決着編だからしょうがないねっ!
……時間のある時に、お読みください。
鬼の少女が泣きじゃくっていた。
真っ赤な瞳から涙が玉のように流し、
彼女に昔の思い出はもはや残ってはいない。「藤の街」での殺戮劇。住民の全てが鬼と化し、父が鬼と化し、その肉を食べ、あまつさえ人間のまま唯一生き残っていた兄さえも喰らってしまった。すでに狂ってしまっているのだ。いや、狂う他なかったと言った方が正しい。あの狂乱の地獄絵図に幼い心が耐えるには逃げるしかなかった。全てを忘れ、自分の望む二つだけを追い求める。
自分より年長の少年を見れば兄だと思い、違うと諭されれば食料以外の何者でもない。そんな単純すぎる二択の思考が藤華の精神を安定させる唯一の方法だった。身体が生き抜くための食料と、心が生き抜くための兄による温もり。
他は何もいらない、必要ない。
藤華という少女は、鬼舞辻 無惨の手によって追い込まれた。
自己の利益のため、鬼にとって毒である藤の花に耐えられる鬼を作り出すため。
鬼の弱点をすべて克服し、己が永遠の肉体を得るための。
材料にすぎない。
藤襲山に冬の寒風が吹きつける。それに反して、この最終選別の場だけは熱気に包まれていた。
主役は三人。
当然の話ながら、竈門兄弟と藤華である。
「もうみんな、みんな……。しんじゃえええええええええええっ!!!」
他の誰もが沈黙を守るなか、鬼の少女である藤華による叫びだけが木霊する。それまで真紅の輝きを放っていた鬼の爪が濁り、青みを帯びて毒々しい紫色へと変色してゆく。
炭治郎はその色味に覚えがあった。
藤の花だ。
鬼にとって最悪の毒となる藤の花を、鬼の少女は爪に宿したのだ。人間である炭治郎には効果がないのは勿論だが、妹の禰豆子にとっては最悪の凶器となる。
「……禰豆子。下がるんだ」
ボソリと、他の候補生達に聞こえない音量で炭治郎はささやく。だが禰豆子は動かない。ただ不思議そうに瞳をまん丸にしながら、目の前で叫ぶ藤華を見つめていた。
「……禰豆子っ!」
「う――っ!」
もう一度、炭治郎は禰豆子の肩を掴んで後退を促す。しかし禰豆子の身体は地に根を張ったかのようにビクリともしなかった。その代わり、純粋な桃色の瞳をじっと向けてくる。
(私は大丈夫、ぜったいに死なないから。お兄ちゃんは、アレを――)
声では決して伝わらないほどの決意を秘めた瞳。この場の誰にも理解できない、炭治郎だけが受け止め、理解できる禰豆子の意思。
炭治郎は唐突に思い知った。もう自分の妹は庇護の対象ではないのだと。自分が守りぬくと決意した存在もまた、自分を守り抜くと決意しているのだと。
炭治郎にとって妹はもう、共にこの乱世を行きぬく「相棒」となったのだ。
「……分かった。禰豆子、たのむっ!」
炭治郎は「相棒」に己の命を託す。
「う――っ♪」
そんな兄の信頼のこもった声に、相棒となった鬼の少女は嬉しそうに応えた。
◇
皮膚の下には「水」と「火」が混在する。
水は血液となって肉を動かし、火はあの惨劇を忘れるなと心を燃やす。
まるで身体が燃え盛るかのように熱を持ち、意識は
炭治郎の全身、毛穴という毛穴から白い蒸気が立ち昇る。上空の冬風とぶつかり合い、周囲は濃霧に包まれた。
それでも、炭治郎が目の前の鬼を取り逃がすことはない。
眼の代わりに鼻、生まれながらの素質が気熱の呼吸と混ざり込んだ赤と青。二つの色が混ざり合いぐるぐると回転して乱れる独特の臭い。
あとは禰豆子の合図と共に、この刀を振り下ろすのみ。
炭治郎は心の中で謝罪する。
ごめんな、と。
逆に言えば、その一言しか炭治郎は鬼の少女に言葉を送れなかった。自分達竈門兄妹にとって、鬼は憎むべき存在。何度斬っても飽き足らない家族の仇だ。
それなのに、禰豆子以外に一人でも例外を作ってしまったなら。自分と禰豆子の誓いが揺らいでしまう。
炭治郎が鬼を許したのなら、兄弟の仇討ちを諦めたならば。
もう、彼の生きる理由さえも無くなってしまうのだから。
鬼の少女には同情もしよう、涙も流そう。おそらくは彼女も被害者だ。何も知らずに鬼にされ、兄を捜し求める可愛そうな子だ。
それでも鬼となったなら。
炭治郎は迷いなく斬らなければならない。
さあ、あらためて言おう。
禰豆子。自分の人生最初にして最後の相棒にむけて。
俺の準備は、……出来ていると。
◇
戦場は混沌を極めていた。
とは言っても爆音、轟音の類が響き渡っているわけではない。
逆だ。その場には静寂が殆どの割合で支配し、ただただ樹木を蹴る足の音とお互いの凶器を叩き付け合う音のみが戦場の情景を表現している。
見守る鬼殺隊候補生達も無言でこの光景を見守っていた。
猪頭の少年だけが興奮しているらしく「自分も混ぜろ」と騒ぎたてているが、無表情な少女に首根っこを掴まれていた。
「なあ、おい。お前なら、……あの鬼を斬れるか?」
モヒカン頭の少年がボソリと呟く。
