本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第4-9話「新しい息子」

 竈門兄妹は二年ぶりとなる母からの温もりを熱望していた。

 だがどれだけ待ち望んだとしても、反対に自分達の体温が母の身体へと溶け込んでゆく。それほどまでに、どうしようもなく。母の身体は氷のように冷たかった。もう認めるしかないのだ。二年前のあの惨劇で、確かに母は鬼と化していたのだと。

 炭治郎は勿論の事、どうやら禰豆子も同じ感情を持ったようだ。最初は嬉しそうに抱きついていた笑顔が段々と悲しみへ移り変わってゆく。

 

「本当は……、二人の前に姿を見せるつもりもなかったの。元気に生きる二人を見るだけで満足だった。それだけを確認して、私は地獄へと旅立たなければならなかった……」

 

 まるで懺悔のような言葉を、他ならぬ本人の胸の中で聞いている。だが炭治郎の中では、唯一の希望が今だ煌めいていた。

 

「そんなことは、ないっ! 禰豆子も、かあちゃんも……。俺が人間に戻して見せるっ!! あの、鬼舞辻 無惨から戻る方法を白状させるんだ!!!」

 

 炭治郎の咆哮に、葵枝は悲しそうな表情を向けた。

 

「それまでにいったい、どれだけの人達にご迷惑をかけねばならないか。……今ならまだ間に合うの。今ならまだ、此処で死ぬことができるわ」

 

 ぽつりと、葵枝(きえ)は額のアザが赤くなるほどに怒り狂う炭治郎にむけて言葉をおくる。

 

「ごめんね、炭治郎、禰豆子。私はここで、鬼狩り様に斬ってもらわなければならないの」

「いやだっ、いやだよ。かあちゃん……俺が絶対なんとかするから。死ぬなんて、言わないでよ……」

 

 額のアザから流れる血と、瞳から零れる涙が顎を伝って地へ落ちる。

 鱗滝邸の庭先は己の死を望む鬼と、鬼の死を望まない鬼殺隊士がせめぎあっていた。これではまったくのあべこべだ。

 

「ごめんね、本当にごめんね。…………っ!?」

 

 炭治郎と同じく、血に染まったかのような赤い瞳から涙を流す紗枝。まるで身体が己の意思によって動かないかのような言いぶりだ。

 

「炭治郎、禰豆子、逃げなさいっ!!」

 

 叫び声と同時に、母の胸の中にいた炭治郎の背中がチクリと痛みを覚える。それがなんなのか、炭治郎は瞬時に理解した。

 

(鬼の爪だ。かあちゃんのツメ、だ。……なんで? なんで俺の背中を斬り裂こうとしているんだ?)

 

 心では理解しようとも、身体が納得を拒否する。まさか、母が息子を殺そうとするなどありえないではないか。炭治郎は動けずにいた。瞬時に危険を察知し、炭治郎を紗枝から引きはがしたのは禰豆子だった。

 

「う――っ!」

 

 禰豆子が腰に抱き着くようにして地面へと引っ張る。それと同時に、炭治郎の背中に焼けるような痛みが走った。たとえ皮膚が避けようとも、爪を刺し込まれて内蔵を損傷するよりずっとマシだ。

 抱きしめられていた紗枝の胸の中から兄を奪取した禰豆子はそのまま、大きく後ろへ跳躍した。炭治郎とは違い、禰豆子は目の前の母を敵として認識する。鬼には人間のような迷いがないための英断であった。

 

「なんで、……かあちゃん、どうして」

 

 妹とは正反対に、兄は母に殺されそうになった衝撃で放心状態に陥っている。

 人間であった頃にはありえない母の殺意。炭治郎にとって、そんなものは到底受け入れられるものではなかった。

 

「ごめんね、ごめんね……炭治郎、禰豆子。鬼斬り様、後生でございます。どうか、お早く……」

 

 二年前まで母であった鬼はひたすら謝罪を繰り返す。

 葵枝は実の息子と娘を手にかけようとした行為に絶望し、ひたすら自らの死だけを望んでいる。混乱する竈門兄弟には理解できないであろうが、水柱である冨岡義勇は大方の事情を察していた。

 もうこの母は何者かに操られ、自らの意思で身体を動かせなくなってきているのだ。

 このままでは自分が腹を痛めて生み育てた子供達まで、手をかけてしまいかねない。だからこそ、紗枝は自らの死滅を願い出た。己の意識がまだ残って居るうちに、最悪の結末を迎える前に。

 

「……承知」

 

