――すべては、原初の鬼たる自分の不死を実現するため?
まるで政治家のような長々とした無惨の演説を、藤斗は呆然としながら聞き入っていた。
田舎街の、平凡な家庭で生を受けた藤斗には半分も内容が理解できない話だ。この街で一生を穏やかに過ごしたいと思っていた藤斗とは見ている場所がまるで違う。
「藤斗君、君は主食だ。さしずめ今までこの娘が喰らった街人や父は前菜、そしてこの炎獄に演出された街並みこそ君という料理に相応しい飾り皿となる」
政治家の演説は狂気に身を委ねた料理家へと切り替わっていた。
鬼舞辻 無惨がジリジリと、妹を抱き締める藤斗のもとへと歩を進めてくる。心なんてもう、とうの昔に粉々だ。恐怖のあまり、藤斗には今何をするべきか判断がつかない。全身が
「最初は君も鬼にする計画だったのだけどね。藤華君のたぐいまれなる素質を見て、私も考えを改めたのだよ。中途半端な鬼を二匹生むより、最高の鬼一匹を……とね」
そう言いながら近づいてきた無惨は、藤斗の頬に軽く爪を引っ掛けた。
決して肉まで裂くような真似はしない。あくまで皮一枚、豆腐に触るかのような繊細さで血の線を作ってゆく。
たらり、と。血の水滴が頬から顎を伝い、藤華の背中へぽたりと落ちる。
「やめて……たすけて……」
演説前の強気な咆哮は何処へやら。
藤斗は完全に無惨の空気に呑まれていた。妬み、恐怖、悲鳴。どれも鬼の大好物で、味を奥深くする調味料でもある。
無惨はわざと藤斗の心を弄んでいたのだ。最高の状態で藤華にエサを与えるために、ひいては自分自身の成長のために。
「……ひぃっ!!?」
手元からぷちり、ぶちっ、ぱきっ、という音がなる。
無惨が藤斗の指をつまみ、潰した音だった。あまりの圧力に皮膚がさけ、肉にめり込み、骨が潰れた音だ。身体が死への危機感を感じ取り、なんとかこの状況から抜け出せと痛みを走らせてくる。あまりの激痛に胸の中に居た妹を手放してしまうほどだった。
「人の肉は叩いておかないと筋張っていけませんからねえ」
「ぐえっ!?」
「骨は食べやすく、千切りやすいように適当な長さに折って……」
「ひいっ!!?」
「頭もある程度揺らしておくとかき混ぜやすくなりますよ?」
「やっ……やめっ!!!?」
もはや、まな板の鯉であった。
しかもなぜか、ここまでされても藤斗の意識は失われずハッキリとしていた。
もうやめてくれ。ひとおもいにころしてくれ……。
ぱくぱくと開閉を続ける口が、そんな言葉を発しているようだ。
もはや声にもならない藤斗の想いなど、この「原初の鬼」が聞き届けてくれるわけもない。ただかろうじて、悲鳴をあげるくらいの声帯だけが残されているのみ。
「さあ、準備が終わりましたよ? ……私の愛する藤華。遠慮せずにお食べなさい!」
自分を抱き締めている兄の声は届かず、無惨の声だけが藤華の鼓膜を通り抜ける。
一瞬とはいえ妹が正気に戻ったという事実さえ、今の藤斗には遠い過去の記憶に思えた。もはや藤華の眼には、兄が兄として見えていない。自分の目の前にあるのは美味しい「おにいちゃん」という名の食事である。
「………………………………いただきまふ、あむっ」
藤華はとりあえず、一番噛み付きやすい腕へと牙を突き立てる。
「――――ぎっ! ――――――がぁ!!」
あむあむ。
「もう、……やめっ!」
もにゅもにゅ。
「ころ………………、してぇ」
ごりごり。
「おいしい。……おいしいよ? ……おにいちゃん」
ぶにゅー、ぶちっ。
「もう……、いやだ。……痛いのは、いやだぁ!!!」
ああ、このおにく、おいしい。
このおにくだけが、ふじかのおなかを。くーくーってなる おなかを、ふくらませてくれる。
ねえ、このおにくは、なんておにく?
なんでも、いいや。ふじかは、おなかいっぱいになれば、……それでいいの。
おてても、おあしも、おいしい。もうっ! かみのけ、じゃま!! まあるい、おほねも、じゃま! ……やった、おみそだ!! おみそ、おいしい……。
「……………………」
ようやく藤斗に安寧がもたらされた。
他でもない妹の牙から逃れられたのだ。死という、最悪の結末によって。
それでもまだまだ、藤華の食事が終わらない。
月が真上にまで昇り、地平線へと落ちるその時まで……。
◇
もうすぐ朝日が登る時間帯になる。その頃になって、ようやく私は藤華に声をかけた。
「もう、食事の時間は終わりですよ。藤華」
「もぐもぐ……、ふえっ? あなた、だあれ?」
「わすれてしまったのですか? 私は……、あなたの『おにいちゃん』ですよ?」
「おにいちゃん?」
「ええ、まったく。兄の顔も忘れてしまったのですか?」
人であった頃の記憶をまるでなくしてしまった藤華に、優しく語りかける。
すべては、計画通り。
この忌まわしき藤の街も、藤の花を無効化する鬼も。すべて滅ぼし、手に入れた。
上々の成果だと、十分に言えるだろう。
無論、自分の足跡を残すような真似はしない。鬼殺隊が発見しても鬼の襲来で全滅したと考えるだろう。
誰も、この街の生き残りが居るなどとは思うまい。
まったくもって笑いが止まらない。
私は「鍵」の一つを手に入れたのだ。
とは言え、この鬼もまだまだ食欲は旺盛のようだ。
どこかで思いっきり人間を与えなければ、私の期待する鬼へは成長しないだろう。
どこがいいか……。どこが。
そうだ。この季節、丁度良く活きの良い人間共が集まる山があったではないか。
藤襲山。鬼滅隊士候補があつまる、鬼が居ても柱連中が気にも留めない山。
そこでまた、思いっきり食べさせてあげようではないか。
この少女なら、潜り込むのに何の障害もない。
藤の花の臭いをまとった鬼少女。
下弦……いえ、もしかしたら上弦の上番となるまでに成長するかもしれませんね。
まったく、これからが楽しみでなりません。
「おにいちゃん!」
私の腕の中へ、藤華という名であった鬼が飛び込んでくる。
少女特有の柔らかい感触。その肌を、色の抜けた白い腕で抱き上げつつも、私は帰宅の途についた。
最後までお読み頂き有難うございました。
これにて外伝という名の回想シーンは終了となります。
明日からは第三章の締めくくりとなる後編のスタートです。
今後ともお付き合い頂ければ幸いです。