本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第18-23話「落としドコロと弾劾の悲鳴」

「……ふぅ。予想できた事態ではありますが、やはりそう簡単に仲良く手を繋ぎましょうとはいきませんか」

 

 千年もの間降り積もった人と鬼の確執に、陸軍少佐という身分を明かした胡蝶カナエはため息を漏らした。

 当然と言えば当然の話だ。千年もの間続けられた確執が「はい、これからは仲間なんだから仲良くしましょうね」と言われて感情的に納得できるはずもない。

 

「それに、納得できないのは鬼舞辻側と鬼殺隊側だけではなさそうですね」

「――――っ。とうぜん、よっ! 炭治、ろう君と、ねずこ、ちゃんを生き別れにする提案なんて……。ぜったいに、認めるもんですかっ!!」

 

 他でもない父の腕によって喰われた左半身を再生させながら、久遠は途切れ途切れの口調で激高する。

 完全なる鬼であるならば、どれだけ体の部位が欠落しようが痛みは感じない。だが久遠は人間と鬼の混血種だ。身体の危機を伝達する痛覚はしっかりと仕事を果たしていた。

 

 地に(ひざ)をつきながらも失った左半身の傷口から肉が盛り上がり、骨が生え、必死の抵抗を見せる久遠。だがカナエは、悠長にその回復を待つつもりなど毛頭ない。

 

「……弱肉強食は自然界の摂理であり、それは人間の世においても同様です。何の後ろ盾もなく、身動きさえ取れない貴女に今、一体なにができましょうか。今は国の存亡がかかる時、一個人の情など考慮にすら値しません」

「この、……裏切者っ!」

「何を今更。私と貴女の関係はお互いの利害が一致したというだけのもの。神藤久遠、貴女が鬼殺隊の当主を説得できていれば、わざわざ私が介入する必要もなかったのです」

 

 久遠が東京で口にした、国の人間との繋がりとは陸軍少佐であるカナエとのものだ。

 久遠は人と鬼の共栄を、カナエは鬼殺隊と鬼を取り込んでの軍事力強化を。お互いに共通した未来を想い描き、供に歩くからこその協力関係である。

 だが、二人の未来には最後の最後に決定的なすれ違いが存在した。

 人権を得るということは国家の民となり、天皇陛下の臣下となることを意味する。力ある者が国のため、戦場へ駆り立てられるのは臣下として当然の義務なのだ。それは久遠が想い描く未来では決してない。

 

 弱者であること自体が罪なのだとばかりに、カナエは今だ両の足で立ち上がれぬ久遠を冷たい視線で見下ろしていた。

 

「悔しければ奪い取ってみなさい。それが出来ぬ者は何も手に入れられないのです」

「やめてっ、私の炭治郎君と禰豆子ちゃんを……連れて行かないでっ!」

 

 そんな必死の叫びをカナエは意図的に無視し、話を進める。

 久遠に向けた話は鬼舞辻 無惨、産屋敷耀哉の耳にも届いており、それは彼等にも向けられた言葉であった。この場で一番の力を持つのは、国という強大な後ろ盾を持つカナエに違いないのだ。

 

「やはり此処は鬼は鬼へ、人は人へと預けるのが最善でしょう。この兄妹は両陣営にとってかけがえのないもの、決して無碍に扱ったりはしますまい?」

「……無論」

「……仕方が無い、ね」

 

 ニッコリと微笑んだカナエの表情に、鬼と人の当主が苦悩を見せながらも首を縦に振る。

 ここに今、千年続いた人と鬼の争いが一応の終焉(しゅうえん)を迎えたのだ。今は同じ地に住む者同士が争っている場合ではなく、海の果てに居る更に強大な敵へと供に立ち向かわなければならない。

 今も日本の民が言うところの白い悪魔、欧米諸国の白人達は各地を植民地として勢力を拡大し続けているのだ。

 

 もはやこの国に一刻の猶予もない。

 富国強兵をすすめ、近代化を確立し、強大な帝国を造り上げる。

 

