本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第4-11話「家族への愛」

「竈門炭治郎、上官である水柱として命令する。師である鱗滝の命に従い、皆を連れて全力で逃げろ」

 

 一瞬たりとも下弦の伍である累へと向けた視線を変えずに、義勇は新米の鬼殺隊士に命令した。

 

「まてよ、俺だって……」

 

 戦う。

 そう口に言葉を乗せようとした瞬間、一瞬だけ義勇の視線が炭治郎を貫いた。その視線だけで雄弁に語っている。

 

 曰く、邪魔だと。

 

 鬼殺隊士に成り立ての炭治郎達の手におえる相手ではないと。援護するつもりが、守られる立場となり逆に義勇の足かせになると。そう、冨岡義勇は言っているのだ。

 

「炭治郎、逃げるぞ」

「……くっ」

 

 竈門兄弟よりも先に、この状況を正確に把握していた鱗滝からも指示が飛ぶ。

 

「母のことは心配するな。義勇とて水柱、必ずお前達の母を救い出してくれる。今のお前達がすべきは、全力でこの場から生き延びることだけだっ!」

「う――っ!」

 

 片足を失った鱗滝の身体を、先ほどと同じように禰豆子が持ち上げる。それは妹も同意したという意志表示に他ならなかった。目の前に救わなければならない母がいる。なのにもかかわらず、大切な家族を救うことすらできない自分自身が無性に情けない。

 いぜんとして瞳からは涙が溢れ続けている。その場を離れながらも、今の炭治郎が母のためにしてやれる孝行と言えば一つしかなかった。

 

「かあちゃんっ! かならず、必ず助けるからっ!! お願いだから、生き延びてっ!!!」

 

 泣き叫ぶように母への誓いを叫ぶ。

 こんな状況にも関わらず、母のぐちゃぐちゃな泣き顔には我が子への愛情が満ち満ちていた。

 

「……なに、逃げるの? 自分の母親だなんて言っておいて、薄情なもんだよね」

 

 母を救わずに逃げ出す炭治郎の背中に、累の嘲笑が投げかけられた。

 あまりの侮辱に一瞬、炭治郎の足が止まりそうになる。しかし自分の横には禰豆子が居る。何よりも優先して守るのだと己に誓った禰豆子が。

 

 今、自分が足と止めれば。

 

 禰豆子も死ぬ。

 

 それは、母である葵枝も望まぬ結果である。

 戦場では、一時の感情よりも冷徹な理性を優先せねばならない。二年の間に鱗滝から教えられた言葉だ。炭治郎は必死に、その言葉を頭の中で繰り返していた。そうでもしなければ気が狂いそうになっていた。

 

 だが累が放った次の言葉だけは、炭治郎の歩を止めさせることに成功したのだ。

 

「母さん、僕の代わりに。あの水柱を殺してよ。愛する僕からのお願いだ、聞いてくれるよね?」

 

 ◇

 

 鱗滝邸から狭霧山へと入る坂の入口で、炭治郎は信じられない言葉を耳にした。

 横に居る禰豆子も累が発した言葉の意味が理解できたのか、桃色の瞳をまん丸にしながら振りかえる。あろうことか下弦の伍は、葵枝に義勇討伐を命じたのだ。

 

 今の葵枝は自分の意志で身体を動かせない。

 炭治郎達は知る由もないが、葵枝の身体の中にはすでに累の糸が張り巡らされていた。本人が自由になるのはせいぜい、思考と首から上の自由のみ。つまりはもう、葵枝は累の操り人形と化していることになる。

 歯を食いしばる葵枝の顔は必死の抵抗を見せていた。だが首から下の身体は、その意志を決して受け付けず、冨岡義勇の前へと歩を進めてゆく。

 

 鱗滝の言葉は叶えられない。

 

 このままでは、炭治郎の母を斬らねばならないのだ。

 

 冨岡義勇は累の策略に気付いていた。

 累にとって、母は単なる駒の一つでしかない。それこそ自分の武器が一つ減るだけで済むが、義勇が葵枝の首を跳ねた場合。それは此方側の絆が引きちぎれる最悪の結末となる。

 ただでさえ義勇は竈門家の兄弟達を斬ったという負い目があった。炭治郎は決して忘れないであろうし、この先すべてが終わったのなら自分の命をくれてやっても良いとまで考えていたのだ。

