いつの間にか、夜の
先ほどまであれほど騒がしい音が伝わってきた隣部屋も、今は虫一匹さえ居る気配はない。
「やっぱり鬼殺隊に、俺の居場所なんてなかったんだ……」
炭治郎の脳裏には、今も隊士達の声が反響している。
嘘。
全てはやはり、嘘という泥で塗り固められた張りぼてだった。
畜生道に堕ちようとした自分に相応しき結末でもあった。
あの柱合会議での期待も、賞賛も。
自分と禰豆子が「使える」から
信じられなくなった。
人間という生き物すべてを。
許せなくなった。
自分もまた人間であるという事実を。
だからと言って、鬼を信じられるかと問われれば否だった。
もう、誰も信じられない。
人間も鬼も、何より自分自身を。
「ゴメン。父ちゃん、竹雄、茂、花子、六太。
俺には、何の力もなかったよ――――――」
炭治郎は天国で見守ってくれている家族へ謝罪した。
本音を口にすることで、不思議と落ち着ける自分が不思議だった。
「……俺、諦めちゃったのかな」
もはや自虐の笑みを浮かべるほどに情けなかった。
家族の仇を、そして禰豆子を人間へと戻すことを。
俺は本当に、諦めてしまったのか。
これからの自分がなすべきことは分かりきっている。
久遠を探して、禰豆子を探して。
仇討ちを果たして。
三人で幸せになる。
不可能だろうが、何だろうが。やるべきことはそれだけだ。
けど、幸せってなんだろう?
どうやらこれから、俺は軍人になるらしい。
軍人になって、海の彼方から攻めてくる異人と戦うらしい。
異人は鬼ではなく、人。……人だ。
軍人になるということは、人殺しになるということだ。
鬼なら斬れる。兄弟の
じゃあ、人間は?
人間を殺して、俺達は幸せになれるのだろうか?
未来が、俺達の幸せになる未来が見えない。
どうすれば。
俺達は皆で、
心の底から笑い合えるのだろうか――――。
布団を頭からかぶり、思考を放棄する。
もう何を考えたら良いのかさえ分からない。
先ほど、鬼殺隊の当主:産屋敷耀哉直々の訪問を受けた。
今後鬼殺隊は軍部に吸収される形で、正式に国軍としての地位を確立するらしい。
無論、鬼舞辻 無惨が率いる鬼達も。
これから先は私怨を捨て、御国のため、天皇陛下への忠誠を示さねばならない。つまりはもう、兄弟達の仇討ちは諦めなければならないのだ。
竈門炭治郎はもう、命を賭けてでも叶えたい目標を。
完全に失ってしまった。
◇
もうどれだけの時間が、月日が流れてしまったのだろうか。
出されたモノを口にいれ、横になる。それさえこなせば一日が終わる。そんな生活を何度繰り返したであろうか。
久遠が、禰豆子が今どうなっているのかさえ分からない。
どうせ確認する手段などありはしない。未熟な自分がどう足掻こうとも、何も未来は変わらないと理解したからだ。
「おい」
もう、この身は生きる
「おい」
何もかも投げ出してしまった自分にはお似合いの末路だ。
「おいって言ってんだろ」
起き上がる力さえ入らない。もう、つかれ――――。
「生きているなら返事をしやがれっ、このクソガキがああああああああああっ!!!」
「うぶぉらっ!?」
怒りの
弱りきった足腰は用をなさず、炭治郎の身体はベッドから放り出され、ゴロゴロと転がり、再び顔面が土壁へと激突する。
久しく忘れていた痛みだった。
修行時代。師匠である鱗滝や兄弟子である
「やっと目が覚めたか、このタダ飯喰らいが」
「貴方は、えっと……」
何処かで見覚えのある顔だった。だが決定的に何かが違う。そう、多分それは服装――。
「貴方は、もしかして……後藤さん?」
「よし、起きたな。じゃあさっさと身支度を整えろ。服も、日輪刀もそこにある」
久しぶりに視界に色が付いた気分で、まだ自分が生きている事実を感じ取る。
そうだ。この人は鬼殺隊本部まで自分達を案内してくれ、久遠さんを助けるために本部へと侵入した際、自分達を見つけた人だ。
その時、カナエさんは確かに後藤君という名を口にしていた。一見、鬼殺隊の隊服のようなその出で立ちは、
