本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第18-24話「人と鬼の違い」

「ならっ、父の元で禰豆子ちゃんを保護するというなら。私も鬼側へ同行いたしますっ!」

 

 時は数時間前にさかのぼる。

 鬼舞辻 無惨率いる鬼達と、産屋敷耀哉率いる鬼殺隊は最後の局面を迎えていた。

 大日本帝国陸軍特殊遊撃大隊隊長:胡蝶カナエ少佐の提案により竈門兄妹の受け入れ先が提示されていた時、突然久遠は自身の進退に対する希望を口にしたのだ。

 今の久遠ではどうあがいても父に抵抗できない。唇を噛み締めながらも事実を認め、それでも一矢を報いる。そんな久遠の不倶戴天(ふぐたいてん)の意思が、自らの破滅へと続く道を選択した。

 

「私は鬼舞辻 無惨の娘です。認めがたい事実ではありますが、国の法に照らし合わせるなら私は鬼側に居る方が正しいでしょう。違いますかっ!」

 

 もっともな正論だが、久遠の口元には一筋の血が流れ落ちていた。

 本音を言うなら、禰豆子一人を父に預けるなど決して許さないと言ったところであろうか。久遠本人としては二度と戻らぬと誓った城である。だがそれ以上に想い人が命よりも大切にしている妹を、単独で敵地へ送り出すなど問題外だ。

 

「お父様とて先ほど、私を連れ戻す(むね)の発言をなさいましたね。まさか鬼の首領ともあろう御方が前言を撤回することはありますまい。……禰豆子ちゃんを、貴方の好き勝手にはさせません!」

「……よい。一度は見限った我が娘ではあるが、もう少々付き合ってみるのも面白そうだ。まだ、何か隠し球があるのだろう?」

 

 鬼という生き物は自らの欲望に正直だ。

 それが大元の親である原初の鬼ともなれば、生存本能とは別に「人生の快楽」を求めるようになる。人間も鬼も、ただ心臓が動いているだけであれば死んでいるも同然だ。人はそれを生き甲斐と呼び、鬼舞辻 無惨はそれを愉悦と呼んでいた。

 

「さあ、どうでしょうね?」

 

 まるでカナエの言動を真似るかのように、久遠は父である大鬼と笑顔で対面する。

 そしてまた、同じ道を歩もうという存在がもう一人いた。

 

「ならば私も同行するべきでしょうね。神藤久遠、私は言ったはずです。決して貴女を鬼舞辻 無惨のもとへ行かせないと」

 

 そう言って、胡蝶しのぶもまた久遠の隣へと進み出る。久遠は何の表情も見せないまま、悪友の決断に覚悟を問うた。

 

「……ここから先は地獄への入り口よ。本当に、良いのね?」

「何をいまさら。こうなった以上、私と貴女で鬼を内部から抑え込まねばなりません。それに同じ軍に編成されるとはいえ、まだまだ人と鬼の垣根(かきね)は高い。鬼となった私が鬼殺隊に残れば、いらぬ混乱を呼ぶでしょうしね」

 

 今、この場には産屋敷耀哉を含め全ての柱がそろっていた。

 いくらこれまでの経緯を目撃していないとはいえ、蟲柱であるしのぶの身体から禍々しい鬼の気配が漂っている事実を耀哉や柱達が気付かぬはずはない。

 だがそれにしては鬼舞辻 無惨にも敵対しているようで、詳しい事情までは察せられずにいる。

 

「胡蝶、お前……」

 

 他ならぬ、しのぶを先行させた不死川が驚愕の顔を見せる。鬼殺隊はまた、貴重は柱を一本失ったのだ。

 

「……不死川さん。鬼と成り果てた者の戯言(ざれごと)と思われましょうが、一つお願いがあります」

「なんだよ」

「どうか、炭治郎君をよろしくお願いします。彼は那田蜘蛛山でも隊士達の差別に苦しみました。この一件が広まれば、おそらく更に酷い扱いを受けるでしょう。

 彼はただ、妹を助けたいだけなのです。その想いだけは――」

「わぁーってる。心配すんな、……達者でな」

 

