本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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お待たせしました。
炭治郎くん、プライドをズタズタにされるの巻。
男子って変なところをこだわる生き物なのです。


第2-11話[兄の威厳(後編)]

 その日。

 炭治郎は修行を始めて、初となる休息日をとった。

 

 別に体力が限界に達しただとか、身体に重大な怪我を負ったわけではない。そもそも、そんな理由で休息をとるのなら二年も経過した後にとる意味が理解できない。

 だが、確かに炭治郎は傷を負っていた。

 

 肉体にではなく、精神に。兄としての矜持(きょうじ)、自尊心というものが木っ端微塵に砕かれたのだ。

 他でもない、妹の禰豆子の手によって。

 

 狭霧山の頂上はまだ日が高く、いつもであれば過酷な修練を行なっている時間帯だ。

 しかし炭治郎の身体は動く事なく、修練場の隅にある小岩に腰をおろしてひたすら地面を見つめ続けている。結論など当の昔に出ていた。喜ばしいことなのだ。この先、自分一人だけでは太刀打ちできない鬼も出てくるかもしれないのだから、戦力が多いにこしたことはない。もう自分一人で気負わなくて良いのだ。炭治郎は、妹の禰豆子という頼もしい戦力を手にいれたのだから。

 

 それなのに――――。

 

 

 

「炭治郎はお兄ちゃんなんだから……、禰豆子や下の兄弟達をよろしくね?」

 

 そんな、母が炭治郎に言い聞かせた言葉を思い起こす。

 竈門家の長男という立ち位置は、幼年時代の炭治郎をいやがおうにも大人への階段を駆け上がらせた。

 本来やるべき父の仕事。それは何も家業である炭造りだけではない。床に伏せた父の代わりに炭治郎は下の兄弟達の父とならなければならなかったのだ。

 別にそれを辛いと思ったことはない。

 けれど、ズルイと思ったことはあった。炭治郎とてまだまだ子供だ。父に、母に甘えたい時も沢山あった。しかし母の膝の上には必ず、誰かしら下の兄弟達がいた。

 

 自分は一家の長男で大黒柱。

 

 そう自分に言い聞かせることで、いっぱしの大人を演じていたのだ。

 

 それでも時折、無性に母の胸の中が恋しくなる時があった。

 そんな時、炭治郎は心の中で思う。

 

 もし自分が、長男でさえなければ。一人っ子であったならば。

 

 父や母の愛を独り占めできたのだろうか? と。

 

 

 禰豆子は朝日が昇る時間帯になってすぐに鱗滝の待つ部屋へと戻った。

 鬼にとって日の光は身を滅ぼす劫火(ごうか)なので当然の話だ。今だけはその鬼の特性が炭治郎を救っている。くだらない男の意地と言われようが、兄である自分が妹にこんな姿を見せるわけにはいかない。再び禰豆子が起き出す夕闇の時までには、なんとかいつもの自分に戻らなくてはならないのだ。

 

 錆兎も真菰も、なぜか夜にしか姿を現さない。

 この狭霧山の山頂には今、自分しか居ない。それだけが救いだった。

 

 ◇

 

「……ここで諦めると言うなら、止めはせぬぞ?」

 

 そんな、鱗滝の声が後ろから聞こえた。

 どれほどの時間、炭治郎は地面を見つめていたのか。気付けば日の光に黄色味が増し、もうすこしで夕日となる時間帯となっていた。朝から夕方までの間、炭治郎は何もせずにいたことになる。

 

「妹は儂が責任をもって預かろう。……人里に降ろすことはできぬが、この山の周囲にせまる鬼を狩っていれば生きてゆける」

 

 それは自分と妹の別れを意味する言葉だった。

 炭治郎の生き甲斐を奪う言葉だった。これまでの炭治郎なら、到底承服できかねる言葉だった。

 

 だが今の彼には妹を守る力もなく、逆に守られる立場となってしまっている。

 