「早くしろ、お前の後見人も部屋の外で待っているんだからよ」
後藤さんが何を言っているのかは理解できない炭治郎だったが、ともかく言われたとおりに身支度を整える。
弱りきった足腰に気合を入れ、苦労として扉を開き、どれほどぶりか分からない廊下へ出ると。
そこには二人の柱が居た。
「まったく、面倒な頼みを引き受けちまったもんだぜ。この俺が、小僧のお守りとはな」
「そういうわりには、みーちゃん嬉しそう」
「みーちゃん言うなって何度怒鳴らせりゃあ気が済むんだ、冨岡ぁ!」
鬼殺隊が誇る最強戦力、柱の二人だ。
「おめえが腑抜けている間に少佐と産屋敷殿、そして久遠殿はやってのけたって訳だ。聞いて驚け、鬼殺隊改め『
「…………へ?」
「そしてこのお二人は教導官として、新米の集まりであるお前等を指導してくださる。……多分、お前。一生頭が上がらねえぞ?」
依然として混乱しつづける炭治郎だったが、足を止めて説明している暇さえないらしい。蝶屋敷の外に用意された軍用車に乗り込んだ炭治郎は、後藤から詳しい説明を受けた。
そもそもこの後藤という男は、俗に言う二重スパイであった。鬼殺隊の
鬼舞辻 無惨と産屋敷耀哉は形の上では協調に合意し、同じ陸軍所属となった。
ちなみに無惨が率いる大隊は「
「鬼殺隊と、鬼の戦いが。……終わった?」
「あくまで形の上では、だ! 俺達元鬼殺隊士は鬼舞辻 無惨を決して許さねえ。俺達は今後、異国人と鬼の両方を相手どらなくてはならねえわけだ」
後部座席にちょこんと座り込んだ炭治郎、その先にある助手席で元風柱が息をまいている。日本国民としての人権を与えられ、光の当たる舞台へ立てた反面、面倒事は倍になった計算だ。
人の鬼刃大隊と鬼の鬼神大隊、それに人と鬼の混成である鬼人大隊はどれも新設。これからはただ単に日輪刀をふるって殺し合いなどという単純な構図ではなく、どの隊がもっとも早く台頭し、権力を得るかの勝負となる。
だがそれはあくまで鬼刃大隊と鬼神大隊の確執がもたらした結果だ。軍の思惑はまったくの逆である。
「そして鬼殺隊の柱と、鬼の上弦から二人づつ教導官として他の大隊に出向する運びになったってわけだ。鬼殺の呼吸と鬼の血気術、どちらも使える超人類。お前の妹みたいな人材を生み出す為に、な」
「そうだっ、禰豆子。……それに久遠さんはっ!?」
「軍に所属した以上、身勝手な隊員への処罰は重罪だ。今はまず、安心していいぜ」
元風柱の一言で炭治郎は深く息を吐き出した。とりあえず急を要する事態にはなっていないらしい。
それに炭治郎がこなすべき試練は、もう目の前に迫っていた。助手席から後ろへ振り返り、元風柱が後部座席に座る炭治郎へニヤリと微笑む。
「まっ、そう言う訳だから覚悟しとけ。お前ら鬼人大隊は俺がミッチリしごいてやる」
この男こそ、鬼そのものではないか? そう思わずにはいられない眼力だった。炭治郎の背中がゾワリと冷えた汗が垂れ落ちる。
「……まだ配属は決まってない。みーちゃんは鬼の鬼神大隊へ行きたくないだけ」
「だからその呼び名はやめろって言ってんだろ!」
炭治郎の隣に座る義勇がポツリと口を挟み、またもや盛大な柱喧嘩が
今だ
「まずお前は、修行のやり直しだ。この戦いでも思い知っただろう、日の呼吸を
「でも、……俺は」
「表立って無惨を斬るのは難しくなった。だが軍の向かう場所は戦場だ。そこで何があろうとも事故扱いとなる。当然、無惨もそう考えるはずだ。なら可能性は
「………………]
義勇の提示してくれた希望に、炭治郎は何の言葉も返せなかった。一度心の奥底に染み付いた絶望と無気力が、炭治郎から力を奪い去る。怒りの咆哮も、悲しみの涙もとうに枯れ果てた。
「……炭治郎。お前は今、人生の目的を失ったと誤解しているだろう。兄妹の首を落としたこの俺を、絶対に殺してやると息巻いているお前はどこへ消えた?」
「…………」
炭治郎はピクリとも動かない。だが義勇が放った次の言葉は、どうしても無視できなかった。
