本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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毎日読んで下さっている皆様、毎度ありがとうございます。
原作にこんな街の設定はありません。ただ藤の設定を考えていくうち、こんな街があったのではないかと考えたのです。


第3.5-2話[夫の甲斐性]

 あの綺麗で真っ赤な瞳をしたお客さんが父の工房に入ってからしばらく。

 

 藤華はお茶の用意をして、再び父の工房へと向かっていた。

 何せ庭のことしか頭にない父だ。どうせお客さんにお茶を出す用意などしていないだろう。そんな言い訳をしながらも、藤華は美男子のお客さんにもう一度会いたかった。なにせこの周囲に住む農家の嫡男とは何もかもが違う都会の男だ。さきほど頭をなでてくれた大きな手の感触が、今だに残っているような気もしたのだ。

 

「おと……」

 

 左手にお茶道具を乗せたお盆を持ち、右手で工房の戸に触れようとしたその時。

 

「ふざけるなっ!!」

「――ひっ!?」

 

 中に居る父の怒声が藤華の耳を突き抜ける。

 

(どうしたんだろう? あの人との商談がうまくいっていないのかな?)

 

 工房の中へと入るのが躊躇(ためら)われる。幼い藤華にも、にこやかにお茶を飲み合うような雰囲気ではないと理解できたからだ。

 

「……娘さんには苦労をかけさせません。ただ、私のそばに居て欲しいだけなのです」

 

(むすめ? ……娘って、あたし!?」

 

 自宅の門で初めて会った時に感じた、ぽかぽかした気持ちが藤華の中で再燃する。

 

「だからと言って、初めての商談で嫁の打診など。……非常識にすぎるわっ!」

 

(――――――っ! よっ、よめっ!!?)

 

 藤華の体温が沸点にまで達した。もはや、ぽかぽかなんて騒ぎじゃない。顔が真っ赤に火照って恥ずかしいくらいだ。

 時代は大正。確かにこの時代の女性は十代半ばで身を固め、子宝に恵まれることが幸福だとされていた。だが藤華はまだ十歳、二・三年後ならまだしもまだまだ嫁入りなんて本人はもちろん家族も考えていなかっただろう。

 父が怒鳴るのも無理はなかった。

 しかしこの時。藤華は自覚していなかったが、あの青年に対し一種の一目惚れに近い感情を抱いていた。身体がぽかぽかしていたのはそのためだ。

 

「……お前さんが商売で成功していることは理解した。だが何故だ? 嫁をもらうならもっと良い縁があるだろう?」

「私は自分の家族を商売に利用する気はありません。いや、むしろ関わらせたくないと思っています。彼女には何不自由なく、私のそばで幸せな人生を歩んで行ってもらいたい」

 

 父の怒鳴り声にも一歩も引かず、青年はただ自分の誠意を示し続ける。その言葉は工房の外に居る、藤華にも届いていた。

 もう、我慢できない。

 今だに顔を真っ赤にしつつ、藤華は意を決すると工房へと殴り込みをかけた。

 

「――おとうさんっ!」

 

 もうお茶どころの話ではなかった。

 藤華は左手に持っていたお茶道具を靴棚に置くと、草履(ぞうり)をほうり捨てて座敷へと上がり込む。

 

「……わたしも、おはなし。……ききたい」

 

 この言葉を発した時点で、藤華は自分の想いに気付いていた。

 だが不思議なことにその時、あれだけなついていた兄の姿が藤華の脳裏からすっかり消え去っていた事実には、何故か気づいてはいなかった。

 

 ◇

 

 ――また後日、お迎えにあがります。

 青年はそう言い残して帰っていった。その日の夜に行われた家族会議は、紛糾という二文字では表現できないほどに荒れていた。

 

 藤華はもう、青年に心を奪われている。

 だが父と兄は、難色を示した。当然と言えば当然の話である。藤華はまだ十歳だ。嫁入りの話があがるのなんて、早くとも数年後の話だと思っていたのだ。庭の手伝いを日課にしているとはいえ、まだまだ花嫁修業さえも開始していないのだから。

 

「やっぱり藤華にはまだ早いよ。……父さんっ!」

 

