この外伝も次のお話で終了となります。その後は本編へと戻りますので今後とも宜しくお願いします。
告知:試験的に投稿時間を18:00から7:00に変更してみます。
「……鬼殺隊?」
藤華の夫となるはずだった男から唐突に飛び出た単語は、一人前の庭師ではない藤斗には聞かされていないものだった。
「まあ、知らないのも無理はない。この街の真実を知る者が少なければ少ないほど、厄災を回避できるでしょうからね」
無惨は答えを確信していたのか、特に驚くような素振りも見せなかった。言葉の意味からして、どのような組織なのかは容易に想像がつく。文字通り鬼殺しを生業とする集団なのだろうと、藤斗は予想した。
予想はできるが、信じるかどうかと言われれば昨日までの藤斗なら与太話だと切り捨てただろう。そもそもが鬼なんて架空の化け物が実在していることさえ、今日という日が来なければ信じられなかったのだ。
鬼舞辻 無惨の演説が始まる。
「この街は元々、藤の花を品種改良するために生まれた街なのです。不思議に思いませんでしたか? なぜこの街の庭師は藤ばかりを育てているかと。薔薇でもなく、桜でもなく。なぜ、藤なのかと」
「…………」
実は藤斗も不思議に思い昔、父に訊ねたことがあった。
父いわく、買い手が一番多いからだ。と言われた記憶がある。まだ幼かった藤斗はそんなものかという感想しか持たなかったが、今この時になれば理解できる。
藤の花は、こいつら鬼にとって邪魔な存在なのだ。
「日の光を大量に溜め込む藤の花は、我々鬼にとって毒以外の何物でもない。花も、蜜も、空に飛散する花粉などは力の無い鬼にとっては命すらも刈り取る死の吹雪と化す」
声高々に自身の弱みを暴露する無惨を、藤斗はあっけにとられながら眺めていた。その弱点が咲き乱れている場所に、この男はいるのだ。なのに、なんの影響も受けていないように見える。
困惑する藤斗の表情を楽しみながら、無惨の口は止まらない。
「言ったはずですよ? 力の無い鬼には、と。私ほどの鬼ともなれば、身体に影響はありません。せいぜいが、不快な気分になる程度ですね。今此処に平然と立っているのが良い証拠です」
「…………」
藤斗からは何の言葉も出てこない。もはやこれは独り言だ。
本当ならこんな男の演説など聞いている場合ではなかった。藤斗の胸の中には鬼と化した妹がいる。ほんの少しではあったが、兄である自分を認識し、正気に戻りかけていたのだ。それが無ければ藤華の皮をかぶった化け物だと思っていたかもしれない。
それでも、今の藤斗に出来ることなど何もなかった。
「それにしても、この街の藤は忌々しい。いったいどのような技巧をもって、絶え間なく開花させ続けているのか。藤斗君、貴方は知っていますか?」
「しっ、知らない!」
「ならば、他にこのような街は存在するのですかね?」
「それも知らないっ!」
「隠そうとしても無駄ですよ? 私がその気になれば、貴方を鬼にして記憶を探ることさえ可能なのですから」
「知らないって言ってるだろっ!!」
たてつづけに問いを連発する無惨に対し、藤斗は思わず声を張り上げた。
嘘ではない、本当にしらないのだ。そもそもがこの街の男子は、成人するまでひたすら庭師としての技巧を叩き込まれる。その大変さゆえに、余計な疑問を持つ暇などないのだ。
緊張に耐えかねた両足がガクガクと痙攣を始める。胸の中に抱きしめた藤華の温もりがなければ気絶していたかもしれない。だがそれに反して、藤斗の心は意外にも冷静だった。
「そうですか。では、貴方の父親から得た知識で検証してみましょう」
「……はっ?」
「私は鬼となった者の記憶を探れると言ったでしょう。藤斗君の父上を鬼にしたのも私です。ならば、君に聞くまでもない」
じゃあ何のために聞いたんだ! と言いたかった。けどなんとなく、その答えも解っていた。
この男は自分という玩具で遊んでいるのだ。すでにすべてを知り、何も知らずに命を終える自分をあざ笑っているのだ。なんと性根の腐った男であろうか。確かに父はこの街一番の庭師だ。この街の事情に精通していてもおかしくない。