 それこそが大日本帝国の描く、――――理想の未来なのだから。

 

 

 ◇

 

 

 朝日が東の山から姿を見せ、事態は一応の決着をみた。

 お互いの確執は今だ燻り続けているものの、これより先は手を出した者が犯罪者として断罪される事となる。

 

 鬼舞辻 無惨の胸で暴れ続けた禰豆子は意識を刈り取られ、上弦の弐:童磨に抱きかかえられていった。そしてカナエの手によって眠らされた炭治郎は、全てが遅すぎた事実を知ることになる。

 

「ううっ、……ううう…………」

 

 久しぶりに視界へと飛び込んできた光景は、しっかりとした極太の丸太で作られた(はり)と屋根板だった。

 

「ここ、は。……蝶屋敷、か?」

「あっ、起きた。炭治郎が起きたよっ! アオイさぁああああああああん!!」

 

 隣のベッドからは懐かしくも騒がしい、悲鳴にも似た声が上がっている。それと同時にドタドタとした騒がしい足音が部屋の外へと消えてゆく。

 随分と久しぶりに聞いた気がする声だった。

 

「……ぜん、いつ?」

「俺も居るぜ」

「いの、すけ?」

「おおっ、俺様が寝ている間に随分と暴れたみたいだな。子分の壱号」

 

 此処はこれまでと変わりない、癸班三人組が川の字になって眠る蝶屋敷の病棟だ。

 両手を後頭部で組みながら横になっている隣の伊之助が、炭治郎の意識を現実へと引き戻させた。どうやら昨日まで療養していたベットの上まで、誰かが運んでくれたらしい。

 

 ん? 俺は、何処で怪我をして、何処から蝶屋敷へ運ばれてきたんだっけ?

 

 あばれた? なんで? たしか俺は、突然現れたカナエさんに連れられて。

 

 鬼殺隊本部へ――――…………っ!!?

 

 無惨の手加減きわまる一撃によって欠落した記憶が一つ、また一つと舞い戻ってくる。

 

 カナエの笑顔。御館様の不思議な言葉。そして、ようやく見つけた仇である鬼舞辻 無惨。

 

「そうだ。俺は、鬼舞辻 無惨と戦って……それから……、あぁっ!!」

 

 炭治郎は全てを思い出した。

 だがそれはまだ、悲劇の片鱗にしか過ぎなかったのである。

 

 

 

 

 

 ある程度は身体も回復したようだった。

 その証拠に一足飛びで伊之助のベットまで飛ぶと、炭治郎は鼻と鼻が触れるまでに近づいて伊之助に問い詰められたのだ。

 

「伊之助っ! カナエさんはっ? 久遠さんはっ? ――禰豆子はどこだっ!!?」

「何のことだっ!? お前の妹なら、そこに……」

 

 伊之助の指差す方向には見慣れた木箱が置かれている。確信するまでもなく、竈門兄妹の師匠が妹のために作ってくれた木箱だ。

 しかして炭治郎の感覚が教えてくれる。その中に、間違いなく妹はいないことを。

 

「こうしちゃ、いられないっ。禰豆子を探し出して、久遠さんを助けないとっ!」

「その必要はありませんよ」

 

 着の身着のまま病室を飛び出そうとした炭治郎に冷たい言葉が浴びせかけられた。

 聞き覚えのない声ではなかった。炭治郎にとって初めての任務となった那田蜘蛛山討伐隊の中でも聞いた声だ。ギイィと、開かれた扉の先には見覚えのある人物が居る。

 

「アオイ……さん?」 

「ええ、蟲柱:胡蝶しのぶ様の副官、神崎 アオイです。そして貴女を断罪する者でもあります」

 

 今度はヒュンと、空気を切り裂く軽い音がした。

 

「ぐぅっ!?」

 