 藤華の兄、藤斗がちゃぶ台を叩きながら声を荒げる。

 父だって昼間の工房ではあんなにも怒鳴り散らしていたにも関わらず、今では視線を床にむけ沈黙を守っていた。

 

「……お前の心配ももっともだ」

「ならっ!」

「でもな、藤斗。お前も良く覚えておけ。女の幸せは、夫となる男の器量で決まるんだ」

 

 この時代において女性の立場はまだまだ低い。ようやく市民平等の概念が始まりかけた段階なのだ。

 女は男の斜め後ろを歩くべし。そんな風潮が当たり前の時代である。

 

「俺は藤華には幸せになってもらいたい。……だがな、この街の男共じゃあ俺とどっこいどっこいだ。決して楽な暮らしは望めない。ならば……、あの青年に嫁ぐことが藤華の一生を安泰にする一番の道でもある」

「…………」

 

 父の言葉に、藤斗は何も言い返せなかった。

 自分とて十五歳だ。すでに元服し、近いうちに嫁を見つけ、新しい家庭を築かなくてはならない。そして、その頃には行き遅れとなった女性の居場所など……この家にはない。今日この家に来た青年はこの街の誰よりも洒落た服を着て、この街のどの男よりも威厳を持ち合わせていた。聞けば代々続く大商家の嫡男であるらしい。

 世間的に言えば、誰もが玉の輿だと喜ぶ良縁である。

 

 なら。

 何の心配もいらないと藤華を送り出してやることが、あの子のためになるのかもしれない。

 

「なに、あの青年も待ってくれるそうだ。昼間は怒鳴ってしまったが……、俺達が気持ちの整理をつける時間も十分にあるだろうよ」

 

 自身の親であり、庭師としての師匠である父にこうまで言われてしまっては藤斗の口からでる言葉もなかった。

 

 すべては愛する妹のため。

 ……藤華のためなのだと。

 

 ◇

 

 それから。

 大商家の嫡男である青年は、たびたび訪ねてきては藤華と楽しく話す時間が多くなっていった。

 藤斗からすれば大切な妹を取られたような気分だ。以前はあんなにも甘えてきた妹が、自分ではなく他の男の横に居る。

 今日だって藤華は日課である庭の草むしりを終えると、毎日のように訪ねてくる青年と楽しそうに談笑していた。本人に自覚はないであろうが、明らかに青年を見つめる瞳が熱くなっている。

 

 本当ならあの間に割って入り「俺の妹に近づくな」と言ってやりたい。

 だがその度に藤斗の脳裏には、あの日の夜に言われた父の台詞を思い出してしまうのだ。

 

「……女の幸せは、夫となる男の器量で決まる、か」

 

 真実か嘘かなんて論じるまでもない。

 

「兄離れができない妹だと思っていたが……、本当は俺が妹離れできていなかったのかもな」

 

 目の前には以前よりも明るい妹の笑顔がある。

 ならば、けっこうなことではないか。

 藤斗は胸の中に渦巻く寂しさを、そんな言葉で無理矢理おさえこんだ。

 

 

 

 そうと決まれば話は早かった。

 今の藤華は、庭の世話どころではないほどに忙しい毎日を送っている。なにしろ急すぎる縁談である。藤華が家事の一つも出来ないまま嫁入りすれば、向こうの親御さんに顔向けが立たないのだ。母は妹を産んでから床を離れられず、そのまま逝ってしまった。なので産婆となってくれた近所の女将さんが花嫁修業の先生を買って出てくれている。

 短い期間ではあったが、妹の手料理を父と共に藤斗もご馳走になる日々が続いた。これなら嫁に行っても問題は起きないだろう。ほっとしたと同時に、やはり少し寂しい気持ちも残っていた。

 

 青年がこの家を訪ねてから丁度一年。

 

 祝言の準備は慌しくも着々と進んでいた。




最後までお読み頂きありがとうございました。

今までホラーな話ばかり書いていたので、こういう幸せなヒロインを描くのは楽しいですね(笑

女性の読者様には一部、不快な描写があるかと思いますが時代が時代なものでこんな感じになってしまいました。申し訳ありません。

恋愛結婚には間違いないのですよ? 少なくとも藤華にとっては。
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