 チャキンと、覚悟を決めた義勇が己の日輪刀を構えた。

 これ以上、苦しみを与えてはならない。この場で介錯を務めることが出来るのは自分だけだ。その結果、炭治郎に更なる恨みを突き付けられるかもしれない。だが、これこそが鬼殺隊の使命。今の悲しみを引き受けてでも、先の未来の幸福を実現するために。すべての業を引き受けねばならないのだ。

 青黒く光る刃が紗枝の頭上にて鈍く光った。

 この数舜あとには首が飛び、身体は塵と化す。その確信をえた炭治郎は、心の底から絶叫した。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ◇

 

 冨岡義勇による死の刃が母を極楽浄土へといざなう瞬間。

 

 自らの消滅を願う紗枝の身体が、ありえない動きをした。

 

 何の予備動作もなく、身体のどこにも力を入れることなく。首を差し出していた紗枝の身体が突如、後方へと吹き飛んだのだ。

 日輪刀を振り下ろした義勇はもちろん、回避した紗枝でさえ驚きと恐怖に身を震わせている。

 

 その原因は、すぐにやってきた。

 

「勝手なこと言っちゃ困るよ……。母さんはもう、僕の母さんなんだから息子のお願いを聞いてくれないと」

 

 ビクリと、紗枝の身体が緊張に包まれる。

 尻餅をついた紗枝の後ろから出てきた人物は、炭治郎よりも小柄な少年の鬼だった。

 

 それに加え、実子である竈門兄妹を差し置いて実の親子であるような風貌を身にまとっている。

 真っ白な顔や身体に赤い斑点、更には白地に血に染まったような蜘蛛の糸をあしらった着物。少年と葵枝の共通点など探すまでもない。もし他の人間が炭治郎と鬼の少年、どちらが葵枝の息子かと問われれば間違いなく全員が鬼の少年だと言い放つだろう。それほどまでに、葵枝と少年は鬼として似通った特徴を持っていた。

 

「ああっ、ごめんね累。情けない母さんを許して……、だからどうか、どうかこの場での乱暴はやめて……」

 

 母が息子に懇願する。世間の常識から見ればまったく正反対の光景だ。

 

「せっかく母さんが鬼狩りを食べたいって言うから連れて来たのに……、何? 偽者の息子や娘に会いに来たの?」

 

 ギロリとした視線が炭治郎へと向けられる。その視線自体は、炭治郎にとって何の効力ももたなかった。問題は、偽者よばわりされた言葉のほうだ。

 

「誰が偽者だっ!! 俺の名は竈門炭治郎。かあちゃんの、正真正銘、葵枝の息子だっ!!!」

「昔なんてどうでも良いんだよ。過去は過去、今は今。葵枝母さんに触れて良いのは……僕だけだ」

 

 白すぎる鬼の少年が葵枝の胸へ入り込む。

 此処は自分の指定席であると見せ付けるかのように、だ。本人は自覚していないのかもしれないが、その行動はあからさまに炭治郎を挑発している。

 

「かあちゃんから離れろっ!!」

 

 炭治郎が今までになく怒髪天をつく。

 これがもし、母が心から望んだ行為であるならば。炭治郎はここまでの怒りを見せなかっただろう。だが赫灼の子と評された赤みがかった瞳は事実を捉えていた。

 母の、葵枝の両腕は。胸の中の少年を抱き締めながらも、細かく痙攣していたのだ。その表情は明らかに恐怖の色へと染まっている。

 

 炭治郎は確信する。

 

 コイツだ。コイツが、かあちゃんに偽の親子を強制しているんだ。

 

 恐怖によって作り上げられた親子愛にいったい、何の価値があるというのか。

 

 やはり葵枝は炭治郎の母親であり、禰豆子の母親である。

 

 炭治郎は新しい相棒を腰から抜いた。

 

 ようやく訪れた一つまみの希望を、決して手の平から零さぬように。




最後までお読み頂きありがとうございました。

原作のアニメを視聴していた時から、蜘蛛母は葵枝さんにした方が面白いのではないかと考えていました。
見ず知らずの母より、実の母を奪われた方が心情的に揺さぶられるからです。そのため、本当の蜘蛛鬼母は出てきません。ごめんね。

それと、累君に那田蜘蛛山からの出張をお願いしました。沼鬼さん? 他の隊士が切り捨ててくれたんですよ、きっと。

さてさて。
鬼殺隊士となって初の戦闘が十二鬼月だなんて炭治郎君は不幸です。これからどうなってゆくのか、明日以降の投稿をお待ちください。

今後ともどうか、お付き合いのほどを。
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