 これまでの風柱からは天地がひっくり返っても出ないであろう慈悲の言葉に、他の柱達が驚きの顔をみせている。

 

 一方。

 久遠はカナエの手によって眠らされた炭治郎へゆっくり歩み寄ると顔を近づけ、愛しき人の唇へ別れの接吻を落とした。

 

「……ごめんね。どうか夜叉の意思に負けず、人を慈しむ本当の、私の大好きな炭治郎君のままでいてね……」

 

 まるで遺言のような言葉だった。

 久遠は思う。もし鬼の血など引いて生まれなければ、自分は旦那様と幸せな家庭を築けたのだろうかと。

 だがそう思うと同時に何度も首を振りながら、軟弱な心を捨てさった。もし鬼の血を引いていなければ、久遠と炭治郎は出会っていない。それだけは、この理不尽な運命に感謝しなければならないのだ。

 

 激動の時代は人間どころか鬼という異端も飲み込んでゆく。

 

 鬼殺隊内にも、鬼にも。

 本当にゆるやかではあるが変化が起き始めている。

 

 だがその変化が完全に終わりきるまでにはまだ、無理難題が山積みであることもまた事実であった。

 

 

 ◇ 

 

 

 鬼達の火攻めによって壊滅的な打撃を受けた鬼殺隊本部は今、位置を知られてしまった事により急ぎ移転の準備が進められている。

 

 表向き粛々(しゅくしゅく)と自らの仕事をこなす隊士達であったが、那田蜘蛛山と同じく竈門兄妹の悪い噂が蔓延(まんえん)し始めていた。

 噂の出所は、那田蜘蛛山討伐隊に参加し生還した隊士達からだった。

 表向きは十二鬼月である下弦の伍:累を人へと生き返らせた功労者として歓迎された竈門兄妹であったが、あの現場で巻き起こった差別の火は今だ立ち消えていなかったのだ。

 あの鬼の妹を連れ込んだ瞬間、鬼舞辻 無惨に鬼殺隊本部の位置を特定され、襲撃を受けた。隊士達にとってはこの状況証拠だけで十分である。

 

 日を追うごとに炭治郎への不信感が、そして鬼の禰豆子に対しての恨みがつのってゆく。

 産屋敷耀哉はそんな隊士達を止める手段を持たなかった。ただ「竈門炭治郎隊士は重傷につき、面会を禁ずる」という命を出しただけであった。

 元々、鬼殺隊の隊士は鬼への憎悪を活力とする者達だ。ゆえに鬼を許せなどと言ってしまえば最悪、耀哉への忠誠心さえ揺るぎかねない。

「ゆらぎの声」をもって洗脳し、隊士達を騙し続けることは可能だ。

 だがそれは耀哉にとってもはや、自身の信条を曲げる行為に他ならなかった。これまでは自分の言葉を信じてくれていると確信していたからこそ、自信をもって導き続けられていたのだから。

 

 

 

 そんななか、容態が安定した炭治郎は蝶屋敷の病棟にあるベッドで無意味な時間を過ごし続けていた。特別に一人だけの個室が与えられたのは、耀哉の命によって隔離(かくり)されたためだ。

 だが今の炭治郎にとっては、善逸や伊之助の居る騒がしい大部屋の方が気楽だったかもしれない。

 

 話相手もなく、ただ寝転がるだけではかえって気が休まらないのだ。

 

「アンタなんて、鬼なんて一匹残らず死んじゃえばいいのよ。……か」

 

 この一人部屋に軟禁される前に突きつけられた、アオイの言葉が頭から離れない。

 

