本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第2章第五幕となります。
このお話から炭治郎君がキレてきます。
こんな主人公が居ても良いと思うのですが……、どうでしょう?


第2-5話[育手 鱗滝左近次(その1)]

 富岡義勇・胡蝶カナエからの手紙を受け取った鱗滝左近次は、紹介された子供を迎え入れるため人里まで足を運んでいた。

 普通なら、育手の家を探し当てるのも鬼滅隊の士となるための修行だ。しかし今回ばかりは、手紙に記してあった出来事がどうしても気になっていた。

 

 鬼となってしまった妹を連れた少年。

 あの鬼舞辻 無惨の襲撃を受け、それでも生き残った異端の存在。その報告に鱗滝は僅かな希望を見出していた。

 鬼滅隊は人の出入りが激しい。だが最近になって深刻な隊員不足が発生していた。新しく入る隊士よりも、鬼との戦いによって殉職してしまう隊士の数の方が圧倒的に多くなってきているのだ。

 その問題を解決するためにはどうするか? 本部からの方針で育手の判断基準が甘くなり、未熟な隊員が更に殉職するという悪循環が発生しているらしい。更に言えば、鬼滅隊の士となるための「最終選抜」でも若き剣士が多数亡くなっている。

 

 実際、この数年の間。鱗滝の元から「最終選別」に向かった弟子達は、一人を除いてほとんどが帰ってこない。

 最終選抜の方法は伝えられていても、育手にはその詳細が公開されていないのだ。おそらく、その場にはよほどの大鬼が潜んでいるのだろう。

 鱗滝の心は病み、本当はもう育手を引退する考えでいた。

 そんなおり、手紙で「鬼を連れた少年」の話を知ったのだ。鱗滝はこの少年に、長きに渡る人間と鬼の因果を終わらせる夢を見た。

 無論、夢はしょせん夢であることは重々承知している。

 それでも、……疲れきった鱗滝は夢を見たかった。

 

 

 隣の山を越えたところで、鱗滝の鼻は鬼の気配を感じ取った。

 血まな臭く、欲望にまみれた心。現役の鬼殺隊として鬼を斬っていた時には、毎日のように嗅いでいた臭いだ。

 丁度、次の山の麓にある神社に臭いの根源を見つけた鱗滝は、罰当たりな鬼を退治すべく階段を駆け上がった。

 

 境内の鳥居を慎重な足取りで潜り抜ける。

 ここから先は死地だ。自分とて安全である保証など何処にもない。天狗面の裏側で緊張した面持ちを維持しつつ、鱗滝は足音を立てることなく入り込んだ。

 

 その場で鱗滝が見た光景は、半分が予想通りで。そして、半分は全くの間逆な光景だった。

 

 鬼が、鬼を喰らっている。

 

 鬼殺隊の言葉で「共喰い」と呼ばれる鬼の習性の一つだ。おそらくは、縄張り争いでもして殺し合いになったのだろう。それに関しては、多くは見ないが意外というわけでもない。

 だが、そんな経験豊富な鱗滝でも初めて見る光景がそこにはあった。

 

「禰豆子ぉ、美味しいかぁ?」

「うぅ――――!」

 

 鬼の少女が共喰いしているのを楽しそうに見つめながら、鬼の再生を阻害するように斧を叩きつけている少年がそばにいたのだ。

 手元さえ見なければ仲睦まじい兄弟の一風景のように見えなくも無いが、やっていることは狂気の沙汰ではない。

 

 鬼の脳が再生しようとすれば、斧を叩きつけ。再生しようとするならば、また叩く。まるで食事に夢中な妹を暖かく見守る兄のように、少年はその残虐行為を繰り返していた。

 

「……何を、している」

 

 兄弟を驚かせないように気配を現しつつ、話しかける。

 鬼の少女はともかく、その隣に居る少年からは驚くほどに「赤い臭い」がしない。それは自分の行動が正しいものだと、信じきっているからこその臭いだ。

 

「何って……。食事中ですよ?」

「……それが、食事か?」

「ええっ。妹がお腹を空かしていたんです。なんとか無事に獲物を狩れて一安心ですよ」

 

 なんの悪意もなく鬼を獲物と呼んだ少年は、大切な娘を見る父親のように妹を見守っている。妹は肉を喰い飽きたのか腹を開け、モグモグと小腸を肉詰めのように咀嚼(そしゃく)していた。

 

 再び鬼の頭部へと視線を移す。

 再生を続ける鬼の口が、力なくパクパクと動いている。読唇術に覚えのある鱗滝は、食料と化した鬼の言葉を読み取れていた。

 

