原作ではあまり禰豆子の心の内は描かれていませんが、幼女へと戻った禰豆子はこんな性格なのかあと考えています。
禰豆子はもやもやしていた。
理由なんて一つしかない。
日が沈む頃に目が覚めると、自分だけの兄が居なくなっていたからだ。ずいぶん前から一緒にいるお爺ちゃんは「心配するな」と言ってくれたが、そんな一言で安心できるならこんなにもやもやしていない。
……うん、我慢なんてできるわけがない。
自分と兄は一心同体。
片時も離れてはいけないはず。そのはずなのに、横に兄の温もりが存在しないなんて耐えられない。
そもそもが我慢する理由もない。
これは自分に与えられた、当然にして唯一の権利。
兄の横は禰豆子の指定席で、禰豆子の横は兄の指定席。それ以外の人が居るなど許されない。
まったくもう、私のお兄ちゃんはどこへ行ってしまったのだろう?
少しだけ悪態を付きつつも、禰豆子はきいろいお月様が山を照らす夜に、こっそりと小屋をとび出した。
兄が自分をおいてどこへ行ったのか。
しっかりとした場所は知らないけど、禰豆子はなんとなくは察しがついている。実は狭霧山から少し走ったところに、たくさんの
ちょっと前までは兄がいそがしそうにしていたので、自分でご飯を探していた。そんな折にそのお山を見つけたのだけど、まわりに咲いたお花が気持ち悪くてとてもじゃないけど近づけなかった。
なぜだろう? と当時の禰豆子は不思議におもったのだが、でもなぜか兄はそこへ行ったのだと確信できた。
きっと、私に
そうだ、きっとそう!
……なら。
そうだ、お兄ちゃんをびっくりさせてあげよう!
家にあった狐のお面で顔をかくして。
私だって、わかるかなぁ?
実は、お兄ちゃんが私のためにごはんを持ってきてくれる作戦。私も知ってたんだよっ! って言えば驚いてくれるはず。
もやもやしていた気持ちが、わくわくへとぬり変わってゆく。
お兄ちゃんの驚く顔。お兄ちゃんの喜ぶ顔。
それだけを楽しみに、禰豆子は月の照らした夜道をてくてくと歩いていった。
しばらくして。
ようやく兄の姿を見つけた禰豆子は、自分の胸の中のわくわくが、もう一回、もやもやに変わっていく瞬間を体験していた。
なんで? ……なんで!?
なんで私をおいて行って、他の女の子とたのしくあそんでるの!!?
せっかく、あの気持ち悪い花をガマンしてお山を登ってきたのに。
それに良く見たら、あの女の子。……
もやもやが、さらにむかむかへと変わってゆく。
でもでも、よく見たら。
その
そっか。お兄ちゃんやさしいから、なぐさめてあげてるんだね。それなら、むかむかするけどゆるしてあげる。
でもその代わり。
私もいっしょに遊んで、いいよね? お兄ちゃん。
口に斧をくわえて。全部の指の爪を伸ばして。
じゅんびは、よし!
ねえ、私もまぜてっ! 泣いてなんかいないで、いっしょに遊ぼうよっ――――!!
◇
ぐちゃぐちゃ。……にちゃにちゃ。
行儀の悪い、それでいてどこか懐かしい音が炭治郎の意識を覚醒させた。
虚ろな頭を必死に動かしながら、過去を振りかえる。
(……そうだ。この音は修行を始める前、禰豆子をなんとか助けないとって神社の鬼を退治した時の……)
あの時の鬼は、人を食料としか見ていなかった。だからこそ炭治郎も純粋に禰豆子の食事として見ることができた。
では今は? 今、禰豆子が食べている鬼は誰だ?
そこまで頭が回転し始めたところで。
炭治郎はようやく今まで戦っていた相手と、突如乱入してきた妹の存在を思い出した。
「禰豆子――っ!?」
妹の名を叫びながら勢いよく起き上がる。
全身が気だるい疲労感に支配されていた。覚えたての気熱の呼吸、それも御魂石を破壊した壱ノ型ではなく、更に破壊力を増した壱ノ型・真を使ったのだから無理もない。
もう少し身体を休めなければならない。それは炭治郎自身が十分に理解していたが、同時に嫌な予感にも捕らわれたのだ。
今。自分の目の前で。
妹は何を食べている――――?
別に藤華という鬼の少女を、新しい家族として迎えようなどと考えていたわけではない。
自分の家族を滅茶苦茶にした鬼への憎悪を忘れたわけでもない。同情なんて感情は死んだ家族への裏切りだという事実も十分に理解している。
それでも、妹である禰豆子と同じ境遇に陥った女の子が目の前に現れたならば。
心のどこかで気にかけてしまうのは間違っているだろうか。
もし自分が兄弟達と一緒に鬼にされ、禰豆子一人だけを残して死んでしまっていたら。
禰豆子もこの少女の同じ道を辿っていたのではないのか。藤華の兄が生きているのか、それとも死んでいるのか。それさえも炭治朗には分からない。今日会ったばかりである藤華の事情など知らなくて当たり前だ。ではなぜ炭治朗は会ったばかりの少女に、こんなにも心を惑わされているのか。
元々、炭治郎は心優しい少年であった。炭売りのために村へ行き、誰か困っている人がいようものなら助けずにはいられない。そんな優しさが竈門家を支えていたと言っても過言ではない。商売なんてものは人と人の交わりである。誰だって好きな人から物を買いたいし、嫌いな人からなど買いたくもないのだ。
「……いたぁい、いたいよう……。たすけてよぉ……おにいちゃん」
禰豆子の下から、そんなすすり泣く声が聞こえてくる。
炭治郎の天雷閃でほとんどの力を使い尽くしたのか、本来あるべき驚異的な鬼の再生力がこの上なく鈍っているようだった。その証拠に、腰下から細く長く伸びているはずの足がまったく元に戻る気配がない。
しかしそれは禰豆子も同様のようであった。
旅を始めてからずっと着たきりスズメであった麻の葉文様の着物に市松柄の帯。お気に入りなんだと、なんども縫い直して着続けた数少ない家族との思い出。それがもはや直しきれないほどにボロボロとなっている。
幸いなことに、四肢が欠けていたり大きな切傷があるようには見えない。その代わり細かな裂傷から血が滲み出て、妹の玉の肌を赤くいろどっていた。
大きな傷を再生するので精一杯だったという良い証拠である。
ならば、なおのこと。
今の禰豆子には食事が必要なのだ。
鬼という存在は、炭治郎が呆れるほどに単純明快な身体を持ち合わせている。
腹が減ったら人を喰らい、傷を負ったならば人を喰らう。人間であれば針と糸で縫い合わせなければ完治しない傷も、肉を喰らいさえすれば治ってしまうのだ。
あの時。
きっと、禰豆子が救援に現れてくれなかったら。炭治郎は藤華に喰われていただろう。
禰豆子が自分の身を犠牲にしてくれたからこその勝利だったのだ。
ならば、炭治郎が口にできる言葉など何もない。
藤華の犠牲を自分の心に置きとめよう。
この先の未来で、こんな悲劇を何度も目撃すると覚悟を決めて――。
最後までお読み頂きありがとうございました。
禰豆子は動かしていてとても楽しい子です。優しく、甘えん坊でちょっとだけ独占欲のある、そんな子としております。
エピローグは残り2話。
その後の四章も激動の展開が待ち受けていますので、よろしければお付き合いください。