本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第4-3話「命の代償(中編)」

 鱗滝家に飛び込んで来た二人が絶句するなか、鬼の食事は終わりの時を迎えようとしていた。

 

 もう、その足には骨だけしか残っていない。

 

 太腿も、ふくらはぎも、足の裏も、五本の指にも。

 

 それぞれの骨がバラバラにならずに今だ繋がっているのは、骨の中に存在する筋が最後の足掻きを行っているにすぎない。

 

 よくよく見れば、禰豆子の身体に見えた無数の傷が時間を巻き戻すかのように消えてゆく。

 

 鬼の食事が完了した瞬間だった。

 

「……ぷぅっ」

 

 欠伸のような、げっぷのような。

 そんな音を口から漏らした禰豆子は、此処が自分の布団であるとでも言わんばかりに鱗滝の片膝へと滑りこんだ。

 すでにやるべき手当は終えたのであろう。鱗滝は左腕でしっかりと禰豆子の腹を抱え、右手は赤みがかった黒髪が生える頭を優しくなでている。その感触に満足したのか、満腹となった禰豆子は重い目蓋を閉じてゆっくりと夢の世界へと旅立った。

 

 これほど視覚と嗅覚の色に差のある光景もない。

 畳がドス黒く変色し、血の池となっている座敷なのにも関わらず。炭治郎の鼻には花畑で春の到来を喜ぶ、一組の親子が居る平穏な臭いしかしないのだ。

 

 その感覚は炭治郎だけではなく、義勇も感じていたらしい。

 だが彼は柱だ。鬼殺隊の頂点に立つ九本ある英傑の内の一人だ。感情を理性で抑えつける手段とて身に着けている。左手が腰へと動き、右手が柄を握りしめる。

 今までは様子見をしていたが、柱としてこの状況を見逃すわけにはいかなかった。

 

 目の前に人を喰った鬼が居るのだ。ソレを斬らずして何が鬼殺隊か。

 

 チンッという鯉口をきる音が不思議と大きく、全員の耳へと響きわたった。

 

 炭治郎は動けない。

 突然の妹による暴挙を目の当たりにして、理解が追い付いていないのだ。ただ真ん丸な瞳で目の前の光景を見つめ続け、締まりのない口はだらんと開けて閉じる気配を見せない。

 義勇を中心として無風の海面が広がり、唯一のさざ波が禰豆子の首へと到達しようとした時。

 

「……良いのだ。義勇」

 

 波を打ち消すかのような、それでいて穏やかな声が水柱を制止する。

 

「……なぜですか? その鬼は貴方を喰った」

「喰ったのではない。……喰わせたのだ」

 

 無風の海面が、荒波の北海へと変貌した。

 

「喰わせた!? 鱗滝さん、貴方がっ。自らの足を斬り、鬼に与えたというのかっ!!?」

「声を荒げるな、禰豆子が起きる。……そうだ。儂は自ら足を斬り、禰豆子に与えた。そうしなければならなかった。この子はどこかで、力を使い果たしてきたのだ。自らの身体を完全に再生できぬほど追い詰められて、な」

 

 鱗滝の声色が変わることはない。

 だが、どれだけ義勇が声を荒げようとも。鱗滝は自分の誓いを果たしたまでだと、この結末に満足していた。

 

「これは儂の罪だ。炭治郎が最終選別に赴く時、儂は己の命よりも大切な宝物を守ると誓った。その誓いを果たせぬ未熟者の、当然の報いなのだ……」

 

 ◇

 

 目の前の光景を茫然と見つめながら。

 炭治郎は最終選別における最後の光景を脳裏に走らせていた。藤の花に囲まれた鬼にとっての地獄である最終選別会場に現れ、自分の危機を救い、助けてくれたのは。この大切な妹であり、相棒でもある禰豆子なのだ。

 

「そんな……、俺が最後に会った最終選別会場では怪我なんてほとんど……。それに肉なら、あの鬼の肉をもう食べてっ!?」

 

 禰豆子は藤華の身体を喰らった。炭治郎はそれを、確かに見届けている。

 

「重傷である箇所を再生するだけで、限界であったのだろうよ。この家に戻って来た時も、禰豆子は細かな切傷までは再生しきれていなかった。今まで貯蓄してきた栄養を使いきったのだ」

 

 鱗滝の推測は続く。

 

「おそらくだが……。鬼にとって、同族である鬼の肉は極めて栄養価が低いのだ。この狭霧山で儂と共に日々を過ごした二年間、禰豆子は頻繁に鬼を喰らっていた。食べたいのではない、食べなければならなかったのだ。自分が生きるためには……な」

「此度の傷によって、鬼の肉だけでは命を維持できなくなっていたと?」

「うむ。やはり鬼にとって最高のご馳走は人間の肉なのだ。著しく身体を壊し、急速な再生を求める時にはどうしても……人の肉が必要になる」

 

 なんだそれは。

 結局、禰豆子は人の世に生きていてはいけない怪物なのか? 鱗滝と義勇の冷静な会話を聞きながら、炭治郎はもう一度地獄へ突き落されたような絶望を味わっていた。

 こうなればもう、他でもない兄自身の手で終幕を降ろさなければならないのだろうか。

 視線を下へと向ければ、鱗滝に抱かれて幸せそうな禰豆子の寝顔がある。

 炭治郎もまた、無意識にではあるが腰に差した日輪刀へと右手をかけた。だからと言って抜いたりはしない。今、この場で禰豆子の首を落としたりもできない。もしそれが出来るのなら、もう自分は竈門炭治郎ではなくなっているのだろうから。

 

 ――人様にご迷惑をかけてはいけませんよ?

 

 そんな、今は亡き母の口癖を今更になって思い出す。

 

 妹は人を喰わねば生きてゆけない。

 その事実は竈門兄妹にとって、事実上の死刑宣告にも近かった。




最後までお読み頂きありがとうございました。

鬼の食事情、説明編でした。
原作では共食いという習性があると謳われていますが、基本人の肉ばかり喰らっている鬼が殆どです。その説明を自分なりに考えてみた結果となります。
外伝で藤華さんが鬼と化した町民の肉を喰らっても腹が満たされず、人間である兄の肉で落ち着いたのは。こういう理由からだったりします。

人の世では禁忌ですが、自然界を見れば共食いなんて当たり前の光景です。特に虫とか。それを当たり前に受け入れる鱗滝師匠マジかっけぇ。

もう鱗滝さんが親でいいのでは(笑

それでは、またあしたぁー!
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