本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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お待たせ致しました。
第二話十幕でございます。
あと二幕ほどで第二話も終了です。そのまま三話へと続きますので、今後とも宜しくお願いします!


第2-10話[兄の威厳(前編)]

「遅いっ! 戦いの中でも全集中の呼吸を乱すなっ、この未熟者!!」

 

 地面から振り上げられる錆兎の木刀が炭治郎のわき腹にめり込み、横隔膜を挟んで肺を潰す。

 

「――っ! ぐぼっ……!!」

 

 炭治郎の口から体内に取り込んだ一切合切の空気が吐き出される。もう筋肉へと送るべき酸素など残っているはずもなく、身体は痺れて動きもしない。ただ土の地面へと(ひざ)をつき、手の平をつき、一瞬でもはやく回復することを祈るのみだ。

 

「その身体に刻み込め。人の身体は、急所に満ちている。その一箇所でも打たれれば終わり。……すぐさま鬼のエサだ」

 

 そんな炭治郎を冷たい目線で見下ろしながら、錆兎(さびと)は冷酷な口を開いた。

 

「……ガハッ! …………ハァ、ハァ」

 

 ようやく肺の形状が元へと戻り、荒く呼吸を繰り返す炭治郎。言われるまでもなかった。木刀による一撃を受けてから今、この時まで自分の身体はまともに言うことを聞かなかったのだ。実践であれば、とっくに天へと召されている。

 

「気合で、根性で。なんとかなるとでも思っていたか? あいにく貴様が思っているほど、この世界は優しくない。一秒でも(すき)を見せれば、鬼は潤沢なエサを手に入れる。……それが、現実というものだ」

 

 そう言いながら、炭治郎の(あご)に錆兎のつまさきが迫る。

 (あご)とて人体の急所だ。激しく打たれれば、その衝撃は脳にまで到達し意識を刈り取られる。反射的に右へと転がりながら、炭治郎の瞳は錆兎(さびと)の一挙手一投足を追い続けていた。

 それでも完全には避けきれず、脳が揺さぶられる。錆兎(さびと)の攻撃はすべて、唐突(とうとつ)に迫ってくるのだ。

 

(……そうか。すべての攻撃には予備動作があると思っていたけど、それは相手に次の一撃を予測させてしまう。全ての攻撃は、唐突(とうとつ)に、いきなり出すんだ)

 

 目の前の相手の動き。

 そのすべてに意味があり、原理がある。足を振りかぶれば蹴りが来るし、刀を振りかぶったなら斬撃が来る。それを敵に悟らせたならば、避けられるのは必然だ。

 当たり前の話だが、炭治郎はこの山に来るまで実践を想定した戦闘訓練など積んだ経験がない。全ての技が知識が、炭治郎には見たこともないものばかりだ。それに加えて、わざわざ手を止めて教授してくれるほど目の前の相手は優しくもない。

 生きたければ、兄弟の仇を討ちたければ。

 目の前の手本となる錆兎(さびと)の動きを、必死に模倣する他ない。

 

錆兎(さびと)の体力だって、無限というわけじゃあない。数撃の後には、必ず体勢を立て直す時間はある。相手の動きを読め、そして虚を突け。……どんなに強大な相手でも、必ず、隙はあるっ!!)

 

 炭治郎は立ち上がり、両手をだらんと垂れ下げる。

 今の彼にはきちんとした構えさえもない。逆に言えば、相手には何をしてくるか予想もつかない。

 

「無の型」

 

 剣術の世界で、そう呼ばれる一種の境地に。

 炭治郎は自然と、至ろうとしていた。

 

 ◇

 

 この狭霧山に来て最終試験を課せられるまで一年半。

 そして最終試験を達成できずに半年。

 計二年もの歳月が、あっという間に過ぎ去っていた。

 

 炭治郎も十五歳となり、世間一般で言うところの元服の年となる。つまりは立派な大人として扱われる年齢だ。同じく禰豆子も十四歳。世間で言えば、そろそろ嫁入り先を考えても良い年頃となる。

 だがそんな世間で言う一般的な常識などは、この兄弟とっては遠き頃の話となっていた。

 仇討ちなどという法で禁じられた人生を歩もうというのだ。もはや普通の家族が持つ暖かさなど期待できるわけもない。炭治郎には禰豆子が。禰豆子には炭治郎が居ればそれで良かった。兄弟の仇を討つまで、そして討った後も。二人の絆が断たれることはない。そう信じていたし、それで良いと炭治郎は信じ込んでいた。

 

 だからこそ。

 

 これだけの期間、自分を鍛え抜いてくれた錆兎(さびと)から出た言葉は炭治郎に衝撃をもたらした。

 

 何時もどおり夜明け前には起き、山頂の御魂石へと向かう。

 最近になってようやく、それなりに打ち合えるようになってきたのだ。炭治郎自身も無自覚にではあるが、自分の成長を実感し、そろそろ最終試験も突破できるのではないかと自信を深めていた。

 

 そんな時。

 

「ウウウウゥア――――――ッ!!」

「――――――――――――ッ!」

 

 何時もの修練場から、妹の叫び声が聞こえてくる。

 それは悲鳴ではなく、なんとも雄雄しい雄叫びだった。それと共に、ひっきりなく金属と「何か」がぶつかり合う音がした。明らかに、自分より格上の戦闘がこの先で繰り広げられている。

 

「…………禰豆子?」

 

 間違いない。自分以外の誰かと、妹の禰豆子が戦っている。

 それも、炭治郎にとっては異次元の速さでだ。焦りを募らせた炭治郎は、いつしか全速力で山頂への道を駆け上がっていた。

 

