本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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今日も一日、お疲れさまでした。
第伍幕でございます。

本日も22時に第六幕を投稿しますので、どうぞお付き合いください。


第1-5話[鬼の妹]

「うああああぁぁぁぁ――――っ!!」

 

 目の前の惨状を自覚した瞬間、炭治郎は無我夢中で駆け出した。

 直ぐそばの薪割場に置いてあった斧を手に取れたのは奇跡という名の偶然だ。それでも目の前の男が悪人であり、自分の平穏に害をなす存在だと言うことだけは理解している。

 ここまでの道中で疲労しきった足を、なんとか前へと進めながら斧を振りかぶる。今の炭治郎には、人殺しへの禁忌など考える余裕さえなかった。

 ただ目の前の脅威を退け、大切な家族を守らなくてはと想いだけで斧を振り下ろす。

 

「安心するといい、君は生かしておいてあげよう。これほどのご馳走、一度に食べるのは勿体ない。それこそあの産屋敷を始末した(あかつき)の祝杯としようではないか」

 

 炭治郎が眼前で斧を振り下ろそうとしているのにも関わらず、男はなんとも呑気な表情で言葉を口にしていた。

 だが今の炭治郎にそれをいぶかしむ余裕など無い。三郎爺さんの銃弾で空いていたはずの額の大穴が、いつの間にか無くなっている事にも気付かない。

 ただただ、目の前の敵を何とかしなければという想いしか頭の中にはなかった。

 目の前の男は指先一本さえも動かす気配を見せない。目の前で炭治郎が凶器を振りかざしているにも関わらず、だ。

 振り下ろした斧の刃先が男の頭をかすめ、鎖骨へと下りてゆく。間違いなく、全力だった。そもそもが、今の炭治郎に手加減する余裕などない。

 炭治郎はこれでも斧の扱いには多少の自信があった。家業の炭造りの為、毎日のように山から木を伐採し(まき)を作る。一日とて斧を握らない日などないのだ。この男の身体も薪のように真っ二つに割れてゆくはず……、だった。

 

 ガキィン――。

 

「……えっ?」

 

 そんな少年の思惑は、甲高い音と共に裏切られた。

 砕けたのは男の身体ではなく、炭治郎の持った斧の刃先だったのだ。その音はとても人間の肉体が出すような音ではなかった。まるで石に打ちつけたかのような、逆に自分の手に衝撃が戻ってくるような感触。

 斧を握り締めた両手に痺れが走る。そのあまりの衝撃に驚いた炭治郎は握力を失い、降り積もった雪が被さる地面へと斧を落としてしまった。

 

「ふむ。斬撃の、ざの字も知らない少年にしては見事。君はもしかするなら鬼殺隊の、「柱」の境地にまで達する逸材かもしれないね。……ますます君を気に入ったよ」

 

 そう言った男は、充血した猫のような目を再び炭治郎へと突きつけた。燃えるように赤い瞳なのに何故か冷たく、凍りついた川のような瞳。先ほどまでは無我夢中だった炭治郎だったが、その沸騰した頭が急速に冷やされてゆくのを実感していた。

 改めて、目の前の異形の存在を見上げる。

 生というモノへの執着を捨てたかのような白い肌。そして炭治郎の眼前に迫る、血で作ったかのような鋭利な爪。きっと、家の中から感じる赤い臭いを更にドス黒くして、人として形作れるなら。きっと、目の前に居るような男となるのだ。ここまでの事態になって、炭治郎はようやく自覚した。

 

 自分の家族は、そして自分自身はここで死ぬのだと。

 

 そんな炭治郎の思考を読んだかのように、男は微笑んだ。

 

 男の独白は続く。

 

「まがりなりにも君は私に一撃を入れたのだ。ならばこちらも、その借りは返さねばならぬでしょうね」

 

 ここまできて、この男は何を言っているのかと炭治郎はいぶかしむ。自分の一撃は、この男に何の手傷も負わせられなかったというのに。

 けど同時に、理解できなくもなかった。子供の頃、無邪気に虫を捕まえて玩具にしたように。瀕死の獲物を泳がせて、この男は遊ぼうというのだ。絶対的な捕食者にのみ許された権利、遊戯である。

 男は左腕で抱えた禰豆子を抱き寄せると、人差し指を額へと向けた。

 

「やめろ……、やめてくれっ!!」

 

 この男が一体何をしようとしているのか。

 状況を把握しきれていない炭治郎が理解できるわけもない。だが、何かとても不吉な悪寒が脳裏を走る。

 炭治郎が理解できていたのは、只一つだけ。何か、取り返しの付かない惨事が起こるという確信のみだ。

 

 ずぷっ。

 

 そんな音が聞こえたような気がした。

 何の抵抗もなく、男の人差し指が禰豆子の額の中へと埋没してゆく。

 

「さあ、この少女は。……どれだけ私の血を受け止められるかな?」

「やめろおおおおおおおぉぉぉ――――――――!!!」

 

 年明けが間近にせまった白銀の雪山。その山奥で、少年の絶叫だけが木霊していた。

 

 ◇

 

「あああ……っ、禰豆子。……禰豆子ぉ」

 

 禰豆子が、妹が死んだ。

 こんな事なら母の言葉に従って、こんな冬空の日に炭を売りになんて行かなければよかった。そう思って後悔する厳しい自分と、自分が居たとして何が出来たのかと慰める自分がいる。強い意志と弱い意志がせめぎ合い、一体何を考えているのかも分からなくなる。

 それでも、一つだけ理解している事実があった。

 

 地面に向けた顔を、なんとかもう一度前方へと向けてみる。目の前の光景に耐えられないとしても、それでも見ずにはいられなかった。

 眼前の事実は、やはり現実だった。

 男の人差し指が禰豆子の額にめり込み、その深さはもう第二関節ほどにまで到達している。誰がどう見ても致命傷だった。この場にはもう、生物としての活動を継続している存在は、目の前の男と炭治郎しかいない。

 

「よくも……、よくも禰豆子をっ!」

 

 自分の周囲に「赤い臭い」が充満するのを自覚する。昔、あれほど嫌っていた臭いなのに纏わずにはいられない。この、目の前の男は、仇なのだ。この大正の時代において仇討ちは法により禁じられているのだが、この時の炭治郎には関係なかった。ただ、思うがままに自分の憎しみを目の前の男にぶつけたい。少年の胸にはその想いだけではち切れそうになる。

 

 だがその時。

 復讐心に捕らわれた炭治郎の前で、またもや信じられない現象がおきた。

 

「……ググッ」

 

 その声は、(うめ)き声ではあったが炭治郎の良く知る可憐(かれん)な声であった。あの優しいやさしい妹の、禰豆子の声に間違いない。

 

「ねっ、……禰豆子?」

「少年、早とちりしてもらっては困るぞ。君は私を(かたき)だと誤解しているようだが、それは大いなる勘違いというものだ。私は君の兄弟達に与えたのだよ、人智を超えた大いなる力をいうものを!」

 

 まるで自らの理想を語る政治家であるかのように、あるいは新たな技術を実現させた天才発明家のように、目の前の男は演説を披露する。それを証明するかのようにゆっくりと男の指が引き抜かれ、それと時を同じくして禰豆子の額に空いた穴も塞がってゆく。

 

 炭治郎はその光景を、信じられないモノを見るかのように凝視し続けていた……。




最後までお読み頂きありがとうございました。
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