本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第4-12話「今の自分にできること」

「頼むからもう、俺から何も、取り上げないでくれ……」

 

 文字通り、血の涙を流しながら炭治郎は泣いていた。

 彼はもはや、恥や外聞を取り繕う余裕さえもない。ただただ、大切な自分の家族を失いたくないだけなのだ。鬼殺隊としての鉄の掟も炭治郎にとっては関係ない。そもそもがこの国から鬼を一掃するなどという崇高な目的を持っていたわけでもない。

 元々が、竈門炭治郎という人間は欲のない少年であった。

 下の兄弟達とは違って親に物をねだったこともなければ、我がままを言ったこともない。常に自分の意志を後回しにして、周囲への気配りだけに執心してきたのだ。いや、そんな兄たる自分に自尊心を満足させていた事こそ、炭治郎の持つ欲の形なのかもしれない。

 なればこそ、下の兄弟達を守るという一点に置いては譲れなかった。

 愛する兄弟の仇を討ち、唯一生き残った禰豆子を人へと戻す。その為に、それだけの為に鱗滝のもとで身体をいじめ抜き、ついに鬼殺隊への入隊を果たしたのだ。

 先ほどまでは炭治郎の目的はしっかりと定まっていた。だが今、母が鬼となって生きていたという思いもよらない異常事態が目の前にある。それまで諦めていた更なる希望、それが炭治郎に更なる欲を植えつけた。

 

 妹の禰豆子だけじゃない。一家の長男で大黒柱な自分は、母も助け、人間へと戻さなくてはならなくなったのだ。

 

 妹である禰豆子だけではなく、母をも救えるかもしれないという欲。唯一の願いが、唯一ではなくなった瞬間。炭治郎の心では欲という名の鬼が暴れまわる。

 

 一つの目的に向かって邁進していた意識が今、はっきりとぶれ始め、炭治郎の決意を歪ませる。

 

 だからこそ炭治郎は、義勇にも刃を向けられるのだ。

 

 命よりも大切な家族が鬼であるがゆえに――――。

 

 

 

「おやおや、仲間割れかい? そんな調子で僕の首を獲ろうなんて笑っちゃうね」

 

 下弦の伍、累による嘲笑の言葉が二人の耳に飛び込んでくる。

 それもまた当然の話だ。いざ正面に相対したと思った敵が、突然仲間割れを始めたのだ。己で目論んだとはいえ、喜劇以外の何物でもない。だが敵には喜劇でも、当の本人達からすれば悲劇以外のなにものでもなかった。

 

「炭治郎、母さんはもういいの。あの時にもう、私は死んでいたのよっ」

「いやだっ、イヤだいやだイヤだっ! 俺は竹雄も茂も花子も六太も助けられなかった、……死なせてしまったっ!! もう、もう家族が死ぬのを見るのはたくさんだっ!!!」 

 

 母の言葉を必死に、駄々をこねるかのように否定する炭治郎。そんな少年の姿に、義勇は姉を殺された時の己を重ねていた。

 

 いや、この少年の方がずっと立派だ。

 

 義勇は姉を鬼に殺された瞬間を目撃しながらも、何も行動に移せなかった。それに比べ、竈門炭治郎は鬼と成り果てた母をも助けようと必死に足掻いている。

 あの時、自分にも力があればと思わずにはいられない。

 

(過去は変わらない……。どれだけ切望しようとも、蔦子姉さんは生き返らない。でもこの少年にはまだ、希望がある)

 

 義勇は迷いなく、自分へ日輪刀を突き付ける炭治郎に背をむけた。それは斬るならば斬れという意思表示である。

 

「……今のお前に、あの下弦の伍は斬れない、逃げられない。たとえ母を静めたとしても、鬼に喰われる。――――どうする?」

「どっ、どうするって」

「思考を放棄するな。自らの経験の中から最適解を見つけ出し、見苦しくとも足掻き続けろ。一筋の希望を探し出せ。それが出来なかったら、……みんな死ぬ」

 

 自分のような結末を遂げるな。

 

 言外に、義勇は炭治郎の正気を取り戻させるように働きかける。それと同時に、義勇を中心として不思議な空間が形成された。

 

 『水の呼吸 拾壱ノ型 凪』

 

 瑞々しく透明な水面が周囲を取り囲む。

 明らかに炭治郎の知識にはない、未知の型である。鱗滝との修練でも水の呼吸は拾までしか教わらなかった、本来あるはずのない型。冨岡義勇が独自に編み出したものだ。

 

 そのあまりにも清廉たる空間に身を置いた炭治郎の荒波が、静けさを取り戻してゆく。

 

 先ほどまで妹に加え、母までも救わなければならないと気負っていた感情が嘘のようだった。心に燃え盛る劫火は鎮火し、氷のような冷静さが炭治郎を支配する。

 これまでの経験から、今の自分にできること。それが一体なんなのか、炭治郎は考え続ける。

 妹に無理はさせられない。また傷を負えば更に人間の肉が求められるだろう。ならばここで傷を負うのは、自分だけで良い。

 

 そう、兄である炭治郎だけで良いのだ。

 

 ◇

 

 強大な一人の敵と矮小な多数の敵、別勢力がどちらも同時に現れたならどうするか?