「お前が幸せにすると誓った神藤久遠と、妹の禰豆子が無惨のもとに居る。と言っても腑抜けのまま生きるか?」
「――――えっ!?」
「未来なんて誰にも分からない。それは幸福なんてものもそうだ。人が居る分だけ、幸せも不幸も存在する。要するに、頭が悪いのだから余計なことを考えずも大切な者を奪い返し、守れる力を身につけろという話だ。馬鹿なお前にも分かりやすいだろう」
乱暴すぎる義勇の言葉。
だがそれこそ空になった炭治郎の頭に、心に。
再び生きる活力を、怒りを芽生えさせる魔法の言葉だった。
「俺に久遠さんを、禰豆子を。救い出せるんだろうか…………テっ!?」
ポツリと炭治郎が心ない声で呟く。
答えは両柱の拳骨でゴツリと返された。
「……俺に、じゃない」
「俺達に、だろうが。テメエみたいなヒヨッコが思い上がるんじゃねえ」
なんとも暖かい拳の痛みが頭の芯にまで染み入ってゆく。
まだまだ久遠と禰豆子は鬼殺隊士達に認められているわけではない。だが、少なくとも。この場に居る二人の柱は炭治郎を信じ、今も隣を歩いてくれている。
炭治郎の瞳に、僅かばかりではあるが光が戻りつつあった。
これまでの旅路も、決して一人ではなかった。共に泣き、共に笑う人々が確かに居た。人は決して一人では生きられない。家族が、友が、そして導いてくれる先達が居るからこそ、人は成長してゆけるのだ。
これまで懸命にこらえていた炭治郎の瞳から、
「俺……、俺。……長男だから、俺がしっかりしなきゃって。父ちゃんから託された禰豆子は、俺が守らなきゃって………………っ!」
もう、我慢など出来るはずもない。
竈門家の長男として、早くに逝ってしまった炭十郎に代わっての父親として。炭治郎はこれまでずっと、背伸びをし続けてきた。
父はもう亡く、兄と呼べる存在もなく。
あの惨劇から二年半もの間。炭治郎は常に理想の兄を、理想の父を演じ続けてきた。
「ごめんなさい、久遠さんを守れなくて。……ごめんなさい、禰豆子のそばに居れなくて……ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
炭治郎は泣いた。
今、この場に家族が居ないからこその涙だった。
「……ごめんな、……さい……」
「……馬鹿野郎。ちったぁ、俺や冨岡に寄りかかりやがれ。まだまだ、ヒヨッコのくせしやがってよ」
そんな十五歳の少年を前に、風柱の瞳にも潤みが生まれていた。それはまた、冨岡義勇にとっても――。
「みーちゃん、……やさし~~~」
「うるせぇぞ冨岡ぁっ!!!」
義勇は思う。
今はまだ、生きる糧が怒りでも後悔でも構わない。義勇が継子にした少年が持つ心には、間違いなく人間らしい愛情も存在するからだ。
炭治郎には久遠が、禰豆子が必要である。それはまた、久遠や禰豆子にとっても炭治郎は無くてならない存在なのだろう。
自分の姉はもう、この世のどこにも居ない。泣き叫ぼうが無気力になろうが、その現実は決して変わらないのだ。
だがこの少年にはまだ、希望がある。
未来がある。
ならば、生きなければならない。生かせなくてはならない。
何もかも無くしてしまった自分の代わりに。
少年は再び歩み始める。
今はただ、己が願いの為だけに。
それが遥かなる未来には、皆の願いを叶えられる最良の道だと信じて。
「……帰るんだ、あの懐かしい家へ。そして、……造るんだ。
鱗滝さんが居て、母ちゃんが居て。久遠さんが居て、そして禰豆子が居る。
そんな場所を――――、俺の手で。……絶対にっ!!」
時は大正。
欧州では第一次世界大戦が
そしてまた日本も、炭治郎達も。
激動の時代へ巻き込まれつつ、新たな人と鬼の宿命にも翻弄されてゆくのだが……。
それはまた、
別のお話である。
本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」 【未完】
最後までお読み頂きありがとうございました。
この言葉を書くのもこれが最後ですね。