「……ふむ。年中咲き乱れる藤の花。そんな規格外を生み出せたのは、始まりの剣士達による残滓。それをもって、国中の庭師が集まり生まれた『名も無き街』。その理由は、名による情報の拡散を遅延させるため、か。ならばこの街は唯一無二、国のどこを探しても同様の街などありはしない」
男の言う「始まりの剣士達」がどんな存在なのかなんて藤斗は知らない。
けど、この街がおそろしく閉鎖的なのは藤斗も気づいていた。庭師と言えば基本、各々の家に出向いて仕事をする職業だ。
だが藤斗は父がこの街から出たという覚えがなかった。父だけではない、他の庭師達も自分の庭に籠り続けて生涯の最高傑作を生み出そうと苦心していた。
この男が言っていたではないか。この街は元々、藤の花を品種改良するために生まれた街だと。
花や木は商品でなく、ただの研究対象だったのだ。誰かに依頼され、その依頼のみに生涯を捧げる歪な人生。この街の人間はそれを当然のように受け入れていた。ならば街の名など必要ないはずだ、自分達を売り込む必要さえないのだから。
その依頼人こそ、鬼殺隊。
自分を含め、この街の住人全員が鬼の敵だということになる。
「……だがその努力も徒労と言わざるをえない。これほどまでに滅したいと努力したにも関わらず、鬼である私に利用されている」
鬼舞辻 無惨の視線が胸の中に居る藤華へとうつる。
「藤華さんは私達鬼にとって、最悪であると同時に最高の存在です。生まれてから今、この時まで。絶え間なく藤の色に染まり続けた藤の少女。そんな彼女が鬼になれば、特異な存在となりうるのだ。私はね、この街なんてどうでも良かったのです。言わば、行きがけの駄賃でしかない。本当に欲しいのは、彼女だっ!」
興奮を隠せないのか、今までの丁寧な言葉使いの中に粗野な語尾も混じり始める。
妹は街一番の美少女だった。
そもそも香りが強く、たおやかに咲く藤は古来から女性らしさの象徴と考えられてきた。藤華はそんな藤の花を擬人化させたような、自慢の妹だ。本来であれば、鬼の天敵というべき存在だろう。
だが今。藤華は夫となる予定だった男の手により、鬼となった。藤の少女である藤華は、鬼と化せばどうなるのか?
鬼の身体が藤の毒に耐えられず死ぬ?
いや、正気を失っているとはいえ藤華の身体に死の兆候は見えない。
ならば。
「そう、藤華さんは生まれ変わったのですよ。藤の毒に侵されない、歴史上始めての鬼に。
そのために一年もの月日を費やした。彼女の父も本望だろう? 実の娘の栄養となる最後を与えられたのだから。
まあ、最後に鬼と化した街人を逃さぬよう、藤の花がない正門に花洞窟までも作り出してもらったしなぁ。まったく、親子そろって鬼に協力してもらったことだけは感謝しなくてはな。すべては私の不死を実現するための、道具でしかなかったわけだが。
さあ、それでは最後の宴をはじめよう!
この宴の主菜は藤斗くん、君だ。
すべての生物の運命は、この原初の鬼。
鬼舞辻 無惨のためにあるのだからなっ!!」
もはや目の前に立つ鬼の言葉を理解することさえ困難になっていた。
あまりにも小さな世界で生きてきた藤斗には、この男の存在さえも分からなくなっていた。
不死? そんな生物が、この世界にあっていいものなのか?
いいのなら、なぜ自分という変哲もない人間の前に立っているんだ?
なぜ、藤華がこんな目に合わなきゃならないんだ?
だれか、誰でもいい。
教えてくれ。
無論、藤斗の願いを叶えてくれる存在など居はしない。
宴が始まるのだ。
鬼という怪異によって催される宴の食事が――――。
最後までお読み頂きありがとうございました。
無惨様、愉悦の大演説回。
伏線張りまくりの回でもあります。
今後のお話で回収できるよう頑張り、……ますね(笑
誤字報告を頂きました。
にょんギツネ様、ありがとうございます。自分では気づかないのですよねえ。。。