、私が生む初めての子がアンタになるなんてね。……複雑な気分だわ」

 

 食事を終え、地に仰向けになったしのぶにのしかかった神藤久遠がそう、ポツリと呟く。

 

「……これで私も鬼殺隊には居れないってことね。死ぬよりはマシだけど、責任はきちんと取ってよね。ご主人様?」

 

 そして食われた肉を再生させながら、接吻をするかのように近づいた久遠の顔を見つめるしのぶもまた、ポツリと呟き返した。

 

「想像以上に気持ち悪いわね。アンタにご主人様って呼ばれるの」

「ただの皮肉よ。気づきなさい、それくらい」

「気付いているわよ。それを加味してもなお気持ちいって言ってんでしょうが!」

「本人の承諾もなく、勝手に鬼化させた鬼畜者には当然の報いです!」

 

 まるで何もなかったかのように皮肉の応酬を繰り返す二人。その顔には、憎しみや悲しみといった負の感情は微塵もない。

 

 むしろ、それどころか。

 

 二人の少女は笑っていた。

 

 

「鬼を、生み出した……だと?」

 

 そんな二人の目の前には、信じられぬといった表情で無惨が居る。

 

 父は気付いたのだ。

 

 今、この瞬間に。

 二人目の原初の鬼が誕生したのだと。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 今はもう最終回まで書き終えていますので、校正をしながら投稿するだけなのですが新たな事実に気付くことの多いことおおいこと。

 今回で言えばしのぶさんの鬼化ですね。もう一週間ほど前に書き終えていたお話なのですが、

「アレ? そういえば鬼殺隊士は鬼になるのに数日かかるって設定があったような……っ!?」

 なんて設定ミスに気付く場合も多々あったりします(泣
 今更変えるわけにもいかないのでこのまま行きますが、そのあたりはどうぞご勘弁を。


 いよいよクライマックスが近づいてまいりました。
 毎回言っているようですが、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。
 ではまた明日っ!
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