今年の一月から投稿を開始し、気付けば夏真っ盛りの八月、半年以上もこの小説を書き続けてきたことになります。
この最終話前日までで
総UA 67993。
総PV 283759。
お気入り 233件
総合評価 327pt
本当に感謝の言葉しかありません。
なぜなら「小説家になろう」様にて初めて書いた処女作「宝珠竜と予言の戦巫女」においては、必死に宣伝したにも関わらず総PVについては40000ほどでしかなかったのです。
対して本作「本当はあったかもしれない鬼滅の刃」は意図的にツイッターなどでの宣伝活動をしませんでした。
それは習作であるという一面もありますが、何よりも「読者様がご自分の意思で読みたい」と思ってくれる作品を書こうという決意でもあります。
おそらくは流行とは真逆に突っ走った作品であったことでしょう。
鬼滅の刃というネームバリューに乗っかった作品でもあったことでしょう。
それでも最新話に感想がつくということは、読者様の想像以上に嬉しいことなのです。特に新米作家にとっては。
もう一度言わせてください。
本当に、有難う御座いました。
さて、湿っぽいお話はこれくらいにしましょうか。
本作はホラー作品です。残虐な描写、悲しい描写が沢山でてきます。書き終えた今、なぜこのようなお話になったのか考えてみました。
まず、この「鬼滅の刃」という作品を最初に読んだ時の第一印象といえばコレにつきます。
「この作品は少年誌でやって良いものなのだろうか? 残虐すぎないのだろうか?」
「この作品を、本当に今の子供達は怖がらずに読んでいるのだろうか?」
この点につきましては、鬼滅ファンの読者様も感じたことがあるかと思います。
主人公である炭治郎の優しさ、コミカルな描写を入れて。それでもなお、PTAから苦情がきそうな内容です。流血や生き死にが半端ないですからね。
しかして逆にも考えました。
「コレ、もっとホラー方向へ突っ切っても面白いのではないだろうか」と。
少年誌ではなく、青年誌でこの作品が存在したとしたら。
「もしかしたら、こんな作品になっていたのではないだろうか」
これが本作を執筆するにあたり決めた最初のテーマでした。
鬼の本能と供に人間のエゴを描写し、炭治郎をもっと年頃の少年らしく想い悩む主人公とすることで、よりリアルな「鬼退治」が書けるのではないかと愚想したわけです。
しかして投稿するかどうかは迷いました。
なぜなら本作は言わば「原作を否定しかねない」作品でもあったからです。正直「原作アンチ」の称号を押し付けられてもしょうがないという覚悟をもって、ハーメルンへ投稿を開始したのです。
ですが蓋を開けてみれば、作者は心優しい読者様に恵まれました。
面白いといってくれる方、的確なツッコミをくれるかた。作者の頭の中にはなかった予想を立ててくれる方。
そんな皆様のおかげで、この作品は出来上がったと言っても過言ではありません。
何事も、本当にやってみるものですね(笑
本作はこれにて完結です。
この先を、もし書くとするなら。完全に戦記モノとなり、登場キャラだけが鬼滅なだけの別作品となってゆくでしょう。
軍属となった炭治郎達は日英同盟を締結した大日本帝国の命により樺太に侵攻し、物語の舞台は日本ではなくなってゆきます。それではもはや「鬼滅の刃」ではなくなってしまいますよね。
なのでココが、本作における終着点なのです。
感想の返信にも書きましたが、もしかすると本作のオリキャラ「神藤久遠」の過去を描いた外伝を執筆するかもしれません。
書くなら本作で久遠の語った台詞、文章の中にある伏線を回収してゆく物語になるかと思います。まだプロットさえ出来て居ない段階なので確たることは言えませんが、よろしければ気長にお待ち頂ければ幸いです。
さてさて(二回目
そろそろ、筆を置くことに致しましょう。コロナが蔓延するこの時期に、この作品が少しでも現実を忘れる手助けが出来ていたのなら本望です。
さあ、ずっと我慢していたFF7リメイクをやるぞおっ!(笑