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祝言は青年の地元である都会で盛大に行なわれるそうだ。
こちらで用意するものと言えば嫁入り道具ぐらい。こちらの家庭事情を理解してくれているのか、持参金すら無用だと言って来たのには驚いた。向こうにとっては最大の贈り物が藤華自身なのだと言うのだから豪気な話である。
祝言の数日前。
あちらでの準備があるため、父や藤斗よりも先に藤華が向かう手はずとなった。迎えに来たのはもちろん、夫となる青年自身だ。
「あまり旦那さんに迷惑をかけるんじゃないぞ……?」
あまりにも幼い花嫁に向けて、父が瞳を潤ませながら声をかける。
「だいじょ~ぶだよ~」
「何かあったらすぐに帰ってくるんだぞ?」
思わず藤斗が無粋な言葉をかけてしまう。妹だけならともかく、夫となる青年が居る前でだ。
「……おいおい、旦那さんの前で言う言葉じゃないぞ!」
「大丈夫、そんな事態には決してさせませんよ」
「あははっ!」
父が苦笑し、青年が誓い、妹は幸せそうに笑う。
その言葉は兄である藤斗の最後の抵抗だった。
結局、藤斗は最後まで妹の旦那となる青年に好感を持てなかった。見苦しい嫉妬であることは百も承知している。今更にもほどがあるが、言わずにはいれなかったのだ。今、この瞬間から藤華はこの家の子ではなくなってしまう。この家の住人は父と自分、二人だけになってしまうのだ。
「おにいちゃんもはやく、いいひとみつけてね?」
「そうだ、お前は妹に先を行かれたのだから嫁探しも始めないとな!」
「その時には、ぜひ私もお祝いさせて頂きますよ」
今度は藤斗をダシにして周囲が盛り上がっている。
自分にはこんな運命の出会いが訪れるのだろうか。突然、自分の前に一生を添い遂げるような相手が現れるのだろうか。
そんな妹の姿が見えなくなるまで、兄である藤斗はずっとその姿を見送っていた。
◇
「わたし、いっぱいおりょうりをおぼえたの! たのしみにしててねっ!!」
「うん、とっても楽しみだ。私だけではなく、君にもたくさん食べてもらいたいからね」
村の大通りは二人への祝福に満ちていた。
周囲の塀を囲むように花咲いた藤が、まるで二人を祝福するかのように花吹雪を散らしている。
この自然のバージンロードは村を出るまで尽きることはない。そして道の終わりには、藤華がどうしてもと父にお願いした傑作が待っていた。
「おおっ、……これは」
「ねっ? すごいでしょ? これをないしょにしたかったから、まえの日にきてって、おねがいしたの」
村から外に出る門の前。
そこにはこの日のために、藤華の父が丹精こめて作り上げた傑作が二人を待っていた。
家の家訓として、決してくぐってはいけないと言われ続けてきた藤の花洞窟。半円に竹を組んで骨組みを造り、そこから隙間を空けることなく藤の花が垂れ下がっている。花嫁の
でもなぜだろう? と藤華は不思議に思った。
夫となる青年に対する最大の贈り物だったはずなのだけど、当の本人は何か気難しそうな顔を浮かべている。
「もしかして……、きにいらなかった?」
まだまだ短い付き合いではあるけど、青年の好みは把握しているはずだった。
藤の花が大好きだと言った青年の顔に、藤華は惚れぬいたのだ。それなのに、おとうさんの最高傑作を前にして苦しそうな顔を浮かべている。
「そうじゃないよ。……行こうか」
青年はそう言って、藤華の手を強引に引っ張った。
心無しか速足な歩調に、藤華は小走りでついていく。そのおかげで、おとうさんの傑作をじっくり見ることなく通り過ぎてしまった。
実は村の外に出るのは藤華にとって初めての経験だった。
年中、藤の花に囲まれた村で生活していたせいだろうか。初めて見た外の世界は意外なほど殺風景だ。木々に赤みのおびた色彩はなく、緑一色。花さえも一輪として咲いてはいない。
そんな光景に若干がっかりしながらも、藤華は隣の青年を見上げた。
「……だいじょうぶ?」
もしかして風邪でもひいたのかな? 心配そうに見上げた夫になる青年の顔はこれまでとは違い、今まで見たことのない笑みを浮かべている。それも藤華の大好きな優しい笑顔ではない。何か悪いことでも考えているかのような怖い笑みだ。
「……くくくっ」
「む、ざん……さん?」
思わず青年の名を声に出す藤華。
そう、この人の名前は鬼舞辻 無惨。藤華の年では難しくて寺子屋で習った文字ではとても書けない漢字だ。
とうぜん貧乏庭師の出である藤華には、その名から連想する意味など知るよしもない。
先ほどまで具合が悪そうだったのに、目の前の夫はなぜか。
声高々に笑い始めた。
一体、夫に何が起こったのか。妻となる藤華には意味が分からなかった。
これまで見続けた優しい笑顔は消え去り、今まで見たこともない恐ろしい形相に変貌する。
「いやいや。自分でたてた計画とはいえ、随分と長い時を費やしたものです」
「……え?」
「この忌まわしき藤の花で囲まれた村。ここで生まれた人間は一体、どのような鬼となるのか。……ようやく回答編というわけですね」
ぎゅっと藤華の小さい手が握りしめられる。
まるで遠慮のない握力に、身体が悲鳴をあげた。……怖い、わたしの夫は一体、どうなってしまったのだろうか。
「いたい、……いたいよっ!」
「……痛い、ですか?」
「うんっ、いたい!」
「大丈夫ですよ。もうすぐ、痛みさえ感じることもなくなりますからっ!」
つなげた左手はそのままに、鬼舞辻 無惨の右手が藤華の背中へとまわり、無遠慮に抱きしめられる。
もう何を言っているのかも、藤華には理解できなかった。
いつも自分の頭を優しく撫でてくれた左手は開放され、藤華の瞳に人差し指の先端が迫ってくる。
「さあ、貴方は。どんな作品に仕上がるのでしょうかね?」
藤華の額に、無惨の指が触れた。
まるで自分の頭がないかのように、指が通り抜けてゆく。
「えっ、……えっ。……えっ!?」
痛みがまったくないせいで、藤華は現状が把握できない。
自分の視界に赤い液体が垂れてくる。これって……血? なんで? 私の身体、どうなっちゃうの?
「貴方は生まれ変わるのです。真に私の妻になるべく、人間よりも強く、頑丈で、高貴な存在に。そう……、鬼に!!」
……おに? おにってなあに? ねえ、むざんさん。わたし、これから。
――――どうなるの?
最後までお読み頂きありがとうございました。
一章のほうの感想で
「無惨様が頭無惨っぽくない」との指摘をうけましたが、ウチの無惨様はこんな感じです。
今回については自分の位置を鬼殺隊に知られぬため、色々な人物に成りすましている無惨様の一例としてご覧下さい。
もちろん、何の意味もなく潜入したわけでもないし、藤華を嫁にしたわけでもありません。
藤華のコンセプトは「本当はあったかもしれない禰豆子の姿」です。
今後また、色々と語っていきますので今後ともよろしくお願いします。
ではまた、明日の18時にっ!