(――――――もう、嫌だぁ。頼むぅ、……殺してくれぇ)

 

 そう、鬼は声なき口で言っていたのだ。

 

「もう、それくらいにしておきなさい」

 

 思わず、鱗滝の口からそんな言葉がついて出た。

 それは間違いなく鬼への慈悲の言葉。鬼狩りが、鬼を哀れんでしまった瞬間だ。

 

「そうですね……。でももう、ほらっ」

 

 鱗滝の言葉を受けて、少年が東の山を指差した。

 気が付けば周囲は随分と明るくなり、山の頂上から朝日が姿を見せる。それまで食事に夢中だった鬼の少女は、ビクリと反応すると神社の中へ飛ぶように逃げていった。

 

 一方、今ほどまで食料となっていた鬼の身体は動くことなく焼けてゆく。その顔は、鱗滝がこれまでよく見た断末魔の顔ではなく、ようやく楽になれると安堵した者の顔だった。

 

「へぇ~。鬼って日の光を浴びるとこう死ぬんだぁ?」

 

 一晩中、苦痛を与え続けた少年は、好奇心を満たしたかのような笑顔で呟いた。そこに生き物への敬意など微塵も感じられない。ただの生ゴミの処理だと言わんばかりである。

 ならば、せめて、と。

 今まで鬼に対して行なったことのない黙祷を、鱗滝は数秒のあいだ瞳を閉じることで示した。これまでの自分からすれば有り得ない行動ではあったが、そうせずにはいられなかった。

 しかして別に、この兄弟が罪を犯していたわけでもない。鬼は人が退治するべき宿敵、鬼の手によって数多くの人命が失われている仇敵でもある。

 せいぜいが、危ないことをするなと子供に言うような説教くらいしか言葉がないのだ。

 

「少年、もしや名を竈門炭治郎。そして妹を禰豆子と言うか?」

 

 半ば確信していながらも問わずにはいられない。

 

「ええ。もしかして、貴方が鱗滝さん?」

「……いかにも」

 

 やはり、……この兄弟が。

 

「良かった、迎えに来てくれたんですね? 俺、鬼殺隊に入りたいんです!」

 

 更に喜色を満面に現して、少年が声を張り上げる。それまでの表情となんら変わらないような、それでいて決定的に違うような、そんな笑み。

 

「厳しき道ぞ。なぜ、鬼を狩りたい」

「もちろん、家族の仇を討つため」

 

 この世は地獄。鬼であらずとも道を歩けば悲劇に当たる、そんな時代だ。

 鱗滝は心の中で迷った。目の前の少年に、妹を自分に預けて光差す日常へも戻りなさいと言うべきなのか。それとも憎しみのままに進み、見事仇を討たせてやるべきか。

 

(カナエ嬢、そして義勇。お前達は……、『鬼の子』と『夜叉の子』を同時に見つけたのだな……)

 

 鱗滝は心の中で、手紙の送り主である弟子とその上官に語りかける。

 幸い、少年が担いでいたであろう(かご)も無事のようだ。これならば昼間でも、鬼の子である妹を連れて走れるはず。

 

「己の死よりも、それが叶えたい願いであるならば。……ついてきなさい」

 

 今からなら、日が再び沈む頃までには戻れるだろう。

 もはやこの身は穢れきっている。今更何を善人ぶるか、鱗滝左近次。であるならば、この子達と共に修羅の道に落ちるのも悪くない。元柱、そして育手となった鱗滝にそう思わせるほど。妹の食事を見守る少年の瞳には、ある種の優しさが宿っていたのだ。

 狂気の中にある優しさ。それは鬼の血に汚れた鱗滝の心をひどくかき回す。

 

 引退するのは、この子達の行く末を見届けた後でも遅くはない。

 

 不思議と、そう思った。

 この胸の中を渦巻く感情は好奇心だろうか、それともこんな子供を生み出してしまった大人としての罪悪感だろうか。いや、もはやそれを言葉として表現するのは不可能だ。

 だからこそ。

 鱗滝は夜叉の子である少年と鬼の子である少女、二人と共に歩く決意を固めた。




最後までお読み頂き有難うございました。

もはや炭治郎君は鬼を人として見ておりません。
では何かと言われれば「獲物」であると答えるでしょう。

人を害した獣が射殺処分されるように、炭治郎君にとって鬼は「害獣」以外の何物でもないのです。

※毎日18時に更新しています。よろしければこれからもお付き合いのほどを。
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