「禰豆子は……俺が守る」

 

 これまでの自分の生きかたを確認するかのように、炭治郎は口を開いた。

 

「だがこのまま最終選別に行けば……、確実に死ぬ。儂は決して許可はださぬ」

 

 この二年間の間、炭治郎は一度も「水の型」による剣技を繰り出せずにいた。十ある型のうち「壱ノ型」さえも、習得できずにいる。

 頭では理解していた。人として当然のごとく身のうちに含む「水」を利用した十の型、そのすべての刀の運び方、所作。すべてを頭に叩き込んでいる。なのに、どうしても。実践において水の臭いを顕現することが出来ないのだ。

 

「どうして……、俺はっ!」

 

 水の呼吸を体得できないのか。炭治郎は、そこまで口にすることができなかった。

 

「……鬼殺隊の誰しも、その身に巣くう恨みの炎を燃やしている。何も、お前だけではないのだ。原因の元は……、お前の中にある」

 

 その言葉は鱗滝にとって、最大の慰めのつもりだった。だが当の本人にとっては、自分の素質の無さを更に突きつけられたも同然の言葉でもあった。

 

「すべては……、お前次第だ」

「…………」

 

 その師匠の言葉に結局、炭治郎は何の言葉も返せなかった。

 

 ◇

 

 その日から。

 炭治郎の中で、何かが変わった。

 

 己の中に宿る炎をひた隠し、表面上は冷静に、冷徹に。すべての感情を表に出さぬように努め始めた。(なぎ)の水面を彷彿とさせる炭治郎のその姿は、外から見ている鱗滝や禰豆子にはとても寂しそうに見えた。

 

 その時の炭治郎には今の、錆兎との修練にしか意識が向かっていなかったのだ。

 一日でも早く竈門家長男たる威厳を取り戻さんと、ただひたすら刀を握る日々が過ぎていった。それでも「何かが足らない」ことを炭治郎は自覚していた。

 このまま刀を振り続けても、何の意味もない。ここが自分という人間の限界。

 そんな真実は、とうの昔に気付いているのだ。

 それでも、炭治郎は立ち止まらなかった。「お前はもうここまでだ」そう心の中の自分が言おうとも無視し、錆兎の前に対峙する。疲労のあまり「無の型」がごく自然となり、無駄な力が抜け、倒れこむかのように刀を突き出す。

 

 炭治郎は気付いていなかった。

 それこそが「無の型」の理想形だということに。

 自分が思うほど、炭治郎の素質は劣ってはいないことに。

 錆兎の冷徹な言葉は、更なる高みへと引き連れてゆく手段であったことに。

 

 

 

 

 そして遂に、その時はやってきた。

 

「……最終選抜は、もう近い。これを逃せば、また来年だ。俺とて付き合う気はないぞ」

「…………はいっ!」

 

 師匠となってくれた錆兎の発破に、炭治郎は真剣な表情で応える。

 最終選抜の開催は年に一度のみ。この機会を逃せば、もう一年待たなければならない。

 もうすでに禰豆子は訓練に参加してすらいなかった。あとは炭治郎だけなのだ、自分だけが「全集中の呼吸」と「水の型」を会得しきれていない。

 

 身体の中に巣くう恨みや妬み、それと共に今までの修行で積み上げてきた(なぎ)の海面に似た揺ぎ無い感情。

 心の芯に炎、身体には駆け巡る水。

 そんなイメージが、炭治郎は明確にイメージできるようになっている。

 

 そんな彼がようやく手にした力。

 

 それは火でもなく、かと言って水でもなく。

 

 二つの力を兼ね備えた、自身の身体から湯気のように昇る「汽熱の力」だった。




最後までお読み頂きありがとうございました。
明日のお話で第2話が終わりとなります。
引き続き、来週から第3話に突入します。外伝を入れちゃったらかなり長くなってしまいました^^;
オリキャラも登場しますのでお楽しみに。

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