 もう、炭治郎は分かっていたのだ。この鬼殺隊本部には炭治郎の愛すべき人達の姿がないことを。

 物心がつく頃から常に傍にあった禰豆子の臭いも。そして半人半鬼でありながら自分を愛し、供に歩もうとしてくれた久遠の臭いも。

 わずかに残る香りがまるで、炭治郎に別れを告げているかのようだった。鬼殺隊での被害がしのぶ一人だという言葉も、つまりは久遠や禰豆子は頭数に入っていない。……そういう意味なのだろう。

 

「俺はこれから、どうするべきなんだ……」

 

 都合の良い未来を思い浮かべるたびに、孤立無援な現実が嘲笑(あざわら)うかのようにかき消してゆく。

 

 単独で鬼達と戦い、愛する者達を取り戻す?

 ……無理だ、自分一人で一体何ができる。最終選別で藤華と戦った時も、狭霧山で初めて十二鬼月と相対した時も。那田蜘蛛山で絶望に浸った時も。常に自分を助けてくれる妹や仲間達がいた。どの戦場も、炭治郎一人では決して切り抜けられなかったのだ。

 

 ならば東京へと逃げ帰り、久遠の保護を受けた鬼達と共に戦う?

 ……これもまた無理な話であった。いくら元下弦の陸である響凱(きょうがい)が居るとはいえ、鬼舞辻 無惨や鬼殺隊とは力量が違いすぎる。珠世先生の治療を受ける鬼達だけで、千年もの間戦い続けてきた二つの組織に対抗できるとは到底思えない。

 

 結局、炭治郎の取れる選択肢は一つだけであった。

 鬼殺隊に残り続け、しのぶや久遠、禰豆子を助け出す機会をうかがい続けるしかないのだ。今の自分は新人でありながら下弦の伍:累を打倒した新鋭という評価を受けていたはずだ。炭治郎が鬼殺隊を見限っていたとしても、日の呼吸という希望を持つ炭治郎を鬼殺隊は見限れない。

 

 アオイを始めとする一部の面々には憎まれようとも、恨みつらみをぶつけられようとも土下座し、許しを請おう。

 自分が間違っていた。妹は鬼となった時に斬らねばならなかった、という許されざる虚言(きょげん)を吐こう。

 そしていつの日か、彼女達の信用を取り戻しては土壇場でまた裏切り、本当の畜生となる覚悟を決めねばならない。

 

 自分でも反吐が出そうな策だった。

 そこまでしてでも、炭治郎は大切な家族を失いたくなかった。

 だが今、この時に。まさか自分以外の存在へも、鬼殺隊の憎悪が襲い掛かろうとしている事など。

 考える余裕さえ、今の彼にはあるはずがなかったのだ。

 

 

 ◇ 

 

 

 そんなある日、事件は起こる。

 炭治郎と同じく蝶屋敷の個室にて隔離されていた元下弦の伍:累が隊士達に押し入られ、暴行を受ける事件が発生したのだ。

 

「答えろ小僧。鬼舞辻 無惨の城はどこにあるっ!?」

 

 ベッドで横になっていた累の胸倉をつかみ、無理矢理立たせて問いただす隊士達。だが累は彼等の望む答えを口にできない。

 

「しら、……ない」

「知らないわけがねえ。お前は十二鬼月だろうがっ! 腹心であるお前等がなぜ知らない!!?」

 

 隊士達の心は今、これまでにないほど荒れ狂っていた。

 数日前にあった鬼の襲撃により、親愛なる産屋敷あまね様は命を落とした。しかも、あろうことか鬼のエサにされてしまったのだ。

 産屋敷耀哉は正式にあまねの死を公表していない。それはこのような事態を防止するためでもあった。

 だがあの日、鬼の襲撃が途絶え、隊士達が御館様を守らんとあの現場に駆けつけた時。彼等はバラバラにされたあまねの死体を目撃してしまった。しかもその足には確かに、何かが喰らい付いた歯のあとがしっかりと見て取れたのだ。