 言葉の意味を理解できずにいる炭治郎の頬に、問答無用でアオイの鉄拳がめり込む。敵意を突きつけられるとは考えもしなかった人物からの一撃は避ける余裕さえもない。

 倒れ付した勢いから顔面を床の木板に打ちつけた炭治郎は、とっさに抗議の言葉を口にした。

 

「何をするんだっ、アオイさん!」

「……裏切り者には、死を」

 

 続けざまにアオイの腰から金属の光が煌めいた。

 抗議の声などまったく聞く耳を持たず、ただの敵と認識したかのような冷たい視線が炭治郎に突き刺さる。いや、視線だけではない。アオイの日輪刀の切っ先もまた、鈍い光を灯らせながら首筋に突きつけられていた。

 

「と、言いたいところですが一度だけ機会を与えましょう。……答えなさい。なぜ、しのぶ様が鬼などに成り果てたのですか?」

「え? ……しのぶさんが、鬼に?」

「しらを切る気かっ! この千年におよぶ鬼殺隊の歴史において、これまで本部に鬼の襲撃など一度たりともなかったのだ!! それもこれも、お前が鬼の妹を連れて来た事が原因でしょうが!!!」

「知らないっ、俺は何も!」

「ならばなぜしのぶ様が鬼となり、鬼殺隊を追われる事態となった! それも知らぬというかっ、なぜ、なぜしのぶ様が、鬼舞辻 無惨のもとへなど……ううううぅ…………」

 

 炭治郎に突きつけていた日輪刀がガチャリと床へ落ち、続けてアオイの膝も地へ落ちた。

 はじめはポタポタと、次第に滝のごとく溢れた水滴が炭治郎の頬に落ちてくる。確認するまでもなく、アオイの瞳からあふれ出した涙だ。

 アオイの後ろから、気まずそうな顔で善逸が知ったばかりの情報を教えてくれる。

 

「お前、……本当に何も覚えていないのか? 昨晩に鬼の襲撃があって、本部に鬼の親玉が潜り込んだらしい」

「それは、覚えてる。だって俺は、兄妹達の仇である無惨と戦って。……それで」

 

 何もできずに殺されかけた。

 

 そこまで思い出したところで、炭治郎は怨敵を前に何もできずに終わった自分を完全に思い出す。

 

 あのあと、鬼舞辻 無惨との戦いは一体どうなったのだろうか。

 

 ――幸いなことに、隊士達にほとんど被害はなかったんだ。なぜか鬼達は決して正面から戦おうとはせずに、資材や食料庫のみを狙ってきたから――

 

 しのぶさんは久遠さんを人体実験と称して腹を裂き、その事実を知った俺は彼女を罵った。

 

 ――人的被害はたった一人、鬼殺隊ではこの蝶屋敷の主であるしのぶさんだけが行方を絶った。噂が広まっているんだ。しのぶさんは鬼になって、鬼殺隊を裏切ったんだって――

 

 その後の記憶はない。

 

 なぜ俺は生きてる? ……なぜ。

 

 善逸の言葉は炭治郎の耳に届けど、頭の中には入ってこなかった。まだまだ実戦経験の浅い炭治郎にとって、今回の異常事態は把握すら困難な状況だったのだ。

 

 それに加えて放たれた、アオイの怒号。

 

「アンタなんて、鬼なんて……一匹残らず死んじゃえばいいのよっ!!!」

 

 炭治郎の心は真っ二つに両断された。

 

 彼女の言葉は炭治郎の生きる意味、その全てを真っ向から否定する言葉の刃だったのだ。

 

「一体なにが、……何が起きたんだ……」

 

 見下ろせば床を涙で濡らしたアオイの嗚咽(おえつ)だけがある。

 

 炭治郎は知らなかった。

 

 しのぶと久遠、更には禰豆子までも。

 

 自分のもとから居なくなってしまったという現実を……。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 気が付けば全てを失っていた炭治郎君。
 この先に彼を待つものは……。

 残り二話。

 この物語の結末を、どうか見届けてやってください。
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