「当たり前だあっ! 俺様がその証拠見せてやっから、この女をどうにかしろおっ!!」
「お前にゃあ聞いてねえよ。答えなんて分かりきっているんだからよ……。」
以前として少女の拘束から抜け出そうと足掻く猪頭の言葉を軽く流してから、モヒカン少年はもう一度問うた。
「あの鬼っ子は、間違いなく被害者だ。……あの原初の鬼が無理矢理作り出した、な。その場に居合わせなかったとはいえ、元は俺達が守るべき人間だ」
モヒカン少年の言葉には物理的に鬼を排除できかという想いより、精神的な意味の方が多分に含まれている。
人間であるなら守り、鬼にされたのならば狩る。
そんな単純な理屈で、自分達の心は割り切れるのだろうか? と。
「………………どんな形であっても、人は鬼になった瞬間に死んでいる。私達が勤める役目は、……埋葬」
無表情少女の冷淡な言葉が返される。
だがモヒカン少年は、そんな単純に割り切れないのだろう。自らの握力で皮膚が裂け、右の拳から血が滲んでいた。
「あれで、あれでっ! 死んでるって言えるのかよっ!! ただ、生きたくて! ただ、自分の兄ちゃんに会いたいだけのっ!! 何処にでもいる……、女の子じゃねえか……」
「……あなたも、優しすぎる。それはあの子達だって理解していること」
無表情少女が視線を前へと向け、それにつられるようにモヒカン少年も現実を見た。
目の前の光景は濃霧のせいで酷く見づらい。
しかしその原因を作っている張本人が、自分達と同じ最終選別を受けている剣士なのだ。
「ありゃあ、何の呼吸だぁ? 見た事ねえぞ、あんなん」
「俺も知らねぇ。アンタ、知っているか?」
「……しらない。けど、彼の身体の中で、水と火が荒れ狂ってる」
鬼殺隊剣士は育手の元で「全集中の呼吸」を体得後、自然と一つの型に身体が馴染んでゆく。
大抵の場合は育手の属性に同調する形で数ある型の中から一つを選ぶが、目の前の蒸気に包まれた少年は明らかに二つの型を併用している。
「水と炎は属性的に対極に位置する型だ。似通った呼吸なら兎も角、そんな芸当が……ありえるのか?」
「……目の前に、ある。……それが事実」
無表情少女が、答えたところで会話を終わらせた。
あとはこの戦いの結末を見届け、必要ならば後始末を行なうのみである。
次の事態が動き出すまで、数分であっただろうか。それとも数秒であっただろうか。目の前の光景を時も忘れて注目し続けた後、一人の少女の声が鬼殺隊候補生達の耳にも届いた。
「うぅ――――――っ!!」
藤華と名乗る鬼の少女と同じような、声変わりのしていない高い声。間違いなく、先ほどこの場に乱入してきた狐面で顔を隠した少女の声だ。
それと同時に、炭治郎と名乗った少年の周囲に立ち上る蒸気の竜巻が動きを変える。今まで天高く立ち上っていた蒸気が炭治郎の日輪刀に留まり、まるで濃縮された小さな積乱雲のようだった。更には内部で塵やホコリが摩擦し、雷さえも発生している。
いつの間にか濃霧は晴れ、その場の光景がハッキリと見えるようになっていた。
「なんだありゃ、あんなもん。もう、呼吸の型で作り出せる域をこえてるぞっ!?」
額から汗をたらしながら、モヒカン少年が後ずさる。まだまだ近代化が始まったばかりの大正の世では、雷は天罰の類だ。もし人の身に降りかかろうものなら、天から裁きを頂戴したとして無条件で悪人とされてもおかしくない。
少年少女の目の前にいる炭治郎は、それほどまでに異常な存在として認知された。
高熱の蒸気に白光りする雷電。狭霧山での最終試験で得た壱の型から更に技を昇華させ、炭治郎は後のことも考えず全てを解き放つ。
もしこの後、一歩も動けなくなっても問題ないのだ。
もう自分は一人ではない。炭治郎の横には、信頼すべき相棒である……禰豆子がいるのだから。
「気熱の呼吸 壱ノ型……真!
本来、天へ昇るべき蒸気が。本来、地へ落ちるべき稲妻が。
地を抉り、樹木をなぎ倒し、鬼の少女へと襲いかかる。
その一撃は間違いなく、地上を生きる生命体では耐えられぬ。
天の裁きであった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
気熱の呼吸、その型の名前は炭治郎君の心の中に浮かんだものを言っているだけです。自分だけの呼吸ですし、他の人に何を言われることもありません。
こうなれば、思いっきり中二病な技名を叫んでもらいたいものです。
ちなみに狭霧山での修行時代、炭治郎君の壱ノ型は文字通り「間欠泉」程度の吹き上がりでした。それとて十分な威力だったのですが、今回の「壱ノ型真」は間欠閃の上位互換となります。
ほら、アレです。妹とのわだかまりを解消し、炭治郎君の心の悩みがなくなり真の力を解放した的な……。
少年漫画の二次創作なんだからOKですよね、ねっ!?(汗
……こんな拙作ですが、今後とも宜しくお願い致します。