 だが、それは今ではない。

 この日ノ本の国に鬼がはびこり、鬼舞辻 無惨による得体の知れない計画が進行するなか。柱である義勇が、自己満足で命を投げ出すことなど決して許されない。

 

 義勇の脳裏にかつてカナエが炭治郎に向けて放った言葉が去来する。

 

『私達鬼滅隊は鬼を斬り、この国の民を守らんとする組織。君が自分を犠牲にしてまで鬼である妹さんを守ろうとするなら。……私達は今、この場で、妹さんを斬る。なぜなら君は、私たち鬼殺隊が守るべき人間だから』

 

 そう。

 今、この場で一番に優先すべきは人間の命。未来の明るい炭治郎・その精神的支えとなる鱗滝。

 二番目は鬼の身でありながら鬼殺隊士となった禰豆子。実は鬼殺隊内部でも鬼の研究は遅々として進んでいない。彼女の存在は今後の戦いにおいて重要な役目を果たすだろう。

 そして最後に自分の命だ。

 

 目の前に泣きながら立つ葵枝は、残念ながら禰豆子ほどの特異性を持っているようには見えなかった。

 鬼でありながら人の肉を喰わず、鬼殺隊の秘伝である呼吸を修得し、日輪刀にも色が付くほどに選ばれた存在。全ての鬼が環境次第でこれほどの力を付けられるわけではない。

 今日までの鬼の常識では有り得ないほど、禰豆子が特別なのだ。

 

 ならば、鬼殺隊士として優先すべき順位は決まっている。

 

 この下弦の伍は単独で姿を見せている。

 逆に言えば、これほど鬼舞辻 無惨の力を削ぐ絶好の機会はない。

 

 たとえどれだけ竈門兄弟に恨まれようとも斬らねばならぬ。それが鬼殺隊士であり、水柱となった義勇の覚悟なのだ。

 

 義勇の日輪刀に、水の流れが走りはじめた。その覚悟を察したのか、飛び掛るようにして襲い掛かってきた葵枝の顔に笑みが零れた。

 

 ごめんなさい、ありがとう。

 

 そう、声にならない葵枝の意思が義勇へと届いた瞬間――――。

 

「――――――――――っ!!?」

 

 自分の背中に強烈な殺意を義勇は感じ取った。

 膝の力を抜き、転倒するかのように回避する。隙なく今の現状を確認した義勇は、先ほどまでいた場所に赤と青の日輪刀が振り下ろされている事実を確認した。それと同時に辺り一面を覆い隠すかのような蒸気が立ち込める。水と火、その両方を会わせた唯一の呼吸が義勇に向けて敵意を放っていた。その特異な呼吸を操るのは鬼殺隊でも只一人しか存在しない。

 

「……もうこれ以上、俺から家族を奪うなっ」

 

 少年の仏へ嘆願するような震えた声。額のアザから血が流れ、瞳から零れた涙と混ざり、血の涙となってポタリと地へ落ちる。

 

「頼むからもう、俺から何も、取り上げないでくれ……」

 

 少年の願いは、世間一般からすれば当然の願いであった。

 最終選別での鬼、藤華を斬るか迷った時にも炭治郎は同じ行動をとった。仇であるはずの鬼に背を向け、自身と同じ候補生に刃を向けた。だが今の状況は、あの時とは重みが違い過ぎる。

 親の死を望む子がいるはずもない。地獄に垂れ下がった一本の糸を奇跡的につかんだのだ。そんな、煉獄の中に居る炭治郎の一縷の望み。

 

 母を助けたい。

 

 炭治郎はそれだけを渇望し、鬼ではなく人間である義勇へと、……刃を向けていた。




最後までお読み頂きありがとうございました。

人とは愚かな生き物です。
過去の経験から学ぼうとしても、結局は同じ過ちを繰り返してしまう。今回の炭治郎は最終選別の時と同じく、鬼ではなく人へと刃を向けています。

この構図をプロットに書き上げた時には修正しようか迷ったものです。主人公に同じ過ちを二度させて良いものかと。

しかしてこれも人間臭さの一つかなと思い、あえて採用しました。

同じ過ちは二度繰り返さない。

それって結構、難しい事だと思うのですよね。
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