 まずは数を頼みにする矮小な敵を各個撃破し、強大な敵との一対一を実現させる。この場で言えば、義勇にとってまず叩くべきは炭治郎達であった。母に固執する炭治郎や禰豆子さえ無力化できれば、目の前の敵に集中することが可能だ。

 これが炭治朗達ではなく、鬼舞辻 無惨とはまた別な鬼の勢力であったなら、こんなにも迷う必要はなかっただろう。

 義勇は鬼殺隊士としての隊律に縛られている。曰く、「人間を殺してはならない」という不文律だ。これまでもこの隊律に、若干の変更が必要なのではないかという声が上がったことがある。なぜなら「鬼が悪」であることは兎も角、「人間が善」であるとは限らないからだ。

 まだ柱として日が浅い義勇には経験がなかったが、時折「鬼と手を組んだ人間」という存在も鬼殺隊の前に立ちはだかった例は少なくない。状況は多少変則的ではあるが、鬼の妹と母を抱え込んだ炭治郎もまたそれである。

 

 国全体の安寧と家族の安寧。

 生粋の軍人であるならば、国をとるのだろう。だが義勇が背を向けた隊士はまだまだ子供だ。情に厚く、涙もろく、冷徹な決断を選択できない。

 

 人の世を憂うよりも、家族の涙を消し去りたい。

 

 それは人の持つ愛情というモノであり、誰もが持つ当然の感情でもあった。

 

 

 

 舞台は現実へと再び戻る。

 今の義勇は極めて危険な存在だ。下弦の伍という地位を持つ累にさえそう思わせるほどに、拾壱ノ型は戦場を支配していた。咄嗟に己と葵枝の身体を凪となった水面の際まで後退させる。

 見た目は水でも、これは居合いの間合いだ。

 一歩でもこの領域に踏み入れれば、この首は一瞬で身体から斬り飛ばされる。それは逆に言うなら領域に入り込まなければ良い。更に言うなら――――。

 

「……母さん。母さんがそんなに死にたいなら、協力してあげる。親孝行な息子に感謝してよね?」

 

 累の顔が嗜虐に満ちた顔色へと染まってゆく。葵枝の身体は累の糸によって操り人形にされているのだ。しかも外側からではなく、内側から。

 

「えっ、えっ!? 累……!!?」

 

 必死に抵抗する母の思惑とは別に、身体中の神経に張り巡らされた鬼蜘蛛の糸が葵枝の身体を強引に動かしている。

 

 無理矢理に両手の爪を伸ばし、無理矢理に犬歯を牙へと変えさせ。跳躍のために膝を曲げて葵枝の身体は『凪』の領域に飛び込んでゆく。

 

「――――――――っ!!!」

 

 葵枝は己の死を覚悟した。だが同時に安堵の息を漏らした。

 これで自分の大切な子供である、炭治郎と禰豆子に無理を強制させることもない。あの子達の未来を思うと見守りたい気持ちもあったが、己の手で命を刈り取ってしまうよりは良い。

 

 葵枝の意志など一切無視して身体が両手を振りかぶる。

 鬼殺隊の役職名など聞いたこともないが、なんとなくは理解できる。おそらく「柱」とは鬼殺隊の中でも最精鋭の実力者なのだ。なら、こんな操られているだけの葵枝を斬り伏せることなど造作もないだろう。

 次の瞬間が、自分という意志がこの世で知覚できる最後の時間。自らの死を覚悟した葵枝が、めいいっぱいの力で自分の意志で動かせる数少ない箇所である目蓋を閉じる。

 

(炭治郎……、禰豆子……。どうか、どうか幸せに。お爺ちゃんお婆ちゃんになってからじゃなきゃ、こちらに来てはだめよ……)

 

 最後の遺言を心の中で記した葵枝。

 

 だが彼女の命は、義勇の『凪』によって刈り取られることはなかった。




最後までお読みいただきありがとうございました。
この四章は全十五話の予定でお送りしています。つまりは月曜日には終幕を告げ、怒涛の第五章へ。。。

ってまだ書いてる途中なんですけどっ!(泣

やヴぁい、ストックが切れそうだ。一月から続けてきた毎日更新がついに途切れるかも分かりません。
だって五章の東京編、書いても書いても終わる気配が見えないんですもん。。。
アイツが悪いんや、またも新キャラの暴走がはじまったんや。。。

それでも五章は拾壱話までは書いているので見切り発車するかもしれません。
もはやここへの投稿もライフワークですから、投稿したい病が止まらないのです。

こんな作者ではありますが、今後ともよろしくお付き合いください。

ありがとうございました。
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