 

 命を賭けて守ると誓った主君の奥方であったモノの変わり果てた姿。それは、隊士達に更なる憎悪をたぎらせるに十分な理由だ。

 炭治郎への接触は産屋敷耀哉の命によって禁止されている。なればこそ、隊士達の怒りはもう一人の標的へと向けられた。

 

「言えっ、吐け小僧っ!!」

「――――ガっ!?」

 

 何とも怒りに任せた一撃であった。だが人間へと戻った累はもはや、ただの病弱な少年にすぎない。隊士にとっては何でもない行為であったとしても、累にとっては悲痛なる暴力だ。

 

「お前は鬼になって自分の親を殺したらしいなぁ!? なのになぜ、その元凶を作った無惨に仕えた!? 弱いヤツは悪だとでも吹き込まれたか!!? ならば今のよええお前は悪だっ、俺の問いに答えろぉ!!」

 

 隊士達の言葉は乱暴そのものである。

 しかし、瞳には普段は決して見せないであろう涙が溢れてもいる。やりきれない怒りが、悲しみが。拳を伝って体の奥にまで伝わってくるかのようだ。

 

 ……そんなの、犬死にだ。何の意味もない。

 

 柱合会議の場で、累は風柱へ口にした言葉を思い出す。

 

 ……おおっ、ないかもしれねえな。だが俺達の後に続く奴等には有るかもしれねえ、なら俺等の死は犬死にじゃねえってことだ。

 

 あの言葉は風柱の本心に間違いない。それくらい血気術を失っていても察せられる。

 

 そしてこの人達も、きっと。この狂気の裏で、……泣いている。

 

 なら、僕は――――。

 

 

 

 

 

「……無惨さ、……鬼舞辻 無惨の城は、たとえ十二鬼月だった僕にも自由に入る権限がなかった。あの城は、一人の鬼が血気術をもって作り出しているんだ。だからこそ、君達鬼殺隊は千年ものあいだ討伐できずにいる。

 

 無惨は誰も信用しない。下弦はもちろん、上弦。そして多分、実の娘でも。

 

 だから今回みたいにあちらから攻めてくるのを待つか、それとも――――がァッ!?」

 

 累の言葉はそこで途切れた。

 もう少しで、鬼の居城である場所の潜入手段を聞き出せそうな頃合で。

 

 グシャりとつぶれた。

 

 不自然に頭蓋が陥没(かんぼつ)し、眼球が飛び出る。それと同時に累の口からは形容しがたい異形が飛び出てくる。

 鬼舞辻 無惨が鬼達に植えつけた呪いは、人へ戻ったとしても残り続けていたのだ。

 

 累の死と、騒ぎを聞きつけた柱達が駆けつけるのは同時だった。そして累が軟禁されていた部屋は、炭治郎が無為に過ごす部屋の隣でもあった。

 隊士達を叱責する柱達の声が炭治郎の耳へ届く。感情を抑えきれず、声を荒げる隊士達の声も炭治郎の耳へと届く。

 

 そう、まるで壁がないかのように。炭治郎は事の顛末(てんまつ)を全て聞いてしまった。

 

「コイツは元々、無惨の居城を吐かせるために生かしていたに過ぎねえんだろ! 隣で寝ている裏切り者と同じくなっ!!」

 

 畜生道に堕ちてでも叶えようとした炭治郎の願い。

 

 それは累の死と供に、隊士達の振るう悲哀と憎悪の金槌(かなづち)によって。

 

 木っ端微塵(こっぱみじん)に砕かれてしまったのだ。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 いよいよ、明日投稿する第二十五話が最終話です。

 初めてハーメルンに投稿したのが一月の終わり。もう夏まっさかりの八月となりました。つまりは半年以上もこの、くら~~~いお話を書き続けてきたわけですね(汗

 どうか本作の炭治郎君にエールを送りつつ、最終回をご覧頂ければと思います。
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