原作でいうところの、回想シーンですね。
完全オリジナル話になりますので、暖かい目でお読みください。
第3.5-1話[藤の街]
「おにいちゃ~ん、おんぶ~」
一人の少女が、自分だけの兄に甘えていた。
「まったく、
「えへへ~」
そんな悪態をつきながらも、少女の前には兄の広い背中が差し出される。
母は妹を産んだ後に体調を崩し亡くなってしまった。父は二人の兄弟を食べさせるため、毎日のように夜遅くまで仕事場にこもっている。必然的に兄である
そう、永遠と――。
藤華の住む街は、ただ一つを除いてどこにでもある平凡な街だった。
そのただ一つとは、街を囲むように藤の花が年中咲き乱れているという不思議なものだ。それでも街の外れにおもむけば、何時でも花見が楽しめるという利点以外には大して特色がないと藤華は思う。
もちろん街の主要産業は造園だし、多くの庭師が集まるという点では特殊ではある。けど生まれてこの方、この街で生きてきた藤華にとっては特段珍しいと思えないのも無理はなかった。
藤華にとって、貧しくとも今の生活は幸せそのものであった。
昼間は父が居なくとも兄がいたし、限られた食材で美味しい料理を作ってくれるのも兄だ。それに造園屋を営む父が庭に植えた藤の花を見ていれば心も温かくなれた。自慢の兄と父である。
今日も藤華は自宅の暖かな縁側で、見事に咲き誇った藤の花を見上げる。何しろ自分の名前からして藤華だ。よほど妙な体験でもない限り、父の好みが反映されたと思って間違いない。
その一方で、藤の花が作り出した洞窟には決して入ってはいけないという意味の分からない家訓もあった。
父は地元では腕利きとしても知られる造園屋で、それはそれは見事な花洞窟を作り出すと評判だ。この村で他所の村に嫁に行く際には竹で半円の通路を作り、そこに花を咲かせることで見事な花洞窟が花嫁を送り出す。左も、右も、天井も。中に入れば艶やかな花びらの色彩が、花嫁の未来を祝福するのだ。。
しかし父は、花道の究極とも呼ばれる藤の花洞窟だけは頑として作ろうとはしなかった。家訓曰く、冥府へと繋がる不吉な道となるから。だそうだが、今の世でそこまでの迷信を信じる者も中々いない。
藤華とて本気にはしていなかったが、父に怒られるのもイヤなので家訓の通り自然にできた花洞窟があっても藤の木がある場所には近寄らない。
それに藤の花なら庭に咲いているのが一番なのだ。わざわざ遠出してまで見に行く物ではなかった。
そんなある日。
父の元に妙な人物が訪ねてきた。ここいらでは見かけない南蛮風のしゃれた格好の男だ。
「こんにちわ。おとうさんに、ごようじですか?」
門の前で、藤華は不思議そうに見上げながら挨拶をする。
このお客さんは父が丹精こめた作品である庭全体ではなく、藤の花そのものだけを凝視していたからだ。
「ああ、こちらのお嬢さんですか? お父さんはご在宅ですかな?」
生まれて初めて「お嬢さん」なんて呼ばれた藤華の心がドキッとする。よくよく見れば、この田舎村になんて居るはずもない美男子だ。幼い藤華にも不思議な、そしてぽかぽかとした初めての感覚が訪れる。
「はい、ごあんないします」
男の赤い瞳にすべてを見透かされたような気がして、藤華は慌てて父の仕事場へと案内した。お客さんを父の元へご案内するのが藤華の仕事だったからだ。それに、前を歩いてさえいれば自分の真っ赤な顔を見られることもない。
「……しかし、この庭の藤は見事ですね。私も沢山の花を見てきましたが、どの
感嘆のため息を漏らしながら、お客さんであろう青年は口を開いた。
まるで自分が褒められているようで嬉しくなってしまう。自宅の庭を管理しているのは後継ぎとして修業中の兄と藤華なのだ。
決して見栄えが悪くならないよう、草むしりを始めとして沢山の手間をかけていた。
「ありがとうござ……」
「しかし、そんな名匠である御父上が藤だけは頑として花洞窟を造ろうとしない。なぜか、ご存じですかな?」
藤華のお礼の言葉に重ねるように、青年の質問が返ってくる。
思い至ることなんて一つだ。この家の家訓である。
「おとうさんが、悪い道につながるから入っちゃダメだって……」
別に口止めされているわけでもない。
ただ、他の人に言っても本気にされないから普段は口にしないだけだ。この人だって本気にしないだろう。そう思って何気なく口にした藤華の言葉に、青年は意外な反応を示した。
「ほほう……藤の花洞窟が。……やはりな」
「――えっ?」
てっきり一笑にふされると思っていた藤華は、意外な返答にびっくりして振り返った。
先ほどまで深くかぶって見えなかった帽子の下に、真っ赤な瞳が揺らめいている。今までどんな花でも見たことのない、本当に真っ赤な瞳だ。あまりに赤すぎて少々怖いくらいだった。
「……薔薇。うううん、それよりもっと真っ赤な宝石みたいな瞳……」
思わず心の中で思った言葉が口から出てしまう。
「おや、貴方のような可愛らしいお嬢さんに褒めて頂けるとは光栄ですね」
「あっ、えっと……。ごめんなさい」
「謝る事などありません。そうですか、貴方には綺麗に見えますか。この瞳は、あまり好まれないのですがね」
自分の言動が失言だと思ったのか、藤華は反射的に謝罪した。
幸い不快には思われなかったようだ。むしろ、ちょっとお客さんの雰囲気が柔らかくなったような気もする。
「……そんなことはないと思います。どんな花にも、ここまでの赤はないですっ!」
藤華なりの精一杯な弁解の言葉だった。
庭師の娘として花より綺麗だと例えるのは、最大級の惨事だったからだ。もちろん、この青年がそこまで理解してくれるかは分からない。それでも今の藤華が言える一番の表現方法である。
そんな意思をくみ取ってくれたのか、にっこりと笑いながら大きな手が降ってきた。
藤華の濡羽色な黒髪がサラリと青年の手から流れ落ちる。
もう、限界だった。
「ありがとう……。お礼に、貴方は――――――」
「あっ、ここにお父さんがいるはずですっ! よんできますね、おとうさ~ん!!」
青年の見せてくれた笑顔があんまりにも眩しくて、頭にかぶさった大きな手がとても暖かくて。急に照れ臭くなった藤華は父を呼ぶという逃走手段を選択する。
もう顔は真っ赤っか。そのおかげで青年の言葉の前半。ありがとうの言葉しか、藤華の耳には入らなかった。
仮にその言葉を聞いていたとしても、一家の未来は変わることなどない。
でも、心のどこかで。
この時、私が何か間違えたのではないか? そう感じる未来が待っているなんて今の藤華には分かるはずもなかった。
最後までお読み頂き有難うございました。
読んでの通り、本作始めてのオリジナルキャラ「藤華」の物語がはじまりました。
けっこうガッツリ書きます。なにしろ全八話予定ですから^^;
本当はもっと短く終わらせようとも思ったのですが、原作での鬼さんの回想シーンって基本。悲しいシーンしか映らないじゃないですか。彼等も元人間、嬉しい出来事だってあったと思うのです。
その辺りも描きたいなあ、と思っていたら2万文字近くになってしまいました(笑
お付き合い頂けましたら幸いでございます。
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