 もう時期は年末。

 始めてこの狭霧山に来た頃を彷彿(ほうふつ)とさせる風景となっていた。違うところと言えば、あの頃と違って今年は雪の始まりが早くチラチラと綿雪が舞い散っているところだろうか。開けた山頂の周囲の木々も段々と雪化粧をまとい始めている。

 

 そんな御魂石の眼前で、禰豆子と真菰(まこも)は戦っていた。

 

 真菰は両手に握った二本の小太刀で、禰豆子は両手の爪と口に加えた懐かしい斧で。

 炭治郎と錆兎(さびと)の打ち合いとは比べ物にならない速度で、お互いの刃をぶつけ合っている。しかも、驚くべきことに二人の戦いは禰豆子が優勢のように炭治郎の眼には映ったのだ。

 速度はほぼ互角。

 間合いは小太刀の長さの分だけ真菰(まこも)の方が優勢だ。だがそれも禰豆子は重々に承知しているようで、ひたすら間合いを詰めながら両手と口の斧という手数で圧倒しようと画策している。

 

 目の前のある意味美しいとも言える光景に、炭治郎の眼は奪われていた。

 決して、自分の型と同一なものではない。全集中の呼吸で全体的な身体能力が向上しているとはいえ、炭治郎の武器は手数ではなく一撃の重さにあるのだ。それは自然と稽古相手である錆兎(さびと)の動きを模倣し続けた結果でもある。 

 それに比べて二人の戦いは美しかった。元から女である自分の非力を自覚し、急所を狙うならば重い一撃は必要ないと割り切り、ひたすら速度を磨いたのだ。その結果、まるで二人組の舞妓が剣舞を披露するかのような艶姿に昇華した。師匠である真菰(まこも)の影響だろうか。ついこの前まで、自分と同じ力に頼った戦い方をしていた禰豆子が別人のように見える。

 

 息も詰まるような剣撃の応酬の後、二人は一度大きく距離をとった。

 

「……よく見ておけ。お前がまごついている間に自分の妹が至った境地を」

 

 炭治郎のすぐ横に、いつの間にか腕組みをして二人を見つめる錆兎(さびと)の姿があった。

 言われるまでもない。そう言葉にする暇もなく、炭治郎は二人の戦いの行く末を凝視し続ける。

 乱した息を整え、炭治郎の会得しようとしていた「無の型」とは対極を意味するかのように低く、地を這う獣のように禰豆子は構えを取った。

 

 目の前には真菰(まこも)。そしてその奥には自分の倍も背丈のある御魂石(みたまいし)

 

 禰豆子は大きく息を吸い込む。

 

「すうううううぅ――――……。はあぁ――――……」

 

 禰豆子の身体から立ち昇る、赤くも、黄色くもある光のような臭い。それは息を吸うと同時に身体の中に入り込み、吐くと同時に立ち昇っていた。

 

(ぜん、しゅうちゅうの……呼吸? 禰豆子が……? そんな、なんで?)

 

 その呼吸がなんなのか、炭治郎は即座に察する。

 今だ自分が会得しきれていない、鬼殺隊士の秘儀。それを、自分の妹である禰豆子が使っていたのだ。

 

「次の一撃で、決まるぞ」

 

 そんな錆兎(さびと)の声も、混乱する炭治郎の耳には届いていない。

 自分が守るべき大切な妹。必ず人間に戻すと誓った妹。そんな庇護の対象であった妹が、自分より先を歩んでいる。そんな事実が炭治郎の頭の中を混乱させていた。

 

「――――――ッ!」

 

 ぐぐっと禰豆子の足が地面を踏みしめ、筋肉が盛り上がる。

 明らかに必殺の一撃を繰り出そうとしている証だ。それは相手の真菰とて十分に察している。これでは、今から攻撃しますよと宣言しているようなものだ。だが当の禰豆子はそんなことも考えずに、この先にある一閃にすべてを籠めようとしていた。

 

「無の型」とは対極に位置する型。

 

 相手が理解していようが、回避行動をとっていようが問題にならないほどの技。

 それは、炭治郎が心のどこかで想い描いていた理想の局地。

 

 次の瞬間。

 

 禰豆子の姿が消えた。

 

 それと時を同じくして真菰の両手に握られた二本の小太刀が折れ、その先の御魂石(みたまいし)さえも上下に斬り裂かれ、一瞬、宙を浮いた。

 

 問答無用、刹那の斬撃。

 

 炭治郎の耳にはもはや、落下して再び一つに戻った御魂石(みたまいし)の轟音さえも届いてはいなかった。

 

「最終試験……、文句なしの合格だ。貴様は、妹に守ってもらった方が良いのではないか?」

 

 なぜかその言葉だけが、妙にはっきりと炭治郎の耳に響く。

 

 これこそが、先の極地。

 

 

 炭治郎が修行を開始してから二年。

 

 

 妹が、兄を越えた瞬間であった――――。




最後までお読み頂きありがとうございました。

原作では常に炭治郎は妹である禰豆子を気にかけ、兄としての愛情をそそいでいます。
それは禰豆子が鬼であり、守るべき保護者として炭治郎が居るからこその形とも言え、更に言えば「兄の方が強い力を持っている」からこそ妹は兄に甘え、兄は妹を庇護しているのです。

ならば、禰豆子が炭治郎の力を上回ったならば?

鬼となってすべての身体能力が向上し、鬼殺隊の秘儀である全集中の呼吸までも修得してしまった禰豆子は、明らかに炭治郎を越えてしまいました。
妹を守るはずの兄が、守られる存在になってしまったら。兄のプライドはズタズタです。
明日のお話はそんなお話。
18時に更新しますので、よろしければまたお付き合いください。
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